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91話 魔王の逆鱗

 召喚獣の死神は、その膨大なHPと高すぎる魔法防御力が厄介なモンスターだ。

 この際、その前に立つと恐怖という状態異常を喰らうという効果はヒナ達4人には効かないので無視するにしても、いくらソロモンの魔導書を所持しているヒナでも、死神ほどのモンスターに真正面から立ち向かうのは得策とは言えなかった。


 それに――


「マッハねぇ、刃物もってる高レベルモンスターは――」

「分かってる! でも、そっち大丈夫? 向こうからもなんか来てるけど!」


 ヒナ以外の3人は、ケルヌンノスがロイドで様々な実験をした成果を全て共有している。

 HPが無くならずとも、その首が斬られれば絶命する事。

 HPにどれほど余裕があろうとも手首や足など、比較的人体で脆いとされる部分には刃が通り、最悪の場合切断される事。

 それは防御力などを諸々考慮した結果ではあるものの、ヒナの装備は物理的な攻撃に対してはかなり弱い。

 つまり、ヒナの前に高レベルの刃物を持った存在はなるべく近付けさせたくないのだ。


 無論防御力を上げる魔法なり、マッハやケルヌンノスがカバーするなりで彼女に刃が届く事は防ぐ事が出来るのだが、それも絶対ではない。

 なので、もしも今後彼女の目の前に高レベルの刃物を持ったモンスターやプレイヤーが現れた場合には、その手の勝負ではほぼ負けないマッハが前線に立つことが決まっていた。

 万が一ヒナが前に出たがった場合は、ケルヌンノスの泣き落としでその場にとどまらせるというところまで決まっている。


 しかし、今回はヒナが前に出たがる事は無かった。

 相手が死神という、基本的には魔法職ではどうしようも無い存在である事を除き、死神の後ろからゆっくりこちらへ歩いてきている人の気配に気付いていたからだ。

 いや、気付いたというよりもマッハが気付いて共有したと言った方が正確だ。


「マッハねぇ、そっちはどれくらいで終わる?」

「たるのサポートありなら3分。ナシなら6分ってとこ? 正直、こっちに来てる奴より死神の方が強い」


 ケルヌンノスの問いに迷うことなくそう言ったマッハは、ヒナに指示を仰ごうと後ろを振り向く。

 しかし、その隙を見逃してくれる死神ではなく、マッハに向かって勢いよく手に握る鎌を振り下ろす。


『絶対障壁』


 だが、当然マッハもそんなことは分かっているので、イシュタルに頼らずスキルでそのダメージを無効化し、その圧倒的な力で死神の鎌を蹴り上げて数メートル横へ吹っ飛ばす。

 グギギっと歯ぎしりのような耳障りな音を奏でながら吹っ飛んでいく死神を横目で見つつ、ヒナはうーんと少しだけ思案する。が、結論は2秒と経たずに出る。


「たるちゃんはま~ちゃんのサポートに回って? こっちは私とけるちゃんでどうにかする!」

「……ん、分かった。なら、片付け次第そっちに合流する」


 小さくコクリと頷いたイシュタルは、マッハに付き従うように死神が吹っ飛んでいった方向へと歩みを進めた。


 そしてヒナとケルヌンノスが2人になったタイミングで、もう1人がその場に姿を現した。

 ムラサキのような狐の面を被り、白い装束のような物を着ている、長い槍を小脇に抱えた少女だ。

 足元の下駄がカタカタと音を鳴らし動きづらそうだが、ヒナは経験上カスタムされている物に運動性能が影響する事は無いだろうと予測を付けていた。

 こんなところで着ぐるみになった経験が生きてくるとは思わなかったが、そんなことを口にすると隣で嬉しそうにしているケルヌンノスが呆れそうなので言わない。


「侵入者……雛鳥様が仰っていた通りか……。それにしても……予想以上だ」

「……ヒナねぇ、こいつって私と同じ?」


 狐の面をずらす事なく静かにそう言った女を指指し、ケルヌンノスがポツリと言った。


 その言葉に明確な確証なんかがある訳では無かったが、神が出てきたことも考えるとこのダンジョンがラグナロクの物であり、どこかのギルド本部である事は最早疑いようが無い。

