8話 ギルドマスター
ようやくケルヌンノスが落ち着いてヒナの胸に抱かれながらスヤスヤと寝息を立て始めると、ヒナはその背中を愛おしそうにヨシヨシと優しく擦り、ソファの空いた部分に腰掛ける。
そのタイミングを見計らったかのように応接室の扉がコンコンと開かれ、最初に受付をやっていた女性がティーカップ4つとお菓子の乗ったお盆を持ってきた。
「失礼いたします。お客様にお茶とこの街の名産品である焼き菓子をお持ちしました。良ければお召し上がりください」
一瞬部屋の窓ガラスが綺麗に割れている事に動揺した彼女だったが、その動揺を瞳に宿したのも一瞬で、すぐに給仕を済ませるとまるで逃げるように部屋から出て行った。
ケルヌンノスがスヤスヤ眠っているのでその分のカップをワラベへと回し、マッハもようやく己の怒りを収めて刀から手を放す。
それを確認してようやく生きた心地を感じる事の出来たワラベはもう一度ペコリと頭を下げ、失言を心から詫びた。
「……良い。それより、なぜ私達が強いと分かった。おま……あなたと私達は面と向かってまだ間もない。殺気を向けられた訳でも無かったはず」
「……それは、わしが元々冒険者をやっていたからじゃ。強者とは嫌というほど対面しておるのでな。まぁ、そこら辺はわしの勘というか、感覚的な部分じゃ」
「ふ~ん。私らはその感覚ってやつを基本信じてねぇからわかんないな。相手の装備や持ってる武器からどの程度出来るかって事くらいしか分からん」
「普通はそれであっておる。わしが少々特殊……いや、わしだけに留めるのは間違っておるか。ともかく、それなりの奴になると自分と同等、もしくは圧倒的に強い者は気配だけで感じ取る物よ。お主らには必要ないかもしれぬが、一応覚えておくと良い」
そう言うとワラベはススっと紅茶を口に含み、その熱さと苦さに思わずうげぇと舌を出した。
別段マズイ訳では無いし、むしろこの街の紅茶ではかなり美味しい類のものだ。
強者とは得てして高価な物を飲み、食べ、身に着けている事が多い。その為、今すぐに用意出来る最高級の紅茶とそれに合う菓子を用意しろと命じたので、今この街にある中で一番高価な紅茶である事は間違いない。
それでも、ワラベは基本紅茶よりは緑茶派だし、焼き菓子よりも果実の方を好んでいる。要は、舌が合わないのだ。
それ故にそんな反応になってしまうのだが、ワラベのその反応を見て、出された紅茶を飲みたいなどと思う人間はいないだろう。
「……一応、銘柄を聞いておく。けるねぇが起きたら、気になるかもしれない」
「ける……そうか。確か、ロマネティアとか言ったかの? 数百年に一度咲くと言われる幻の花から作られた逸品でな、これ一杯で……あ~、まぁそこそこ良い装備が揃えられる」
「ん、感謝する。用事が済んだら探してみる。多分無いだろうけど」
そう言うと、イシュタルは覚悟を決めたように紅茶が注がれたティーカップを手に取りグッと煽る。
ドラゴンフルーツでも食べているかのような独特の香りが鼻腔を刺激し、それでいて紅茶それ自体は桃のように甘く、ミカンのような若干の酸っぱさを併せ持っている。
舌触りは大変心地よく、その複数の果実をブレンドしたような独特の味が無ければ文句のつけようがない逸品だ。
そして、それらを全て加味した上でイシュタルのこの紅茶の評価は――
「まぁまぁ。けるねぇは、多分嫌い。甘すぎるのは、けるねぇの好みじゃない」
「ちょ、たるちゃん! そう言う事は人前で言わないの……!」
「……ごめん。でも、これは本当。不味くはないけど美味しくも無い、そんな不思議な味」
「じゃあ私はこっちを貰う~!」
マッハが短い手を必死に伸ばして何とか皿の上からクッキーのような丸い形をした焼き菓子を一枚手に取ると、犬のようにクンクンと匂いを嗅ぐ。
それはまるで土の中に眠る野菜のような……土と何かを混ぜたような独特の香りで、匂いなんて嗅ぐんじゃなかったと瞬く間に後悔した。が、ケルヌンノスを抱いている以上、ヒナに押し付ける訳にも行かない。
掴んでしまった物は仕方がないと感情を消す勢いで勢いよく口の中に放り込む。
一口噛んだ瞬間に理解した。これは、滅茶苦茶にマズイと。
