表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/238

83話 花畑

 ダンジョンの3層は4人が自分達の目を疑うほど幻想的な光景が広がっていた。

 ピンク色の名称不明な百合に似た植物が地面いっぱいに狂い咲いており、モンスターが一切出てこない代わりに強烈な眠気や眩暈に襲われるエリアになっているようだった。

 幸いにもその類の状態異常に関してはイシュタルの専門分野なので即座にそれを無効化する魔法を唱えて一行をサポートする。


 1層や2層と違って広場のように周囲が広がっているそこは、分かりやすく言うなら花畑だ。

 地面に咲いているのがたった一種の有害な花粉をまき散らしている花じゃ無ければ心穏やかに過ごせる場所でもある。


 その花畑の広さは半径50メートル程で、動き回るには十分広いのだが、1つの階層だと考えると狭すぎると言わざるを得ない。


「ヒナねぇ、この花見覚えある? 私の記憶には似たような物はあるけど確信が持てない」


 イシュタルが地面から一輪抜き取ると、まるでダンジョンを修復するかのように半ば自動的にポッと再び花が咲く。

 試しにとマッハやイシュタルも適当に花を摘み取るが、イシュタルの時と同じように摘み取ったその場からにょきにょきっと新しい花が生えてくる。

 その様子にげぇっとあからさまに不快感を示したマッハは、早速摘み取った花をそこら辺にポイっと投げ捨て、黄色い花粉が付着したその手を見つめる。


 これをどこかに擦り付けたいなぁ……なんて思っていると、ちょうどヒナの服の裾がヒラヒラと舞っていたので、これ幸いとポンポンと手を当てる。

 トイレから出てきた時、ズボンやスカートで濡れた手を拭くような自然すぎる仕草でそれを行ったマッハは、ケルヌンノスがジーっと見つめているのに気が付くと口の前で人差し指を立てる。


「ちょ、黙ってて。気持ち悪かったんだもん」

「……ん、私もそうする」


 いやけるも同じことするんかいと声に出しそうになるが、幸いにもヒナが気付いた様子は無いし、これをしたからといって彼女になにか身体的な悪影響が出る訳でもない。まして装備の耐久力的な物に影響するはずもないので、見つかったとしても怒られはしないだろう。

 それに、この場でもっとも怒りそうなケルヌンノスが加担してくれたので、何かあっても妹に責任を押し付ける事が出来る。そんな最悪な事を考えつつ、可笑しそうにシシシっと笑う。


 妹達にそんなことをされているとは露知らず、ヒナは可愛らしく花を掲げているイシュタルへ顔を近づけ、彼女が持っている花をジッと見つめる。


 傍で見てみると、それは百合というよりも桜に近く、色も純粋なピンクというよりは少し白みがかったピンク色である事が分かった。

 そう。これは第18回のギルド対抗イベントで登場した神の名を冠するモンスターが生息していた場所に自生していたアザレアという花にとても似ている。


「アザレア? なに、それ?」

「え~……確かねぇ、実際に存在してる花だったはずだよ? 私も詳しくは知らないけどね? ほら、ギルドで何体倒せるか~みたいなよくあるタイプのイベントで、私達も結構いい線行ったやつ。覚えてない?」

「心当たりがありすぎて覚えてない。というか、そんなのいちいち覚えてる人はヒナねぇくらい」


 ヒナは全ての個人イベントで首位を独占し、ギルド対抗イベントでも上位に食い込むことは無かったまでも、ケルヌンノスやイシュタルを創り出してからはトップ100位以内には必ず食い込んでいた。

 それなのに、良い線行ったという言葉だけでそのイベントを特定出来る程イシュタルの記憶力は良くはない。

 彼女に聞いて分かったのは、自分が思い描いていた花とは全く別の物だったという事だけだ。


「そのイベントで出てくるモンスターってなんだったんだ?」

「えっとねぇ、確か眠りの神ヒュプノスとか言わなかったかな? ギリシャ神話かなにかに出てくる神様で、眠りに対する無効化魔法を持ってないとそもそも戦わせてもらえないタイプの子だったはずだよ」

