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75話 仲直り

 ヒナ達がギルド本部に帰宅して2日が経過し、今日明日あたりにもう一度ブリタニア王国に赴いてエリン達に話を聞こうかと話し合っていたその時、ムラサキから貰った報酬のお菓子をあれこれつまんでいたマッハがのっそりと顔を上げた。


 いつもの昼下がり、ヒナは自室で昼寝中だし、ケルヌンノスは昼食の食器を片付けているので気付いていないようだ。イシュタルに関してはそもそも前線で戦う役目ではないので、感覚的な探知は苦手としている。


「……?」


 もはやヒナ以外の全員が好物としているどら焼きをソファにだらんと寝転がりながら3つばかりポイポイっと口へ放り込むと、それをごくんと飲み込んでふぅと一息つく。

 本当なら目の前にポツンと置いてあるハーブティも熱いうちに飲んでおきたい……というか、早く片付けないとケルヌンノスが嫌な顔をするのだが、今は放っておくしかないだろう。


 マッハは目の前のテーブルにポンと置いていた愛刀をヨイショと腰に差すと、トテトテという効果音が相応しいくらいちょこちょこと玄関へと向かい、ガチャリと扉を開けた。


「? マッハねぇ、どこか行くの?」


 イシュタルがそう言うと、その返事だとばかりに扉の向こう側から女の間抜けな悲鳴が響いた。

 ちょうどヒナが朝起きて自室の扉を開けた時、その目の前に起こしに来たイシュタルが居た時の反応と似ている。


「わぁぁぁぁ!」

「……」


 マッハがその女にジーっと不審者を向ける目を向けると同時に、その女の背後からはぁとため息を吐きながら2人の少女がその顔を覗かせた。

 1人はマッハも良く知る……というか、この世界でヒナやケルヌンノス、イシュタルのような、自身の家族の次に好意的な感情を寄せている少女だ。

 彼女はいつもの制服姿に似合っていないオレンジ縁の丸眼鏡をかけているが、マッハをその瞳に宿すとニコッと微笑んだ。


「ごめんねマッハ。師匠がうるさくしちゃって」

「なんだエリンか~。なんか強そうな奴が来たと思って警戒したじゃんか~」

「マッハにそう言われるとなんだか嬉しいなぁ。多分、その強い人って師匠の事だと思うけどね」


 苦笑しながらそう言ったエリンに、本心からそんなことないぞ?と首を傾げながら言ったマッハだったが、彼女の反対側にいる“見覚えのない”少女を見ると別の意味で首を傾げた。

 どこかで会ったような気がするが、反対にこの場で始めて見た気がするという不思議なその少女は、エリンが師匠と呼んでいる女の左側で呆れたように肩を竦めている。


「なぁエリン、そいつ誰?」

「ん? あ、あぁ……ん~、なんて言ったら良いかな……」


 気まずそうに笑ったエリンが彼女の事をどう説明しようか迷うように視線を彷徨わせると、その口が再び開かれる前にその少女自身がペコリと頭を下げながら前に出た。


「私の名はシャトリーヌと申します。今はエリン様の騎士として任を仰せつかっております。先日の件につきまして、謝罪を申し上げたく同行してきた次第です」


 メイド服のような独特の服を着たその少女に見覚えが無かったマッハは、ちょっと待っててと断って扉を閉めた。そして中にいたイシュタルを引っ張ってくると、めんどくさそうに「後は任せた」と手を振って自分は中に引っ込んでしまった。


 相変わらずすぎる姉の姿に呆れたため息を漏らしながら、イシュタルはエリンに久しぶりと微笑むと、シャトリーヌの姿を見てあからさまにムッとする。

 その事にいち早く気付いた女――マーリンが誤魔化すように苦笑すると、膝を折ってイシュタルと目線を合わせ、一度ペコリと頭を下げた。

 そして、改めてという形で口を開く。


「ごめんね。君達がこの子の事を好ましく思わないのはもっともなんだけど……それも含めて、色々説明したいんだ。出来ればヒナも同席してもらいたいんだけど……御在宅かな?」