焼き菓子のはずなのに口の中で粘土のようにねちゃねちゃと不気味に溶け始めるせいで食感は最悪。茹でたなすびを噛んでいる時のような感じに近く、味それ自体は土というより粉そのものを食べているようでほとんど味がしない。
それら全てを加味してこの街の名産だというこの焼き菓子の評価は――
「……さっきの串焼きよりはマシだな。でも、二度と食べない」
「ま~ちゃんまで……。もう、失礼だよ?」
「そう言うならヒナねぇも食べてみればいいだろ〜? 多分、けるの料理が恋しくなるぞ? 事実、私は今猛烈にけるの料理が食べたい」
「さっき誰かさん達に串焼きいっぱい貰ったせいでお腹いっぱいなの~!」
プイっと頬を膨らませながらそう抗議するヒナは、ワラベに見つめられている事に気が付くと「ひぇ」と悲鳴に似た声を上げて体を縮こませる。
腕の中でスヤスヤ眠っているケルヌンノスが苦しそうにう~と唸るので、ヨイショと少しだけ抱き直してヨシヨシと背中を擦る。
「な、なんかすまぬ……。そう言えばお主ら、今日ガイルの奴に何を聞きに来たのじゃ? 奴がこの街でちょっとした有名人である事は間違いないが、それはあくまで、この街で2番目にランクの高い冒険者だという点で……じゃ。別に人脈が広いわけでも、特別強いわけでも無い。奴に、何を聞きたいのじゃ?」
「……私達は見ての通り旅の者。だから、この街の情報から冒険者という存在について。それに、私達の国の金貨がこの国で使えるかどうか。それを聞きたかった」
「後ついでに、私らがどんだけ強いのかって事も確かめたかったんだよ。私らは、自分達が強いってのは十分知ってるけど、周りから客観視してどの程度戦えるのかが分かってないんだ。それが知りたかったから、昨日顔を合わせたっていうその人に話を聞きに来たって感じ」
イシュタルとマッハの説明を聞き、ワラベは頭の中で疑問符を浮かべた。
冒険者という存在は決してマイナーな物ではないし、なにもこの国だけに存在している職業ではない。
むしろ冒険者ギルドが無い国、都市の方が珍しく、旅をしていればその存在くらいは耳にした事があるのではないだろうか。
いや、数少ない冒険者ギルドがない国から旅をしてきて、最初に訪れたのがこの帝都であれば話は違ってくるが……ヒナはどう見ても人間だ。
現在、人間種が存在している国、都市では絶対に冒険者ギルドが存在している。
冒険者ギルドの無い国や都市は、人間種が存在していない亜人や魔族の国だけだ。ヒナがいなければそれは納得の出来る物であった。
それに加え、金貨は全世界共通で扱われている。
もちろん魔族の国や亜人の国では別の金貨が使われている可能性が無いのかと言われると分からないと答えるしかないが、基本的にはどの場所でも同じ金貨が使われているはずだ。
それなのに、わざわざ自国の金貨が使えるか、なんて聞く必要があるのだろうか。
最後の、自分達の強さの指針……目安を知りたいという物に限っては、それはもう冗談だろと言う他にない。
目の前に対峙しただけで全身が震え、生存本能が全力で逃げろと警告してくるヒナに加え、かつてトップの冒険者を張っていたワラベでさえ3姉妹全員に勝てるビジョンがまったくもって見えないのだ。
今までどんなモンスター、どんなダンジョンも難なくソロでクリアしてきた彼女にとって、それはあまりに衝撃だった。
「……一つ提案なんじゃが、その話し相手、わしじゃダメかの? わしは一応、この冒険者ギルドでギルドマスターをやっておる。そこらの冒険者に聞くよりは遥かに有用で多くの情報を持っていると思うのじゃが……」
「構わない。別に相手にこだわりがある訳じゃない。ただ顔を知っているから頼ろうと思っていただけ。情報を貰えるという点が同じなら、相手が誰であろうと変わらないし問題ない」
「そうか、助かる。では、資料を用意してくるから少しだけ待ってておくれ」
そう言って部屋を出たワラベは、部下にこの街のどこかにいるはずのガイルの捜索をすぐさま止めさせ、代わりにギルド本部への手紙を書くように指示を出した。内容は、もちろんヒナ達の異常な強さとその見た目の特徴の共有、今後の対応をどうすれば良いのか指示をくれというものだ。
それと、ギルドに入会する際に説明として用いる資料を用意させると、なるべく不信感を抱かせぬようにすぐさま応接室へと戻る。
