表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/238

77話 苦労人ワラベ

 エリン達がギルドの本部へとやって来た翌日、ヒナ達4人はロアの冒険者ギルドへと顔を出した。

 理由は複数あるのだが、1番は、近いうちにまたしばらく姿を消す事になるだろうから、面倒な事になる前にその報告をしておこうというものだ。


 相変わらずケルヌンノスが大量虐殺……というか、モンスター退治を行った残骸は未だに残っており、数えきれないほどのブラックベアの死骸とホワイトタイガーの死骸がそこかしこに転がっていた。

 思えば自分達がブリタニア王国へ行っていたのは1週間足らずだったなと思い出し、4人はあ~と感慨深そうに誰からともなく呟いた。


「そんなに短い期間の間にエリンと知り合って、友達になって、あんなことしてきたのか~」

「……絶対何か言われる。けるねぇのご飯を賭けても良い」

「あ、言ったな~!? じゃあ、もしなんも言われなかったら今日の夕食のおかず、たるの分は貰うからな~?」

「……もしそうなったら、ヒナねぇに分けてもらう」


 なんでそこで関係ない自分に飛び火するんだと毎度のことながら苦笑するヒナだったが、それはそれで微笑ましいので別段何も言わない。

 というか、ケルヌンノスの作るご飯が特別美味しすぎるので賭けの景品になるのは分かるのだが、マッハは何も賭けないのだろうか……。


 そんなのんきな事を考えているのが顔に出ていたのだろう。思い出したように、イシュタルが「マッハねぇは何を賭けるの?」と呟いた。

 そして、自分も何を賭けるのか全く考えていなかったマッハは、しばらくうーんと唸ってから名案だとばかりにポンと手を叩くと、ヒナの右手をギュッと握って自慢げな笑みを漏らす。


「今日ヒナねえの部屋で寝る権利を譲る!」

「……ほんと?」


 なぜかキラリとした瞳をマッハに向けたイシュタルは、ケルヌンノスが抜け目なくヒナの左手をギュッと握っていることを視界の端に捉え、口の端を少しばかり歪めた。

 なんでまたここで自分に飛び火するんだと苦笑するヒナだったが、まぁそれくらいなら良いかと口を噤む。


 実のところ、ブリタニア王国から返ってきたその日から、ヒナは毎夜姉妹の内の誰かと一緒に寝る事を義務付けられていた。

 本人達は護衛と言ってきかなかったし、ヒナとしても3人と一緒に寝られるのは嬉しかったので特別何も言っていないのだが、その本心が宿屋での一件を引きずっている事くらいはお見通しだった。


