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姉を狙う者 7

「Sui!」


 お姉ちゃんを窓から剥がし、滑りの悪いサッシにはめ込まれた本体を開けた。生暖かい風と共に、黒い塊が飛び込んでくる。手にはロープがあるので、屋上から降下してきたのだろう。

 このSuiが偽物だったらどうしようと警戒したが、漂う雰囲気が先ほど感じた雰囲気と一致した。


「あいつは対処した。安心しろ」


 それは、陣東に仲間はいないという意味だろうか。それとも、今回は陣東の仲間はなにもしてこないという意味だろうか。

 その疑問をSuiにぶつけることはしない。なぜなら、そういう空気じゃないから。


 例え、陣東という危機が去ったとしても、Suiという危険人物をどう扱っていいのか私には分からない。

 気軽に「サンキューSui! 助かった〜!」なんて言える間柄ではないことは明白だ。お姉ちゃんに異常な執着を示しているから、お姉ちゃんには危害は加えないだろうけど。


 私にはこの男の情報が足りない。そして、私にそんな権利はないことも事実だった。家庭の決定権はSuiにあり、次はお姉ちゃん、その次に私と天宇、そして最後に淡成夫婦となっている。

 Suiとお姉ちゃんは話ができる関係だけど、Suiと私はそういう関係にない。私がSuiに近づくことも考えたけど、失敗を犯した場合に、その矛先がお姉ちゃんに向けられると非常に困るため、動くことができない。私はまだ、油断はできない。


「なにしてる。邪魔だ」


 突っ立っていた私に、Suiが不機嫌そうな声を出す。窓を閉めようとしたお姉ちゃんを制して、Suiは手袋をつけた手で施錠した。


「え?」

「消えろ」


 お姉ちゃんとSuiを二人きりにしろ、ということだろうか。お姉ちゃんを見ると、じっとSuiに視線を向けている。


 大丈夫だろうか。何かされないだろうか。心配になったけど、私には選択肢は一つしかなく、美術準備室を後にした。



 教室へ戻る途中、私の頭の中はSuiがお姉ちゃんにあんなことやこんなことをしないだろうかという妄想でパンクしそうだった。「お前のせいで俺が尻拭いしたんだから覚悟しろ」と迫り、お姉ちゃんを困らせてるいるのではないだろうな!赦さんぞ、Sui!


 赦さない…といえば、私にはもう一つ済ませなければならない用事があったことを思い出した。それは、あの野郎(村坂)の裏切り行為だ。お姉ちゃんとの接触は、重罪だ。

 足に力を込め、地響きを立てながら廊下を進んだ。その様子に「進撃の日奈もどき?」とボソっと呟いたやつがいた。


 二組の教室に踏み入れ、目をギロリとしてあいつを探す。キャーキャー集団に囲まれてるやつの姿は、ここになかった。

 静かに視線だけ送ってくる、クラスのやつら。不満に不満が溜まり、舌打ちを放って退出した。


 試練三の残りを収集し、しなびれた雑草のように、密かに呼吸を繰り返していた時、急に目の前が真っ黒になった。

 ゲームや少女漫画のように、気を失ったわけではない。後ろから伸ばされた手が、私の目元をおおっている。


「だ〜れだ?!」

「……瀬尾」

「せいかーい! よく分かったね!」


 声で分かるし、柚子の香りがするし、こういうことをする人も瀬尾ぐらいしかいないからだ。

 瀬尾は、こういう人懐っこい面も持っている。からかってきたり、大人っぽかったり、ふざけてみたり、つかみどころがない。今までにいなかったタイプの人だ。


「はい」


 拳を突き出される。これは、拳と拳を付け合う挨拶を要求されてるのだろうか。それとも、これから拳でぶん殴るぞという合図かもしれない。


 ぼけっとしている私をよそに、瀬尾が私の右手を取り、その掌に何か乗せた。瀬尾に握られていたものは、小さな箱だった。


「駄菓子?」

「うん。ちょうどポケットに入ってたから、月奈にあげようと思って。ジュースのお礼」


 果物のフーセンガムで、値段で言えば十円ぐらいだけど、“瀬尾からもらった”“数多くの人がいる中で私にあげる決定をした”という付加価値がつき、感動を生み出した。


「お礼を言うのは私の方だよ…」


 水波さんにジュースを配り挨拶してくれた件も、今回の件も…どうして瀬尾は私を喜ばせてくれるんだろう。大切にされてると、大切に思ってくれていると思ってしまう。


「瀬尾、ありがとう」


 だからこそ、瀬尾には幸せになってほしい。私に良くしてくれた以上に、瀬尾が幸せになれることを願う。


 包装を剥がして、箱を開け、想いを味わう。甘酸っぱい刺激が、体を循環した。



 そうだ。ひらめいた。私の大好きなお姉ちゃんと瀬尾が結ばれたら最高ではないか。

 あんな危険極まりない、恐怖で人を支配する未来のDV予備軍男のSuiより、ピッタリな旦那候補だ。


 もし、お姉ちゃんと瀬尾が付き合うなら全力で応援する。瀬尾がお姉ちゃんを好きなら、全力でサポートする。する、というかむしろさせてほしい!

 大好きな人、かける、いいやつ、は、エターナルラブにならないだろうか。


「ねぇ、瀬尾」

「なに?」

「瀬尾って、お姉ちゃんのことどう思う?」


 数回瞬きをしてから、瀬尾は表情を変えずに口を開く。


「月奈ほどではないかなって思ってる」


 バカな質問をした。実におろかなり。瀬尾は、優しいからそう答えるに決まってるではないか。美人を嫌う人はいない。よって、瀬尾も例外ではない。

 お姉ちゃんと瀬尾のカップルか。そうなれば、私も晴れてお役御免になるのか。


「月奈に聞きたいことがあるんだけど」

「ん?」

「淡成日奈の身代わりになるって言ってたけど、どういう意味?」

「……」

「月奈は月奈だよ。他の誰でもない、世界でたった一人の月奈なんだよ?」

「……」

「もし、抱かれたいだけなら俺が相手になる」

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