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59話 強さの秘訣

 マーリンが意識を取り戻して最初に聞いたのは、鈍くも一定の間隔で鳴り響く金属製の何かがぶつかる音だった。

 彼女は顔を上げるより先に索敵スキルを発動して周囲の情報をかき集めようと試みる……が、それより一瞬早く、足の付け根をプスっと針のような物に刺される。

 しかし、彼女に痛みが届くことは無く、代わりに召喚獣の意識だけが濁流のように流れ込んでくる。


「マーリン様、今現在正体不明の刺客と南雲様が交戦中です。王城の方から巨大な気配が近付いてきているのも確認済みです。恐らく増援だと思われます」


 その報告だけで大体の検討をつけたマーリンは、意識を取り戻す前にこことは別の花畑で■■と交わした会話を思い出す。

 我ながらなんで今更あんなことを■■と話したのか、なんで今更過去の事を蒸し返してしまったのか自己嫌悪にかられるが、そんなことは後からいくらでもできる。まずは、ここから脱出する事を考えなくては。


「まったく……。後で文句の一つでも言わないと気が済まないね、こりゃ……。せっかく死ぬ覚悟を決めた乙女になんてこと頼むんだ……」


 ヨイショと立ち上がったマーリンは、体中に付着している花達に心の中で詫びると、額にびっしりと脂汗を浮かばせている南雲を一旦退かせる。

 そして、彼と戦っていながら汗一つかかず、目立った外傷もない男をキリっと睨みつけるとガッカリしたように肩を落とす。


「あんた、あの国の人間じゃないっしょ? なにしにきたのさ~」

「……マーリン。っち、どうなってやがる……」

「ん~? それがウリっちが強かった事に関する質問なら答えは簡単。経験の差だね」


 少しばかり誇るようにそう言ったマーリンは、自分でもカッコいいと思っているダブルピースと満面の笑みを浮かべると、相手を挑発するようにシシっと笑った。


 それに、相手の武装には心当たりがある……というよりも、おぼろげながらその姿には見覚えがあった。

 数百年前の事なので正確な事は分からないまでも、記憶が正しければ彼の存在その物には覚えがある。そして、その戦闘スタイルすらも……


「なるほどなるほど……? 大体状況は把握したよ。アーサーの子供達がなんであんなに腐敗してんのかずっと疑問だったけど、あんたんとこのギルドが裏で手を回してたからか」

「……」

「あのさぁ~、向こうラグナロクでもそうだったけど、どんだけうちにちょっかい駆ければ気が済むの? 第三位ギルドのディアボロスさんや~」


 ギルドランキング総合三位の上位ギルド『ディアボロス』は、一度円卓の騎士のギルメン総出で戦った事もあるほど因縁のあるギルドだった。

 ラテン語の悪魔かなにかからギルド名を名付けたと推測される彼らのギルドは、忌み嫌われる方法――PKで生計を立て、自身やギルドに所属する面々の強化を図っていた。

 さらにはゲーム内チャットやSNSで依頼を受けてPKを行い、その報酬を依頼者から貰うような殺し屋稼業もやっていたので、全体ランキングは高いまでも非常に嫌われていた存在なのだ。


 そのギルドの創設メンバーでもあり、ギルド内の戦闘能力も上位10人に入るだろう人物。それこそが、今マーリンの目の前にいる男だった。

 プレイヤーネームまでは流石にマーリンも覚えていなかったが、その特徴的すぎるアバターや装備の見た目と、速度と一撃必殺に重きを置いた戦闘スタイルはまさに暗殺者のそれと言っていい。

 魔法使いからしてみれば天敵とも言える相手で、事実ラグナロクをプレイしていた時期には数回勝負を挑まれて敗北しているという苦い過去もある。


 その時は大抵仲間がすぐにカバーに入ってくれていたのですぐに蘇生できたし装備を奪われるなんてことは無かったのだが……この世界ではそうはならない。

 アーサー達が死んだその時、密かに蘇生魔法を試してそれが機能しなかったことを彼女は身をもって知っている。

 それどころか、この場に蘇生魔法を使える人物は自分の他にはいないので、どっちにしてもここで死んだら終わりだと考える他ない。


うちのバカアーサーに散々やられて観念したと思ってたんだけど違った~? ていうか、あんた達がサービス終了の時にログインしてたってことそれ自体が驚きなんだけど。お別れを悲しむようなタイプじゃないっしょ~?」


