姉を狙う者 1
ーーー…
「ねぇ、昨日、あの人が村坂くんと奴隷契約したらしいよ」
「それ、知らない人いるの? 昨日、すごいツイッミーに拡散されてたじゃん! いろんな人からもメッセージが来たし!」
「そうなの? あたしは、隣のクラスの人からスクープだって聞かされたんだけど」
「取り巻きだけじゃなく、隠れ村坂ファンもいるからね」
「眺めるだけで満足って感じ?」
「いや…あいつらは虫なの。村坂に虫除けされてんの!」
「虫除け…」
「わざとキツい匂いを体に纏って、女避けしてるって噂だから」
聞こえる音量で、コソコソと話をしている女子が二人。お姉ちゃんを教室に送り届け、自分の教室に向かう途中の廊下ですれ違う生徒たちは、私の姿を視線で追ってくる。
「女避けって…村坂には、取り巻きがたくさんいるじゃん?」
「取り巻きは、匂いという壁を乗り越えた強者なのよ! 厳選されたの! 苦行に耐えた美女たちのみ、手を出してんのよ」
「え、取り巻きって、ただキャーキャー言ってるだけかと思った」
「メルヘン少女かよ! 寝てんに決まってんじゃん! だから、取り巻きたちはいい気してないんじゃない? 奴隷さんに」
顔面順位が発表された時は嘲笑や同情の目が多かったけど、今回は嫉妬や攻撃的な感情が私を突き刺す。
私には分からない、村坂の良さというものがあって、彼女らはそれを察しているらしい。あの、遺伝子レベルで苦手な匂いがしても、近づこうとするほどに。
でも、それを聞いて私は思った。女避けしているあいつがお姉ちゃんを欲しいということはそれほどお姉ちゃんに本気ということだろう。手に入れたいのに、顔すら知らない…そんなことはあるのだろうか。
「奴隷って必死すぎ!」
「姉に男取られたくなくて、カラダで誘惑?」
「一位の村坂に媚び売って、自分の価値を上げる作戦?」
他人の都合よく作られた妄想が、あちこちから耳に入ってくるけど無視した。どうでもいい。あんたらが私をどう思っていようが。どう、思いたいのだろうが。勝手に妄想して、バカにしていればいい。私も、そんなやつらに興味ないから。
「そろそろ、取り巻きたちも登校してくるんじゃない?」
「喧嘩勃発? 大乱闘? 村坂取り合って、学校がバトルフィールド化?」
盛り上がる女子二人。ところで。
「いつまでついてくる気?」
コソコソと話しながら、私と同じペースで歩いていた彼女らにツッコむと、右手を後頭部へ持っていき、舌を出してきた。てへぺろで、許されると思っているらしい。
「あんたたちいい加減に「淡成はっけーん!」」
肩に重い物がのしかかり、足が悲鳴を上げる。ロングの黒髪が視界に飛び込んできて、優雅で気品を感じる、強めの香りがツンと届く。
「「取り巻きーず!!」」
「はあ〜い! 取り巻き予備軍の淡成サン」
「「あたしたち、退散しま〜す!!」」
コソコソ系女子ーずは尻尾を巻いて逃げ出した。私は取り巻きーずのAさんとBさんに両側からガッシリ肩を組まれ、逃げ場がなくなる。
廊下を歩く他の生徒たちは、これから起こる状況を想像しながら、止めようという気を起こす者はいない。新人が先輩にいびられるのを楽しみにしている人やなりゆきを見ている人、どうでもよさそうな人などでガヤガヤしていた。
「淡成!」
「はい」
私の肩にのしかかっていた取り巻きAが、話しかけてくる。コソコソ系女子ーずの未来予想を思い出し、次の言葉に怯えた。
暗くて人気のない場所に連れ込まれて、痛い目に遭う? 仲間を呼ばれて、取り囲まれ凄まれる? いじめの標的にされ、学年…いや、全校生徒からの集団リンチに遭う?
考えれば考えるほど、被害妄想が膨らんでいった。冷や汗と激しい心臓音が、恐怖の数値を表す。
「あたしたち……」
「……」
「仲良くしようね〜〜」
「……………え?」
頭をぐりぐり戯れるようにされて、余計困惑する。なんだろう、この人懐っこさは。想像と全然違う!
「聞きたいことがあったら、何でも聞いて? 話したいことあったら、いつでも聞くよ?」
「あの八紘の相手をするんだから、困った時は助け合お?」
「あ……」
「お、どうしたどうした? 何固っちゃってんの? ボケ?」
「ボケかまされた?」
「いえ…」
キャハハと甲高い笑声が両側からキンキン響いたけど、思わぬ仲間ゲットに顔が緩んでいく。私たちに注目していた人たちも、和やかな雰囲気に興味をなくし、散っていった。
「それにしても奴隷契約なんて、思い切ったことしたね〜」
「そんなに抱かれたかったの?」
「まさか。違いますよ」
「え〜? だって、それ以外に八紘に近づく理由なんてなくない?」




