影武者として 3
「勝ってからしろよ」
「あ? 黙れよ木偶の坊」
「でくっ…誰が木偶の坊じゃ! てめぇこそ、『勝ったら』ってバスケは個人戦じゃないし『評判のいい店』ってお店頼りだし、自分で勝負しろよ。自分に自信がないわけ?」
「おっ……俺の自由だろ! それに、お前に言われたくねーよ! イケメンの奴隷になってまで気を引きたいなんて必死だな!」
「私には、責務がある」
「なにかっこつけてんの? 盛ってるだけだろ」
「誰に何を言われようが、どうでもいい」
険悪なムードに変わり、かもちゃんと瀬尾が心配した表情で中立の立場を取る。話が試合観戦の話から飛躍してしまったけど、私も行くことになってしまったのでお姉ちゃんに確認しに行くか。
教室を出ていくと、学校に登校してきた人たちが流れるように通り過ぎてゆく。私もその流れに乗ろうとした時、「月奈、どこ行くの?」瀬尾が追いかけてきた。
「お姉ちゃんのところ」
「なんで?」
「え、外出の許可を取りに。バスケ…みんなで観るんでしょ?」
「ああ、うん。そうだけど。許可が必要なの? 高校生なのに?」
「うん。なんか変?」
「いや…仲良いよね」
「大好きだから。お姉ちゃんのこと」
「どういうところが?」
「生きてる実感をさせてくれるところかな」
「なかなか月奈もやばいよね」
「なにが?」
「ううん、なんでもない」
瀬尾と話しながら一組へ行くと、お姉ちゃんがベランダ側の窓から中庭を眺めている。
葉桜は着々と新緑を増やし、日光に透ける葉は儚い美しさだった。それを眺めるお姉ちゃんも、負けない美しさで哀愁を漂わせていた。
「元気ないのかな」
Suiに、なにかされたり言われたりしたのかな。帰宅後はいつも通りだったけど、今は雰囲気が違う。
話しかけることを躊躇していると、ヘアケアのCMのように艶々の髪を舞い、女神の化身が顔を見せた。大きな瞳が私を捉え、隣の瀬尾に移る。横から話しかけてきたクラスメイトに笑顔を見せながら、こちらに歩いてきて、目の前で止まった。
「月奈〜! 来てくれたの? 瀬尾くん、も一緒にどうしたの?」
扉を塞ぐと迷惑になると思ったので、廊下の階段前に移動する。高い価値のある五大宝石のような強い輝きを放っているお姉ちゃんは、先ほどの哀愁を一ミリも感じさせなかった。
「お姉ちゃん、あのね」
「うん」
「今度の土曜日に、バスケの観戦に行こうと思ってるんだ」
「そう。瀬尾くんと?」
「あと、かもちゃん。川原ってやつの部活の応援で」
「分かった。夕飯までに戻る?」
「そのつもり」
「瀬尾くん、月奈のこと、よろしくね?」
「…おう」
あっさりと了承を得て、拍子抜けをした。もしかして、昨日の出来事で私に失望して距離を置いているのだろうか。『あんたの顔なんて見たくない』と言われてしまったから、可能性はある。
「月奈? どうした?」
覗き込む、お姉ちゃん。お姉ちゃんがポーカーフェイスなのに、私ごときが動揺してはいけない。
「瀬尾が!」
「う、ん?」
「いいやつなの!」
「あ…そうなんだ」
「ちょっと、月奈。何を言い出「すごくいいやつだから、幸せになってほしいって思ってる」」
「そっか」
「瀬尾となら、嫌なことがあっても、笑って吹っ飛ばして生きていけるかもしれない」
「『弱音を吐けるくらい仲良くなったのね』」
「うん」
「……」
「月奈にそんなトモダチができて嬉しい」
「私も嬉しい! だからね、お姉ちゃんも瀬尾と「ひゃっ!?」」
瀬尾いいやつアピールをしていると、お姉ちゃんが階段の方へ身を投げ出されていた。考えるよりも先に体が動き、お姉ちゃんを力一杯踊り場へ投げ戻す。
「瀬尾!」
お姉ちゃんを受け止め、安全なところへ!お願い…お姉ちゃんを傷つけないで!
瀬尾は腕を伸ばす。細い見た目にも関わらず、その力強く、浮いていた一方の体を引き寄せ、胸に抱いた。
階段から離れた場所に移動し、その男女はがっしりと力強く抱き合い、瀬尾の手は黒髪に差し込まれ、もう一方の手は細い腰に巻き付いている。
私は、それを一つ下の踊り場から見ていた。数段、転げ落ちただけだから意識はある。痛みはあるけど、耐えられる痛さだ。
頭を無意識に守ったのか、それ以外の腕や肩、胸、背中、お尻、足がズキズキ痛む。
なんてことない。瀬尾がお姉ちゃんを助けたのは、ファインプレーだった。
自力で立ち上がり、光に祝福された一組のカップルを映す。腕に収まるお姉ちゃんを優しく受け入れる瀬尾、そんな瀬尾を微笑みながら熱視線を送るお姉ちゃん。
私が今、カメラを持っていたら確実にシャッターを押しただろう。息を呑むほど綺麗で、胸がいっぱいになり感動した。
階段を上り、合流する。お姉ちゃんと瀬尾が心配と謝罪の声を上げるけど、いっぱいいっぱいで声が出なかった。でも、大丈夫という気持ちを込めて、深く頷き、口角を上げた。
「月奈、聞いてくれ。淡成日奈を助けたからといって、月奈を助けたかったのは事実でっ」
謝ることなんてないのに、瀬尾は教室に戻るまでずっと私の必要性を語っていた。そして、三組に到着すると当然のように入ってくるけど、あなたは別のクラスの人だってことを忘れないでほしい。
「ツッキー!」
かもちゃんが、駆け寄ってくる。私を気遣い、かもちゃんは川原の良いところも直したらいいところも両方あげた。気にしてないのに、川原のことなんて。そんなことより、かもちゃんが私を見つけ、私のところまで来てくれたことが嬉しい。
「ツッキー?」




