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56話 最後の仕事

 マーリン最後の仕事は、彼女が思っていたよりもキツイ物になった。

 アーサーが不注意で無くしたと言っていた武器をなぜかロイドが装備しているせいでもなければ、サリアスやアルバートの力が想像を超えていたからでもない。ひとえに、彼らに傷を付けずに暗殺を面倒だと思わせるという仕事の内容そのものが、そもそもしんどすぎたのだ。


(これ……もしかして意外と無理ゲー?)


 ロイドが上段から勢いよく振り下ろしてくる攻撃をひらりと交わし、左右から挟み込むようにサリアスとアルバートが接近してくるがそれも風魔法を自分に放つことで上空に逃れる。

 数メートル上に飛び上がった彼女はカッコつけるようにローブを翻すと、彼らに傷を付けないよう最大限注意しながらスキルを放つ。


『地振』


 その瞬間、周囲の地面が震度4ほどの地震でも起こったかのようにグラグラと揺れ始め、3人がバランスを崩して転倒する。

 その隙にヨイショと着地すると、今の隙にと距離を取って上空に魔法を放つ。


「あいつらとどんだけ手合わせしたと思ってんのよ……。舐めるのも大概にしなさいよ」


 少しイラついていたからなのか、それともまったく別の理由からか。ともかく、彼女は空へこぶし大の水の球を放つと、3人の上空で爆発させる。と言っても、彼らに傷が付くというよりは着用している高価そうな服が瞬く間にびっちゃびちゃになるという陰湿すぎる効果を及ぼしただけだが……。


「おいおい……いい加減にしろよあいつ!」

「この服高いんですけどね……。あ~あ、もう着たくない……」


 一人だけ鎧姿のロイドはともかくとして、妙に着飾っている王子2人にとってはとてつもなくイラっと来る攻撃だろう。

 だがしかし、マーリンは彼らとは別の理由でその顔を歪めていた。


 彼女はこの世界に転移してきた直後から、アーサーを始めとした剣士や槍使い、その他肉弾戦に長けた者達の稽古相手として日々戦っていたのだ。

 その理由だが、彼らはスキルや装備のおかげで強力な力を有してはいたが、元は学生や単なる会社員……というより一般人だったので、動きに体や意識が着いて行かない事が多々あったのだ。

 具体的に言えば、子供が傘をぶつけ合うような可愛らしいチャンバラの域を出ず、とても人様に見せられたものでは無かったのだ。


 そんな状況に気付いた彼らは、NPCだったら違ったのかな……なんて言っても仕方ない事を口にしつつ、まず肉体を作って動きに適応できるようにした。その後、簡単な素振りから初めて、次に己の武器を最低限使えるまで徹底的に模擬戦を行ったのだ。

 マーリンを含めた一部の魔法職だった者達は体内の魔力を自然と感じられたし、魔法の使い方も本能的に分かったのでさほど苦労しなかった。しかし、剣士や肉体能力で戦う者達はそうでは無かったのだ。


 彼ら相手に数千戦じゃ効かない程戦ってきたマーリンからしてみれば、今のこの状況は児戯にも等しい。彼らの攻撃を避けるなんてお手の物だし、暗殺されそうになっているというのに考え事をする余裕まである始末だ。

 暗殺を企てているのだから彼らにもそれなりの腕があるのだと思った自分が愚かだった。そう思わずにはいられない。


「あ~、めんどいめんどい!」

「兄さん、もう一度やるよ」

「お2人さん、俺が気を引くんで、今度こそ頼みますぜ」


 そう決意を新たにする3人が少しだけ滑稽に思えてくるので即座に頭を振り、冷静に状況を分析する。


 3人の持っている武器の中で脅威になりそうなのはロイドのそれだけで、他2人が持っている武器はそこまでではない。無論見事な細工が施されたそれらの剣の見覚えがあるというのはそうなのだが、神の名を冠していない武器に関してはそこまで攻撃力は高くない。

