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76話 王国の今後

 マッハ達3人にとって、自分達を褒められるという事は自分達を創ったヒナを褒められるのと同じことだ。なので、実質的にマーリンの評価がうなぎ登り的に上がっていき、今やエリンのそれに次ぐ物となっている事に関してもなんら不思議ではない。


 残念ながらシャトリーヌに関しては、一度ヒナに狼藉を働いているせいでムラサキ以上、ワラベ未満……という微妙な扱いになっているのだが、少なくともブリタニア王国のギルドマスターであるペイルよりはいい評価を貰っている事だろう。

 まぁ、それもエリンの友達という、彼女自身とは全く関係のない要素が押し上げているだけなのだが……。


「ま、まぁそれは今は置いておこう。ありがたいけど、私にはなにをどう喜んで良いのか分からない……」

「……分かりました。ですがマーリン様……この方達の力は今後の王国に必要不可欠だと仰られていませんでしたか……?」

「……? どういう意味?」


 シャトリーヌの言葉にイシュタルが首を傾げると、マーリンは困ったように笑って「今日はその事を話しに来たんだ」と口にした。


 無論マーリン自身もヒナ達4人がブリタニア王国になんらかしらの援助をしてくれるとは思っていない。

 今はアイテムボックスから装備を引っ張り出してフード付きの黒いパーカーとジーパンという、男子高校生の私服みたいな恰好をしている。

 当分彼女だけでも厄介ごとに関しては対処できるだろうし、武力的な面で言えばシャトリーヌが居てくれるので問題はないと断言できるほどだ。


 彼女は、武器のおかげという側面はあったとはいえマッハと数分やり合えていたという実績の通り、そこら辺の人間相手では相手にならぬほどの強者だ。

 その血の滲むような努力は、一重にエリンを守りたいという純粋な愛と忠心によってもたらされた物だというのだから驚きの境地を通り越して呆れてしまうが、それは今は良い。


「ともかく、私がいなかった130年に起こった出来事については、ここ数日であらかた話を聞いておいた。そのうえで私の総評は……今回の件が、全部私のやらかしによって起こってることだって事だ」

「ん? どういう意味だ? 悪い奴がいて裏で手を引いてる……みたいなことをたるに言ってたんだよな?」

「その悪い奴……分かりやすいように悪党って言うけど、その悪党の狙いが、私やアーサーを始めとした英雄と呼ばれる者達だったって事さ。どうやら、奴らが手を伸ばしてきていたのは私が居なくなる直前とか、そんな類の話じゃないんだよね」

「……話が見えない。マッハねぇの言う通り、私が聞いた時には悪い奴がどうのって言ってた記憶しかない」


 イシュタルが不満そうにそう呟くと、ヒナが怯えたようにコッソリ上の階へと逃げ、今度は数秒で帰ってきた。

 しかし、今回は宇宙人のような仮面が遊園地のマスコットのような全身パンダの着ぐるみに変身しており、あははと奇妙な笑い声をあげてケルヌンノスに席を譲り、自分は後ろで腕を組みながらコクリと大きく頷いた。


ほへはらこれならひんひょうひないきんちょうしない!」

「…………この際、ヒナねぇはいないものとして扱おう」

「賛成~。なんか、これでまた否定したら今度こそ訳の分からん格好で降りてきそう」

「……ヒナねぇ、そんなものよく持ってたね」


 三者三様の呆れ顔を作りながらそう言った3人は、なぜか自慢げにふふんと胸を張っているヒナを無視し、同じく呆れている様子のマーリンを見つめて話を続けるよう促す。

 その場で嬉しそうなのはエリンと、自分の罪が本当に許されたのだと深く実感しているシャトリーヌくらいだろう。


「あ、あぁ……。で、私らのとこに潜入してた奴は、まぁ平たく言えば私達の昔からの因縁の相手……みたいなものかな。私らが全員生きてた時はなんもしてこなかったんだけど、馬鹿共……あぁ、王族の事ね? 今の王族をとっちめて話を聞いたら、先代の王の時代から政治に関与してたらしい。だから~……そうだね。ちょうどアーサーとランスロットが居なくなったあたりかな?」