「ふーん? うっすらと記憶にあるけど……なんでそんなの全部覚えてるの? ヒナねぇの記憶力おかしいんじゃない?」

「そ、そんな事言わないでよぉ……」


 いや、そもそもヒナの記憶力がおかしいのは前から明らかだった。

 ラグナロクに存在しているほぼ全てのアイテムや装備、武器の効果や能力を暗記し、モンスターの特徴に関してもよほどマイナーな物でない限りは瞬時に思い出せる。

 ついでに言えば、存在している魔法やスキルの類に関しても、ほぼ全て暗唱出来る程だ。


 ある特定のゲームに精通しているゲーマーならではと思うかもしれないが、ヒナのそれは通常のそれと何段階も次元が違うのだ。


 通常、どんなに早くとも答えるのに数秒単位での時間を要するところを、彼女はタイムラグがほぼない状態でパッと答えられる。

 恐らく、プロデューサーや開発陣を含め、ラグナロクに関する事でクイズの早押し大会なんかを開催すれば、全ての問題で彼女が正解を叩きだすだろう。それも、問題が出題された瞬間に回答ボタンを押してスラスラ回答を述べ始めるはずだ。


 仮にそんなことをしたとすれば大勢の人の前なのでヒナが万全のポテンシャルで挑めないのではないかと思うかもしれない。まぁ実際その通りなので、そこら辺の事情は一旦無視してもらおう。


「マッハねぇ、今はそんなこと言ってる場合じゃない。そもそも、なんでそんな花がこんなところに咲いてるのか。その方が問題。イベント限定モンスターを呼び出す手段なんて、ヒナねぇがお留守番させてる神使いを入手するしかない」

「そんなこと私に聞かれてもなぁ……。ほら、私って考えるの苦手だ……って、ヒナねぇ、どうしたんだ?」

「ん? いや……ねぇたるちゃん。関係あるか分かんないけど一つだけ訂正ね? イベント限定のモンスターを呼び出す手段は確かに神使いしかないんだけど……それって、あくまでプレイヤー個人が使役しようとする場合のみなのね?」


 膝を折ってイシュタルと目線を合わせたヒナがそう言うと、彼女は自身の姉の言いたい事がまるで分らないのか、可愛らしく首を傾げる。

 こんな時、自分にも分かりやすく説明できるコミュ力や語彙力があれば良かったのにと割と本気で後悔しつつ、どう伝えれば良いか必死で頭を回転させる。


 実を言うと、イベント限定のモンスターを呼び出す手段は他にもあるのだ。まぁ、その場合だと自分の思う通りに制御ができないので使役するというよりは経験値や素材集めに利用できますよーくらいにしかならないのだが……。

 なぜその手法がほとんど使われていないのか。それは、それらを行うためにはその呼び出す限定モンスターを一定回数以上討伐し、かつ極稀にドロップするアイテムを入手しなければならないからだ。


 どうしてそんなシステムが導入されているのか。

 要は、神の名を冠する武器を作りたくとも、イベントが終了してしまってその為の素材が足りない!となった場合の救済処置だ。

 それを許してしまうとイベントに参加する理由がかなり薄くなってしまうのでアイテムのドロップ率は500体に1体落とすかどうか……という非常に渋めなものとなっている。


 神の名を冠するモンスターを討伐するのにかかる時間が平均30分から40分である事を考えると、単純に考えてそのアイテムを1つ入手するのに250時間ほどかかる計算だ。イベント期間が概ね1週間前後だったことを考えると、ほとんど不可能と考えた方が良い。

 救済措置とは、大概そんなものだ。


 それに、アイテムそれ自体は課金アイテムだろうとプレイヤー間でトレード――交換――することができるので、フレンド同士だったりギルメンに持っている人がいればその実どうとでもなるという側面もあった。