 別に、言われれば皆で川の字になって寝るだの色々方法はあるだろうに、頑なにそうしないのは『ヒナを独り占めにしたい』という、姉妹共通の因縁が働いているからだ。

 無論、ヒナに説明する時は護衛は1人で十分という謎すぎる理論で押し通しているのだが……。


「けるちゃんは良いの? 参加しなくて」

「……私は、昨日一緒に寝たから2日連続で一緒に居るのは憚られる。別に、参加したくないって訳じゃない……」

「そう? 遠慮しなくて良いと思うけど……」


 ヒナがそう言うと、すかさず微笑ましいやり取りを繰り広げていた2人が示し合わせたかのように「それはダメ!」と口にした。

 ケルヌンノスだけでなく、2人も2日連続でヒナと一緒に寝るのは認めたくないらしい。

 まぁ、本来なら今日がマッハで翌日がイシュタルの番だったので、明日ヒナと一緒に寝るのは誰なのかという疑問はあるのだが……。


「ヒナねぇ、それは多分言っちゃダメなやつ」

「そ、そうなの……?」

「うん。多分、2人とも気付いてないだけ。順番通りいくなら、明日は私になる」


 小声でそう言いつつ、最後の方に本音の部分を隠しきれていないケルヌンノスの可愛らしい姿に思わず頬が緩みそうになるのは仕方がないだろう。

 しかし、彼女が再び口を開く前に彼女達4人の姿を見つけたワラベが慌てた様子で近寄ってくる。


「な、なんのようじゃ……。はぁ、はぁ……。まったく、こっちはお主たちのせいで酷い目にあっておるぞ……」

「……マッハねぇ、私の勝ち」

「えぇ!? これくらいはセーフだろ~!」


 実際、彼女が酷い目に合っているのはここに散らばっているどうにもならないモンスターの死骸が原因であり、ブリタニア王国に彼女達が赴いた結果彼女の仕事が増えたという事は……まぁ、ちょっとしかない。少なくとも、ムラサキのそれに比べたら天と地ほどの差がある。


 そう説明するマッハの泣きたくなるような内心が伝わったのか、それとも姉にせめてもの慈悲をかけようと思ったのか。ともかく、イシュタルはマッハのその言葉に渋々ながらコクリと小さく頷き、今日ここに来た理由の1つである『生存報告』を口にした。


「私達はこの通り生きている。マッハねぇ達から色々聞いた。もう心配いらない」

「は? あっいや……そ、そうか」


 ワラベとしては、なんでそんな分かり切ったようなことを言ってくるのか甚だ疑問だった。

 無論ムラサキ経由でヒナ達の安否については知っているし、彼女達が王国から帰還した翌日にはギルドの周りをマーサに見張らせ、その周囲に近付く冒険者がいないか警戒させていた程だ。

 無論、数日のうちにマッハに見つかって無邪気に「あそぼ!」と言われたと愚痴っていたが、そんなことは今はどうでも良い。


 問題は、モンスターの処理が1週間経っても一向に進まず、貴重なダイヤモンドランクの冒険者達という戦力も諦めて退散し始めていることにある。

 ここを早急になんとかしなければ帝都の物流が滞るばかりでなく、ブリタニア王国の騒ぎによって生じている帝都の混乱で余計に人離れが進んでしまう。


 ギルドとしてもガルヴァン帝国の王族達にそれとなく圧力をかけられている身としても、早急にこの現場をどうにかしなくてはと奔走しているのだ。

 そんな時に、彼女達のどうでも良いような報告に耳を貸す暇などない。


「用がそれだけなら帰ってくれんか……。わしは、今ちょっと忙しくてな……。ムラサキの奴に用事があるなら、こっちから伝えておく故今日のところは――」

「なんなら手伝おうか~?」

「……な、なんじゃと……?」


 もちろん生存報告がここに来た全ての理由ではないのだが、マッハは先程イシュタルとの賭けがまだ続行になった事に気を良くして、握っていたヒナの右手を離すと、ワラベの前へちょこちょこと移動する。

 背丈だけで見れば彼女達も姉妹にしか見えないが、マッハがその腰の刀を抜くとワラベがピクリと怯えるように眉を吊り上げる。


 ブリタニア王国の惨状……というか、彼女がマーリン相手に激怒したことを知っている身としては、マッハがそれほど強かったのかと呆れるばかりだ。

 しかしながら、マーサの報告からも、彼女はそんな事など忘れている事が確認されている。

 ワラベは、その“忘れている”という一点において、マッハに更なる恐怖を宿していた。

 英雄を殺そうとしておきながら、その事すら忘れるとはどれだけ他人の命を軽視しているのか……と。


 しかし、もちろんマッハ本人にそんなことを言えるはずがないので、震えそうになる声を意志の力で押さえつけながら「出来るのか?」と怪訝そうに問いかける。 

 この時、足や手が無意識に震えなかったことに感謝しつつ、今まで戦ってきた無数の猛者達やモンスターに「お前達と戦ってきたのはこの時、この為だったんだな」なんて、馬鹿げた礼を述べてしまう。


「まぁできなくはないけど~……こいつらの死体から素材取りたいの? それとも片付けたいの?」

「……出来れば素材を取りたい。どうしても無理という場合であれば片付けてくれるだけで構わんが、そ奴らの素材はわしらにとっては大変貴重じゃ。お主らにとっては取るに足らんものでもな」

