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99話 居住区

 それから食事の時間さえも忘れて約5時間にも及ぶヒナとメリーナの馴れ初め話……否、メリーナという少女がどれだけヒナに心酔し、ヒナを愛し、尊敬し、崇拝し、憧れていたか。それを説かれ、ヒナの頭は既に限界を超えていた。


 誰だってそうだ。

 恋愛はもちろんのこと、誰かに直接的な好意や尊敬の念を抱かれる事だって、最初から慣れている人はいない。

 いや、ヒナは実際にはラグナロク内で魔王と呼ばれ恐れられていたことは知っていたが、ヒナ自身はさほど興味のある事では無かった為に各種SNSでエゴサなんかをして自分に対するネット民の意見を真剣に見ることは無かったのだ。


 唯一PVPの個人戦を行う時だったりPK集団に狙われていると悟った時はそのプレイヤーのSNSを特定し、そこから情報をこれでもかと盗み取るためにありとあらゆることを頭に叩き込んだ。

 その過程で自分の評価に触れる事はあったかもしれないが、その時は相手がどんな人間で、どんなプレイスタイルなのか……。その事ばかりを重要視していたので、どうでも良い自分への評価なんて気にも留めていなかったのだ。

 それが仇となった。


 今、ヒナはなんとか顔を覆いながらうぅと情けない声を発するだけに留まっているが、雛鳥が話を始めて数分後には奇声を上げながらやめてと連呼していたのだ。

 無論それが聞き届けられる事は無かったため、マッハ達3人の雛鳥やメリーナに対する態度が大幅に変わったのだが、その代償としてヒナのメンタルはボロボロになっていた。


「殺して……。もうころしてぇぇぇ……」

「ヒナねぇはほっといて良いよ。多分そのうち復活するから」

「ん、こうなってるヒナねぇは新鮮」

「……うん、ちょっと面白いからこのままでいい」


 そんな辛辣すぎる3人の言葉にさらにひぇぇと情けない声を漏らすヒナだったが、雛鳥はマッハ達がそれをスルーしているので心を鬼にしてスルーする事に決めた。

 彼女も食事を忘れて必死で……それこそ、どこからこの熱意が湧いて出てくるのかと不思議なほどベラベラと饒舌に話してしまった事は若干ながら恥ずかしかった。


 しかし、今はそんな事を気にしている余裕はない。

 この後はすぐに彼女達をもてなす準備を始めなければならず、話の途中で部屋へ戻ってきた紅葉には大浴場と食堂の準備を進めるよう指示を出していた。

 彼女達がすぐにでもくつろげるように万全の準備を整えさせ、ダンジョンやこれまでの生活の中で溜めこんで来ただろうストレスや疲れを一気に解消してもらわなければ。


 雛鳥がここまでする必要は本来は無い。

 しかしながら、彼女自身にもその明確な理由は分からなかった。

 己に刻まれた膨大な設定にも、ヒナを必ずもてなさなければならないという記述は無い。

 ヒナの命令を聞いてほしいという内容は刻まれているが、それはあくまで副次的な物であって、ヒナに「寛がせて」と命令された訳では無い。


 あくまで、彼女は自発的に行動していた。


 その行動の根本にある物が『ヒナへの尊敬や畏怖の気持ち』なのか、それとも押し殺したはずの『自身の希望と野望、願い』の為なのか。それは、分からなかった。

 それが分からない事に……自分の心の内なんて、自分が一番よく知っていなければならないはずなのに、それが分かっていない事が彼女の怒りを膨張させていた。

 だが、それを悟られるわけにはいかないので平静を装いつつ、自分の真意を探る為に深く考えを巡らせる。


「ヒナさ……ん。そして妹様方、食事の準備等を進めておりますが、先に入浴を済まされますか? このギルドの居住区には様々なスペースが完備されておりますので、大抵のことは――」

