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81話 冒険の再開

 エリンに冒険の誘いを断られてしばらくごねていたケルヌンノスが機嫌を戻してなんとか落ち着くまでにかかった時間は10分とちょっとだっただろう。

 その間、大変不本意な形であってもマッハやイシュタルはエリンと互いの近況を報告し合い、近いうちにまた必ず一緒に遊ぶことを約束する事が出来た。本当ならヒナも彼女と話したかったのだが、ぐずりだしてしまったケルヌンノスを宥めるのに必死でそれどころでは無かったのだ。


「じゃあ、私達は行く」

「……ケルヌンノスさ、ちょっとヒナに似て子供っぽいとこある?」

「…………私がヒナねぇに似てるのは否定しない。でも、子供っぽくはない。そんなのはマッハねぇとヒナねぇだけで十分」

「ふーん? でも、私はそういうあなたも好きだよ?」

「…………そう。じゃあ、また」


 頬を真っ赤に染め耳までちょっとだけ赤くしたケルヌンノスは、後ろでのんびり風を感じていた霊龍の背中に乗ると、他の3人にサッサと乗ってほしいと目で訴える。

 しかしながら、当然マッハはニシシといたずらっ子のように笑い、エリンにコソコソと耳打ちする。


「多分照れてるだけだから、あんまり気にしないで良いぞ。私らの中で一番子供なの、多分けるだしな」

「そうなの? 私的にはヒナが一番子供じゃないかなって思ってたんだけど……」


 そう言いながらニコッとヒナに微笑むと、マッハは微妙そうな顔をしながら霊龍の上で薄い胸を張っているケルヌンノスを見やるヒナを見つめた。

 確かにエリンの言うことも一理あるなという思いと、ケルヌンノスの方が子供なんじゃないかという意見がマッハの中でせめぎ合い、結局答えが出るより先にヒナが口を開いた。


「ほら、けるちゃん待ってるし行こ? エリンも忙しいんだろうしさ?」

「……マッハねぇはヒナねぇにおぶってもらうんでしょ? それとも、その役目は私に譲ってくれるの?」


 自身の姉がまた不機嫌になったら面倒だと感じつつあるイシュタルもヒナの援護に回り、マッハは泣く泣くといった感じではあったものの大人しくヒナにおんぶされる。

 エリンにも霊龍の姿は見えているがそこに恐れの感情はなく、どうせ自分じゃ手も足も出ないんだろうなぁなんてことをのんきに考えてしまう。


「じゃあね~エリン。また近いうちに必ず来るから~」

「うん! 待ってるね、みんな~!」


 可愛らしくジャンプしながらその姿が見えなくなるまで手を振り続けたエリンは、はぁと胸を抑えながら一息つくと、オリジナル魔法を発動させて円卓の間へと舞い戻った。


 その姿を近くの木陰から見ていた女はフヒヒと気持ちの悪い笑みを浮かべ、これでもかというほど口の端を歪めた。


「あぁ……やっと……。やっと、この世界に来てくれたんだね……“お姉ちゃん”」


 まるで快楽に浸っているかのように……いや、実際に浸っているのか、頬を上気させて恍惚の表情を浮かべながらそう言った女は、スキルを発動させてサッとその場から消え失せた。その走る速度はマッハとほぼ同等か、少なくともヒナの全力のそれより早い。


 だが、女は暗殺者のクラスを取得している為に衝撃波のような物は発生させず、まるで突風のように静かにその”お姉ちゃん“の後を追った。


………………

…………

……


 霊龍から降りたヒナ達4人は、初めてこの場所に来た時にヒナが開けた穴の前ではぁと一息ついていた。

 そこは修復されることも無ければ魔法なんかで隠された形跡もなく、あの時脱出してきた時のまま綺麗に残っており、下を覗けば不機嫌そうなブルーミノタウロスがググっと自分達を睨みつけている様を見る事が出来る。


「ダンジョンのボスってさぁ、時間経過で復活するんだっけ?」

「ん~、ダンジョンによるかな? 地下深くに広がるダンジョンの場合は一定時間が経てば復活するのがほとんどで、お宝とかは復活しないのに理不尽だ~みたいな書き込みをどこかで見た事があるよ」

「げぇぇぇ。なら、今度から出て行く度にあいつと遊ばないといけないのか?」


 地面にちょこんと腰掛けながら持ち物の最終点検をしていたマッハは、ヒナの返答に舌を出してめんどくさそうに肩を落とす。


 実際にはこのダンジョンはギルドをカスタムして作ってあるので自動で湧いてくるモンスター――ブラックベアなんかの雑魚――以外は復活しないのだが、彼女達がそれを知る術はない。