「ふーん……。じゃあ、私には無理だなぁ~」


 あっけらかんと言い放ったマッハは、露骨に肩を落としたワラベに子供のような無邪気な笑みを向けつつ「でも~」と続けた。


「ヒナねぇ、この見る目ある人……あ~……そう、ワラベ! ワラベに、私らの武器貸して良い? ほら、小刀とか低レベルの装備くらいなら良いんじゃない?」


 マッハが手伝おうかと口にしたのは、ワラベがここに広がっている惨状を一掃したいと思っていると思ったからだ。

 しかし、素材を取るとなるとそもそもその方法を知らない彼女達にはどうすれば良いか分からない。


 ブラックベアの毛皮は刀なんかの物理的攻撃で傷つけると、ドロップする際に『粗悪なブラックベアの毛皮』というアイテムになり、単なるゴミアイテムと化してしまう。

 それは、文字通りゴミになるという意味で、持っていても仕方のない……装備を作る際には使えない素材になってしまうという意味だ。

 なので、素材を取るのに使うのだろう小刀程度であれば恐らく問題にはならないし、仮に盗られたとしても彼女達にとってはなんの痛手でもない。


「え、えぇ……? か、返してくれる……?」


 しかし、そう思っているのはマッハだけだった。


 ヒナとしては、アイテムボックスに全ての武器や装備がある。その肩書きという名のステータスこそを重要視しており、仮に何かしらのアイテムが消えた場合は『なんでもあるアイテムボックス』という看板に偽りありとなってしまう。その事が、性格的に我慢ならなかった。


 たとえそれがもう使わないだろうアイテムだったとしても、それが武器や装備である場合は絶対に盗まれたりは……まぁ、極力したくなかった。

 自分達の不注意と度重なる誤解の連鎖によって2種類の超レア武器が失われるところだったのは記憶に新しいのだが……。


「返ってくるなら良いの?」

「返ってくるなら良いよ~? 少しの間貸すくらいなら全然大丈夫」


 ワラベを出来るだけ視界に入れないように注意しつつニコッと微笑むと、マッハはすぐさまワラベに向き直って「どう?」と言いたげな顔をする。

 彼女が家族以外にここまで優しく接するのは非常に珍しいのだが、今の彼女は直前の賭けが続行になっていることで有頂天になっていた。それが無ければ、こんな事なんて言っていない。


 だが、ワラベもその申し出は願っても無い物で、マッハに頼むと頭を下げた。

 マッハの気まぐれもたまには人の役に立つんだな~とのんきな事を考えた彼女だったが、ニコッと微笑んだマッハが一瞬で目の前で消えて、1分もしないうちに無数の小刀を抱えて戻ってきた時は流石に引きつった笑みを浮かべた。

 子供故にその行動力は恐ろしい物があるとはよく言った物だが、まだまだ認識が甘かったと戦慄した瞬間だった。


「ぜーんぶちょっとした武器だけど、多分ここの人達が使ってる物よりは使いやすいと思うぞ! ほら、試しにこれなんか使ってみたらどうだ?」


 マッハが差し出したのは、小刀というよりクナイに近い物だった。


 和風作品とのコラボが実施された際、シノビ系のモンスターを倒した素材から作られる武器なのだが、その性能はレベル50に達したくらいの中堅プレイヤーが愛用するレベルであり、ヒナ達が普段使う物に比べればそこまで強い物ではない。

 それに、クナイという事もあって、投擲すれば自動的に手元に戻ってくる……という特殊効果があるだけで、攻撃力それ自体はそこまで高くないというのも評価を下げている理由だ。


 マッハのようなパーティー唯一の前衛に求められるのは、相手からの物理的な攻撃をヒナやケルヌンノスに届かせないようにブロックし、イシュタルのサポートを受けながら火力を出す事だ。

