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79話 出発

 翌日、各々がメイン武器を持ち、無数の課金アイテムを大きめのリュックの半分を埋める程まで詰め込み、残りの半分をケルヌンノスのお弁当で埋めた。

 もちろんそのリュックを持つのはマッハだが、今回ばかりはイシュタルにも役目があることを期待しての処置だ。

 それに、そのリュックの重さはヒナが試しに持ってみたところ優に40キロはあったので、見た目が可愛らしい幼女にしか見えないイシュタルに持たせるのが躊躇われたというのもある。


 無論、マッハ以外の3人も腰のポーチに戦闘用のアイテムを入れており、マッハが持っているリュックの中に入っているのは便利グッズというか、もしもの時に役に立つという類の物だ。

 それは本当に必要なのかと言いたくなるものまでそのリュックに詰め込まれているのは、一重にヒナの身を案じた3人があれもこれもと言ってきかなかったからだ。


「当り前じゃん。あんなことがあった後で、ヒナねぇの身を危険に晒せるはずないだろ~?」

「マッハねぇの言う通り。万全な状態にする事は良い事。それに、マッハねぇはこれくらいじゃ動きに支障はでない。ね?」

「そうそう~。たるに持たせて万が一のことがあるより、私に持たせた方が確実~」

「そ、そう……? 皆がそう言うなら良いけど……」


 ヒナはそんな事よりも、マッハがぴょんぴょん飛び跳ねてそのリュックの中身のお弁当が崩れないか。それが心配だったのだ。

 遠足なんかに持っていくお弁当が、いざ昼食となった時に左右に寄ってしまってぐちゃぐちゃになっていた時は文字通り泣きそうになった。

 その経験をこの世界でも味わいたくないという思いと、せっかくケルヌンノスが作ってくれたんだから味わって食べたいと密かに思っていたのだが……


「マッハねぇ、動きは最小限で。お弁当が崩れたら、私は暴れる」

「む、無理言うなぁ……。分かったってぇ……」


 家を出る直前、それに気付いたのだろう。ケルヌンノスがマッハが背負っている大きすぎるその紺色のリュックをジッと見つめながらそう言った。

 ヒナの好物がこれでもかと入っているそのお弁当は、その見た目にも気を遣った逸品だ。もしもマッハのせいでそれが崩れたりすれば、冗談でもなんでもなく、彼女は暴れだすだろう。


「じゃあ出発しよっか! まずは王国に寄るんだよね?」

「そう。まずはエリンを誘いに行く。ついでに、あのムカつく女も同行するか聞いてみる。どれくらい強いのか気になる」


 ケルヌンノスの言うムカつく女がシャトリーヌの事を言っているのかマーリンの事を言っているのか分からなかったヒナは、苦笑する事でその場を流す。

 恐らく後者だろうが、マーリンの強さはヒナ自身も気になっていた所ではあるので同行してくれるのであれば少しだけ嬉しかった。

 シャトリーヌに関してはまだちょっと怖いという思いがあるので、エリンと一緒にでも出来れば来てほしくないというのが本音だった。まぁ、そんなことを言おうものなら3人が暴走しかねないので口を噤んでいるのだが……。


 そして新たな問題は、彼女達がギルド本部を出て数秒で訪れた。

 エルフクイーンの代わりに誰を留守番としてこの家に置いておくかという、非常に重要な問題だ。


「クイーンちゃんと同じくらいの強さの子で良いんじゃないの? ダメなのか?」

「ほ、ほら……悪い奴がいるってあの人言ってたじゃん……? だから、1人だけだと心細いかなぁって……」

「『あ~』」


 ヒナのもっともな疑問に、3人は揃ってなるほどと声を上げた。


 ヒナは普段はオドオドしていてかなり頼りないのだが、戦闘やギルド本部の防衛、家族のことになると異常なまでの才覚とセンスを発揮する。そのおかげで彼女は魔王と呼ばれるに至ったのだが、今は本筋から外れるので割愛する。


 無論ヒナもエルフクイーン以上の召喚獣には複数心当たりがあったのだが、そのどれも“男”ということで、なんとなくこの家に入れたくないという非常に意味の分からない理由でモジモジしていたのだ。


 南雲はマーリンに貸しているので除外するとして、上位プレイヤーのそれにも勝るとも劣らない性能を有する剣豪や剣聖。荒れ地の魔法使いと呼ばれる強力な力を有した魔法使いから一定時間だけ神の名を冠するモンスターを呼び出す事の出来る召喚術師など……呼び出す候補としては無数にある。


