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54話 別れの時

 自分が暗殺される。そう聞いて、現代日本に生きる人間はどう思うだろうか。恐らくだが、ほとんどの人間は真剣に考える事も無く、趣味の悪い冗談だとでも笑い流すだろう。


 しかし、この世界で何百年も暮らし、ここ数年は王国の汚れた現状をどうにかしようと切磋琢磨していたマーリンからしてみれば、決して笑って見過ごせるような内容では無かった。

 せっかくメイドに用意させたご馳走もまるでゴムを噛んでいるような生々しい感触しかなく、エリンが自室に帰った後でもう一度南雲に話を聞いた。


「間違いないの?」

「……残念ながら。ロケットの奴が、サリアスとアルバートの会話を聞いたそうです。そこには、次期騎士団長の呼び声高いロイドの姿もあったとか」

「はぁ……。そう……」


 ロケットとは、王城内に無数に放っている召喚獣の1人で、その姿は小さなネズミ程度のサイズしかない。

 ラグナロク内でも大して強くない召喚獣だったし、レベルで見ればそこまで強い存在ではない。せいぜいが、レベル15と言ったところだ。

 見つかれば害虫として駆除されてしまう程度の力しかないのだが、この世界に来てからは情報収集をこなせることが判明し、冒険の際にかなり重宝した物だ。


 話を戻すが、そのロケットが掴んだ情報は、この国の2人の王子と騎士団員であるロイドが、マーリンを暗殺しようとしているという物だ。

 その会話の内容から本気とも冗談とも取れるが、彼らが本当にやりかねない事は、ここ数年の調査で分かり切っていた。

 だが、彼らを前にした時、マーリンには本気で戦える自信が無かった。


「あの子達……私の子孫なのよね……。ラビニアの娘の子供……だっけ?」

「そのラビニアという者の事は分かりかねますが、主様のご子息、ご息女の方であればその通りです」

「……」


 自分の子孫……かなり遠縁ではあろうとも、自分の血がその体に流れている人達を殺すなんて、マーリンには絶対に出来ない。

 無論、日本にいた頃だって殺人という罪を犯したことはおろか、刑法に触れる事さえした事は無い。だが、この世界に来てからはそんな常識通用せず、今までに自分が悪人と認めた人という条件はつく物の、両手で数えきれないほどその命を終わらせてきた。

 そんなマーリンにも、自分の家族を殺す事も、まして傷つけることすら……できるかどうか。


「あ~あ。私もここまでか」


 他国に亡命……例えば、アーサーの弟子がいるというなんちゃら共和国あたりに逃げ込めば、命くらいは助かるだろう。そして、アーサーが一方的に情熱――あれはほとんど恋心だが――を向けていた少女がこの世界にやってくることがあれば、その時に協力を求めるという案もある。

 仮にラグナロクのプレイヤーがこの世界に来るという不可思議な現象の条件が『サービス終了時にログインしていた事』ならば、あの魔王がPCの前で終わりの時を待っていないはずがないのだから。


 幸いというべきか、マーリンには種族的な寿命という物が存在しない。

 ステータス的な死は無論存在するし、病気なんかには治癒魔法の効果が効かない事も実証済みだ。なので、魔王がこの世界に来るまで必ずしも生き延びれるという保証はない。

 だがしかし、生き残るというその1点を考えるならば、他国への亡命が最善手だ。


「そう、されないのですか……?」

「ん~? うん、そんなことしないよ」


 沈んでいく夕日を見つめながらそう言ったマーリンを驚愕の表情で見た南雲は、少しばかり番傘を握る手に力を込めながら口を開く。


「なぜですか……? なぜ、生きようとされないのですか……?」

「私が生きてると、他の人に迷惑がかかっちゃうかもしれないから……かな?」


 ニコッと笑ったマーリンは、どう説明するかなぁと悩んだ挙句、いつものように「伝わらなければそれでも良いか」という軽い気持ちで自分の心の内を吐露していく。


「仮にあいつの弟子ちゃんがいる国に行くとするでしょ? でも、この王国は大きくなりすぎてるし、私自身も名と顔が売れすぎてる。すぐに亡命したことは伝わるだろうし、あのバカがランスちゃんにヒナの事伝えて、どういう訳か今もそれが一言一句伝わってるじゃない? この国の人達なら、私が何を望んで亡命したかくらい、すぐに突き止める」

「……確かに、そうかもしれませんが……」

「そうするとさ、最悪この国とあの弟子ちゃんの国とで戦争に発展するかもしれないじゃん? いやまぁ考えすぎかもしれないけど……そうなったら、私1人の為に何千人……いや、何万人って命がこの世から消えるでしょ?」


 その中に、エリンやシャトリーヌが含まれないと、どうして言えるだろうか。


 シャトリーヌはともかくとして、王家や騎士団のほぼ全員から厄介者や無能という烙印を押されているエリンが、その戦争のどさくさに紛れて暗殺される可能性だって十分に考えられる。

