64話 更なる狂い
(あいつは何をしてるんだ……?)
マーリンの死を大々的に報告し、国中の共通認識とするために国王が国の重要人物達を謁見の間に集めたその時、その空間で苛立ちを隠しながら最前列で話を聞いていたサンは、まだ国王の話が続いているにも拘わらず騒ぎが起こっていることをいち早く知覚した。
それは、まだ10歳かそこらの少女――かなり前の方に居たので王族だろう――が、母親らしき女の静止にまるで聞く耳を持たず、子供とは思えないスピードで人の隙間を縫って走っている所だった。
「まさか気付いて……いや、それはないか」
今この瞬間、城内にいる人間は全てこの謁見の間に押し込められるかのように集まっている。
本当であればこの集まりを阻止して、マーリン死亡の事実を国の上層部だけで留めておきたかったのだが、サンがこれを許可したのには理由がある。
それは、城内がほぼ無防備になれば、この隙にマーリンの部屋からアイテムの数々を押収する事が容易になるからだ。
そんな理由がない限り、こんなふざけた集会を彼女が容認するはずがない。計画が数年……場合によっては10年、100年単位で遅れてしまうのだから。
一瞬だけ少女が自分達の計画に気付いてマーリンの部屋へと向かおうとしているのかと身構えたサンだったが、よくよく考えればそんなことはあり得ない。
なにせ、この計画を話しているのは部屋に侵入する予定のレオだけだし、しかも話したのはつい数十分なのだから。
(でもま、面倒だし黙らせとくか……)
国王の話になんて興味が無いのはサンも同じなので、隣で誇らしげな顔を浮かべている昨日の怪我なんて見る影もなくなったロイドに一言断りを入れ、少女が向かったであろう後ろの方へと移動する。
すると、彼女の瞳に映ったのはこの場で唯一本当に涙を流している少女と、その少女をなんとか励まそうとしつつもどんな言葉をかければ良いのか分かっていないような少女がだった。
先程母親の静止を聞かずに走っていたのは泣いていない方の少女だろう。
顔はパーティーなんかで数回見た事があるが、名前までは知らない。なぜなら、計画にはそこまで必要な人物では無いし、彼女自身に特筆するべき能力が備わっていないからだ。
しかし、泣いている方の少女は違う。
彼女は王族であり、サンの計画にも必要不可欠の存在……というか、ここ最近やけにマーリンと親密になっており、その頭角をメキメキ現しているので、この王城内で一番警戒している人物でもある。
(エリンか……。ということは、もう1人は報告書に記載があったもう1人の少女か……?)
レオがあげてきていた報告書には、エリンの他にマーリンと特別親しくしている少女の事も記されていた。しかし、エリンほど重要度は高くない……というか、マーリン直々に魔法を教えていた訳では無かったので大して深堀させていなかったなと思い出す。
その事を少しだけ後悔しつつ、後ろで何事か叫ぼうとしている走り出した少女の母親を魔法で黙らせ、人差し指を立てて「私が止める」と合図する。
「申し訳ありません……」
かなり距離があったので流石に言葉までは聞こえなかったが、口の動きからそう言われた事を判断し、サンは魔法を発動させる。
プレイヤーが相手となると効果は薄いし、そもそも装備でこういった類の効果を受けないように対策している者がほとんどだろうから使う事は無い。
しかし、この世界の人間であればこの程度の魔法でも動きを止めるくらいであればなんとかなる。
『金縛り』
その体をまるで石にしたかのように動かなくさせ、ふぅと一息つく。
相変わらず玉座では裸の王様のように醜い飾り物の王が何事かダラダラ喋っているが、生憎とその内容に興味はない。
無論建前では素晴らしいだのなんだの言って機嫌を取らなければならないのでなんとなくその言葉を頭の中で反復させて内容を噛み砕きつつ、ゆっくりと少女へ近付く。