「ふーん。で、その悪党ってヒナねぇがやっつけたんだろ? もう大丈夫って事で良いのか?」

「いや、奴の生死は不明だ。遺体も見つかってなければ、私が確認している奴らの仲間は少なくともあと2人はいる。下手すると他の国にも手を伸ばしているはずだ」

「げぇぇ。めんどくさ~」


 足をパタパタさせながら苦い物でも食べた時のように舌をベーっと出すマッハに同意するようにケルヌンノスも首を縦に振った。


 どうせ自分達には脅威になり得ないだろうが、行く先々でそんな面倒な連中に絡まれることになるかもしれないというのは鬱陶しかった。まるで、背中が痒いのにそこまで手が届かない時のようなもどかしさというか、殺せるのに姿を現してくれないから殺せない存在のようだ。


「その例えはよく分かんないけど……まぁこちらでもなんとかしてみるさ。幸いにも、アーサーの弟子ちゃん……あぁ、ムラサキの事ね? あの子は私らに協力してくれるらしいから、何か変な動きがあれば報告してくれるさ」

「あのムカつく狐って、あの見る目ある人の弟子なのか? それにしては、ずいぶん見る目ないよな~」

「……あいつ、今回の件でだいぶ評価を落とした。私達に我慢をさせた罪は重い」

「ま、まぁそう言ってあげなさんな。あの子だってその場その場の最適解を見つけようとしてたんだよ。実際、今の彼女はこの世界の誰より忙しく働いてるよ。主に私と……君のせいでね」


 苦笑しながらマッハを指さしたマーリンは、「なんで?」と口にした幼女をふふっと微笑ましそうに見つめた後、背後で自分は関係ありませんみたいな顔――顔は見えないが――をしている着ぐるみに向かって口を開いた。


「この世界って、私らが暮らしてたあそこよりレベルが低いってのは自覚してるでしょ? でも、なぜか私らが産んだ子供とかその子供は、私らの強さを引き継ぐみたいでね。あの国はそれで繫栄してきた国だから、世界の勢力バランスが一気に変動しちゃったんだよ。もちろん、あの国が猛威を振るい始めた過去もそうだけど、その猛威が消え去った今、また世界の勢力バランスが大きく崩れてしまったんだ。私が生きてたっていうデカすぎるアドバンテージを抜きにして、マッハが騎士団の半数を殺しちゃったからね」

「……ふぇ!? ふぃやいやふぁらしわたしひゃんへいふぁるかんけいある!?」

「あるに決まってるでしょ……。あんた、この子の母親でしょ?」


 母親というか姉なんですけど……という言葉は、彼女が何か言う前にマッハ達3人によって訂正された。

 マーリンにとってはそこに大きな違いがあるとは思えなかったが、彼女達の機嫌を損ねる……というより、そこは特大の地雷な気がしたので苦笑で流し、改めてヒナを指さした。


「イシュタルちゃんに言われてるから君を政治に利用しようだとか、手伝わせようなんて気は一切ないよ。でも、ひとつだけ約束してくれないかい?」

「……?」


 可愛らしく首を傾げたヒナに、マーリンは最大の願いと尊敬、畏怖の感情を込めて頭を下げた。


「頼むから、何があっても私らの国と敵対はしないでくれ。もしうちが気に入らないことをしたなら、武力とかよりまず先に話し合いの場を設けてくれないかな? 今回みたいに誤解で済むかもしれないし、済まなければその時に応じた賠償……というか、詫びの品は渡す。だから、私らの国と敵対的な行動を取るのは止めてくれ」


 いくらマーリンやシャトリーヌが万全の態勢で彼女達に挑んだとしても、彼女達が本気で王国を潰しにかかろうとすれば、それは数時間も経たないうちに達成されてしまうだろう。

 そんなバカげた存在と正面切って戦おうとするほどマーリンの頭は愉快ではない。


 それに、元々彼女がヒナに助けを求めたのは■■の頼みだからという一面が強い。なので元から敵対する意志は無いのだが、マッハを含めたヒナを慕うNPC達は違う。

 彼女達にとって何かしら不満な事――特にヒナに関する事――があれば、それは即座にその者に死を運ぶ災害と成り果てるだろう。ちょうど、数日前にマッハがそうなったように……。


「この子の母親として、君達と交流する事はなんら問題ない……というか、この子もそれを望んでいる節があるし、そこは好きにしてくれ。でも、約束してほしい。何かあれば武力に頼るんじゃなくて、まずは話し合いで解決しようって姿勢を見せてくれ」