 かくいうヒナも、実は5つだけその手のアイテムが自室のアイテムボックスに眠っている。

 彼女は他のプレイヤーの何倍も効率的に神を狩る事が出来ていたため成し遂げられた事であり、彼女以上にそのアイテムを持っているプレイヤーは存在しないだろうが。


「へぇ、そうなんだ。初めて知った」

「まぁみんなの前で使った事無かったからね。ほら、私ってほとんど素材が足りないとか無かったじゃん? 暇さえあればどっかのフィールドでモンスター狩りまくってたし、神に関しても虐殺ってくらい殺してたから」

「ドロップ品を分けるパーティーメンバーとかギルメンがいなかったって方が大きい気がするけどなぁ~。ほら、あの見る目のある人も言ってたじゃん。ギルメンとかが増えればボス討伐の報酬は減るから、そこだけがデメリットだねぇ~って」

「アーサーさんね? まぁ……そうだけど」


 当然ながら、数十人規模のパーティーや数百人規模のギルドで神に挑んだとしても、それらからドロップする品は話し合いの末に全員、ないしは特定の誰かに譲渡する事が一般的だ。

 なので、そういった仲間達が一切おらず、ずっとNPCである彼女達とだけ狩りを行っていたヒナは、そういう意味でも素材の回収が早かった。

 だが、マッハにそう言われてヒナの心にはしばらく癒えないだろう心の傷が出来たことは言うまでもない。


「ちなみにさぁ、ヒナねぇってなんの神持ってるの?」

「ん~? えっとねぇ、ロキとキングーと、アテン、アテナ、ゼウスだったかな? ほら、どの子も武器と装備に素材が必要だったでしょ? その時に狩りまくってたから、偶然ポロっと落ちたの」

「……ロキとアテナはともかく、その他の奴は50人単位で挑まないといけないって勧誘に来た人が言ってた気がする。ムカついたから名前は忘れたけど」


 ケルヌンノスが呆れたようにやれやれと首を振るが、その事に関してはヒナも同意見だった。


 実際、ロキとアテナに関してはプレイヤー1人とそのプレイヤーが作成したNPCだけで挑まなければならなかったイベントだったためにあまり強くはなかった。

 しかし、最高神と名高いゼウスやティアマトの夫という伝説があるキングーに関しては、ソロモンの魔導書が無ければ間違いなく単騎で勝利する事は出来なかっただろう。

 彼らはそれほどの強敵であり、ソロモンの魔導書がバカげた性能を有している証明でもある。


 無論ソロモンの魔導書があるだけで勝った訳では無く、アイテムやマッハ達の献身的なサポートあっての勝利なので、仮にマーリンがソロモンの魔導書を使ったとしても彼らに勝てるかと言われると恐らく無理だ。

 要は、強力な武器も使い手次第で使い物にならなくなるという良い証明だ。


「昔話は良い。今は、なんでこんな場所にイベント限定のボスモンスターが生息してた場所に自生する花が咲いてるのか。それを考える方が先」

「だね! たるちゃんの言う通り、このダンジョンはまだ分かんない事が多いから、あんまりヘラヘラ挑んでると足元掬われかねないもんね」

「ん。最悪その神が出てくることも視野に入れて行動するべき。ここが仮にギルド拠点を改造して作ったダンジョン……とかだった場合は、神も復活魔法とかで復活させられる可能性がある。間違ってない、よね?」


 不安なのかそういうシステム的な事に関して誰よりも詳しいはずのヒナに視線を向ける。

 一瞬どうだったかなぁと考えるヒナだったが、イシュタルの言った事に何も間違いが無い事を確認すると力強くコクリと頷く。


 そう。ギルドの拠点をダンジョンに改造する場合は、通常復活不可能なアイテム等で召喚・呼び出したモンスターでも、ボスモンスターに設定していた場合のみ、無条件で復活させることが出来るというボーナスがあるのだ。


