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66話 破滅の苗の育て方

 人心掌握術に長けたメルヴィにとって、まだ幼い少女の心を壊す事はそう難しい事では無かった。しかし、あまり下手に動いて自分の尻尾を掴まれるなんて下手を打つわけにはいかないので、エリンに直接接触する事は避けなければならない。

 シャトリーヌに接触しその警戒を解かせたと言っても、彼女が信用している唯一の人間であるエリンに近付いて不審な動きを見せれば、永遠に彼女と顔を合わせる事は叶わなくなると思うべきだ。


 前々から考えていた方法をどうすればもっと確実に実行し、彼女の心を壊して計画を遂行できるように出来るかを考えていると、メルヴィの部屋の扉が優しくノックされる。

 先程送り出したメイドが帰って来たのだろうとにこやかに「入れ」と伝えると、彼女の予想通り、お盆に焼き菓子と紅茶を乗せた赤髪のメイドがぺこりと頭を下げて部屋に入って来た。


「お待たせいたしました。お申し付け通り、厨房にあった焼き菓子を持参しました」

「ん、ありがとね。君も食べるかい?」

「よ、よろしいのですか……?」

「あぁ、構わないよ。王族の人に取り入りたいだろうに、こんな場所で働かせてしまうせめてものお詫びと思ってくれ」


 自嘲するように苦笑しながらそう言ったメルヴィに、その赤髪のメイドは慌ててそれを否定する。


 しかし、この王城に居る全てのメイドが少なからずその思いがある事を正確に把握している彼女は、人の良い笑みを浮かべると「じゃあこうしよう」と彼女が机に置いた皿から焼き菓子を一つ手に取る。

 それはせんべいのような茶色の平べったい物体だったが、それをパキッと半分に割り、大きい方を彼女に渡し、自分は小さい方を口にする。


 控えめに言って美味しいとは言えないし、歯が砕けそうになるほど固いというのはともかく、これはこの国では高級菓子として扱われる代物なので文句は言えない。

 値段が高ければ良い物であるという常識が容易く打ち砕かれるだろうそれをなんとか口の中で噛み砕きながら、困惑を浮かべている赤髪のメイドに言う。


「これは私からのプレゼントだとでも思ってくれ。無論、これが苦手だというのであれば無理する必要はないが……」

「い、いえとんでもありません! いただきます!」


 一度受け取ってしまった物を正当な理由なく返却する事は相手に恥を掻かせてしまう行為として貴族達の間では忌み嫌われる行為だ。いらない物なら突っぱねる事の何が悪いのかと思っているメルヴィでも、使える風習は存分に扱う。


 実際、王族に取り入りたいと思っていながらも、王族の数は限られている。

 その競争に勝ち抜いて専属のメイドになれたとしても、見初められるかどうかはまた話が別だ。

 なら、王族と最も近い存在であるメルヴィに取り入った方が楽なのではないか。そう思わせる事こそ彼女の狙いであり、事実少しずつでも良いのでその心のうちにジワジワと毒を垂らしていけば、数か月後には従順な人形が完成するはずだ。


 大人しい少女であれば自分の誘いを無下にできないだろうし、会話の節々に王族との関係性が強固であることを混ぜ込めば、彼女は必ず人形に出来るという強い確信があった。


(ま、こいつの事はどうでも良い。まずはエリンだな)


 机の引き出しからペンと紙を取り出して日本語で今後の予定をスラスラと書き、頭の中で組み立てていた計画を完璧な物へと調整する。


 この世界ではなぜか、人とのコミュニケーションに用いる言語は“日本語”なのだが、文字だけはこの世界特有のものとなっている。

 その為、こちらの文字は勉強しなければ読むことはできないし、日本語で文字を書いたとしても現地人にその内容が伝わる事は無い。


 ディアボロスには海外の人間もいたのだが、彼らに関しては自分達が日本語に通訳するか、そもそもカタコトではあっても日本語を話せる者達だったので現状苦労はしていない。だが、もしも日本語の話せない外国人プレイヤーがこの世界に来たら大変な苦労をするだろうことは想像に難くない。


 そんな、来るかどうかも分からないプレイヤーのことなんてどうでも良いとばかりにすぐさま宇宙の彼方へ追いやると、エリンの現状についてスラスラと紙へ纏めていく。無論、誰に見せる訳でもないのでここでは普通に漢字やひらがなを多用する。

 この報告書をディアボロスの面々に見せれば、普段の報告書の解読に数分をかけている彼らにキレられるだろうことは間違いないが、彼女はそういう所だけはこだわるのだ。


(現状、エリンは自分の師匠がマーリンである事と、自分の母方の祖母がマーリンだという事には気付いてない。マーリンの死は“かつての英雄の死”として受け止めている。なら、これを利用すれば簡単に壊れるな)