 それに、自分だって裸でこの場に来ている訳では無いので並大抵の武器ではこの体に傷一つつけられないのだ。


(武器の価値を知らない……? ランスちゃん辺りがそこら辺徹底的に教えてそうだけど……って、ランスちゃんが熱心にそういうの教えてたの、あの子だけだったか)


 武器の性能や魔法・スキルなんかの性能に妙に詳しく、あの魔王並みの知識を持つとまで言われたランスロットが装備を渡す際にそれらの事を教えていないとは思えなかった。

 しかし、よく考えてみれば彼女は最初の子供であるフラムをかなり溺愛しており、彼女の愛情は全て彼に向けられていた。そして、彼が王位に就いて数年経った頃、彼女は病でこの世を去ったのだ。


 そう考えれば装備を受け継いだ彼らにそれらの性能が語られていないのも納得がいくし、彼らの性格上書物等を読むとも思えない。なので、ランスロットが仮に書物等にまとめて保管していたのだとしても、それは彼らの目には留まらなかったのだろう。

 自分達の武器がその価値も分からない者達に扱われるのは悲しくもあり、少しだけ寂しい。だが、自分だってシャトリーヌやエリンに近しいことをしているので文句は言えない。


「さて……どう料理しますかね……」


 左右に別れて撹乱するような動きを取る2人の王子を視界の端に捉えつつ、うおぉと叫び声を上げながら突進してくるロイドを見て即座に放つべき魔法を考える。


 自身が覚えている魔法は実践に特化した攻撃系の物と、後は申し訳程度の回復魔法。それに、身体強化系の物がいくつかだ。

 先程使ったような子供騙しや嫌がらせの類の魔法は、それらを応用する事で可能にしている。


聖なる弾丸ホーリーレイ


 銃を主とするアニメ作品とのコラボした時に獲得できた魔法をロイドが持つ武器に向けて放ち、小指ほどの光り輝く弾丸がその軌道をわずかにずらす。

 アーサーや円卓の騎士の仲間達であればそれくらい予想……もしくは瞬時に対応して攻撃を命中させてくるが、彼にそこまでの技量はない。


「うお!?」

「!? おいばかっ!」


 ロイドが瞬く間に体のバランスを崩して右斜め前を疾駆していたサリアスの方へ倒れる。無論サリアスは咄嗟に迫りくる刃を受け止めるが、神狼の牙の元々の攻撃力の高さが仇となり、彼の持っている長剣にビキッと長いヒビが入る。

 あれは受け止め方が悪いなぁ……と内心で苦笑しつつ、逆方向から迫りくる刃に遅ればせながら対応するべく魔力を集中する。


『水泡』


 シャボン玉のような泡をアルバートの周辺に出現させると、その瞬間に爆発させる。

 攻撃を受けた対象にはあまりダメージは入らない……というよりレベル10程度のモンスターのHPを半分削る程度の攻撃力しかない魔法なのだが、これは対人戦においてまったく別の効果を発揮する。


「うわっ! なんかべトベトする!」

「シャボンで遊んだことないのか少年。案外楽しいぞ、あれ」


 そう。この世界では、低威力の魔法でも、対人戦においては別の副次的効果で相手を非常に不快な思いにさせることが可能なのだ。

 この魔法は、相手の顔や体の周辺にシャボン玉のような泡を出現させ爆発させる。その関係で、全身にシャボン玉を浴びたような感覚になり、体中がベッドベトになる。


 この魔法をランスロットに遊び半分で放ったら数日口を利いてくれなくなったという苦い過去があったりするのだが、今回に限ってはそれが十分に役に立つ。


「何やってんだお前ら! 真面目にやれ!」

「っくそ!」


 まだ口の中の異様な感触が気になるのか、アルバートはペッペと薔薇達に唾を吐いているが、それを意志の力で無視しつつ、マーリンは同様の陰湿な攻撃を未だ立ち上がれないでいる2人へもお見舞いする。