 そうなってしまえば、自分の命と引き換えにエリンを殺したという罪悪感で、マーリンは死にたくなるだろう。

 しかし、自分が逃げたせいでエリンが死んでしまったのだ。自害を選ぶなんて、そんな無責任な事は出来ないし、かといって大量に人を殺すなんて勇気もない。


「結局私にはさ、覚悟が無いんだよ。平和な国で生を謳歌してきたせいで人を殺す覚悟がない。他人の命を犠牲にしてまで生きるという覚悟もない。こんな中途半端な人間に、他人の命をどうこうする権利なんて無いよ」

「主様……」

「それにさぁ~? 多分だけど、魔王が来ても状況は何も変わらないと思うんだよね~。そもそも、あの子が私らの事覚えてるかどうかも分かんないし、人を殺す覚悟があるのかすら不明……いや、アーサーと日本語で会話してたって話だし、その子も無いんじゃないかな。そんな子を、私の勝手でこんなことに巻き込むわけにはいかないでしょ」


 これがもし、エリンが暗殺されて自分はそうではないという状況であれば、彼女は命を懸けて……それこそ、全世界を敵に回す覚悟を持って迫り来る者達を迎え撃っただろう。

 実際、彼女にはそうできるだけの力が備わっているし、装備やアイテムの力を借りれば十分に可能だ。

 でも、残念ながら今回狙われたのはエリンではなく彼女自身だ。


「エリンはさぁ……凄いよね。こんな出来の悪い私から、あんな天才が生まれたんだよ? めっちゃ遠縁とはいえ、母親として誇らしいよ」

「……」

「そんな子を守る為なら、喜んでこの死にそびれた英雄の命くらいくれてやろうじゃん?」


 自嘲気味に笑ったマーリンは、椅子の背もたれにゆっくり体重を預けると、小さく「でも……」と付け加えた。


「私がいなくなった後のあの子、大丈夫かな……。私は、それだけが心配」

「現状の情報から精査するに、主様を殺そうとする連中です。エリン様に危害が及ぶ可能性も、ゼロではないかと」

「だよねぇ。私もそう思う」


 腕を組んでうーんと唸る南雲とマーリンが考えている事は、恐らく同じだ。


 術者がこの世を去った場合、一部の特殊な魔法以外はその効果を失ってしまう。どんな防御魔法やスキルをエリンに施していようとも、マーリンがこの世を去ったその瞬間に、全て解除されてしまうのだ。


 死してなお効果が継続するのは、例えばトラップ系の魔法やスキルだったり、時限式で発動する魔法、スキルなんかだ。

 無論、魔道具を制作してお守り代わりに彼女に持たせることは可能だし、その場合魔法の効果は消滅しない。

 ただし、魔道具なんてその道の専門家ではない彼女が数日で作れるような代物ではないのでとても現実的ではない。


「はぁ……良いよ。せめてもの抵抗として、私のアイテムボックスはエリンとシャトリーヌ以外じゃ開けないようにしとこう。あのバカトリスタンに言われて取っといたスキルがこんなところで役立つとはね……。普段はなんにも考えてない癖に、こういう時だけ……まったく」


 本来はフレンドしかアイテムボックスなどにアクセスできなくする期間限定で配布されたスキルなのだが、この世界では指定した人物以外にアイテムボックスが開けなくなるという物に変更されているようだ。

 ついでに言うと、このスキルは術者がこの世を去ったとしても効果が持続する数少ないスキルの1つでもある。


 そのスキルを使ってアイテムボックスを封印したマーリンは、はぁと一息つくと南雲に暗殺の正確な日時等を調べるよう指示を出し、自分は例の書庫へと向かった。

 数日ぶりに訪れたそこにはいつもの先客はいなかったが、代わりにいつも少女が1人でポツンと座っていた席に、白い髪の少女が座っていた。

 その手にある本は、アーサー王とランスロットが結ばれた時の話をだいぶ脚色している物だ。


「なんか、ここに来たら会える気がしたよ……」


 索敵スキルなんて使わずとも不思議と彼女がここにいる事を悟ったマーリンは、気配を殺してシャトリーヌが普段エリンを見つめている本棚の陰からその姿を眺めていた。

 こうして見ると、この場所からは綺麗な少女の横顔と、本に向けられた真剣で愛らしい瞳がよく見える……なんて、気付いたらいけなかっただろう事実に気付いてしまったが、数日後にはこの世にいないのだから、それくらい許してもらえるだろう。


「……はぁ、面白かった~! 良いなぁ……アーサー王様を射止めたなんて、凄いや……」


 以前目を通した時に真実とのギャップに笑い死にしそうになったその物語を読み終えてふぅと息を吐く少女に真実を告げてあげようかと少しだけ迷ってしまう。

 しかし、そんなことをしたらランスロットのうちに眠るもう1人の少女に殺されかねないので、ここは大人しく黙っておく。


「ねぇシャトリーヌ、今ちょっと良い?」

「うわぁ!? ま、マーリン様!? え……あ、はい。どうぞ……」


 恥ずかしそうに先程まで読んでいた書物の表紙を机に向けて伏せた少女は、マーリンが隣の席に腰掛けると若干緊張した面持ちになりつつも、えへへと少女らしい笑みを浮かべた。