 その代わり、一度ボスモンスターを設定してしまうと面倒な手続きを行わない限り解除はできないし、ギルドの外に出すことも出来ないという制約はある。

 だが、やろうと思えばその性質を利用して神の名を冠するモンスターを何度も召喚して練習と称し挑むことが出来るのも事実だった。


「ま、その可能性はかなり低いんじゃないかなぁ? 仮にこの世界にギルドごと転移して来てたとしても、こんなに浅い階層に神なんて配置しちゃったら、攻撃力が高すぎてギルドごと崩壊しちゃうもん。そこら辺、あのゲームって結構しっかりしてたから」

「そうなの? ダンジョンなら崩壊とかあんまり関係なさそうだけど……」

「なんか、運営が公式生放送か何かでQ&Aに答えてたよ? 『ダンジョンに神を配置したら、その攻撃でギルドが崩壊したんですけどバグですか~?』みたいな質問だったかな? その時の運営の回答が『ダンジョンに神を配置する場合、アイテムなどで隔離するか深い階層に設置しないと、その攻撃でダンジョンそのものが破壊され、結果ギルドが崩壊してしまう可能性があります』とかだったはずだから」

「……なんでそんなことまで覚えてるの、ヒナねぇ」


 イシュタルの質問に、時折声色を変えながら答えたヒナに、今日何度目かの呆れたため息を吐きながらケルヌンノスが頭を抑える。

 頼りになると言えばその通りなのだが、普通公式生放送のありふれた一部分なんて覚えてないだろ。そんな事を言いたげな視線を彼女に送る。

 仮にこの場にマーリンが居たとすれば、ケルヌンノスが向けている視線に加え『攻略サイトとか開設してたら滅茶苦茶稼げてたんじゃ……』と口にしたかもしれない。


「ねぇヒナねぇ。ここが仮にギルドの本部だったとしてさ。この空間がアイテムで隔離されてたらどうなるの?」

「ん~? そりゃまぁ神の攻撃には耐えられるから、ダンジョンそのものが崩壊する事はないよ? でも、そんな事したらその空間から出るには指定された行動……この場合だと、そのボスモンスターを倒すか倒されるかしないと出られなくなっちゃうよ? ギルドで使ってたんならそんな事しないんじゃないかなぁ……」

「ヒナねぇ、ギルドに所属した事無いのにそんなこと分かるの……?」

「うっ……。で、でもさ! 常識的に考えて、そんなことに貴重な空間隔離系のアイテム使うくらいなら、深層に設置した方がよっぽど効率的だもん! 私だったら絶対そうするもん!」


 そりゃ貧乏性で何事も効率を最優先するようなヒナねぇならそうするだろうね。その言葉をグッと飲み込み、改めて周囲を確認してみる。


 確かに一見するとただの花畑のようにしか見えないし、いつの間にか東側から太陽っぽい物が昇ってきて辺りを明るく照らし始めている気もする。

 今までヒナの魔法で辺りを照らしていたので全然気が付かなかったが、その魔法がなくとも十分明るくなってきているのだ。 


 いや、そもそもこの階層は前の2層と違って極端に暗いという事は――


「……ねぇヒナねぇ。あれってさ、私の記憶が正しかったら、神が登場する時特有の光じゃない?」

「え?」


 違う。東からゆっくりと昇ってきているのは太陽のように光り輝くものであっても、温かい陽光を照らしてくれる無害な存在ではない。


 神系のモンスターが登場する時、多くは神々しい光を体の背後から輝かせ、まるで神話に登場する救世主のような登場の仕方をするのだ。

 一部の暗黒神や邪神とされる者達に関してはその限りでは無いのだが、眠りの神ヒュプノスは、少なくともラグナロク内ではそのような設定を施されては――


「ヒナねぇ、あいつマジヤバい。めっちゃ強いよ」

「……多分、本気出さないとこっちがやられる。直感的に、そう感じる」

「ヒナねぇ、後でお説教。あいつ、多分神」

「あぁぁぁ。ごめぇぇぇぇん!」


 その場には、ファーという天使の歌声のような独特の効果音が鳴り響き、他にはマッハが滅多に見せない真剣な顔で刀を抜いたシャキンという鋭い音と、ヒナの情けない声が反響していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