この後少女に待っているだろうなんの実りにもならない説教を考えると少しだけ不憫になるが、サンにはそれを理由に少女に温情をかける心は無かった。
(それよりも、この役目を誰かに変わらせて私はサッサと戻りたいのだがな……)
そんなことを心の底で思っていたサンは、次の瞬間、自分の目を疑う光景を目にした。
少女が……プレイヤーでもなんでもなく、レベル換算すれば10~20程度の少女が、気合だけで拘束魔法を解いて体を動かしたのだ。
(っ! バカな! レベル40程度のモンスターでも動けなくなる魔法だぞ? それに、私とのレベル差で効果は余計に強くなっているはず……)
彼女はアーサーの子孫だ。それは玉座にかなり近い場所にいたという点から見ても間違いない。
しかし、彼女自身は未だなんの装備ももらっておらず、着用しているのも公の場に出る時に着るような少女然としたピンクと白を基調とした華やかなドレスだ。そんな姿で拘束魔法を解けるはずがない。
常識で考えれば、そんなことは絶対にありえないのだ。
しかし、少女はサンにかけられた魔法を解除しただけではなく、エリンに何事か囁いて謁見の間を後にした。
後々の報告で、彼女が向かった先がマーリンの部屋で、ちょうどアイテムボックスを漁ろうとしていたレオが咄嗟に身を隠さなければバレていただろうことを知った。
それは、いくらなんでも異常だ。サンじゃなくとも、そう考えるだろう。
「……ケイカクヘンコウダ。レオ、オマエハイチドモドッテケイカクノダイブブンヲシュウセイスルヨウイエ。マーリンノアイテムニカンシテハジキヲミテフタタビカイシュウスル」
「……分かった。サンはどうするんだ?」
国中へと英雄の死が報告された翌日、サンがメルヴィとして使っている自室に呼び出されていたレオは、メルヴィとして振る舞っている時のように普通に喋れよ……。そんな心の声を押し殺してサンからの命令にコクリと頷いた。
そして、部下がそんなことを考えているとは露ほども考えず、サンは顎に手を当ててウーンと唸った。
「チョウサノノチキメルヨテイデハアルガ……アノショウジョニチカヅイテミル。ウマクイケバ、アノバカドモヨリユウヨウナコマニナル」
「有用な……? あんなちっこい子供が?」
ベッドの下に隠れ潜んでいた自分すら見つけられなかった少女が有用な駒として使える未来が想像できず、レオは首をひねった。
確かにこの国の人間は『神の血』という名のプレイヤーの血を引いている。
そのせいで、敵に回せば面倒だし、戦闘能力もこの世界の人々と比べると頭2つ分ほど抜けている。
しかしながら、自分達をどうこう出来る程かと言われるとそうでは無い。それは、ディアボロス全員の総意だった。
サンももちろんその認識は間違っていないと思うが、エリンやシャトリーヌに関しては、別に戦力的な意味で“有用な駒”にするという訳では無い。いわば“操り人形”として、有用な駒になるのではないかと思っているのだ。
人心掌握術に長けたサンは、幼い少女であれば簡単に自分の手駒に加えられるだろう。そう確信に近い思いを抱いていた。
「ヤツラノドチラカガコクオウノザニツケバ、ワタシタチハモットウゴキヤスクナル。タダデサエケイカクニクルイガショウジハジメテイルンダ。コウイウトコロデマイテイカナケレバ、メンドウナソンザイガクル」
「…………あ~、面倒な存在? 例のランスロットの言葉か?」
「ソレイガイナニガアル。マオウガコノクニニチョッカイヲカケテクレバ、ワタシラゼンインデカカッテモサイアクカエリウチニサレル」
だから機械的に喋られても解読が難しんだよ。そう怒鳴りたい気持ちを意志の力と恐怖だけで抑えたレオは、以前に一度だけ個人イベントで戦った事のある魔王の事を思い出した。
理不尽なまでの強さで、PVPのエキスパートである自分になにもさせずに勝利を収めた彼女は、その後もディアボロスの面々をことごとくなぎ倒して優勝してしまった事は記憶にしっかりと焼き付いている。