「っ! ヤバッ!」

「へっ! やってみろ、過去の亡霊が!」


 ロイドの態度とは裏腹に、強気なサリアスに少しだけ違和感を覚えるが、その正体を見破る前に魔法が発動する。

 しかし、今回は前回のように彼らの周囲にシャボン玉が浮かび上がる事は無く、その代わりに魔法を放ったはずの彼女の周囲にシャボン玉がポンポンと無数に出現する。


「!? 魔法反射!?」


 確か、第4回だかのギルド対抗イベントの首位賞品として、一定時間魔法を反射する装備のレシピが配られたと聞いた事がある。まさかとは思うが、彼がそれを装備しているのか。


 そう頭の隅で考えつつ、シャボン玉が破裂して自分があの攻撃を浴びる前に地面に向けて“本気”の風魔法を発動して20メートルほど浮き上がる。

 ボワッと周囲の薔薇達も一緒に千切れ飛んでしまうが心の中で謝罪しつつ、数秒前まで自分がいた場所でポンポンと少々間抜けな音を立てながら爆発するシャボン玉を睨みつける。


(あのイベントで優勝したギルドってどこだっけ……。って、覚えてる訳ないでしょ! 何百年前の事だと思ってんのよ!)


 彼女にとってラグナロクで仲間と共に戦ってきた日々はつい昨日の事のように思い出せるが、流石に各イベントの順位等は正確に覚えていない。

 この世界に転移してきた当初であればまだなんとか記憶はしていたのだが、この世界で暮らしたのは数日や数週間程度ではない。何十年、何百年という時間をこの世界で過ごすうちに、仲間達との大切な思い出以外は全て手離していた。


(いや、慌てる前に、とりあえずもう一度試すべきよね……。あの装備は確か……思い出せ、ランスちゃんが言ってた気がする……)


 イベントの賞品でそんな強力な装備が配られたとなれば、装備マニアだったランスロットが何かしらの手段でその情報を入手し、ギルド間で共有しているはずだ。

 記憶の引き出しを必死で探りつつ、仕事を一旦放りだして空中浮遊のスキルを発動する。そうすることで重力に逆らってふわふわ宙に浮き、冷静に物事を思考できるようにする。


『私らが貰った武器の詳細と交換であっちのフレに聞いたんだけどさ~。どうも、私らが考えるより強い機能じゃないらしいよ、あれ』

『そうなの? 私らみたいな魔法職からすればふざけんなってくらいの逸品だと思うんだけど……』

『確かにマーリンみたいなゴリゴリの魔法職からすればそうだろうけど、一定時間とは言っても、それって1分とかそんなレベルの短時間って話らしいよ。その割に装備の耐久度がヘボいし特殊能力的なのもない、オマケに1日1回制限があるから、1軍入りはしないだろうってさ』


 数秒でそんな過去の会話を思い出したマーリンは、自分の事を天才だと心の中で褒め称え、その効果時間を過ぎたあたりで空中から再び攻撃魔法を放った。

 今度は反射されても良いように少しだけ弱めで、水泡のように陰湿な追加効果のない魔法を。


火炎槍かえんそう


 エリンに教えた炎帝槍の完全下位互換の魔法だ。人間の腕ほどの大きさの炎の槍がサリアスめがけて飛翔する。

 ランスロットが言っていた通りの装備を彼が身に着けているのだとしても、その効果時間を過ぎた今、彼がその魔法を反射する事が出来るならその他の要因でしていると思った方が良いだろう。

 その結果――


「……あ~そうですか」


 空中で自分の放った魔法の直撃を喰らった彼女は、ケホッと咳き込みながらも地上でニヤリと口の端を歪めているサリアスを見つめる。

 今の攻撃ではっきりした。彼は、装備による魔法反射とは別の要因で魔法を反射しているのだ。それがなんなのかは分からないが、考えたってどうせ答えは出ないだろう。


(でも、アルバートとロイドには普通に魔法が通じてるし、あいつ固有の能力……みたいに考えた方が良さそうね)


 空中浮遊のスキルを解除し、同時に風魔法を上手い事操りながら地面へと降りたマーリンは、直後にロイドと剣を交換したサリアスが正面から走ってくるのを目に映す。その左右からは挟み込むようにロイドとアルバートが走ってきている。