「……まぁ、いるけど。話って、ここで……?」

「出来れば、ここで」


 マーリンのその言葉に、イシュタルはあからさまに嫌そうな顔をする。

 エリンはともかく、マーリンや名称不明のヒナや自分を脅してきた人をこの家に入れるのは、キッチンでゴキブリを発見した時のような嫌悪感を催す。なので、出来れば願い下げたい申し出ではあるのだが……。


「…………待ってて。ヒナねぇ起こしてくる」


 エリンから……いや、初めて出来た友達から懇願するような視線を向けられては、それを無下にすることはできない。


 それに、彼女ならヒナが造り上げたこの家の素晴らしさもきっと分かってくれるだろうという確信に近いものがあり、イシュタル自身も彼女にあちこち自慢して回りたいという気持ちが無いと言えば嘘になる。

 その気持ちを3人の姉が分かってくれるかどうかはともかく、とりあえず話はしてみるべきだろう。


 そう思って家の中へ引っ込もうとしたイシュタルは、呆れたような、心配したようなマーリンの声でその動きをピクリと止めた。


「お、起こしに……? 寝てちゃいけないと思って昼間に来たんだけど……もしかして、ヒナは夜行性だったりするのかな?」

「夜行……いや、そうじゃない。ヒナねぇは昼寝してるだけ。朝は起きて来た」

「そ、そうかい……。お手数かけて悪いね」

「……気にしない。友達の頼みなら、別に良い」


 ボソッとそう言ったイシュタルはパタンと優しく玄関の扉を閉めると、リビングでダラダラしていたマッハに責めるような視線を向けつつ、トコトコと可愛らしく階段を駆け上がった。

 一応ノックをしてヒナの部屋に入り布団を引っぺがして無理やり彼女を起こすと、寝ぼけて抱き枕かなにかだと勘違いしてギュッと抱きしめてくる姉の感触を少しだけ堪能し、エリン達が来ていることを伝えた。


「えぇ……? なんでぇ?」

「知らない。でも、家の中で話したいって言ってた」

「うんぁ……? ん~……いいよぉ……」


 ふわぁと大きなあくびをしながらそう言ったヒナに少々呆れつつ、軽く両頬をつねってムニムニ引っ張ってからもう一度確認を取る。

 その多少強引というか、子供らしい確認の取り方に苦笑しつつ、ヒナはイシュタルと共にリビングへと降りた。


「通すよ?」

「うん~良いよ。あ、けるちゃん、私にお茶淹れて欲しいなぁ~。目覚めのいっぱい~」

「……誰か来たの?」


 ケルヌンノスが振り返って頭に疑問符を浮かべると、ヒナからその答えが発せられる前にイシュタルが玄関の扉を開いて客人3名をギルドの中へと入れた。

 その3人の内1人――シャトリーヌを見ると少しだけ不満そうな顔をしたケルヌンノスだったが、その隣のエリンがにっこりと微笑んでいたので深く気にすることなく戸棚からハーブティを取り出す。


 一方彼女達の入室を許可したヒナだったが、イシュタルの話を話半分で聞いていた自分を早速呪う事になった。なにせ、入って来たのがエリン以外に2人もいて、そのどちらもなんかちょっと怖そう……というか、強そうだったからだ。

 無論武器の類は所持していないし、隣に腰掛けているマッハがふふーんとのんきにどら焼きを食べているので問題は無いのだろう。

 だが、人見知りである彼女にとって、知らない人2人と顔を突き合わせて話をするというのはかなりハードルが高い。


「っ! あ……あの……どうぞ……」


 必死に喉の奥から声を絞り出して自分達の向かいのソファをなんとか指さす事に成功したヒナは、隣でマッハがおかしそうにクスクス笑っているのに少しだけムッとする。が、すぐに「悪いね」と声をかけられたことで肩をブルっと震わせたので余計に笑われることになった。