実のところ、ワラベも出来る事ならば一秒でも早くあの4人の前から姿を消したい気持ちでいっぱいだった。
いくら死線を何度も潜り抜けていると言っても、今回のそれは規模も相手の強さも今までとは比べるのも愚かなほどだ。
目の前の試練を前にすれば、今までの死地などまるで児戯にも等しく感じられる。もっとも、死を身近に感じたのは先程けると呼ばれていた少女に殺されかけたあの時だけだったのだが……。
それでも彼女達の前に立つのは、ガイルという優秀な冒険者を失わないためだ。
失言1つであの世行きになるような存在の前に、あの無神経の塊のような男を出してしまえば間違いなく生きて帰っては来ないだろう。そうなれば、高位ランクの冒険者を失うだけでなく、最悪この冒険者ギルド、ガルヴァン帝国帝都支部そのものが消えてなくなる可能性がある。
それも、彼女達の実力ならばできない事は無いというのが恐ろしい。
その為に、自分が前に出て何とか凌ぐしかないのだ。
「待たせたの。じゃあ、早速説明を始めるかの。まず冒険者についてじゃったな……。冒険者とは簡単に言えば、郊外……つまり街の外じゃな。そこいらに出現するモンスターを討伐して報酬を得る者達の事を言う。例えばこうこうこういうモンスターがどこどこに出たので、こいつを討伐してほしいという依頼が来たとするじゃろ? そしたら、その依頼の難易度に応じて受けられる冒険者のランクを設定し、ギルド側で報酬を提示するのじゃ。依頼をクリアすれば報酬を獲得出来るし、失敗すればギルド内での評価が下がる。もちろん、最悪あの世行きじゃ」
テーブルに簡単な説明書類を広げながら身振り手振りで説明するが、当然ながらヒナを含めイシュタルやマッハもこの世界の文字など読めない。
辛うじて絵だけは判別出来るが、絵だけでは何が書いてあるかまでは分からないので大人しくワラベの説明を聞くことに集中する。
ワラベもヒナ以外の2人からの視線を感じてそれを理解したのか、資料をすぐに閉じて口頭で説明する事に全力を注ぐ。
「次に、ギルド内のランクは全部で7つある。下からブロンズ、シルバー、ゴールド、ルビー、サファイヤ、エメラルド、ダイヤモンドじゃな。それぞれ鉱石から名前を取っておる。希少価値が高くなればなるほどランクが高くなっていく……と、考えていれば良い」
「……そいつらの大体の強さはどんなものなの?」
「そいつら……? あぁ、冒険者達の強さって意味かの? 正直言うと、ブロンズやシルバーの連中は子供のそれと大差ない。武器を持った一般人と同レベルじゃな。ゴールド、ルビー、サファイヤの連中は……そうさなぁ。たとえるなら、各国の軍に所属して戦場で功績を挙げられるレベルじゃな。まぁそこそこ強い。エメラルドになると、1人で100人以上の力を持つとされるな。ダイヤモンドはそのさらに上……1人で1000人ってとこか」
正確には、冒険者はワラベのようにソロでパーティーを組む者達の方が少ない。
大抵は3人から5人で1つのパーティーを作り、全員で依頼をこなして報酬をパーティー内で折半するのが普通だ。
その為、1人で100人以上の力を持つというのは正確には誤りだ。そのパーティー全体が、100人分の力を持つと言った方が正しい解釈になるだろう。
「例外的に、ダンジョンという地下洞窟のような迷宮に潜る者達もいるな。その者達はダンジョン内に眠る宝や宝石なんかを売って莫大な財を手に入れようと画策する連中じゃ。ただ、ダンジョンの攻略は正確に言えばギルドの依頼とはなんの関係も無い。ギルドがモンスターの各部位や素材を高値で買い取ってくれるので彼らが利用しているというだけで、冒険者扱いをするべきかどうかは意見が別れるところじゃ。冒険者のランクが上がるシステムについては――」
「良い、大体予想は着く」
「依頼を達成したらランクが上がって、失敗したら下がるってとこだろ?」
「うむ、その通りじゃ。だが、なにも一度成功、失敗したからと言ってランクが上がったり下がったりすることは無い。繰り返し実績を積み重ねてランクが上がり、受けられる依頼の難易度も上がるのじゃ。もちろん、その逆もまたしかり。幾度も失敗しギルドからの信頼を失えば、それに応じてそ奴らのランクは下がっていくという訳じゃな」
ワラベは最後に「ちなみにガイルの奴はサファイヤランクの冒険者じゃ」と付け加えた。