 彼らは経験からなんの学びも得ないのかと少しだけガッカリするが、対人戦なんて経験した事無いのだろうから当然かと思い直す。


「あなた以外には魔法が通じるなら、2人には永遠に地獄を見てもらおうかね……」


 いたずらっ子のような悪い笑みを浮かべたマーリンは、左右から迫ってくる2人に両手を向けながら水泡を発動する。しかし、両手が塞がっているので目の前から迫りくるサリアスの攻撃を回避する術はなく、ローブを翻してそれを隠れ蓑に体を屈めて水平斬りの直撃を免れる。

 無論神の名を冠する武器の攻撃をもろに受けたローブは一撃でその耐久度が半分ほどに減少するが、元々ここで死ぬつもりなのでそれはあまり関係ない。


(てか、私こんなのに殺されなきゃいけないの? なんか嫌なんですけど……)


 左右で苦しそうに唾を吐いている2人を無視し、地面に向かって風魔法を放ちサリアスから距離を取る。

 長かった髪の一部がヒラリと地面に舞い落ちるが気にする余裕もなく、もう一度先程の炎の槍をサリアス向けて放つ。


「無駄ってのが分からねぇのか? 学習しろよ!」


 放った魔法がマーリンに跳ね返り多少のダメージを受けるが、彼女はもちろん分かってそれをやっている。

 苦戦しているという演技はしたくない程両者のレベルの差があるのはもう疑いようも無いのだが、彼らを傷付ける事は心情的にあまりしたく無いので仕方がない。

 こうなってしまえば、もう彼の魔法反射の能力で自分を傷付けるくらいしか、上手い事ダメージを受ける手段が無いのだ。


(あんたらがあいつの子孫じゃ無かったら、私だってこんな面倒なことしないっての……)


 内心で悪態を吐きつつ、続けざまに炎の槍を放つ。

 全て反射されて自分の身に帰ってくるので体に当たった衝撃で煙が上がり、それらが肺に入って次第に咳が止まらなくなってくる。

 酸素が脳に行き届かなくなり意識が朦朧としてくるが、このまま負けても彼らが図に乗る事は分かっているので、最後の力を振り絞って両手に魔力を集中させていく。


(ごめんね、ここに咲いてる花達……。あなた達の生みの親には、向こうでちゃんと謝っとくからさ……)


 最後の魔法はサリアス自身にではなく、彼が立っている地面に向けて放つ。

 最初の方に放った地震を起こすスキルを反射されていない時点で、彼の魔法反射の能力はある程度予想できる。

 その効果範囲は『自身に向けられた魔法全般』であり、その選定はある程度行えるとしても、自分に向けられていない魔法の反射は出来ないはずだ。


 つまるところ、彼自身ではなく、彼が立っている地面に向けて魔法を放てば、それは反射できないはずだ。


(円卓の騎士内PVP戦歴、アーサーに続く第2位の女、舐めんなよ?)


 レベル50程度のモンスターであれば一撃で葬れるような魔法を放ち、最後の仕事を全うするべく、地面に向けて風魔法を放つ。


『妖精の逆風』


 彼女の予想通り、サリアスは自身に直接向けられていないその魔法を反射する事は出来ず、近くでマーリンを嘲笑していたロイドとアルバート含め、数メートル後ろへ吹っ飛んでいく。

 彼らの傍に咲いていた無数の薔薇達も運命を共にするかのように同時に散っていき、大量に煙を吸い込んでいた彼女の意識もそこで途切れた。


 バタッとその場に倒れた彼女は、ニコッとその顔に満面の笑みを浮かべながら薔薇達に囲まれ眠りについたのだ。


 それを近くの木の陰から見ていた1人の男は、訝しむようにボソッと呟いた。


「……あいつ、本当に死んだか?」


 その男は、誰にも聞こえないように言ったつもりだったが、男の傍に居た蜂の召喚獣は、確かにその言葉を聞いていた。

 そして、彼女の最後をその目で見たいと望んで戦いを陰ながら見守っていた南雲へとその事を伝えに飛翔した。

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