 そんな場所にいる、カスタムされた装備を着込んでいる少女。彼女はプレイヤーにしては弱すぎるし、明らかに神より弱いのに神より下の階層にいるのは不自然だった。


 理由を無理やり付けるのなら……


「プレイヤーが作ったNPC……だよね。うん、多分そう。それも、ギルド内じゃ結構立ち位置良かった人が作ったNPCじゃないかな。じゃないと、神の下の階層には配置しない……と、思う」

「思う……?」

「わ、私そんなことしないもん……。そんな、使い捨てみたいなことしたくないし……」


 無論、ギルド本部をダンジョンにカスタムするような特異なギルドに入った事が無く、またコミュニケーション能力も人一倍欠如しているのでそれが絶対とは言い切れない。

 それに、いくらNPCを強力に作って最高の装備を与えても、神に1人で挑ませて勝てる程にはならない。それは、マッハやケルヌンノスでも同じだ。

 というか、そんなことを許してしまえば根本的にゲームバランスがおかしくなってしまう。


 ヒナは徹底的な効率主義の人間なので、仮にダンジョンを作るとすれば下の階層に行けば行くほど強いモンスターを設置する。

 仮にネタ的な要素としてなにかの倍数の階層――例えば3の倍数――のボスモンスターは特別強くする……といった事をするにしても、その階層でもボスモンスターの強さは変えない。

 少なくとも、3層で出て来た強力なボスモンスターよりも4層のボスモンスターの方が強く、5層はさらに……という具合で調整する。


 なのに目の前のNPCは、どう強く見積もってもあの死神に勝てる程強くは無いし、マッハが言っていた情報からもレベル80前後と推測するのが自然だ。

 そんなNPCが神より下の階層に配置されているのはどういうことか。


 それを考えた場合、ヒナには『ギルメンの中でも力のあるプレイヤーのサブ垢が作ったNPCなのではないか』という仮説を立てた。


「力のあるプレイヤーならサブ垢持ってても不思議じゃないし、サブ垢なら本アカと違って遠慮なく強いスキルとか渡せるでしょ? ほら、私の場合は例外だったし」

「……確かに、ヒナねぇみたいにいらないスキルもバンバン取ってるプレイヤーなんて多分存在しない。それに、ヒナねぇが言うならきっと正解」


 ヒナが通常ではありえないほど強力なNPCの作成に成功し、それも3体も作れているのは、一重に彼女の異常なまでのプレイ時間と性格が起因している。


 普通のプレイヤーは、自分が使うと判断したスキルや魔法しか習得しないので、必然NPCにスキル等を与えるとなれば戦力ダウンする事は避けられない。

 そんなデメリットを膨大すぎるプレイ時間と、各NPCに明確な役割を与える事で回避して退けたヒナは、いわば例外中の例外と言って良い。


 通常のNPC作成、それもダンジョンに配置されている所から考えるに、それなりのスキルを与えられたNPCであることは明白だ。

 だが、高々それだけの為に自分の戦力を落とすのかと言われると、ヒナはそんなバカバカしいことで自分の戦力をダウンさせるなら断るかギルドを抜ければ良いと考える派だ。

 なので、このNPCを作成したプレイヤーの気持ちは分からない。分かるのは、目の前のNPCが槍使いでそれなりのスキルを与えられているんだろうなぁという、再三言っている事だけだ。