 イシュタルがなんで許可したんだと内心呆れている事など知る由もなく、ヒナは正面に座った3人と目を合わそうともせず、ジッと下を向く。


「え~っと……おはよう、で良いのかな?」

「……」

「ちょ、ちょっと! 気まずいのは私も同じなんだから何か話してよ!」

「あぇ!? あ、あの……お、おはよう……ございます」


 なんでこんな少女が魔王なんて大層な名前で呼ばれているのか……。もしかして、あの別次元の強さの少女の偽物か? なんて馬鹿な考えがマーリンの頭に過ったのは仕方ないだろう。

 しかし、すぐにエリンがふふっと微笑んで「また会えて良かった」と優しく口にした事で、その場に弛緩した空気が流れた。


「はいこれ。地下牢に残ってた忘れ物」

「っ! ありがと~! 取られちゃうかもってちょっと不安だったの!」


 エリンが差し出した2つの見覚えのある武器の気配を感じ取ってバッと顔を上げたヒナは、中央に座るマーリンとその左隣に座るシャトリーヌを極力見ないようにしつつエリンのまっすぐな瞳に満面の笑みを向けた。

 彼女の瞳に映るエリンは既に絶望なんていう後ろ暗い感情とはほとんど無縁に見えてどこか寂しく感じてしまう物の、問題があらかた片付いたのだろうと想像すると少しだけ嬉しくなる。


 エリンから武器を受け取ってサッサとアイテムボックスに戻す為ヒナが上階へと消えていくと、ちょうどハーブティを淹れ終わったケルヌンノスがコトっとテーブルにカップを置いた。

 そして、チラッと3人を見つめるとそのうちの1人に向かって「何か出そうか?」と口にした。


「良いの?」

「……うん、良い。エリンには、私のお気に入りを淹れたい。元気になるからおすすめ」

「ありがと! 師匠とシャトリーヌにも、なにか淹れてくれる?」


 エリンのその言葉にたっぷり3秒ほど迷った様子を見せたケルヌンノスだったが、小さくコクリと頷いた。


「ん。前に貰ったお菓子があるから、そっちも用意する」

「うん! ありがと!」

「……友達だから」


 恥ずかしそうに頬を染めながらキッチンへとトコトコ歩いて行ったケルヌンノスの後姿を見ておかしそうにふふっと笑ったマッハは、手元で空になったどら焼きが入っていた紙袋をくしゃくしゃに纏める。そしてテーブルの上にポイっと置くと、指先をペロっと舐めながら真ん中に座っている女へ言葉を投げた。


「で、何しに来たんだ? ていうか、なんで私らの家知ってるんだ?」

「……ん? あぁ、ムラサキから聞いたんだ。君達の家がこの森の中にあるってね。で、私達の問題が、まぁ……大体4分の1くらいは片付いたから、とりあえず謝罪と事情の簡単な説明だけでもと思ってね」

「ん? 謝罪? なんの?」


 謝罪されるような事なんてあったかなと思いつつ首を傾げたマッハに対し、シャトリーヌが気まずそうに手を挙げて「その件は私が……」と口を開いた。


 なんのことだか分からなかったマッハだったが、次の瞬間彼女の口から語られたヒナと自分達3人に対する謝罪を聞いた時は刀を抜くのをよく我慢出来たと自分で自分を褒めたい衝動に襲われた。