 じゃあなんでブルーミノタウロスは生き返っているのか。それは、このダンジョンの防衛を任されていたNPCが、いつまでも主人が戻らない事を心配して復活させたからだ。無論、この事に関してもヒナ達が知る術はないのだが……。


「ヒナねぇ、他にダンジョンについて知ってることってある? たとえば、気を付けなきゃいけない事とか」

「ん~、それもダンジョンによって違うんだよね。罠系のダンジョンならま~ちゃんの前にたるちゃんを先行させてそういう罠を解除してもらわないといけないんだけど、そうじゃない場合はたるちゃんは後衛にいてほしいし……って感じで、ほんとまちまち」


 ラグナロクでは、ダンジョンに潜る際はほとんどの場合でそこがどういうタイプのダンジョンなのかが事前に公開されていた。

 そのほとんどが運営が用意した物だったからだが、ギルド等が本部を改良して作ったダンジョンなんかも他のギルドが遊びで攻略する際なんかは、必ずどんなダンジョンなのかを事前に知らせる事がマナーとして広まっていた。

 あえて違うダンジョンだという情報を与えてPKを行う悪質なギルドもあったのだが、そういう所は後日大量のギルドから滅茶苦茶に攻撃されて壊滅させられるという悲惨な末路を辿る傾向にあった。


 その事についても身振り手振りで出来る限り説明したヒナは、最初に入った時に普通のダンジョンっぽかったし大丈夫でしょという謎の理論でケルヌンノスの心配を吹き飛ばした。

 そんなに能天気だからこの間酷い目にあったんだとツッコミそうになる彼女だったが、そこがヒナの良いところでもあるのでグッと口を噤み、唯一頼りになる妹へと視線を向ける。


(なにがあっても、ヒナねぇだけは守ってよ?)

(任せて、けるねぇ。それに、罠如きでヒナねぇのHPが全損するとか、絶対ない)

(まぁそれはそうだけど……)


 目線だけでそんなやり取りをかわした彼女達は、ヒナとマッハに気付かれないように同時にコクリと頷くと、ヒナの袖をちょんちょんと引っ張って早く行こうという意志を示す。


 無論、ケルヌンノスがロイドで実験していた事柄については既にイシュタルへと共有しており、失った四肢も蘇生させれば綺麗に元通りになる事を伝えていた。

 その他にも、意識はあっても体が動かなくなる謎や、どこにどんな傷を与えられれば致命傷になり得るのかもしっかりと共有している。もっとも、この致命傷云々の事に関してはマッハにも共有しており、知らないのはヒナだけだ。


 それをヒナに伝えていない理由は、魔法じゃ彼女の体が傷付けられないのはイシュタルが既に確認済みだし、そんなことを言われれば彼女が怖がってしまうと危惧してだ。

 十中八九……いや、ほぼ確実に、ヒナがそんなことを伝えられれば自分を守ってくれるだろうマッハにべったりになる事は想像に難くないので、2人がそれを嫌ったというのもあるが……。


「あのミノタウロスは最初に誰が殺る? ま~ちゃん?」

「前回は私がやったし、今回はヒナねぇかけるで良いよ。それに、私はこっからだとちょっと狙いにくい。斬撃飛ばすと穴が崩壊しそうで怖いし」

「じゃあけるちゃんやる?」

「……やる」


 ケルヌンノスは己の武器を小脇に抱えつつ、眼下で怪訝そうに首を傾げているブルーミノタウロスに狙いを定める。

 今は緊急事態ではないので絶妙にダサい文言を口にしつつ、抵抗不可能な即死魔法を放つ。


「……行こう」

「今のけるってさぁ、ほんとめんどくさいよな~。あ、これもちろん戦闘面って意味だぞ?」

「ヒナねぇがそういう風に私を作ったんだから仕方ない。それに、別に即死系の魔法が強いのはこの子のおかげであって、私のせいじゃない」


 ケルヌンノスはクスクスと笑っているマッハを横目で見つつ、ふふっと笑っているヒナの袖を引いて一緒にダンジョンの中へと降りて行った。


 実際、即死系の魔法やスキルの効果を完全に無効化してくるモンスターは神の名を冠する者以外だとそこまで多くない。せいぜいが、HPと攻撃力が途方もない数値を記録している巨人族くらいだろう。

 少なくとも、動物型のモンスターは即死系に対して耐性を有しているだけであり、無効化まではされていない場合がほとんどだ。

 そういう面で考えれば、今のケルヌンノスは、モンスターを相手にする場合のみ無敵に近い。マッハが言ったのはそういう事だ。


 即死系の魔法やスキルはプレイヤー相手だと対策されることがほとんどだし、モンスター達に関しても9割ほどの確率で抵抗してくるのでプレイヤー間での評価はあまり高くなかった。