 しかし、その全員に共通している事は、いずれも“女性や女形”ではなく、男だったりモンスターだったり、そもそも死体だったりするという点だ。

 そんな、ある意味ではおぞましい存在を自分達の家に一時とはいえ入れて良い物か。それを考えていたのだ。


(でも、悪い人が私と同じプレイヤーで、あのディアボロスのメンバーだったら生半可な召喚獣を残しておくと返り討ちに合うしなぁ……。背に腹は代えられないって、こういう事なのかな……)


 しばしその場でうーんと唸っていたヒナは、結局召喚獣達には外で待機してもらう事にして、家の中には決して入らないように言いつける事でその場をやり過ごした。

 無論、呼び出した3人の召喚獣――人だが――は主人であるヒナの命令には絶対に従うので、力強くコクリと頷いてエルフクイーンが作った切り株へと腰掛けた。


「凄いなぁ~。あいつら、私らでも倒すのちょっと時間かかるメンツだ~」

「ヒナねぇはやっぱりおかしい。あいつら、普通1体でも持ってたら他の奴とか取ろうとしない。1体で十分役目を果たしてくれる」

「けるねぇに同意……。特にあの神使い。イベント限定魔法って言っても、神を呼び出すとか明らかにやりすぎ」

「私の努力の結晶だもん~! まぁ、常時魔力の1割くらいあの子達の維持で持っていかれるけど」


 薄い胸を自慢げに張りながらそう言ったヒナを冷たい目で見つつ、ケルヌンノスはいつも通り召喚魔法を使用して霊龍を呼び出すと、その背にぴょんと飛び乗った。

 毎度のことながらマッハはギュッと目を瞑ってヒナにおぶられ、イシュタルはそれを羨ましそうに見つめながらも姉の高所恐怖症を知っているせいで何も言わない。まぁ、しばらく彼女に冷たく当たろうと内心で軽く思う程度だ。


「『いってらっしゃいませ、主様』」

「うん、家の防衛よろしくね~」


 フリフリと可愛らしく手を振りながら飛び立っていったヒナと3人を見送りつつ、3人はしばらく暇になる事を予想してお互いの世間話を始めた。


………………

…………

……


「だからさ、貴族共の対応は――」

「いえ、マーリン様。まだ王族の後始末すら終わっていないのですから、そこは慎重になさってください。でないと余計な混乱を――」

「妾から一言言わせていただくのであれば、まずは内乱を防ぐために王族の者達を粛清された方がよろしいかと――」

「ねぇ師匠、その前に新しい王を決めないとだよ? 無理やりあのバカを退位させたのは良いけど、後釜がいないんじゃ余計な揉め事が――」

「だぁぁぁぁ! いっぺんに喋られても分かんないってばぁ!」


 ブリタニア王国は、今現在突如とした王家と騎士団の崩壊によって混乱を極めていた。

 民達が辛うじてパニックを起こしていないのは冒険者ギルドが間に入っている事が大きく、ムラサキとペイルの人徳や働きが無ければとっくに国が崩壊していただろうことは想像に難くない。

 それ程までにヒナ達が行った事は急すぎたし、事態がとんとん拍子に行き過ぎたのだ。


 今現在王城キャメロットでは、マーリンが好んで使用していた円卓の間と呼ばれるアーサーやその臣下達しか立ち入りの許されていなかった場所で王国の今後についての協議が行われていた。

 過去の英雄であるマーリンに加え、その護衛の南雲が後ろに控え、エルフクイーンがその正面に、エリンとシャトリーヌがエルフクイーンの左右に並ぶ形だ。


 円卓の間と言ってもそこにあるのは今や小さな丸テーブルただ1つで、ここにあった円卓会議の場として使っていた大きなテーブルや創立メンバーの数だけ備え付けられていた椅子は全て処分されてしまっていた。

今や寂しすぎる装いとなったその円卓の間に詰める者達の顔は、皆一様に暗い。なにせ、彼女達はここ数日まともに寝ていないのだ。

 睡眠がほぼ必要のないマーリンはともかく、ここ数日の激務でろくに寝られていない他の面々は今にも限界だと叫びだしそうな精神状態をなんとか保っていた。


 ヒナ達の元へ報告に行ったのだって本当はそんなことをしている暇なんて無かったし、ゆっくり夕食なんて食べている暇も無かった。

 もちろんケルヌンノスが作る食事があり得ない程美味しかったのは認めるが、王族や貴族達の問題がそう簡単にスッキリ片付くはずもなく、今も反乱一歩手前の状態でなんとか押し留めているような状態だった。