 それを我慢出来たのは、ちょうどヒナが上から降りてきたからだが、それが少しでも遅れていれば危なかっただろう。


 当のヒナは人前だと緊張するという事でムラサキが被っていた狐の面に似たような、お祭りの屋台で売っているような宇宙人のお面を被っていた。

 これを付ければ人の顔なんて見なくて済むし、会話くらいなら出来るだろうと踏んでだ。


「……恥ずかしいからそれ取って」

「……ヒナねぇ、みっともないよ」

「……はぁ。まったく、ヒナねぇは……」


 ちょうど全員分の紅茶やハーブティを淹れ終え、召喚獣にお菓子を運ばせていたケルヌンノスがまず口を開き、それにイシュタルも同意する。そして怒りで拳を震わせていたマッハも、その情けなさ過ぎる姉の姿を見て瞬く間に怒りを鎮めた。

 燃え上がるような怒りが瞬く間に姉に対する愛情と羞恥心でぐちゃぐちゃにかき回されるが、それこそがヒナらしさという物であり、彼女の可愛い部分でもあるのだから仕方がない。


「遅いと思ってたらそんなもの探してたからか……」

「ヒナって、やっぱり可愛いよね~」


 3人と同じように呆れるマーリンと違い、エリンだけはその純粋無垢な笑顔を向けてくれるのでなんとか精神的な安定を保つことができたヒナだったが、その仮面は外さざるを得なくなった。


 そして、シャトリーヌが再び謝罪を口にすると、マッハと違って全く興味なさそうに軽く流した。それはもう、イシュタルやマッハが揃って「え?」みたいな声を出したほどあっさりと。


「え、だってなんか悪い奴の仕業なんでしょ? なら、別に良いかなぁって……」

「……ヒナねぇ、ほんと、詐欺に引っ掛かりそうで怖い」

「同感だな~。知らない人にホイホイ着いて行きそうで怖いよな~」


 終始呆れられているヒナは、姉の威厳とは……みたいな全く関係ないことを考えていたのだが、最初から彼女にはそんなもの無かったので気にする必要は無いだろう。

 それどころか、半殺しにされる事くらいは覚悟していたシャトリーヌは、呆気なさすぎる程アッサリ許された事に関して激しく動揺していた。


「あ、あの……よろしいのですか? 私如きが言うのもあれですが……皆様は大変お強く、賢いお方だとお聞きしました。それに、皆様はヒナ様を大変大切に想われていると……。そんな人を、誤解とは言え連行し、あまつさえ処刑しようとしたのに……」

「ん~? まぁヒナねぇが許すって言うんだったら私も別に~。外野が色々言っても、結局ヒナねぇ本人が許すって言うんだったらもう良いんじゃない~?」

「マッハねぇに同感。結局たるもヒナねぇも無事に戻って来たんだし、私としては別に思う所は無い。強いて言えば、マッハねぇが私が泣いたとか嘘言ってる件は気に入らない」

「けるねぇ、その話はもう終わった。ヒナねぇよりみっともないからやめて」

「なんか飛び火したんだけど私……。え、泣いていい……?」


 ヒナがガックリと肩を落とすと、その背後で立っていたケルヌンノスがやれやれと言いたげに頭を振った。

 そして、さらに動揺するシャトリーヌをエリンがニコッと笑って慰めると、それを見計らったようにマッハが身を乗り出した。


「それよりさぁ! あんたに私達が天才だとか、滅茶苦茶強いとか、この世界の誰より強いって言ったの、誰?」

「え……? いや、あ、あの……」

「マッハねぇ、色々飛躍しすぎ。でも、間違ってないのも事実」

「……2人とも、ヒナねぇよりみっともないからやめて。でも、私も気になる」


 イシュタルの辛辣すぎる一言で再びゴリっと精神的なダメージを受けたヒナを他所に、困惑を浮かべたシャトリーヌがマーリンの名前を口に出すと、3人が揃って満面の笑みを浮かべて言った。


「『お前は、見る目ある!』」


 こうして、シャトリーヌは4人全員と仲直りし、マーリンは3人からエリンの次に気に入られるという奇妙な状態になった訳だが、本人達は余計に頭に疑問符を浮かべるだけとなった。

 特にマーリンに至っては「そんなこと言ったかな」とさらに混乱する事になるのだが、それはまた別の話だ。

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