 なので、彼女に求められるのは手数の多さというよりも一撃一撃の威力であり、ヒナもどちらかと言えば小賢しい物よりは一撃で全てを破壊したいと思うタイプだった。


「今度私らが帰ってきた時にでも、全部返してくれればいいよ。ね、ヒナねぇ?」

「う、うん……。でもま~ちゃん、それいくつあるの? ちゃんと種類、分かる?」

「もちろん~! 全部で12個! 全部和風シリーズで固めてあるし、適正レベル60以上の物は持ってきてないよ!」

「な、なら良いけど……」


 ヒナ達がそんな会話をしているとは露知らず、マッハが持ってきた物なんだからこれまたとんでもない物なんだろうなと少々呆れながら近くにあったブラックベアの遺体にヨイショと刃を突き刺してみる。

 すると、刃渡り20センチ程度しかなくどこか心許ないその刃は自身が全力を込めて放った魔法でもほぼ無傷だった毛皮をするりと切り裂いた。


「……いったい、わしらの今までの努力はなんじゃったんじゃ……」


 これまでの数日、魔力切れになるのを覚悟で日夜1体のブラックベアに向かって魔法をぶっ放し続け、昨日ようやく足の一部分を切り取る事に成功したというのに……。そんな、悲痛とも言える彼女の内心を分かってくれる同志は、生憎この場にはいない。


 しかしながら、こんな貴重な……すくなくともワラベにとっては大変貴重な品を貰っておいて、お礼の1つも言わないのは人としてダメな事だろう。

 なので、内心ではぁと肩を落としながらも力なくお礼を述べる。


「良いっていいって~! その代わり、ちゃんと全部返してな!」

「あ、あぁ……。ギルドの職員だけに触らせるようにして、冒険者達には引き上げてもらう……。にしても――」


 その後に続いたワラベの言葉によって、幸福の絶頂にいたマッハの機嫌は、瞬く間に地底の底へと叩き落された。


「数日であの国を半壊させただけでなく、こんなものまでホイホイ渡せるとは……。一体、どうなっておるんじゃお主らは」


 その言葉が紡がれた瞬間、マッハは膝から崩れ落ち、イシュタルはグッと胸の前で握りこぶしを低く上げた。

 この瞬間、彼女達の賭けは決し、今日のヒナの隣がイシュタルに決定したのだ。


「ど、どうした? な、なにかあったのか?」

「……いや、こっちの話。それと、さっきマッハねぇが言ったけど、私達はまたしばらく留守にする。もちろん家にはお留守番の子を配置しとくから、近付かないようにしてて」


 どことなく嬉しそうにそう言ったイシュタルと、未だあぁ……とか低く唸っているマッハを見比べつつ、ワラベは「そりゃ構わんが……」と困惑を浮かべた。


「またどっかの国に行くつもりか? 正直、これ以上面倒ごとを増やされるとムラサキの奴が過労死すると思うんじゃが……」

「別に、あのムカつく狐はどうなったって良い」

「ちょ、けるちゃん! そんなこと言わないの!」

「…………間違えた。それは大変。だから、私達は前に調べたダンジョンに行く。それを攻略したい」


 可愛らしくヒナの手を握ったケルヌンノスがそう言うと、なるほどと言いたげに頷いたワラベは、ムラサキに伝えておくとだけ口にした。

 これ以上彼女達に構っているともっと自分の常識が音を立てて崩れ落ちていくのではないかと思わずにはいられなかったのだ。


「待って、まだ1つある」

「……なんじゃ」


 もう勘弁してくれ。そう言いださなかった自分を内心で褒め称えつつ、イシュタルから向けられる興味深そうな視線を一身に受ける。

 そして、彼女の口から語られたその言葉を聞いて、ワラベは自分の耳を疑った。


「けるねぇって、ほんとに泣いてたの?」


 ワラベがケルヌンノスの威圧するような視線を受けて絶叫したのは言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