 エリンの頭を優しく撫でながらそう言ったマーリンは、ヒナがよく分からないという態度ながらもうんと頷いてくれたことに人生で一番の安堵を覚えた。なにせ、ここで彼女がもし「嫌だ」とでも言おうものなら、今後の彼女達に対する対応をまた1からムラサキと話し合わねばならず、非常に面倒な事になっただろうから。


 そして、敵対行為を取らずにエリンとの友好的な関係をずっと築いてくれるのであれば、王国にもしものことがあった場合やディアボロスの面々が何かを仕掛けた時にその力を借りる事が出来るかもしれない。

 シャトリーヌや自分だけではなんともならずとも、マッハかケルヌンノスが駆け付けてくれるだけで何倍も心強い。


 そんな打算がマーリンの心の奥底にはあったのだが、これは言わぬほうが良いだろう。


「ねぇ、そこら辺の話は分かったけど、今王国はどうなってるの? マッハねぇ達を邪魔した奴らの事は別にどうでも良いんだけど、エリンの国が滅茶苦茶になるのは嫌だ」

「え? あ、あぁ……そっちは、正直まだなんとも言えないよ。とりあえず城の修復と現王家の瓦解を済ませた……くらいで、他はまだ何も手を付けられてないんだ。まだ次の王すら決まってないし、民達の混乱を収めるのにも一苦労だよ。正直、ペイルって少年が民達の心を繋ぎとめてくれていなければ、あの国は崩壊してただろうね」

「ふーん」


 その一言でペイルの評価が少しだけイシュタルの中で上がったのは言うまでもない。

 しかし、他の姉2人はそうは思わなかったようで、何がなんだか分からないと言いたげに首を傾げていた。


 それもそのはずで、彼女達はヒナに『妹みたいな人が欲しい』という理由を主にして作られた存在なので、ヒナが知らない事はほとんど知らないし、彼女が興味の無い事は興味もないのだ。

 ケルヌンノスの料理が美味しいのは、もちろんヒナがそうであってほしいと願ってそう設定したからだが……。


 イシュタルはそんな2人の姉を見て育っているので、性能面以外でも彼女達をサポートする役目を普段から担っていた。

 マッハが武力で、ケルヌンノスがその存在と料理でヒナに貢献しているとすれば、イシュタルは頭脳面でヒナをサポートしていると言って良いだろう。

 まぁ、それを全く気にしておらず、ただありがたいなぁと楽観的に考えているのがヒナなのだが……。


「だからまぁ、新しい王政とか民の暮らしに関しては、まだ安定するまでに時間がかかる。分かりやすく言えば、国の復興には、まだ時間がかかるって事さ。荒れ果てた街もそうだけど、大本を排除したからと言って貴族やその他の者達の考え方がそう簡単に変わるはずは無いからね。幸いにも、シャトリーヌに関してはあのバカ……じゃなくて、悪党より私の言葉を全面的に信じてくれたから、かなり早い段階でエリンと打ち解けてくれたけど」

「……それは、まぁ……」


 恥ずかしそうに頬をポリポリと掻くシャトリーヌを愛おしそうに見つめ、マーリンは「でも」と言葉を続けた。


「彼女みたいに純粋な人はあの国には絶滅危惧種並みに存在していないだろうね。だから、まぁ数年単位でかかるかもしれない。ま、そこは私とこの子でなんとかするさ」

「ふーん……。じゃあ、新しい王にはそいつがなるのか?」

「そこら辺に関しては私達もまだ決めあぐねている。エリンが王座に就いた方が良いのか、シャトリーヌが就いた方が良いのか、それともまったく別の人間が就いた方が良いのか……とね。私は王って器じゃないから却下させてもらうけど」

「だろうな。あんたって、どっちかと言えば裏で色々してるタイプだよな。いじられ役みたいな」

「よく分かったね……。ま、そんなとこさ。私らの王国に関しては、ムラサキや冒険者ギルドの面々と協力してなんとかやってくさ。君達に迷惑はかけない……と、言いたいところなんだけど……。ヒナ、その件で私の頼みを聞いてくれないか?」