 そう。なにより、彼らはラグナロクのサービス終了のその時、ゲームにログインするほど殊勝な心の持ち主なはずがないのだ。それは、何度も戦ってきた彼女ならよく分かる。


 今まで長年楽しんで来た――PKを生業にしていたので楽しんでいたというのは語弊があるかもしれないが――ゲームが死ぬ時、それを惜しむような性格では無いはずなのだ。

 むしろ、彼らは全く同じギルドの面々で同じ会社がリリースしているアポカリプスというゲームの方でもギルドを立ち上げており、そこでもPKや殺し屋のような事をして荒稼ぎしているはずだ。

 その事を仲間達の愚痴から知っていたマーリンは、なぜ彼らがこの世界に来ているのか心底疑問に思った。


「しつこい男は嫌われるぞ~? あんたらがなんで私を殺したいのかは知らないけどさぁ――」

「やかましい女やなぁ、相変わらず……。少し黙っとれや」


 頭をガリガリ搔きながらそう言う目の前の男に、マーリンは少ししゅんとしながらも饒舌に動いていた口を閉じた。むしろ、自分にも状況の把握とスキルや魔法に関する発動時間を稼げるので好都合だと、真っ先に■■のアドバイス通り、淫魔固有のスキルを発動するべくあてにならない体内時計を起動させた。


(淫魔の固有スキルの発動時間どうしよう……。あの子が何年後に来るか分からないんだよねぇ……)


 淫魔の固有スキルは、一定時間姿を消せるという物だ。その効果時間は発動までにかかった時間と比例して伸びる。

 たとえば1時間姿を消すようスキルで設定したとする。そうすると、1時間のうちは誰に観測されることも無く、認識されることもない空間に転移し、世界の全ての機能から隔離されるのだ。

 しかし、スキル発動までにかかる時間は1分とかなり長く、決して使い勝手が良いスキルとは言えない。


 そもそもなんでそんなスキルが備わっているかという話をすると、淫魔とは生来、人の夢に現れてその精を絞る悪魔……という設定がある。

 無論これはゲーム上の設定であり、元になった生物のそれとは関係ないかもしれないが、要は創作物等で描かれるサキュバスの類とほぼ同じだ。

 その固有スキルは、なにもない空間に自らを押し込め、その無限にも等しい寿命の中でしばしの休息を得る……というコンセプトの元作られたものだ。


 その設定を見た時、マーリン含めラグナロクプレイヤーのほとんどが「なんじゃそりゃ」とツッコミたい気分に襲われたというが、その真偽は不明だ。


 いや、そんなどうでも良い話はともかくとして、そのスキルを発動してしまえばスキルが発動している間はいかなる手段を用いてもこの世界に影響を与える事は出来ないし、自主的にスキルの能力を解除することも出来ない。

 無論一部のアイテムを使えば可能ではあるのだが、彼女はそれを所持していない……どころか、アイテムボックスにすら既に眠っていない。


 それに加え、種族固有のスキルは物にもよるが、次に発動するためのインターバルや制限が設けられている。

 淫魔の固有スキルである『夢幻への誘い』は、一度発動してからもう一度発動するには誰かと身を重ねる……もしくはゲーム内システムにて特定の行動――無論性的な――事をしなければならないという重すぎるデメリットが存在する。


 ラグナロクというゲームの中に居ればマーリンの性的な欲求をほんのミリ単位ではある物の満たせるから良しとしてきたその能力も、この世界に来てみればふざけるなと言いたくなるような代物だ。


(この世界に来てから使わなくなったって……? あんた、そりゃそうでしょうよ……)


 誰が好き好んで一時的な安全を確保するためだけに抱かれなければならないというデカすぎるデメリットを抱えなければならないのか。

 そう考えれば、魔王が所持していたイベント賞品でもある『世界断絶』なるスキルの方がよっぽど使い勝手が良いと悪態を吐きたくなる。

 まぁ、あちらはイベント賞品であるのに対して、こっちは種族固有のスキルなので単純な比較はできないのだが……。


 ともかく、一度使ってしまえば自発的に解除できないし、タイミングを間違えると二度と姿は隠せなくなってしまう。そうなってしまえば今度こそ本当に死ぬしかなくなるし、■■に頼まれた事も遂行できなくなってしまう。

