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67話 悪戯好きの神

 ラグナロク第13回の個人イベントは北欧神話に登場する悪戯好きの神様であるロキを討伐し、その討伐数と1体の討伐に掛かった時間を競う物だった。

 個人イベント故にフレンドやギルドの面々とパーティーを組む事は叶わず、プレイヤー1人か自身が作成したNPCとパーティーを組んで神の名を冠するそのモンスターを倒さねばならなかった。


「え~? 簡単じゃない、これ~?」


 イベント開始直後、マッハとケルヌンノス――その頃イシュタルはいなかった――と共にロキに挑んだ彼女は、最初の1体をものの数分で倒した後、ゲーミングチェアに背中を預けて不満げにそう漏らした。


 大抵神の名を冠するモンスターの討伐には当時のヒナでも10分以上かかるのが普通だったし、HPケージをギリギリまで減らしたり、無数のアイテムを惜しみなく使ってその成果を出していた。

 そのせいで一度のイベントで消費される金額は30万なんて軽く超えていたのだが……今回はそういう類の物では無かったのだ。


 その悪戯好きの神であるロキは、神話の通りその身体をプレイヤーから隠したり罠のような異常状態を施す攻撃を主に扱い、プレイヤーを陰湿に攻撃する事に長けていた。

 しかし、当時から物理攻撃以外にはほぼ完全な耐性を獲得していたヒナはもちろん、NPCであるマッハとケルヌンノスにはそういった類の攻撃はプレイヤーに与えられるものと比べると効果が少ない。そのせいで、ロキ討伐に掛かる時間が初めて10分を切ったのだ。


 他のプレイヤーはどうだったかと言えば、ヒナ以外でも状態異常なんかの耐性を綺麗に揃えているプレイヤーはいた物の、パーティーを組むNPCがそこまで強力じゃない事もあり、それなりに苦戦を強いられていた。


 ほとんどのプレイヤーがNPCを子供のように扱って戦闘に出す事を前提に設計していなかったせいなのだが、そもそもNPCがまともに戦えるようになるにはプレイヤー自身がスキルや装備を与えなければならない。その部分がネックになり、ヒナのような廃課金プレイヤーでもNPCを自分と同等以上に戦えるようしている者達は少なかった。


「ここまで簡単ならさ~、何分で周回できるか試そうかな~。回復とか考えなくてよさそうだし~」


 最初にボスに挑む時は相手の攻撃パターンを見極め、何をしてくるか常に警戒しつつHPゲージを9割以上に保つという慎重派のヒナは、その性格もあって最初のボス攻略が一番時間がかかる。

 しかし、神の名を冠するモンスターにしては攻撃力が控えめなロキは自分が負けるような相手では無いと早々に結論付け、勝手に『ロキ討伐RTA』なる物を始めたのだ。


 他のトッププレイヤーがたっぷり20分以上かけて攻略するそのモンスターを嵐の如く次々に倒していくその姿はまさに鬼人のようだった。

 ロキが得意としていたのは相手に対しての移動阻害や魔力量減少、攻撃力減少などだ。その全てを無効化できるヒナはどの魔法が一番ダメージ効率が良いのかを調べ、次に相手のHPが減るごとに行動パターンが変わるのに気付くと、それを詳細にメモし始めた。


「ん~、やっぱりこの存在抹消の魔法が厄介だなぁ……。目に見えなくなるってのもそうだけど、問答無用で一定時間攻撃不能になるってのがめんどくさすぎる~!」


 真っ暗な部屋の中で1人、頭を抱えながらそんなことを愚痴る彼女は傍から見ればかなり怪しい人物だ。しかし、これは廃人ゲーマーあるあるなので仕方の無いことかもしれない。


 ヒナは知らなかったが、ロキという名は『閉ざす者』や『終わらせる者』という意味もあり、そのHPが2割を切ると2分間その姿がフィールド上から消えるのだ。

 彼女はその時知る由もないが、その魔法は『世界断絶ワールドクロック』という最上級の存在隠蔽魔法であり、後に彼女がそのイベントの首位報酬として手に入れたスキル――獲得時に魔法からスキルに変更された――だ。