「洗濯機ある!?」


 雛鳥の声を遮りつつ、マッハは自分の着ている服を強調しながらそう言った。


 彼女と相対した頃であれば敵かもしれない、牙を向いてくるかもしれない彼女の前で服を脱ぐ事には抵抗があったが、その評価は今やエリンと同等か、下手すればそれ以上だ。

 彼女が自分達に牙を向いてくるなんてことはあり得ないし、そもそもヒナや自分達家族の次に信用していると言っても過言では無かった。


 そんな人だからこそ、マッハは自分の衣服の洗濯が出来るかどうかを真っ先に尋ねた。

 気にしない事でなんとか我慢していたが、ベタベタする感覚はやはり残っているし、洗えるのなら洗いたいと言うのが本音だった。


「洗濯機はありませんが、装備の洗浄でしたら可能です。武器職人のスキルにその手のスキルを持っている者がおります」

「……スキル? え、そんなスキルあったっけ?」


 マッハは、ヒナがラグナロクに存在していた全てのスキルを集めていると知っている。

 それはクラス固有スキル等を除くものではあったが、所定のクラスの者が使う事で威力が上がり、逆にそのクラスを収めていなければそもそも使えなかったり、威力が格段に落ちてしまう物もある。

 それでも、ヒナを含め4人は使えない物も含めた膨大な数のスキルや魔法を習得している。

 その中に、洗濯に関するものなどなかったような、そんな気がしたのだ。


「武器職人の中でも衣服専用というクラスを極める事で手に入る固有スキルがあるのです。あまり情報は出回っていなかったためマッハ様が知らないのも無理はありません。それに、武器職人以外が手に入れようと思っても手に入れられる物ではありませんので」

「へぇ……。ちなみに、そのスキルの効果って?」

「指定の装備を清め、耐久値や表面的な汚れ、その他諸々を初期状態に戻すという物です。ラグナロク内ではそれほど使われていませんでしたが、この世界では日常生活に欠かせない物であると確認しております」


 確かにそんなスキルがあれば、洗濯等も容易だろう。

 今までそれをしてこなかったが不思議と汗の匂いなんかは衣服から漂ってきていないが、このほぼ安全と言える場所で洗濯が出来るのであればしておいた方が良い。

 その意見はヒナ以外の全員が一致し、すぐに衣服を脱ぎだして下着姿へと変身する。


「ふぇぇぇ!? ちょ、ちょっと皆!?」

「……なに? ヒナねぇ、私達の裸なんてお風呂で見慣れてるはず」

「なんかそこまで恥ずかしがられると、逆にこっちが恥ずかしい~」

「……ヒナねぇ、変な事考えたりしないで」


 マッハは剣士というコンセプトそのままに晒しを巻いているが、その他の2人は特に下着らしい下着を身に着けていない。

 いや、その言い方は正しくなく、幼児向けの少し幼い感じの下着を上下で身に着けていた。


 確かにヒナも、お風呂なんかで彼女達の裸は既に見慣れているし、自分の裸を見られる事にも特に抵抗を感じることなく過ごす事が出来る。

 しかし、裸と下着姿はまた別物なんだなと思わせるほど、その無防備すぎる姿は目に毒だった。

 無論性的な目で見たりはしないのだが、無性に恥ずかしくなって思わず目を逸らしてしまう。


「変なの~!」

「……じゃあ雛鳥、私達の大切な装備を預ける。どれくらいで終わる?」

「3着ですと……そうですね、大体3日ほどでしょうか。スキルは1日1度が上限ですので、3着全てを同時にとはいかないのです。申し訳ございません」


 そう言いながら頭を下げた雛鳥は、受け取ったケルヌンノスとイシュタルの衣服を一度返却する。

 マッハの衣服に汚れが目立つので、必然的に彼女の物を最優先で仕上げようと考えたのだ。


 そのデザインはメリーナの資料にあった物と同じもので、記憶が正しければマッハのそれだけは効果が全く分かっていない。

 神の名を冠する武器以外の攻撃でダメージを喰らっていないようだという記述があった気がするが、そんなバカな話があるのかと言いたくなるほどの代物だ。

 それが今自分の手の中にあると再認識して生唾を呑み込むが、それでも彼女がやるべきことは変わらない。


 服の洗浄は30分程度で終了するので、彼女達にはまずお風呂に入ってもらう事にし、薄暗いメリーナの部屋から一歩外に出る。


 このギルド内は主に会社の社長を名乗っていたギルメンの1人がほとんどお金を出し、ギルメンのデザイナーや設計士に内装を任せた物だ。

 ダンジョンの最下層のさらにその下ということでスペースはそこまで広くないが、主要メンバー5人の個室と風呂、食堂、カフェや賭博場など、一見どうでも良いようなものまで揃っている。