 そうなれば、どんな顔をして■■や仲間達に会いに行けば良いのか。


(面倒な任務与えてくれちゃってまぁ……。私があんた達との冒険でこのスキル使ってなけりゃ、ギャンブル仕掛けるとこだったじゃん……)


 内心でそう愚痴りながらも、かつての仲間達の事を思えば不思議と力が湧いてくることに苦笑してしまう。

 自分がここまで誰かと戦う事に関してやる気を出し、なおかつ前向きになれるのは間違いなく彼らがいるからだ。

 彼らが……かつての仲間達や■■が天国から見ていると言われたら、無様な姿は見せられない。


 マーリンの優しい性格を十分理解している彼らも、この世界の人々……それも自分達の子孫を彼女が傷付けられないのは仕方が無いと許してくれるだろう。

 しかし、この世界とは全く関係ない人物に殺され、あまつさえ■■に頼まれた本当の本当に最後の任務すら遂行できないとなれば、絶対にパーシヴァルあたりに笑われる。それは、絶対嫌だった。


時の神クロノスの託宣』


 ラグナロク内では、相手がモンスターだった場合に限って一定時間相手が取る行動を先読みする事が出来るようになるスキルを、男に気付かれないよう注意しながら発動する。


 ゲーム内ではボス戦や神の名を冠するモンスターと戦う際には必須とも呼ばれたそのスキルは、先読みなんてレベルではなく、次に相手が放ってくる魔法やスキル、攻撃のダメージ範囲など、その全てがモニターに表示されるようになるのだ。

 無論、パーティーに登録しているメンバーの1人がそれを使えば、パーティーメンバー全員がその恩恵を得られるという追加効果付きで。


 そんな有用すぎるスキルだが、この世界ではまったく別の効果を発揮したのだ。

 それすなわち、スキルの効果が続く約10分の間、好きなだけ未来を見る事が出来るという物だ。


 その未来の指定先は、例えば戦いの最中であれば数秒後の相手の行動を見たり、自分の周りに起こりうる変化を先読みする事が出来るし、子供達がどんな姿に成長するか見たければ数十年後の子供達の姿を見て感慨にふける事だってできる。


 彼女がアーサー達との冒険でこのスキルを使ったのは魔族との戦争を止める時やダンジョンなんかを攻略する時のお供として使用していた。

 もちろん相手の行動を全て自動オートで報せてくれていたゲームの頃より、自分でどのくらい先の未来を見るのか設定しなければならない分使い勝手は悪かった。

 それに、仲間達にその場面が共有されるわけではないので、いちいち口に出して指示を出さなければならなかったせいで非常に面倒ではあった。


 だが、このスキルのおかげで命を救われた経験はそれこそ数えきれないほどある。

 だからこそ、マーリンはこのスキルに全幅の信頼を置いていた。


 見る未来の設定時間は、もちろん今日から目的の人物がこの世界に現れるまでだ。

 脳内を100倍速ほどの時間で国の将来が流れ、体感時間で2分ほどが経過した頃、ようやく見覚えのある姿が世界に姿を現した。


(シャトリーヌ……私があげた服、普段から身に着けてくれてるんだね……)


 少し涙腺が緩みそうになるがグッと堪え、成長した姿の彼女が見覚えのある少女をなぜか連行している姿が目に映ったところで思考を止める。

 すぐさまスキルでどの程度先の未来を見ていたのか確認し、その瞬間に種族固有のスキルを発動させる。


(発動までの時間……約9000分!? なに、ふざけてるの?)


