姉を狙う者 3
「隠さなくてもいいのに。そういえばね「ごめん、かもちゃん! 用事があるから行ってくる!」」
かもちゃんの言葉を遮り、財布を握って教室を後にした。かもちゃんの顔もまともに見れず、話す時間もなく、癒しの時間がなくなった。
廊下で楽しく雑談している生徒や目的地に向けて歩みを進める生徒を追い越していく。風のように速く、人と人の間をすり抜けていく。
その途中でヤンキー座りをしている金髪の連中に絡まれた。ヤンキー座りをしている体を後方へ倒したり、立ち上がった人には足払いを決めて振り払った。
ヤンキー座りは別名う◯◯座りと言われ、姿勢や腰痛の改善になる。不良集団も健康に気を遣うとは素晴らしいことだ。
下駄箱の前にある自動販売機まで辿り着くと、種類の多さに驚く。村坂の希望はジュースということだが…ジュースと言っても数種類の果汁入りのものや炭酸のものもある。容器も紙パックや缶、ペットボトルだ。
完全な偏見だが、村坂はブラックコーヒーが好きなイメージだった。失礼を承知で言うが、あのツラで甘い物が好きなんて、笑ってしまう。あの血も涙もないような男が。
村坂の言動を思い出す。あいつのことだから、私が選んだジュースではなく別のジュースを買ってこいと言いそうだ。ここにあるジュースを全部買えば防げるだろうか。なんと私は、最悪の事態を想定して動ける、優秀な存在なのだろう!
まさか、あの村坂でもジュースではなくコーヒーを買い直してこいと、クソみたいなことは言わないだろう。まさか、ね。
「気分じゃなくなった。コーヒー買ってこい」
「……」
ただでさえイラッとしたのに、取り巻きーずがざまあみろという顔で見てくるのもうざったい。大事に、赤子を抱く母親のようにジュースを抱える私は、こいつらに投げつけてやろうかと思った。紙パックの角や缶やペットボトルの固さで悲鳴をあげればいいのに、と。
そもそも、コーヒーを買ってこいと言うなら、コーヒーの中身は私が飲み、空いた容器に泥水を流し込み、村坂が口の中をジャリジャリさせるのをゲラゲラ笑ってやればよかった。そして、歯の隙間に細かいカスが詰まる展開、泥パックで歯が着色する展開に発展すれば少しは気持ちが晴れるのに。
そんなことを実行すれば、お姉ちゃんを守れなくなるため実際にはしない。私は、面従腹背だ。
「何してる? 早く行け」
「ブラックですか?」
「カフェオレだ」
やはり、甘い飲み物が好きらしい。
村坂にカフェオレを渡したのにも関わらず、小姑のように細かいことまで口うるさくされ、げんなりして自分の席に戻ると、瀬尾が座っていた。爽やかな落ち着く匂いと、柔らかい表情に肩の力が抜ける。なんだかんだいって、瀬尾も癒される部類なのだろう。
「月奈」
立ち上がろうとした瀬尾の頭の上に、桃の紙ジュースを置いた。瀬尾は、落ちそうになるそれを手で支え、目線を上の方へと向けた。
「なに、これ?」
「瀬尾に、飲んでもらいたいなぁって思って」
「え。飲む。月奈からのプレゼント…!」
紙パックのパッケージのように、桃の果汁百パーセントの濃厚でとろりとした瀬尾の笑顔が弾けた。そして、手に持った紙パックを両手で胸に寄せる。
なんだ、村坂との圧倒的な違い。同じ高校生で男に分類されるのに、一緒にいて沸く気持ちがこんなにも違う。これが、性格の相性というものだろうか。
机の上に残りのジュースを置く。行き場のなくなったジュースらを他人事とは思えない。
「こんなに……どうするの、これ?」
「瀬尾があげたい人に、あげていいよ。二、三個なら」
「他は?」
「うーん…」
どうすべきかと考えていると、スマートフォンが揺れて通知を知らせる。瀬尾とアイコンタクトをしてからメッセージを開くと、鬼から次の指令が出ていた。
「試練二、掃除当番変われ。試練三、学年の女子全員のカップ数を聞け」
「…賄賂として使うかも」
掃除はともかく……村坂が気持ち悪い。ドン引き。本当に、無理。
次の休憩時間に村坂のクラスに行き、掃除当番仲間に挨拶周りと「先に掃除しときますね」という声がけをする。一人でT字タイプの箒でささっとゴミをまとめ、塵取りで掬い、ゴミ箱へ入れた。
不思議そうに見ていた他クラスの人も、村坂の代わりだと気づき、次第に気にする人はいなくなった。
その次の休憩時間は、四時間目の体育に備えてジャージに着替えた。まだ、数回しか着ていないジャージは、洗濯後も少しだけ新品の匂いが残っていた。何度も着れば、匂いも着心地も私の専用になるだろう。
もう少し、もう少しだ。