 真剣だが、どこか申し訳なさそうにそう言ったマーリンは、一度そこで言葉を切ってふぅと息を吐くと、覚悟を決めたようにヨイショと立ち上がってぺこりと頭を下げた。


 エリンとシャトリーヌが驚愕に顔を彩る中、マーリンはヒナなら使えるだろう召喚魔法で呼び出してほしい召喚獣がいると口にした。


「2体ばかり、私に貸してほしいんだ。今、私達の国は文字通り猫の手も借りたい状況なんだが、いかんせん王政に関する知識が足りなさすぎる。エリンは元より、シャトリーヌも国を引っ張る英才教育なんて受けてないし、私はアーサーの陰で偉そうにあれこれ言ってただけだから、その辺の知識が全くないんだ」

「……なんであの見る目のある人は最初から国を引っ張れてたんだ? 理想郷みたいに呼ばれてた……んだよな?」

「あ~……まぁそれがあいつの特殊なところというか、力というか……いわばカリスマみたいなものさ。まぁそれは良いんだ。ヒナ、君ならエルフクイーンを呼び出す魔法は使えるだろ? あの子を、しばらく私に貸してくれないか?」


 そう言ったマーリンにあからさまに不満を示したのは、エルフクイーンをクイーンちゃんと呼んで気に入っていたマッハだ。


 彼女も、時々ヒナに留守番以外の理由でエルフクイーンを呼び出してもらい、その度に一緒に遊んだりするくらいには気に入っていたので、その申し出は到底受け入れられるものでは無かった。

 それに、設定上王政を司っていたという召喚獣はエルフクイーン以外にもいるし、そちらではダメなのかと彼女が口にするのも必然だろう。


「そ、そうなのか……? 私は国を導いていたと言えばエルフクイーンというイメージしかなかったんだが……」

「そんなわけないじゃん。たとえば~……ほら、閻魔のおじちゃんとか分かりやすいじゃん! なぁける?」

「……私、あいつ嫌い。事あるごとに小言言ってくるし……」

「え~? あのおじちゃん意外と気さくで話しやすいじゃん~!」

「マッハねぇの好みは意味わかんない。霊龍は嫌いなのに閻魔が好きとか、理解不能」


 呆れるように肩を落としたケルヌンノスにぶーと頬を膨らませながら抗議したマッハだったが、ヒナもケルヌンノスの意見には賛同するところがある……というか、閻魔をあまり呼び出したくはないのでエルフクイーンを貸し出すという件については賛同した。

 無論マッハは断固として反対したのだが、今度どら焼きを一緒に食べに行こうとエリンが言った事でアッサリと承諾した。


「……マッハねぇ、単純。ヒナねぇと同じくらい単純」

「仕方ないじゃん~。私の性格、ほとんどヒナねぇと同じなんだから。ねぇ~?」

「……マウントは良くない。私とたるだって、ヒナねぇとほとんど同じ性格だもん……」


 そんな微笑ましいやり取りが行われた後、ヒナがその喧嘩とも言えない恥ずかしいやり取りに割り込んで残りの1体の話を聞いた。

 するとマーリンは、最初に「これは王政とはなんも関係ないんだけど……」と、妙に頬を染めてその名前を口にした。


「あいつって、そんなに強かったっけ?」

「……いや、マッハねぇの半分くらい。私が武器無しで戦って5分で勝てるくらいの強さ」

「そんな奴を護衛にしたいって変わってるな~。もっと強いモンスターくらい召喚できるんじゃないのか?」


 そんな辛辣すぎる物言いに苦笑を浮かべながら、マーリンはある光景を思い出して薄く微笑んだ。


「護衛を任せるなら、あの人が良いんだよ。エリンの護衛はシャトリーヌだから、私の護衛は私で決めたいんだ。頼む」


 そしてその2時間後、ケルヌンノス特製の少し早めの夕食を食べた3人は、また後日と言い残してエルフクイーンと南雲を引き連れて国へ帰っていった。


 これは余談だが、エルフクイーンを呼び出したその時、彼女が涙ながらにマッハとケルヌンノスに許しを請い、ヒナに無事で良かったとしばらく泣きついていた。

 そして、その時にマッハのお気に入り度が『ヒナに抱き着いたから』という理由で下り坂をブレーキをかけずに猛スピードで駆け下りる自転車の如きスピードで急落したのは言うまでもない。

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