しかしながら、魔王1人でディアボロスの面々――この世界に来ている者達――総勢128名をどうにかできるとはとても思えなかった。
それが顔に出ていたのだろう。サンも小さく頷きつつ「ソレデモ」と付け加えた。
「ヤツノトクチョウハ、ヤツトオナジヨウナチカラヲモッタ3タイノNPCタチニアル。ヤツラマデイッショニアイテニスルト、サスガニショウブノユクエハソウゾウデキン」
「……分かった。ともかく、あいつがくるまでに計画を遂行できるようにするってこったな? ボスにそう伝える」
「アア、タノム」
そう言って部屋から出て行ったレオを見送りつつ、サンはふぅと息を吐いていよいよその姿を現さなかったマーリンの事を思い出す。
やはりというかなんというか、昨日1日でマーリンが再び現れる事は無く、今後数年は姿を見せないだろうことは確定と見て良いだろう。
それは、良い風に言えば今後計画を邪魔される恐れがないという事でもあるが、悪い風に言えばもっとも面倒なタイミングで登場されると厄介極まりない存在に逆戻りするだろうという事だ。
もっとも面倒なタイミングとは、それこそ魔王がこの世界にやってきて頭角を現し始めた頃だったり、この国にやって来たタイミングで助けを求められればマズイ。という事だ。
いくらサンでも魔王に勝てると思うほど愉快な頭はしていないし、彼女のトッププレイヤーとタメを張れそうなほど強いNPC達を相手にしても、勝てるかどうかは分からなかった。
なので、彼女が来る前に計画を終わらせるべく、すぐさま気持ちを切り替える。
そして、自分専属のメイド……はいないので、部屋を出てからそこら辺のメイドを捕まえ、昨日見た少女の特徴を伝える。
「その女の子の名前、分かるか?」
「えっと……はい。恐らく、聞く限りではアルメリア様のご息女であるシャトリーヌ様かと思われます。どうかなされましたか?」
「シャトリーヌ……そうか。じゃあ、悪いけど明日の昼食後、時間があるようであれば私の部屋に来るよう伝えてくれ。もし時間が無いようであれば、時間がある時で良いから私の部屋に来るようにと」
「かしこまりました!」
紫の髪を伸ばして元気な少女という感じのメイドがコクリと力強く頷き、サン――メルヴィは満足そうに頷いた。
ついでにそのメイドに自分の部屋にも専属メイドを付けてくれないかと苦笑気味に話すと「メイド長に相談しておきます」といい返事が貰えたことに安堵する。
今までメルヴィが専属のメイドを付けなかったのは、そんなことをすればレオとの会合が難しくなってしまうからだが、今はもうこの城に潜入しているディアボロスのメンバーはいない。会合する必要が無くなったのであれば、専属メイドを付けても問題はない。
いや、むしろこの広すぎる王城で何不自由なく暮らすには、専属メイドを付けてもらわなければ面倒なのだ。
なにせ、今のように伝言を頼む時も広すぎる城内を歩き回ってその人物を見つけるか、メイドの誰かを見つけなければならない。
そんな面倒な事を何度もする必要が無くなるというだけでもかなり大きいし、食事も望めば部屋まで持ってきてくれるのだから。
「専属メイドの者に関しまして、なにかご希望がありましたら伝えておきますが、いかがなさいますか?」
その問いかけの意味を数秒考えた結果、メルヴィはあまりテンションが高くなく、それでいて大人しい人が良いという注文をそのメイドに告げた。
その方が日々をストレスなく過ごせるし、手懐けることが簡単だから……という本心は、もちろん隠して。
「分かりました! では、私はこれで」
恭しくお辞儀をして去っていくそのメイドの後姿を見やりながら、メルヴィはふふっと微笑を浮かべた。
(忌々しい円卓の騎士の連中だが、この城とメイド服の完成度に関してだけは称賛に値するな)
メイド服を導入しようと言い出したのが、つい先日殺そうとしていた女だという事を、彼女は知らない。




