それぞれの思惑 10
「は? お姉ちゃんの料理の素晴らしさの前では誰でも霞むわ! 例外なく、あんたも霞んでるからな天宇」
「きもいっつってんの。その顔やめろ」
「あ? 顔は元々だから。つーか、お姉ちゃんが一生懸命作った料理を当然のように思ってんじゃねーよ」
「誰がそんなこと言った?」
「顔がそう言ってんだよ」
「顔は元々だって、自分でも言ってたろ」
「顔の話なんて、どうでもいいんだよ。お姉ちゃんの愛情たっぷりの料理冷めるから、話しかけないで。さっさと座って、さっさと幸せを噛み締めろ?」
「何で月奈が偉そうなんだよ」
「お姉ちゃんが丹精込めた料理が、偉大だっつってんの」
「二人とも…いいから、食べなさい」
「「…はい」」
お姉ちゃんの一声で、ピタリと言い合いは止み、着席する。天宇はまだ何か言いたそうにじっと見てくるけど、視線に気づかぬフリをした。
横幅が狭い一辺を私と天宇が、広い一辺はお姉ちゃんが使用する。準備されたランチョンマット、箸置きに設置されたお箸、マグカップに入れられた抹茶ミルク。今日も完璧だ。さすが、お姉ちゃん。
お姉ちゃんは疲れた表情を浮かべ、エプロンを外す。Suiの監視も終わったようだ。三人揃っていただきますをし、手をつけるのももったいない料理に感謝しながら口に運ぶ。頬が落ちそうな美味しさに声が出そうになるけど、お姉ちゃんに怒られるので黙る。
それでも、抑えきれない喜びに浸っていると、天宇が無言でうざいという顔をしてきた。はん。お姉ちゃんの料理で、お腹も心も満たされている今、そんなしょぼい攻撃なんて無敵状態の私には効かん!今なら、何されても赦せるかもしれない。心に余裕がない時は、人に優しくできないと言うしね。
「姉ちゃん、これ食べてー」
「はいはい」
「姉ちゃん、ティッシュ取ってー」
「はいはい」
ピキッ。甘えんな、天宇!
「お姉ちゃんに何させてんじゃ!!」
食べている途中で、立ち上がる。威嚇するように、毛を逆立て、歯を剥き出しにする。そんな私を冷めた目で見返し、バランスの取れた唇を動かす。
「月奈でもいい」
「最初からそうして!」
「月奈、座りなさい」
「…はい」
お姉ちゃんに言われたため大人しく座り直すと、天宇が鼻で笑う。お姉ちゃんが見ていないことを確認してから、手の甲を向けて中指を立てた。Fuck you!!満面の笑みを添えて。
お姉ちゃんが振り向く気配がしたので、指を滑らせて指ハートへ変える。はぁ、危なかった。
危機を乗り越え、食後のデザートはチョコケーキが出てきた。一口サイズの濃厚チョコで、しっとりしていて口の中で溶けて消えた。甘すぎない大人の味で、甘いものが苦手な人でも食べられるかもしれない。ああ、幸せ。ご馳走様でした!
「月奈」
お姉ちゃんの手作り料理をお腹に満たした幸福感で、スキップしながら、るんるんと上機嫌でお姉ちゃんに着いて行く。階段を上り、お姉ちゃんの部屋に入ると鍵を閉められ、お姉ちゃんを痛みというサインで体に刻む。
『今日、覚えときなさいよ』
髪を掴まれ、以前髪を切られたこともあったなと思い出す。髪が長いとイライラすると言われ、ショートヘアにした。全身に走る衝撃は、痕が残ることもあるので長袖長ズボンは欠かせない。お腹の中も、心も、皮膚も筋肉も骨も内臓も、お姉ちゃんで、過多で、多幸感。今日も、お姉ちゃんのおかげで生きている。
お姉ちゃんが食器洗い後、お風呂へ入ってる間に、乱れた部屋の片付けと髪の毛や唾が飛んでないかチェックする。体がお姉ちゃんを叫んでる中、自分の部屋に戻り狂ったように笑った。
お風呂上がりで汗が出ても、長袖長ズボンを着用する。ショートヘアなのでドライヤーが楽なのが助かる。長袖長ズボンだって、体を冷やさないようにするためにいいことだ。
よろよろしながら、リビングのソファに歩いていく。右端には先客がいて、スマートフォンをじっと眺めている。私は、左端に座り、ボーッとテレビの多彩な光を見ていた。
毎日、この時間はこの配置だった。
「……」
「……」
テレビの笑い声だけが広いリビングに響く。テレビの騒がしさと私たちの静けさの差を感じる。
私と天宇は、無言でもここにいる。話さないなら部屋にいればいいのに、ここにいる。
もしかしたらだけど、天宇は気づいているのかもしれない。私が、お姉ちゃんから暴力を受けていること。それか、本当の姉弟に交ざる他人を可哀想と思ってくれて、優しくしてくれているのかもしれない。私が話したくなったら勝手に話せば、というスタンスなのかもしれない。逃げ場を用意してくれているのかもしれない。
「スマホばっか見て……彼女できた?」