この街にいる最高位の冒険者はエメラルドランクなのだが、ガイルはその次にランクの高い冒険者なのだ。
その実力は本物で、魔術師だというのに肉弾戦もこなせるという珍しいタイプの男だ。
対モンスターに関しての知識も豊富で、パーティーメンバーの信頼も厚い。エメラルドのランクに至るのも、そう遠い話では無いだろう。
「と、冒険者に関しての情報はこんなもんじゃ。何か分からぬ事や質問があれば答えるが?」
「……私は特にない。マッハねぇは?」
「そのダイヤモンドランク? の冒険者は、いま世界に何組くらいいるんだ?」
「む? ん~、そうじゃな……。正確な数は流石に把握しておらんが、両手で数えられる程度じゃろうな。ダイヤモンドに至れる奴らは大抵が英雄級の力を保有しておるからの……そう多くはないのじゃ」
かくいう自分も、過去はダイヤモンドランクの冒険者だったのだが……。その一言は飲み込んだ。
ソロで成り上がっていった自分はともかく、他のダイヤモンドランクの冒険者達に関しては、まだ情報が一切ない不審者達にホイホイ話して良い物ではない。それが、易々彼らを屠る事の出来る異常者であれば尚更だ。
「次にこの街の情報じゃったな……。だが、特段話す事は何もない。商売が盛んで、食い物がわしの口には合わぬという個人的な感想があるくらいじゃ。ほんと、この都市の食い物はマズくて敵わん」
「それは同意。ここに来るまでに貰った串焼きは最低だった。あんなもの、二度と食べたくない」
「あ~、渡り鳥の串焼きじゃろ? ありゃこの都市でも最低の部類じゃ。一部の人間どもには好評らしいが、わしは理解できぬ。あんな、味覚と嗅覚が破壊されるような食い物のどこが良いのか理解しかねる」
腕を組みながら苦悶の表情を浮かべるワラベに、イシュタルとマッハがコクコクと頷く。
その光景を見ながら、ヒナは「ほとんど私に食べさせたじゃん……」と内心愚痴るが、そんな事を言える雰囲気ではないので黙っておく。大体、それがきっかけで話を振られたらまともに答えられる自信が無いのだから何もしない方が得策だ。
「唯一マシなのは川魚の燻製じゃな。冬の間しか出回らんのじゃが、この都市で出る物の中じゃまだなんとか食べられる部類じゃ。無論、美味くは無いがな」
「……とことん救いようがない。食材が悪いんじゃなく、料理する人の腕が壊滅してるって事を願う」
「そりゃあるかもしれんのぉ……。人間どもは短命の癖に料理には無頓着という奴らが多いからな……。そうそう、話がだいぶズレてしまったが、次はお主たちの国の金貨が使えるかという話じゃったな。実物はあるか? 見てやろう」
そう言われ、イシュタルは胸ポケットにしまっていたラグナロク金貨を1枚取り出すとワラベへポイっと投げる。手渡ししないのは、手が短すぎて立ち上がらないと手渡せないからだ。
ワラベも少女のような見た目通り手が非常に短いので、ポイっと投げ渡した方がお互いの為でもあった。
ラグナロク金貨は中央にドラゴンの文様が刻まれたキラキラと光る黄金の金貨で、それに使われている金属は大変希少で決して錆びたり欠けたりすることが無いという特性を持っている。なので、もしこの金貨が使えなくとも、金や金属としての価値は高いだろう。
そんな思惑があっての事だったのだが、幸いな事に、ワラベの返答はイシュタルの想定していた物とさほど変わりなかった。
要は、ラグナロク金貨はこの国や周辺国家では基本的に使えない。ただし、金そのものとしてみた時の価値はかなり破格になるになるだろうとの事だった。
「……ちなみに、これ一枚でどれくらいの値が付く?」
「ふむ、そうじゃな……。詳しくはうちの奴らに鑑定を依頼せねば分からぬが……共通金貨2枚ってとこが妥当じゃろう。少なくとも、これ以上安くなることは無い」
「それは、どの程度の物が買えるんだ? 物価の高い安いはあんまり分からん!」
「ん~……あのくそマズイ串焼きが、200本ちょい買えるな。ありゃ、大体1本買うのに共通銀貨1枚で事足りるからの」
顎に手を当てながらそう言ったワラベは、イシュタルへポイっとラグナロク金貨を投げて返す。
そして得意げに言った。
「この街で買い物する時は、わしの名前を出すと良い。それでぼったくろうなんて思う奴はいなくなるからな」