 エリンがなぜ自分の師匠の正体を知らないのかについては大方見当がついていた。

 マーリン本人がその名を明かさなかった。彼女がマーリンの存在を知らないのは、その一点しかありえないだろう。

 だから、マーリン死亡の時にあまり取り乱さず、シクシク泣いていただけだったのだ。


 ついでに言えば、彼女がマーリン暗殺時にロイド達3人が使った馬車が王城から出て行くところを目撃していた事も分かっている。

 シャトリーヌの事は、無論名前くらいは知っているが直接言葉を交わしたことは数回程度しかないので信用はしていない。そこが、シャトリーヌと彼女の関係性でかなり歪な部分だろう。


 シャトリーヌはエリンに対して全幅の信頼を寄せているのに対し、その逆はまるでない……というよりも、エリンはこの国の現状を理解している節があるので、シャトリーヌを他の王族や貴族達と同じ“汚らわしい存在”と認識している可能性がある。


(これを利用しない手はない)


 人が一番絶望する瞬間は、自分の全てが真っ向から否定された時でも、最愛の人が死んだ時でもない。

 深い悲しみからやっとの思いで這い上がり、これから明るい未来があると信じた先で、さらなる闇へ引きずりこまれた時だ。

 そうする事で人の感情は簡単に絶望し、簡単に壊れ、破滅する。それこそ、絶望なんて言葉では生ぬるいほど粉々に破壊される。


 そうなってしまえば、もう立ち直る事は出来ない。

 いや、正確に言えば立ち直ることがほぼ不可能になる。


 メルヴィがエリンにしようとしている事はまさにそれであり、マーリンという存在が自分の師匠であり母方の祖母であることを気付かせ、彼女が暗殺されたという事実を彼女の意識に刷り込むのだ。そうすれば、彼女は必ず犯人を探し出して復讐を果たそうとするはずだ。

 その復讐の相手がシャトリーヌになれば、もうこれ以上面白いことはない。


(シャトリーヌにしてみれば信じていた相手に身に覚えのない罪で裁かれ、エリンは後々シャトリーヌの本性を知る……。いいね良いね、これぞ、ダークストーリーって感じじゃないか)


 そこに至る為には何が必要か……。

 メルヴィはわざとらしくうーんと唸り、最初から分かっていたとでも言わんばかりにふふっと少女のような可愛らしい笑みを浮かべた。


 適当なメイドに“マーリンは暗殺されたかもしれない”という噂を流してしまえば、その噂は勝手に独り歩きを始め、尾ひれや翼を付けてエリンの耳に入る事だろう。

 聡い彼女はその噂を信じようとはせず、自分でその真相を確かめようとするはずだ。なにせ彼女にとってマーリンとは、自分の師匠ではなくとも、はるか昔に存在し建国にも貢献した憧れの存在なのだから。


 その過程で嫌でもその正体には辿り着くはずなので、そのタイミングで再び彼女を追い詰める情報をその耳に入れれば良い。そう、例えば――


「シャトリーヌが、自分のせいでマーリンが死んだと言っている場面に出くわすとかな……」


 無論彼女が本当にそんなことを言うはずがないが、日本――いや、地球には“声真似”という文化がある。ディアボロスに所属している面々でもそれらを得意とする人間は複数いるし、目を閉じて本物とそいつを並べれば、メルヴィでも聞き分けは不可能なレベルのそれを披露する者までいる。

 そんな真似をする人間がいるのだ。数回しか話した事が無いエリンが、その知識なしでシャトリーヌそっくりの声を聞けばまず間違いなく本人だと誤解するはずだ。


 さらに言えば、彼女が見た馬車はシャトリーヌの所有物だった……という筋書きも用意してやれば良い。ここまでして犯人を特定できない方がおかしい。


 どんなに間抜けな刑事だろうとここまで状況証拠と犯人の自供があれば逮捕に踏み切るだろう。

 ただでさえ賢いエリンなら、シャトリーヌが持っている馬車が自分が目撃した馬車であると知った時点で犯人の目星は付けるだろうが、保険というのは必要だ。


(そのために必要なのは……もっと時間をかけてシャトリーヌの心に入り込み、その思考を誘導して王族に対する不信感を少しでも払拭させつつ、その裏でエリンに絶望を抱かせる事、だな……?)


 シャトリーヌの心に入り込んでエリンを王座に就かせる手伝いをしつつ、最後の詰めとしてエリンにシャトリーヌを殺害させる。そうする事で彼女の復讐劇を完了させ、その後に彼女を王座に座らせた立役者がシャトリーヌであるという真相を語れば……彼女は、まず間違いなく壊れるだろう。


 その後は、壊れた人形を修理するかのように慈しみ深く接し、シャトリーヌと同じように思考を誘導し、意のままに操る可愛い人形に改造すれば完了だ。

 幸い、これは数百年もかかるような大それた計画ではなく、彼女が政治的な力を身に着けるまで……すなわち、20年ほどもあれば完遂可能な計画だ。


 無能でバカな王子2人と次期騎士団団長との呼び声高いロイドのせいで計画に大幅な狂いが出たのは間違いないが、より完璧に近い形でこの国を支配し、世界を支配するという計画が行える。