「あぁ~……軟禁してるバカ共……じゃないや、サリアス達はどうなの?」

「マーリン様が放たれた召喚獣達の報告によりますと、サリアス以下王族の者達は、未だ主様……いえ、ヒナ様やマッハ様方の強さに震えておりそれどころではないようです。ただ、ケイネスに関してはその強さを目にしていないためか、彼らを必死で焚きつけようとしているようです」


 南雲からの報告に若干の懐かしさを感じつつ、その不穏な動きはどうにかせねばなと少しだけ憂鬱になる。


 魔法の一部を改良して地下でも彼らが魔法を使用できないようにして軟禁しているのだが、それも長くは続かないだろうなと少しだけ不安に駆られる。それまでに、この国の内政問題が片付けば良いのだが……


「ムラサキから上がって来た資料には目を通してくれてる?」

「流石にそこまでは手が回っておりませんので、他の者に任せております。確かミカエル様がその担当をなさっていたかと」

「ミカエ……あぁ、あの天使ちゃんか。なら、後で報告聞きに行かないとね……」


 無論、この場にいる者達だけで王国の内政をどうにか出来るはずもない。明らかに手が足りていないのだ。

 なので、マーリンはアイテムボックスから魔法を使用する際に消費する魔力を半減してくれる杖を取り出し、習得している召喚魔法を片っ端から唱えた。

 そのおかげで人手不足はほとんど解消されたのだが、その代償として常時5割以上の魔力が彼ら・彼女らの維持によって消費されるという事態に陥っていた。


 仮に今ディアボロスの面々が総攻撃を仕掛けてきたとしても物量でどうにかなるだろうが、サン以外の幹部――例えばギルマスのフィーネ――あたりが来れば耐えられる自信が無かった。

 まぁ、あの陰険な女がこの世界に来ているとは到底思えないのでそこは心配していないのだが……。


「貴族の問題ってどうなってたっけ……」

「さっきも言ったじゃないですか。マーリン様の召喚獣の皆様が集められた情報から考えるに、謀反や王家の愚か者達の救出を目論んでいると思われる家々が、少なく見積もって34。他国に情報を流して戦争を起こさせようとしている家々が4つほどと。どれも、伯爵家以上の者達です」

「あぁぁぁぁ……頭が痛いぃ……」


 シャトリーヌからの呆れたような、疲れ果てたような答えに頭を抱えながらうずくまりたくなる。


 完全な私情だが、130年ぶりの現世という事でそろそろ淫魔の特性でもある異常な性欲を抑えるためにある事をしなければならないのだが、その時間が取れるかどうかも怪しい。

 それをしなければどうなるか……。今やこの世界の誰よりも大切な2人に襲い掛かるなんてことは絶対にしたくないぞと、誰に言うでもない愚痴を吐き出す。


「シャトリーヌやぁ、どうしたらそのバカ達抑えられるかねぇ……」

「なんですかそのおばさん臭い話し方……。ともかく、すぐにどうこうするのは無理です。殺してしまうのが一番手っ取り早いとは思いますが……」

「貴族を一斉に粛清したら、それこそ国が成り立たなくなっちゃうんだよねぇ……」

「その通りです。私がここ数年で密かに集めていた協力者とムラサキ様含め、冒険者ギルドの方々のご助力があるおかげで今国が成り立っているのです。そこで貴族を一気に粛清しようものなら、それはそのまま大規模な戦争となって降りかかってくるかと」

「あ~あ、嫌だいやだ。今だけで良いからアーサー蘇ってくんないかな……。そう、ほんと、今だけで良いから」


 今この場に彼がいれば、神の如きカリスマ性とかつての人徳なんかで諸々全て上手くいく気がするのだ。

少年漫画の主人公のように「がんばろ~」とかのんきに言えばホイホイっと結果が着いてくるのではないだろうか。まぁ、ムカつくのでその後は再び天国に還ってくれて良いのだが……。

 そんな最後の一言は押し殺し、マーリンはテーブルに突っ伏して大きなため息を吐いた。


 その様子を見て呆れながらはぁと首を振ったシャトリーヌは、少し離れた場所でうーんと可愛らしく唸りながら“美味しそうに”マッハ達から貰ったどら焼きを頬張っているエリンを見つめる。