「……分かった」
一応これでも、冒険者ギルドのギルドマスターとしてある程度顔と名前が割れているワラベは、現役時代の名声と合わせてかなり人気が高い。というよりも、その実力の高さから恐れられていると言った方が良い。
吟遊詩人に歌われるような英雄譚は大抵が過度に装飾されて話が大幅に盛られている事が多いのだが、彼女にまつわる歌に関しては全て事実だともっぱらの噂だ。
たった1人で大迷宮のボスを討伐しただとか、街を襲っていたドラゴンを追い返したとか、霊体に体を乗っ取られて我を忘れた剣豪を救っただとか……上げ始めればキリがない。
それほどまでに、有名な英雄の1人なのだ。
「最後にお主らがどれだけ強いかの指針じゃったか……。そうじゃな……まぁ、古ドラゴンとどっこいか、それよりちょっと強いくらいじゃろ。勝てるのはダイヤモンドの冒険者でも一握り……ってとこじゃな。まぁ、あくまでわしがお主たちと対峙して感じた物であって、これ以上でも以下でもある可能性はあるがな」
「……ドラゴン」
「ドラゴンかぁ……」
世界最強と呼ばれる天空の覇者と同程度の戦力を人1人が持っているなんて馬鹿げているとしか言いようがない。
ワラベ自身ドラゴンと対峙したことはあるが、それはあくまでまだ生まれたばかりの幼きドラゴンであって、何千年と生きている古ドラゴンと対峙すれば今この場にはいなかっただろう。
ただ、イシュタルやマッハ、それにヒナはそれぞれ微妙そうに顔をしかめた。
なにせ、ラグナロクにもドラゴンというモンスターは存在していたが、全体の強さで考えればそこまで強くなかったからだ。
最強と言われている冥府の女神ヘルなんて、ドラゴンが何千体束になってかかってもHPゲージを1割も削れずに全滅するだろう。
そうでなくとも、ドラゴンよりヨトゥンヘイムに出現する巨人族のモンスターの方が何倍も強いし、イベントで討伐対象になるような神の名を冠したボスモンスターに関してはそれらを遥かに凌ぐ。
つまり、ヒナ達にとってドラゴンとは余裕で倒せるレベルであって、強いという言葉を当て嵌めるのはおこがましいような存在なのだ。
「なんじゃ、不満か? 言っておくが、古ドラゴンより強いモンスターなど、この世界には存在しておらぬぞ? それはお主らも知っておろう?」
「…………そう。うん、もちろん知ってる」
「ふ~ん。私ら、そんなに強いのか」
「当り前じゃ! お主ら、自分の強さを甘く見すぎておらんか!? お主らより強いかもしれぬ奴など、わしは片手で数える程度しか覚えがないぞ! そ奴らがほんとにお主らに勝てるかどうかも、わしは判断つかん!」
叫びのような、嘆きのような呆れた声が応接室に響き、その大声で今まで眠っていたケルヌンノスが可愛くうーんと唸り声をあげて目を覚ました。
それに思わずビクッと体が反応してしまうワラベだったが、ヒナが彼女を宥めている様を見てホッと胸をなでおろす。
「……ヒナねぇ、ここ、どこ?」
「ん~? ロアの冒険者ギルドだよ。よく寝た?」
「……ん、まだちょっと眠い」
寝ぼけ眼を擦りながら小さくそう言うと、再びヒナに抱かれながら健やかに寝息を立て始めたケルヌンノス。その姿はまるで、母に抱かれる赤子のようだ。
その様子を少しだけ羨ましそうに眺めていたイシュタルは、気を取り戻してブルブルと頭を振ると、懐からラグナロク金貨を2枚取り出す。
「じゃあ、これを換金してもらったらとりあえず私達はここから出る。やりたい事はまだまだある。時間は有限、この街に泊まるつもりはない」
「……すぐにどこか別の街へ行くのか?」
「そういう訳じゃない。多分、近いうちにまた来る」
「……?」
イシュタルの言葉に首を傾げたワラベだったが、深く考えてまた余計な事を口走る前にサッサと金貨を換金しに行く。
その鑑定結果は自身の見立て通り共通金貨2枚だったらしく、計4枚の共通金貨をイシュタルに手渡し、彼女達をギルドの酒場から見送った。
その後、背中が見えなくなるまでその場で手を振り続けた彼女は、一目散にギルドへ駆けこむと自室のベッドに潜り込んで枕に向かって叫んだ。
「なんなんだよあいつらはぁぁぁ!」
押し殺した叫び声は、その部屋中にこだまして本部からの返事が届いた旨を報せに来た受付嬢が扉をノックするまで続いた。