姉を狙う者 5
その後も、順調に調査を進めた。反応はそれぞれで、手を当てながら高らかに言う人もいれば、困った顔をしながら渋々教えてくれる人、怒り出して機嫌が悪くなる人などだった。
デリケートな問題であるため仕方ない。私でも急に親しくもない人に言われたら、その人のこと嫌いになることもあるだろう。コンプレックスに思っている人にとっては、傷を抉られ、嫌な気持ちにさせられたかもしれない。
私も同罪だけど、村坂の罪は重い。
お詫びの気持ちに秘密兵器を使いつつ、村坂派には、明らかに小さいサイズを言うことによって、本当のサイズを引き出すことに成功した。最大八人グループだったが、一斉にツッコミがくるため、聖徳太子のように聞き分けて情報を収集した。アルファベットくらいだったら、問題ない。
スマートフォンと軽くなったジュースの袋を手に持ちながら、とぼとぼ歩く。さすがにお腹空いたし、疲れてしまった。ここまでざっと七割で、残り三割だ。
「ご苦労様!」
「水波さん…」
「今朝ぶり。ジャージじゃん。似合うね」
「ありがとうございます」
可愛らしい顔に小さい手、その手には見覚えのある紙パックが握られていた。
「…うん? これ? 飲む?」
「……」
水波さんは、私と間接キスをしてもいいと思っているらしい。女神なのではと思った。
「うふふ。顔を赤くしちゃって可愛い。冗談に決まってるじゃーん」
「さすがに分かってマス」
「そ? …これね、もらったの。全然好みのタイプじゃなかったけど『月奈をよろしく〜』って」
「……」
瀬尾が?私のために……?
てっきり、私は瀬尾の友だちに配る用としてもらったと思っていた。まさか、私のために水波さんへ渡したとは想像もしなかったことだった。
瀬尾は、どこまでいいやつなんだろう。外見だけではなく、相手を思って行動もできるイケメンだ。感じていた疲れが、どうでも良くなったくらい嬉しかった。
「気になったんだけど、どういう人がタイプなの?」
「私…?」
「うん。八紘にキャーキャーしないし、自分を大切に思ってくれる男はいるみたいだし。そんな人が好きになる人って、どんな人だろうという疑問?」
「う〜ん…私は……」
問いかけに目を泳がすと、視界にとんでもないものが飛び込んでくる。想像をしなかったわけではない。想像はしたけど、自分が頑張っていれば、未来にはない光景だった。
「八紘!」
嬉しそうな水波さんの声。チラッと水波さんを捉えるも、視線を戻す村坂。その視線の先には、光を放ち、周りを明るく照らす、お姉ちゃんの姿があった。
「どういうこと?」
私の問いは届くことなく消える。
村坂が話しかけ、お姉ちゃんが答える。眩しくて目を細めてしまうほどの笑顔に、村坂も表情が柔らかい。美男美女の映画のような、ワンシーン。
一般的には、ただの世間話をしているだけで、なんでもないことなのだろう。でも、私にとっては心臓を握り取られたような感覚で、その成り行きによっては、私の人生に幕が下りることもあり得るのだ。
二人の世界を作っている村坂とお姉ちゃんのペアに、水波さんと私のペアは、無言のサインを出し合い、決行した。
「八紘〜」
水波さんが、村坂の腰に抱きつく。私が、お姉ちゃんを村坂から引き離す。村坂は、お姉ちゃんに視線を外さない。
お姉ちゃんは「月奈〜!」 とラブリーな笑顔で私の名を呼び、私はドキドキキュンキュンなラビリンスへと誘われかけた。
「日奈!」
その声で、お姉ちゃんの名前を言うな。目で見て、鼻で匂って、耳で聞いて…お姉ちゃんの存在を感じるな。お姉ちゃんで感情を満たすな。触ってみたい、味わってみたいなんて、絶対思うな。
でも、お姉ちゃんを前にしたら、そうならない方がおかしいのが現実だ。
水波さんを剥がして、私が村坂の背後から腰へ蛇のように巻きつき、持ち上げ、廊下の合成樹脂系塗床に後頭部か肩を叩きつけてやる…妄想をした。水波さんがいなかったら村坂に、確実に、必殺“ジャーマンスープレックス”をかけていた自信がある。
その後、どんな地獄が待っているかの想像はしなかった。私が、村坂から与えられるだろう痛みはどうでもいい。お姉ちゃんが、村坂の餌食になることだけは避けたかった。
「お姉ちゃん! なんで村坂と一緒にいたの?」
村坂をお姉ちゃんから引き離すことに成功し、「一位と十九位だ」「女神と奴隷だ」と口にするモブたちを素通りし、屋上へと続く階段前の廊下の端へと移動した。
窓越しに見える、明るく晴れた空も、変幻自在な雲も、絶景とされる山も、お姉ちゃんの背景と化し、引き立てるモノに成り下がる。
お姉ちゃんに注ぐ光が、髪の毛の艶や肌のきめ細やかさを際立たせる。
「なんでって…話しかけられたから」
「なんて?」
「日奈だよなって」
「それで?」
「村坂くんだよねって」
「他には?」
「他〜? 普通の世間話してただけだよ」
「どんな!?」
「…月奈の話は全く出てこなかったよ?」
「そんなことはどうでもいいの! 私は、村坂がお姉ちゃんに「日奈さーん!」」
階段を駆け下りてくる男子が、お姉ちゃんの名前を馴れ馴れしく呼ぶ。また、お姉ちゃん狙いの曲者が現れた!
「陣東くん」
「誰?」
「同じクラスの人」
「ああ、しつこく付き纏ってくるって言ってた人か」
ブンブンと腕を大きく振り、左手にはラッピングされた透明な袋を持っていた。ニコニコと胡散臭い笑顔を作りながら、お姉ちゃんに近づく男の前へ立ちはだかる。
「日奈さ…日奈さん」
図々しく、お姉ちゃんに手を伸ばしてくる男。分身の術を使ったかと思わせるほどの素早さでガードをした。なにがなんでも、触れさせない。