「エリン様。再三申し上げていますが、王座に就く気はございますか?」

「ん? ん~……ない! シャトリーヌには悪いけど、私はそんなの興味ないもん。それに、なんだかめんどくさそうだし、ヒナやマッハ達とも遊べなくなりそうでヤダ。国の再建は師匠がなんとかしてくれるでしょ?」

「その純粋無垢な視線向けてくるのやめてくれない? それ、純粋さの暴力って言うんだよエリン……」

「な、何言ってんの師匠……」


 くたぁっと顔を伏せたマーリンに呆れながら苦笑するエリンは、以前の絶望に塗れた瞳からは完全に開放され、今は本当の意味で心の底から笑顔を浮かべていた。


 未だに顔が見えるのはマーリンだけだし、一瞬だけならヒナやシャトリーヌも見える時がある。しかし、基本的にはまだ例のぐちゃぐちゃな顔は取れていなかった。

 それでも、味方や仲間と呼べる存在がいなかった以前に比べると今の方が何百倍、何千倍もマシだと思えた。


「ねぇ師匠~。戦争とか起こったとしても全部蹴散らせば済むんじゃないの?」

「うちの子が脳筋になってるよ……。どこのどいつだ、可愛いエリンにそんな事吹き込みやがったのは……。いや、絶対あいつだな……。まったく、魔王も余計なことしてくれたなぁ……」

「エリン様、騎士団の武力も当てにできない以上、戦争になれば国が滅ぶと考えた方がよろしいかと思います。先日の件で騎士団の5割強が死去。残り3割は恐怖で武器も握れず、2割は我々に忠誠を誓っている訳では無い為に謀反に手を貸す可能性があります」

「そうなんだ~……。なら、万が一その時が来たらヒナ達にお願いしたら? 助けてって言ったら嫌な顔しないんじゃない? だって、ヒナ達優しいもん!」

「うちの子が……うちの子がヤンキーみたいになった……。あの頃の可愛かったエリンはどこに……」


 約1名エリンの変化に嘆き悲しむ女がいるが、それを無視してヒナから呼び出されている南雲とエルフクイーンは、エリンのその言葉に「その通りだ」とばかりにコクコクと頷いた。


 シャトリーヌも彼女達が優しいことに関しては同意するところだが、だからと言ってなんでもかんでも頼ってばかりではいられない事も分かっている。


「良いですか、エリン様。彼女達は確かに強いですが、力で押さえつけてもそれは王族の奴らがやっていた事と同じです。それでは、ケイネスがヒナ様に入れ替わっただけです」

「あ~……そっか。それはダメだよね。ヒナ達可愛いし優しいのに、あんなクズ共と一緒にされるのはヤダよね」

「あぁ……うちの子の言葉遣いが女の子のそれじゃなくなってるよぉ……。あんなに可愛かったエリンが……エリンがぁぁぁ……」

「もう、師匠うるさいからちょっとだま……あれ? ヒナだ」

『……は?』


 エリンのその言葉に、その場にいた2名――南雲とエルフクイーンは気付いていた――は素っ頓狂な声を上げた。

 しかし次の瞬間、遥か彼方から物凄いスピードで迫ってくる巨大な力の気配を5つ感じ、即座にあぁと呆れたため息を吐いた。


「エリン、ちょっと城門前まで行ってあの人らの相手して来てくれない? 私らはここで色々今後の事考えないといけないから……」

「良いの!? うん、わかった!」


 その直後、転移魔法でその場から瞬く間に姿を消したエリンを見送った2人は、どちらからともなく大きな大きなため息を吐いた。


「ねぇ、あの子の教育どうなってんの……?」

「申し訳ございません……。しかし、エリン様があんなに嬉しそうというか、テンションが高いのはここ数日の事です。マーリン様が生きていると分かられた、ちょうどその日からですよ、ああなったのは……」

「うっわ。嬉しくもあり、悲しくもあるねそれ……。元のあの子に戻れとは言わないけど……脳筋みたいな発言は止めてほしいなぁ。私の中の可愛いエリン像が音を立てて崩れてっちゃう……」

「何言ってるんですか……。そんな事言ってる場合があるなら、王座に就く覚悟をサッサと決めてください。エリン様が王座に就かれない以上、マーリン様しか適任者いないんですから……」


 数日前から悩まされていた問題を改めて突き付けられたマーリンは先程とは違う理由でうげぇと情けない声を出した。

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