「じゃあ、殺して良い?」

「……そ、それは」


 ケルヌンノスの無慈悲な言葉に、ヒナはすぐに頷けなかった。

 それは心優しい彼女だからこその悩みというべきであり、マッハ達3人を……NPCを、家族として今まで接してきた少女だからこその悩みだった。


 NPCはNPCでも、死神のようなモンスタータイプであればなんの情も湧かずにサクッと殺せることは言うまでもない。

 しかしながら、目の前の少女はどう見ても人間だ。種族までは狐の面があるので分からないが、少なくともマッハやヒナのような人族主体のキャラクターであることは間違いない。


「来ない……? なら、こっちから行かせてもらう」


 目の前の侵入者がそんな葛藤を心のうちに抱えているとは露ほども思っていない狐の面の少女――紅葉は、最下層の監視室でこの戦いを見ているだろう雛鳥に少しでも多くの情報を渡す為、果敢に地面を蹴って槍を振るった。

 だが、それは空中であっけないほど制止し、見えない何かにガッチリと槍の先端を掴まれてしまう。


「っ! 死霊の腕!?」

「……やっぱり、マッハねぇに比べるとあなた弱すぎ。こんなのも避けられないのは失格」


 仮に目の前に立っているのがマッハだったなら、ケルヌンノスの最低限の防御くらいはサッと避けて反撃に転じてくるだろう。

 本来は特殊なスキルや魔法を使わなければ実体が見えない死霊系のスキルでも、マッハレベルになれば直感だけである程度は回避する事が出来る。

 もちろん、ケルヌンノスと本気で戦う事になれば肉眼で確認するだろうが、直感だけでも十分避けられるという事だ。


 しかし、目の前の女はどうだろう。

 ケルヌンノスがなにもせず突っ立っているだけと思いこんで愚直に槍を振るい、その首を刎ねようとするなんて単純極まりない。

 仮にケルヌンノスのスキルが掴んでいるのが槍の先ではなく彼女の頭や足、手だった場合、その瞬間に勝負が決しているのだ。そう考えれば、あまりに不用心だ。


「ヒナねぇ、どうする……? こいつ、見た感じ即死系の対策すらしてない。状態異常と身体能力強化に装備全振りしてる」

「うーん……。今の移動速度見てる感じだとそうだよね」


 レベル80とレベル100のステータス的な開きはかなり大きい。

 しかしながら、紅葉はマッハとほとんど変わらない速度で突進し、双方の距離を一瞬にして0にした。

 その速度から考えて、彼女が履いている下駄はヒナが身に着けている物と似たような効果。後の装備はそれぞれ攻撃力強化や異常状態耐性なんかに振っているのだろう。


 彼らのギルドに即死系の魔法を使うプレイヤーがいなかったのか、それともダンジョン攻略にその手の魔法は使わないというロールプレイでもしていたのか。

 どちらにせよ、ボスモンスターとして配置するNPCにしてはあまりにもお粗末だ。

 耐性をくまなく揃え、それ相応のレア装備を与えるくらいはしてあげた方が良いだろう。そう思わずにはいられなかった。


 ヒナは知る由も無いが、普通のプレイヤーはNPC作成時に与えるスキルもさることながら、プレイヤーと同等レベルに戦えるよう育てる時にぶち当たる問題として、装備をどうするのか決めないといけなかった。

 普通のプレイヤーはメイン装備が壊れた場合に備えて使える装備等は数個持っておくのが常だが、それはあくまで自分で使うサブであって他者に渡すものではないのだ。

 場合によって使い分けたい場合だってあるので、NPCに持たせるにはもったいないと考えるのが自然だ。


 そんなことを微塵も考えず「どうせ使わないんだから良くない?」という程度の認識しか持っていなかったヒナは、その中途半端すぎる装備に静かに怒りを燃やしていた。

 NPCはいわば子供のような存在だ。そんな人に着させる服を、お前は適当に選ぶのか? そんなことを、このNPCの制作者に怒鳴ってやりたい気持ちだった。


「くそっ! 離せ! 私は……私は、こんな簡単に死んだらダメなんだ! せめて……せめてあの方に雄姿を示し、意味のある死を迎えなければならないのだ!」

「……意味ある死? ヒナねぇ、こいつ何言ってんの?」

「…………」


 狐の面の少女の言っている意味が分かる……いや、分かってしまったヒナは、装備や不可解なNPCの配置場所についても、ジクソーパズルの最後のピースがハマったようにカッチリと分かってしまった。