 そのスキルを使えば効果時間内は攻撃魔法やスキルの類を一切放てなくなるという弱点があるのだが、それを踏まえても余りある強力無比なその効果は――


………………

…………

……


 シャトリーヌがヒナの首元に剣を振り下ろしたその瞬間、彼女は本能的に理解した。このままここにいると、自分の人生が終了すると。

 なぜかは分からない。ラグナロク内の装備の効果がこの世界でも十分発揮される事も、自分の肉体能力やステータスの全てがゲーム内のヒナそのままだという事も、しっかり理解している。


 だが、彼女は剣が振り下ろされたその瞬間、間違いなく死を感じたのだ。冷たい汗が瞬く間に背筋を伝わり、感覚が数百倍に引き延ばされるような奇妙な感覚が彼女を襲う。


(あれ? 私……このままだと、死ぬ……?)


 漠然とそう思った。だが、不思議と恐怖は感じなかった。あぁ、この幸せな夢もこんな中途半端なところで終わるんだな……そのくらいの感覚だった。

 目を閉じてその刃が自らの夢を終わらせるその瞬間を待とう。そう思った瞬間、脳裏に数日前ケルヌンノスに言われた言葉が蘇った。


『ヒナねぇが死んだら、私達も死ぬ』


 そうだ。私が死んだら、この夢が終わるだけだなんて思ったらダメなんだ。

 たとえ夢の中だったとしても、自分のせいで唯一の家族が死んでも良いのか。そう思った瞬間、彼女の魔王と呼ばれたその血が瞬く間に覚醒する。

 もう二度と、家族は失いたくない。ここが現実かどうかなんて、そんなものは関係ない。

 大事なのは3人の大事な家族の未来と、その命だけだ。


『世界断絶』


 数多く所持している魔法やスキルの中から――魔法はそもそも使えないが――正確にこの場を切り抜けられる物を選択し、迷う間も無く発動する。その間、わずかコンマ数秒だった。

 そのスキルを使用した瞬間、悪戯好きの神から授かったあらゆる防御魔法を超える、ある意味最強の防衛魔法――スキルだが――が発動され、世界からヒナの存在が瞬く間に消え失せる。


 それは彼女自身が存在するという証拠すら一切消し去り、現在彼女が使用している全ての魔法の効果を打ち消し、召喚獣への魔力供給すら停止させる。

 無論、どんな索敵スキルを使おうがその姿は補足できないし、このスキルを打ち破るための魔法やスキルなんてものはラグナロク内に存在していない。


 彼女が次に目を開けた時には少し薄暗くなった処刑場の椅子にポツンと座っており、背後では自分を斬り損ねたシャトリーヌが自分を探している姿が目に映る。


 そのスキルは世界から使用者や対象者の存在を消すだけで、現在地を転移する事や移動する事は出来ない。あくまで存在を世界から抹消し、相手からの攻撃や索敵なんかを一切無効化する物だ。

 その効果時間は……およそ24時間。

 もちろん自分自身で解除すればその限りでは無いのだが、基本的に24時間後に効果が消滅し、100時間のインターバルを設ける事で再び発動する事が出来るようになる。


 ヒナがラグナロクでこのスキルを使うのはどうしても避けれない致死性の攻撃を受けそうになった時に緊急回避的な意味で使う事が多く、大抵一瞬で効果を解除して攻撃魔法を撃ち込んでいた。

 その戦法はプレイヤー相手だろうがモンスター相手だろうが非常に有用に働き、何度も彼女の危機を救ってきたほどだ。


「やだ……。ヒナねぇ……おいて、いかないで……」


 自分の命が助かった事にホッと一息吐いたのも束の間で、目の前で急に姿が見えなくなったヒナを探し、イシュタルがオロオロと泣き出してしまう。

 そんな姿に少しだけ胸を痛めつつ、ヒナはどうにかして彼女もこの空間に招き入れられないかと考える。


 世界断絶のスキルは自分以外の者を対象に効果を発動できるスキルではあるが、連続使用はできない。1度使用すれば一部の例外を除き、効果を解除してから100時間挟まなければ使用できない。