 彼らを始めとした、怠惰に日々を過ごしているこの国の愚かな連中の始末はその後で良い。なんなら人体実験の材料にしてしまっても良いので、プレイヤーで実験したかったことを“プレイヤーの子供”でも実験できる格好のチャンスとも言える。


 問題は、この計画が成就する前に魔王がこの世界へとやってくる事なのだが……そうなったらそうなったで計画を早めるか、再び放棄すれば良い。

 幸いにも魔王が来ると決まったわけでは無いし、魔王が来たとしてもこの世界に来た直後で混乱している状態であればどうとでもなる。


(やはり、人の人生を壊す瞬間が一番楽しいな……。あぁ……早くあいつらの絶望する顔が見たい……)


 フフフと悪魔のような微笑を浮かべた彼女は、計画書を全てカタカナで纏めると、召喚魔法を使用して本部へと届けるよう指示を出す。

 その数日後に再びレオがやって来た時は専属メイドを付けてしまった事を後悔したが、今更辞めろと言う訳にもいかないので仕方ないと割り切る。


 彼女の唯一の誤算は、エリンが早々にこの世界の事を見限って生きる理由を無くし、復讐すらどうでも良いと思ってしまった事ただ1点だけだった。


 メルヴィの計画では、エリンが王座に就く直前か就いた後にシャトリーヌを殺し、自分を王座に据えた人間が彼女だったと知る事で更なる絶望を味わわせ、心を壊すというものだった。そうなると必然的に、エリンが復讐を計画し始めない限りは彼女を王座に座らせる手伝いなんて本格的に出来るはずがない。


(どいつもこいつも……! ふざけやがって……いい加減にしろよ……)


 何が悲しくて、表では2人の王子の忠実な部下を演じ、裏でシャトリーヌと協力してエリンを王座に据える計画を立てつつ、そのさらに裏側でレオと共にエリンが王にならないよう画策しなければならないのか。


 幸いにもシャトリーヌの支配は順調すぎるくらい上手くいったし、その思考だってもはやエリンやマーリンに対する気持ち以外はほとんど自由自在に操れる。

 彼女が想像以上に力を付けたのにも驚きだったが、そのメイド服のような物がマーリンから貰った超高レアリティの装備であると知った時は驚きを通り越して呆れてしまった程だ。


 結局マーリンのアイテムボックスはそうと知らずにエリンが自室へ放り込んでしまい、彼女が四六時中そこにいるので回収するのは不可能になってしまったが、シャトリーヌが強力で従順な人形になったと考えればお釣りが来る。

 無論、計画それ自体はマーリンの死が公に発表されてしまった事が仇となって未だに完遂のビジョンが見えないのだが、最近ではそれも良いかと思い始めていた。なにせ、ロイドを殺してシャトリーヌが騎士団長になれば、その思考を操って他国に侵略に行く作戦を立てる事が可能になるからだ。


 そして都合の良いことに、ロイドは謀反を企てている可能性がある。

 それを理由にシャトリーヌにロイドを殺害させ、その後自分が次期騎士団長に推薦すれば、まず間違いなく彼女はその地位に収まる。そうなれば他国に戦争を仕掛け放題になり、世界征服という目的も格段に果たしやすくなる。


 この頃になると、メルヴィの頭から『マーリンが姿を消した事』と『魔王がこの世界にやってくるかもしれない』という警戒心はすっかり消え去っていた。

 そんな彼女を嘲笑うかのように、ある日の朝、騎士団の人間が血相を変えて部屋へとやって来たのだ。


「城内に侵入者です! 騎士団長殿と副団長様が応戦中! 加えて、強大な力を持つ魔法使いが処刑場付近で城内の兵士と交戦中との情報ありです!」

「……侵入者だと? お前達なら簡単に仕留められるだろ。なんで私にまで話が――」


 鬱陶しそうにガリガリと頭を掻いて舌打ちしたメルヴィは、次の瞬間自分の耳を疑い、そして目を見張った。


「それが、その魔法使いの出で立ちが、語り継がれているマーリン様のそれとそっくりなんです! 加えて、騎士団長殿が応戦している者達は2名の子供と、冒険者ギルドの創設者であるムラサキだという情報が!」

「なっ! マーリンだと……!?」


 その瞬間、彼女はとてつもなく嫌な予感を覚えながらすぐさま部屋を飛び出した。

 昨日シャトリーヌが苛立たし気にしていたのでどうしたのか話を聞いた時、ヒナと名乗るエリンを誘拐した犯人を処刑し損ねたと言っていた。なぜ、その時に気付かなかったのか。


「魔王……!」


 魔法使いとは思えぬほどの速度で処刑場前へと辿り着いた彼女は、そこで再び目を見張った。

 そこには、確かにかつて仕留め損ねた“英雄”が、不敵な笑みを浮かべながら佇んでいたからだ。

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