 そして、静かなる魔王の怒りは激昂へと変わり、マッハが傷付けられた時と同等の怒りが瞬く間に彼女の中で燃え広がる。


「家族を……子供を、遊びで殺すなんて……外道! 許せない……」

「ひ、ヒナねぇ……?」


 怒りで体を燃やすかの如く、全身から凄まじい殺気と怒りを放出させ、槍の先端を掴まれて身動きを取れずにいる目の前の少女へグングンと歩みを進める。

 今のヒナは人見知りがどうのだの、知らない人と会話するのが怖いだなんて思いは微塵も感じていなかった。あるのはただ、家族を使い捨てにする外道を許せないという気持ちだけだ。


 ヒナにとって家族はこの世の何より大切な物だ。それこそ自分の命を懸けてでも絶対に守るべき存在であり、見捨てる選択肢は元より、使い捨てにする選択肢なんてものは存在しない。

 彼女達が幸せに日々を過ごす為なら他の事なんて最悪どうでも良い。

 どんな悪人になろうとも家族が幸せに日々を過ごせるのなら。世界中から恨まれることになろうとも、どんな悪逆非道なことでもする覚悟があった。

 だから、家族を軽々しく見捨てる人間は許せないし、使い捨てにする人達も許せない。


 服やその人達が暮らす環境は当人の事情もあるだろうから出来る限り目を瞑るとしても、子供に「意味のある死を……」なんて言葉にさせる時点でダメだ。

 家族としてまったく機能していないし、なにより守るべき子供にそんな、生きる事を諦めるような発言なんて絶対にさせてはならない。


 仮にマッハやケルヌンノスが「意味のある死を……」なんて口にしても、ヒナは今と同様に激怒し、それでいていつもの甘い態度とは裏腹に、本気で説教を始めるだろう。

 意味のある死なんて、そんなことは言わず、何かあれば自分を頼れ。

 迷惑なんて考える必要はないんだから、あなた1人で出来ない事は皆で共有しよう。苦しみも喜びも、皆で分かち合おう。そう言ったはずだ。

 なぜなら、ヒナとマッハ達3人はみな『家族』なのだから。


「おい、お前の制作主は誰だ。答えろ」

「っ! こ、答えるはず――」

「良いから答えろ!!」


 4層全体に響き渡るかのような怒号にも似た叫び。それに背筋をブルっと震わせたのはその場にいたケルヌンノスだけではなく、死神と命のやり取りをしていたマッハもだった。

 唯一イシュタルは前回の反省を生かし、気になりはしたものの一瞬でも集中力が切れたマッハに迫りくる死神の鎌を魔法で完璧に防いで見せる。もう二度と、戦闘中に油断はしないと決めたのだ。


「なぁ、答えろって」


 ケルヌンノスのスキルで抑えられている槍を無理やり紅葉から取り上げると、ポイっと適当に投げてその仮面を剥がす。


 今のヒナに、普段ののほほんとした一面は無く、例えるなら隠れていた鬼がその顔を覗かせていた。

 こういうのを、逆鱗に触れるというのかもしれない。地雷を踏みぬいたと表現した方が正しいか。


「教えろ。お前の創造主は、どこのどいつだ」


 腹に響くその声が、その場に静かにこだました。


 数秒後、死神が倒された後となっては、その場にはマッハやケルヌンノスの怯えたような息遣いと、ヒナの怒りに晒されてガクガクと歯を鳴らす紅葉の嗚咽だけが耳に届いた。

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[一言] 普段おとなしい人がキレると怖いやつだこれ!!
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