 しかし、今そのスキルを使用してしまったせいで彼女は攻撃魔法やスキルの類を一切扱えない状態だ。仮にここでスキルの効果を解除しよう物なら状況は何も変わらず、最初の状態に逆戻りするだけだ。それでは、スキルを使用した意味がないではないか。


(考えろヒナ……。こういう時どうするのが正解か、あなたなら知ってるはず……)


 ただの女子高生に過ぎない獅子神雛乃ではなく、魔王と呼ばれたヒナであれば何か思いつくはずだ。そう自分に言い聞かせ、必死で頭をフル回転させる。

 そこで、なぜか没収されなかった腰のポーチにこの状況を打開できるアイテムがある事に気付き、即座にガサゴソとそれを漁る。

 この時ばかりは、冒険好きな自分の性格と、最低限の武装をしてくれと言ってくれたケルヌンノスに拍手を送りたくなった。


「クロノス神の砂時計! もう、天才すぎわたし!」


 手のひらサイズの小さなガラスの砂時計は、水色の特殊な砂を落としながらゆっくり時を刻んでいる。しかし、その効果は500円ガチャの当たりアイテムなだけあってかなり有用な効果だ。

 それは、スキルや魔法のインターバルを一度だけ全て無視する事が出来るという物だ。これこそが、世界断絶のスキルの効果を解除せずにもう一度扱える数少ない手段の1つだ。


 ヒナはその汎用性の高さから、50万以上をつぎ込んで20個ほどゲットしたのだが、現在アイテムボックスに残っているのはこれを含めて残り5つほどだった。

 それを迷うことなく手のひらでギュッと握りつぶし、中で時を刻んでいた砂が彼女の手にサラサラと流れ落ち、瞬く間に神々しい同色の光がヒナの体を包み込む。


「いやだ……。いやだよ、ヒナねぇ……。わたしを……わたしたちを、おいていかないでよ……」


 イシュタルの悲痛な叫びと共に、シャトリーヌがその首めがけて剣を振った。直後、ヒナのスキルが発動してイシュタルが彼女と同じ空間に現れる。この瞬間、世界から2人の存在が消えた。


「……ご、ごめんってたるちゃん! 急にこんなことしたのは謝るから!」


 事が起きて数分後、2人を探すのを諦めて処刑場から出て行った騎士団員とシャトリーヌを見送ったヒナとイシュタルは、今まさに喧嘩の真っ最中だった。

 原因は明らかだ。ヒナが、突然イシュタルの傍から姿を消して彼女にいらぬ心配をかけさせ、挙句の果てにその姿を「可愛かった」だの「嬉しかった」だの言ったからだ。


「しらないしらないしらない! ヒナねぇなんて嫌い!」


 まだ若干鼻をすすりつつ、頬を伝う涙を必死に拭ってハムスターのように可愛らしく頬を膨らませた彼女は、それからしばらくぷんすか怒り続け、やがて疲れたのかスヤスヤ眠ってしまった。


 部屋の隅でふて寝してしまった妹に少しだけ愛らしさを感じつつ、姉妹や友達がいなかったせいでこういう時どうやって仲直りすれば良いのか分からず困惑したヒナは、とりあえず自分も寝る事にした。こういうのは時間が解決してくれるだろうと勝手に結論付けたのだ。


 イシュタルの隣に彼女を起こさぬようそーっと近付き、攻撃系のスキルは扱えないので気休め程度の防御魔法を自分とイシュタルへ施した後、よいしょと横になる。

 未だにぐぅと飢えを訴える腹部を擦りつつ、彼女は小さなため息をついて目を閉じた。目を開けた時、状況が少しでも好転している事を祈りつつ……。

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