姉を狙う者 2
「どういう?」
「あたしたちは、顔のいいセクシーな男に抱かれたい女。八紘は、ヤりたい男。そのマッチングなの!」
「アクセサリー感覚でもあるよねっ。自分を飾る道具みたいな?」
「外見にしか、興味ないの!」
「……」
取り巻きは、匂いという壁を乗り越えた強者で、厳選されていて、苦行に耐えた美女たちという噂だから、取り巻きという近い存在になった人だから見える、あいつの良さというものがあるのかと勝手に思っていた。
確かに、取り巻きAもBも美人だけど、村坂を外見しか見ていないのは、私とそんな大差ないのかもしれない。
「だから〜捨て身で色仕掛けしてる淡成が惨めで、応援したくなって〜」
「ちょっ…そんなこと言ったら可哀想だから!」
「……」
自分たちは、身を削ってないからバカにしに来たってことか。はいはい。
期待した仲間は手に入らなかったけど、取り巻きがどういう人たちか分かってよかったかも。これから、村坂に関わらないといけないということは、村坂に纏わりついている取り巻きとも関わる機会が増えるということ。取り巻きたちとは、当たり障りないコミュ二ケーションを取るべきということが判明した。勉強になりました!
「あ、傷ついた? 悪気はないんだけど〜」
「悪気がない方が、タチ悪いからっ!」
「……あの、私もう行きま「あ〜あたし抜きでなに話してるの〜?」」
ふわふわのピンクの髪が、ピンクの毛皮みたいだ。目や鼻、口のパーツも、うさぎみたい。可愛い顔がぴょっこりと現れた。
取り巻きAとBは、声を揃えて「なつめ!」と彼女の名前を呼んだ。
「おっはー? ちょっと、ひどいじゃん〜! あたしだけ、仲間はずれ?」
「そんなことないよ!」
「たまたまなつめがいなかっただけで、そんなつもりはないよ!」
水波さんの登場で、取り巻きーずは焦りを見せる。水波さんの機嫌を損なわないように、気を張っているのが分かる。水波さんの格…地位が高いんだろう。村坂派の取り巻き界の女王的な存在なのだろう。
「そうならいいんだけど。寂しいから、今度からは仲間に入れて?」
「もちろん!」
「当たり前だよ!」
可愛い、の中に自信のようなものが滲み出ている。村坂歴の長さからだろうか。
「もうすぐ八紘来ると思うから、迎えに行ってきたら? あたしは〜…この子と話したいなぁ」
大きな黒目が、私を捉える。遠回しに邪魔だと言われた取り巻きAとBは「行ってきまーす!」と足早に去っていって、その後ろ姿を見送った。
水波さんは、笑顔をキープしたまま私と向かい合い、人差し指に髪を巻き始める。
「あのね」
「……」
「八紘のことなんだけど」
「……」
「よろしくね?」
「え?」
髪を払い、人差し指を顎に置いた。可愛い。
「誤解されやすいんだけど…いいやつなの」
「……」
「八紘のことを道具やアクセサリーとして扱う人もいるけど〜、八紘は八紘でいろいろ考えてのことだから」
「……」
私としては、村坂がお姉ちゃんを諦めてくれれば村坂のことなんてどうでもいい。村坂の事情は興味ない。
「八紘は……」
「……」
「あなたのこと、気に入っていると思うよ?」
いや。ここまでしているのに気に入ってないのならとても困る。例えば、生贄として身を犠牲にしているのに、スルーされたらやっていられない。なんでやねん、とツッコみたくなる。
「あたしたち取り巻きのことは、見守り隊と思ってね」
「…もしかして"見守りたい"とかけてます?」
「何か言った?」
「いえ」
水波さんは、フッと吹き出して笑う。無邪気な笑顔に、自然とこちらも頬が緩む。女子たちのキャーキャーする声が近づいてくることを耳に入れながら、水波さんは最後にこう言い残した。
「八紘のこと、これから知っていってね」
私が教室に入って注目を浴びていると、キャーキャー集団が通り過ぎていったので、村坂が通ったことが分かった。
クラスの中には「ご主人様のおな〜り〜」、「おはようございますご主人様、は?」と冷やかしてくる人がいるので、筆箱から定規を取り出し自分の左手に勢いよくバチンッと打ちつけた。すると、ピタリと声が止んだ。
かもちゃんを見ると、かもちゃんの後ろの席の川原が必死に話しかけていた。かもちゃんは、毛糸を編むことに集中していて空返事だったが、それでも川原は嬉しそうで呑気なやつだなと感心する。
少しずつ、少しずつ、オレンジの欠片がカモちゃんの手によって作られていった。
国語総合の授業を終え、スマホを見ると村坂からメッセージが入っていた。名前は自分で変えられるので、"鬼"に変えてある。理由は、お姉ちゃんに危害を加えようとする、悪の存在だからだ。
鬼からのメッセージはこうだ。
「試練一、自動販売機でジュースを買ってこい。今すぐ」
「は?」
単なるパシリで、思わず声が出た。私の声が聞こえた人は、私を見て怪訝な顔をする。
「ツッキー!」
かもちゃんの声がいきなり聞こえて、反射的にスマートフォンを隠す。隠してから、かもちゃんに隠す必要なんてないことに気づき、スマートフォンを元の位置に戻した。
「んん? もしかして、村坂くん?」
「あ……あー……うん」