 そういう面から考えてみれば、ケルヌンノスの言ったようにその類の魔法やスキルが強い訳ではなく、彼女が持っている武器がおかしいだけというのもあながち間違いでは無い。


「ヒナねぇ。私、このダンジョンじゃ即死系のやつ使わない方が良い?」


 彼女がヒナと2人で先に降りた理由は、目の前でグッタリ倒れてその生命の灯を消しているブルーミノタウロスを確認するためではなく、ヒナにその事を尋ねるためだった。


 実際、ケルヌンノスもマッハの言う事はその通りだと思っているし、即死系のものは戦闘面での“派手さ”という面から考えてみれば0点に近い。なにせ、全てが一瞬で終わってしまうのだから。


 ヒナが冒険にそういう“派手さ”を求めているのであれば自分は普通の魔法を使い、即死系の物に関しては緊急時以外は封印した方が良いのではないか。うっすらと、そう考えてしまったのだ。

 ここでヒナに「そうしてくれる?」と言われればケルヌンノスは大人しく従うし、不満すら漏らす事は無い。だが――


「なんで? 別に良いよ?」

「……良いの?」


 なにを当然のことをと言わんばかりにヒナがニコッと微笑むので、ケルヌンノスは少しだけ呆気に取られてしまう。

 てっきり『私がやっつけるからけるちゃんは後ろで見てて!』とか言われると思っていた彼女にとって、その言葉はとても意外な物だったのだ。


「だって、その力も私があげたものだし、武器に関してもけるちゃんにピッタリだと思って頑張って作ったんだもん。もちろんけるちゃんが使いたくないって言うなら別だけど、私の為に使わないって選択はしなくていいよ? それも含めて“私達の冒険”なんだから!」


 胸の前でグッと拳を握り締めて可愛らしく微笑んだヒナは、自室でPCに向かいながらダンジョンを攻略していた日々を思い出していた。

 あの時はまだAIだった3人に事前にこうこうこういう作戦で行こうとくどいほど学習させ、そのほとんどをケルヌンノスの即死魔法を使って攻略していたのだ。

 ボス戦に関しては自分とマッハが前に出て戦っていたが、道中の雑魚敵に関してはMPの温存という名目でケルヌンノスに全て任せていた。


 その事を忘れられているのは少しだけ悲しかったが、ヒナにとってダンジョンの攻略とは、ケルヌンノスが道中を掃除しつつ、マッハと自分がボス戦で火力を出す。そして、イシュタルは各所での献身的なサポートをしてくれることで初めて成立するのだ。

 そうでもしなければ、道中無限にも思える程湧いてくる雑魚敵にイライラしっぱなしになるし、MPは無駄に消費するしで、ここまで冒険が好きになってはいなかっただろう。


「そりゃ、最初に来た時はたくさん魔法使いたいって思いが強かったからバンバン普通の魔法とかスキルで突破してたけどね? 基本的に、道中はけるちゃんに任せようかなって思ってたんだよ? ほら、素材とかも気にしなくて良いし、ま~ちゃんは多分ボス戦で動ければ良いだろうからさ? けるちゃんも、たまにボスと戦ったりなんかしたら、皆楽しく攻略できるかなって思ったんだけど……違った?」


 マッハが雑魚戦なんかの半ば作業的に行う殺戮が好きではない事は、彼女を創り出したヒナなら当然分かっている。自分だってそういう作業はあまり好きじゃないのだから、それらを全て一任出来るケルヌンノスを創ったというの側面もあるのだから。


 それは、ケルヌンノス本人が決して知る事はないヒナの本音の部分だったが、彼女はヒナの言葉で満面の笑みを浮かべて力強くコクリと頷くと、続いて降りて来た2人にニコッと微笑む。それはどこか勝ち誇ったかのような、それでいて誇らしそうなものだ。


「マッハねぇ。ヒナねぇの公認で、道中の雑魚は私が担当する事になった。ボス戦以外は私が前衛」

「……ん、分かった~。でも、索敵スキル使うからほぼ最短距離でボス部屋まで着くと思うぞ? それでも良いのか~?」

「うん、たまにボス戦やらせてくれるくらいで良い。ヒナねぇの隣は、一時的に……。そう、あくまで“一時的に”マッハねぇとたるに譲る」


 とても嬉しそうにそう言った彼女に反対する声は2人からは出ず、まるで遠足にでも行くかのようにルンルンと鼻歌を歌いだしたケルヌンノスを先頭に、一行は下の階層へ続く階段を下りて行った。

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