 別に賭博をしてもゲーム上で何か損をするわけでもないのでギルメンの評価はそこまでよくなかったのだが、自分達がお金を出している訳では無いので文句を言える立場にはなかった。

 無論、金を出していたギルメンも数日でその賭博場を使わなくなったので、結局誰も得しないという結果しか生まなかった訳だが……。


「大浴場はこの先の通路を進んだ先にございます。表に魚がいますのですぐに分かるかと思われます」

「さ、魚……?」

「はい、魚です」


 有無を言わさず。ともかく、見れば分かるとそう言った雛鳥は、逆方向だからとマッハの衣服を工房まで届けに行った。そこに常在しているNPCが例のスキルを使えるとの事で、時間短縮と己の思考を纏めるためにいったん彼女達から離れたのだ。


 残されたヒナ達4人は、レッドカーペットが敷かれたどこか仰々しい廊下を言われた通りに歩きつつ、ほとんど裸の状態になっているマッハがおかしそうにはしゃぐ。

 それをスキルを使用して止めながらケルヌンノスが目を凝らすと、確かに少し行った先に魚……と言われても仕方のないような存在が地面にちょこんと座っていた。


「……あなたが、魚?」

「ギョギョ!? あなた様方が雛鳥様が仰っていた客人方ですギョギョ!?」

「『……』」


 魚と呼ばれるそのNPCは、頭がシャチのようになっており、上半身はマグロのような形をしており、下半身はマーメイドのように不自然に伸び切ってぴちぴちと水のようなグラフィックを常時発生させている。

 その顔からは似つかわしくない程の渋い声と奇妙な語尾に若干イラっとしつつ、先頭のマッハがコクリと頷く。


「ギョギョ!? 我が大浴場に一番にいらっしゃるとは、なんとお目の高い! ささ、どうぞお入りください! あ、不要かと思われますが、赤い布の掛かっている方にお入りください。あ、ギョギョ!?」

「わざと……?」

「言わされてる……」

「なんか気持ち悪い……」


 三者三様の辛辣な言葉を投げつつ、ヒナ達は銭湯のような分けられ方をしている大浴場へと足を踏み入れた。

 その中もまるで銭湯をコンセプトにしているようで、和の雰囲気を取り入れた茶色の竹が敷き詰められた古風な床と藁で編まれた籠が無数に並べられていた。ここに着替えを置いていけという事だろう。

 脱衣所の一番奥の扉は引き戸になっているらしく、その奥は湯気で真っ白に染まっていて先を見通す事は出来ない。


 だが、久しぶりの湯舟という事でテンションがあが――


「湯舟~! 初めての湯舟~! 私がいっちば~ん!」

「……マッハねぇズルい。私も行く……」

「けるねぇ待って、まだ下脱いでない」


 ラグナロクには和の要素はほとんど無いと言って良かった。

 そもそも北欧神話がベースとなり、それ以外の神話からも数多くの神を登場させるような世界観でストーリーを構成していたので、湯舟という物は存在しなかったのだ。


 子供であれば銭湯なんかではしゃぐのはもはや当然とも言える物で、こんなところでもヒナの望んだマッハ達は、ヒナのかつての望みのまま子供らしい一面を見せて我先にと湯船に向かう。

 そこでヒナも遅れまいとして衣服を全て脱いで生まれたままの姿になると、すぐさま彼女達を追いかける。


 しかし、その先で見た光景に衝撃を受けて少しだけ思考を停止させてしまった。

 今までの人生で……いや、魔王として生きて来た人生の中で、初めてだった。お風呂という、ある種当たり前のような空間に感動し、言葉が出なくなるという経験は……。

 そこに広がっていたのは――

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