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姉を狙う者 8

 とんでもない発言をされて、口の中で噛んでいたガムが風船となって膨らむ。瀬尾は、膨らみに視線を落とし「食べていい?」と小さい声量で言葉を発してから、顔を傾けてくる。


 なんで、私が噛んで唾液まみれにしたガムを食べようとする?なんで、ガムを食べるのに顔を傾けてくる?その伏目ふしめや顔の角度がエロくない?!

 驚きと混乱でパニックになっていると、風船が気づいたら割れていた。


「……」

「……」


 沈黙が訪れ、次第に顔が緩み、笑いへと変わっていく。二人の笑い声が廊下に響き、今この瞬間だけは他のことが全てどうでもよく感じた。いろんなしがらみを忘れることができた。


「武器がね、私にはないんだ」

「武器?」

「想像してみて? 鉛筆を武器にしている人がいます。でも、私が持っていたのは消しゴムでした。字を書きなさいと言われて、鉛筆を持っていたらすらすら書けるけど、私は消しゴムだから書けない」

「……」

「消しゴムで字を書くために、消しカスを繋げて字にするとか、消しゴムで書いた線が見えるような物を探すとか考える」

「詰んでるな」

「包丁を武器にしている人がまな板だけしかもっていませんでした。まな板で野菜を切る方法を考える」

「包丁探せよ」

「だけど、私にとって鉛筆も包丁も探すわけにはいかない」

「なんで?」

「その武器は諸刃もろはつるぎだから」


 きゅるるんと可愛いポーズを決めた私に、瀬尾は真顔で「梅干し食べた?」とボケをかましてくる。


「酷いやつだなぁ! 人がせっかくとっておきの決め顔してあげたのに」

「酸っぱそうにしか見えなかったわ」


 げらげらと笑い出すが、私は聞こえるか聞こえないかぐらいの声で「そうすることしかできなかっただけ」と一言だけ本音を溢した。


 それは、終わりを告げるチャイムにかき消された。



ーーー…


「試練四、放課後の教室で嫌いなやつに告白しろ。なお、俺が日奈に接触したことは不問とする」

「はあ?」


 自分勝手なメッセージにむしゃくしゃして、髪の毛を掻きむしった。絶対私に気に食わないところがあり、お姉ちゃんに近づいたのだろう。本当に食えないやつだ。

 だけど、我慢するしかない。私は、あいつの奴隷だから。


「大丈夫?」


 声の主はかもちゃんだった。ああ、かもちゃんに会うのは久しぶりの気分。

 今日は地理の授業が終われば、放課後を迎えることになる。


「奴隷業務もあと少し!」


 明るく伝えると、かもちゃんは深刻な顔をしてしゃがみ、私の机に両手を置いた。目線の距離が縮まった。


「ツッキーに話したいことがある」


 喧騒けんそうに包まれた教室で、かもちゃんの声は鮮明に聞こえた。かもちゃんは、申し訳なさそうに顔面ランキングが行われた真相を話し出す。


 事の始まりは、かもちゃんが川原に自分の顔に自信がないと口にしたことだったらしい。それで、川原がかもちゃんに自信をつけてほしいため、数値的証拠としてランキングを示したようだ。

 それを今朝知って、すぐ話そうとしたけど、私が忙しそうだったから報告が今になったとのことだった。


「あたしの一言で、学年の女子を巻き込んだ事態になってしまったこと、そのランキングのせいで傷ついた人がいることが心苦しい」

「かもちゃんがお願いしたわけじゃなく、川原のバカが勝手にやったことなんだから、かもちゃんが責任を感じることはないよ」

「でも…」

「それにしても、川原の実行力は恐れ入ったな〜。かもちゃんのためなら、一部の女子から反感を買ってもいいみたい。実際、川原は私に仕返しされたわけだし」

「うん…割と本気っぽい」


 照れたように顔の角度を変えた時、かもちゃんの瞼にキラッと光るものが見えた。しっかり見ないと分からないけど、細かいラメで立体的な目元が演出されていた。


「アイシャドウ、可愛いね。今気づいたよ」

「ああ、ありがとう。なんとなく」


 かもちゃんの言うとおり、なんとなく化粧したくなる時はある。でも、その『なんとなく』に今回の川原のことが関わっているかもしれない。川原の行動が、かもちゃんを動かしたのかもしれない。


『試練四、放課後の教室で嫌いなやつに告白しろ』


 鬼からの指令を思い出す。私の嫌いなやつはあいつ(川原)になる。村坂も嫌いだけど、村坂の好感度を上げないとまたお姉ちゃんにちょっかいを出すに決まっている。そうなると、川原に告白することになるんだけど、それをかもちゃんが見たらどう思うのだろうか。

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