 確かに130年ほど身を隠さないといけないので膨大な時間がかかる事は予想していた。

 しかし、よもやそんなふざけた時間を提示されるとは思っていなかったマーリンは、顔には出さず静かに動揺する。


 9000分は何時間だろう……。

 そんな事を暗算で考え、大体150時間……つまり、6日程度であることを悟ると、今度こそ分かりやすく顔を歪める。


(6日もこいつと遊んでる暇なんかないってば……。どうしようかね……)


 スキルを発動させてしまった今、今から効果時間の変更はできない。

 スキルをキャンセルした場合は例のデメリットをなんとかしないと再びスキルを発動できなくなるので、キャンセルも出来ない。

 唯一この問題を解決する手段があるとすればスキルの効果時間やインターバルを打ち消す効果を持つアイテムを使うしかないのだが……


(全部アイテムボックスだよバカ……。何してんの私……)


 無論そんな貴重なアイテムを、死ぬつもりでやって来たこの場に持ってきているはずがない。どうすればこの問題を解決できるだろう……。

 必死で頭を回転させると、やがて隣で番傘を刺しながら佇んでいる南雲に目をやる。


「ねぇウリっち。私の部屋のアイテムボックスって、あなたなら開けられる?」


 何かを待っているようにイライラしながら貧乏ゆすりをしている男に聞こえないよう、それでいて視線は逸らさずそう言う。

 すると、南雲は困惑を隠そうともせず「は?」と口にすると、すぐにその言葉を訂正してコクリと頷いた。


「しかし、現在主様は特定の人物しかアイテムボックスを開けられぬよう施されたはず。それがある限り、私には開ける事が叶いません」


 南雲のような召喚獣はゲームシステム的にはNPCと同じ扱いなので、主人の許可さえあればアイテムボックスを開ける事が出来るし、ダンジョンなんかにある宝箱もプレイヤーやプレイヤー自身が作成したNPC達と同様開ける事が出来る。


 だが、今マーリンは自分のアイテムボックスに入っている品々を悪用されない為に、特定の2名と自分にしか開けないよう設定している。そうしている限り、たとえ彼女自身が召喚した南雲だろうと彼女のアイテムボックスは開くことができない。


「……なら、解除するから、中から特定のアイテム持って来てって言ったら……可能?」

「……邪魔が入らないという前提の元であれば、可能だと思われます」

「よし。それ、何分くらいかかる?」


 マーリンのその問いかけを聞いて、南雲は反射的に遠くに聳え立つ王城を目に映すと、自身の移動速度と誰にも見つからぬよう城に潜入し、マーリンの部屋から所定のアイテムを持ってくる。そのシミュレーションを行い、大体の時間をはじき出す。


「首尾よく事が運んだとして、30分と言ったところでしょうか」

「分かった。なら、私のアイテムボックスから砂時計持って来て。私が記憶してる限り、それらしいアイテムは1種類だけしか入ってなかったはずだから迷わないはず。何かあっても極力戦わず、まっすぐこっちに帰ってきて」

「了解しました」


 その言葉を聞き終え、恭しく一礼した後、南雲は消えるように上空へ飛ぶとそのまま姿を消した。

 マーリンの目の前に立っている男も南雲の不可解な動きは当然目で追えているし、彼が王城に向かった事も把握している。それでも、男は何もしない。否、何もする必要が、たった今無くなったのだ。


「おせぇぞジル! ブラッドの野郎と揉めてやがったな?」

「わりぃわりぃ。どっちが加勢に行くかちょっくら揉めてな、1戦ポーカーしてたんだわ」


 頭をガリガリと掻きながらまったく悪びれる様子もなくそう言った男は、マーリンをその目に映すとニヤリと厭らしい笑みを浮かべてペロリと舌なめずりをした。


「こりゃ、聞いてた以上の良い女だな。メリンダの奴といい勝負だわ」

「黙れお前。それ以上無駄口叩くならぶち殺すぞ……」

「お~、うちの参謀殿は相変わらず短気なこって。んじゃま、真面目に仕事するとしますわ」


 ギラギラとサメのように尖った牙をキラリと輝かせながら笑ったその男を前に、マーリンはギリっと奥歯を嚙み締めた。


(ランスちゃんが面倒って言ってた奴までこの世界に来てるの……? ほんっと、面倒な依頼残してくれちゃって……)


 天国で満面の笑みを浮かべながら見ているはずの仲間達と■■にもう一度悪態を吐き、マーリンはふぅと短く息を吐きだした。これから、彼女の本当に最後の仕事が始まるのだ。

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