 いつものようにヨシヨシと頭を撫でてやると嬉しそうに笑うのでつい甘やかしてしまいそうになるのだが、今回はそんな和やか極まる事をしている場合ではないのでサッサと本題に入る。


「今から私が言う事は、誰にも言っちゃダメ。もちろんあなたのお母さんとお父さんにも、友達やメイド達にも。守れる……?」

「……? なんのことですか? 話がよく……」

「あはは……そうだよね。でも、お願い。頼めるのはあなたしかいないし、時間が無いの」


 ニコッと笑った彼女の瞳の奥に確かな悲しみと焦りの感情を見たのか、シャトリーヌは何がなんだか分からずともコクリと頷いた。

 次の瞬間、安心したように微笑んだマーリンの口から驚愕の事実が伝えられるとは、露ほども思わずに……。


「え……? いなくなっちゃうって……なんで?」

「ん~……その理由は言えないなぁ。でもさ、あなた達が嫌いでいなくなるわけじゃないよ。あなた達2人の事は大好きだし、出来れば傍で支えたいとも思ってる」

「じゃ、じゃあなんで……!」


 瞳から大粒の涙を流す少女を前に、王族の所業を全て話してしまおうと一瞬心が揺らぐが、まだ幼い少女に家族の悪事を知るのは……この国の闇の部分を教えるのは、流石に酷だろう。


「ごめんね。でも、そうするしかないんだ。あなた達を、守るためだもん」

「わたし、たちを……?」

「うん。あなたと……あなたとエリンの2人を守るには、私が去るしかないの。ほんとに、ごめんね?」


 声にならない嗚咽を上げながら胸に飛び込んでくる幼い少女の頭を優しく撫でつつ、マーリンは考える。どうすれば、この子を出来る限り守れるだろうか……と。


 しばらく胸の中で嫌だと泣きじゃくるシャトリーヌを慰めていた彼女は、エリンにあげたように、この子にも装備を渡そうと考えた。

 あれならば生半可な武器で傷は付かないし、身を守る身体能力強化の魔法も使えるようになるので、よほどの事が無い限り戦いで命を落とす事は無いだろう。


 メイド服みたいにカスタムしてしまっている事は置いておいて、明日にでも渡そうと考えたマーリンは、とりあえず他の要件を伝えようともう一度口を開いた。


「ねぇシャトリーヌ? 私がいなくなったあと、あなたにしてもらいたい事があるの。あなたにしか、頼めない事。いい?」

「……私にしか、できないこと……?」

「そう。まず1個目ね? 私の代わりに、エリンを見守ってほしいの。ううん、見守るだけじゃなくて、エリンの身の安全とか、その他諸々含めて、あなたに頼みたい。あの子、今のままじゃ敵を作りすぎちゃうし、いざとなった時に身を守ろうとしないかもしれないから」

「いざと……なったとき?」


 可愛らしく首を傾げる少女を見て、マーリンは自分が言わなくても良いことまで言ってしまったと気付き、すぐさま話の方向性を切り替える。


「出来ればあの子を次の王にする手伝いもしてほしいけど……それはあなた1人じゃ限界があるだろうし、無理しない範囲で構わない。とにかく、出来るだけあの子を守ってほしいの。できる?」

「……マーリン様が、できないから……?」

「そう。私は、もうできないから。頼める?」


 幼い少女に頼む事じゃ無いかもしれないが、召喚魔法の類も、術者が死んでしまえば効果が解除されてしまうので、召喚獣をここに残して逝く事は出来ない。

 無論この命が終わるまでは2人の陰からその身を守ってもらうが、それもこの世界に存在できている間だけだ。

 その後のことを任せられるのは、現状だとシャトリーヌしかいない。この国の貴族や王族の中で、悪に染まらず純粋にこの国の未来を考えているのは、彼女だけだ。


「……分かりました。マーリン様の代わりに、私が、エリン様をお守りします……」

「うん、ありがと。2つ目ね。あなたが、幸せになること」

「私が……ですか?」


 そんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。シャトリーヌはキョトンとしつつ少し上にあるマーリンの顔を見た。


「うん。あなたは、とっても優しい子だからいつも他人を優先してしまう。それでいっぱい迷うだろうし、悩んじゃうかもしれない。だけどね、あなたは何も間違ってないんだから堂々としてれば良いの。他の人を思いやれる清い心って、そう簡単に身につけられる物じゃないんだから」

「……? よく、意味が分かんないです……。どういう、意味ですか……?」

「あ~……私口下手だからなぁ……。あはは、まぁそのうち分かる時が来るよ」


 小中高でまともに勉強してこなかったことを今更ながら本気で後悔しつつ、その貧弱すぎる語彙力でなんとかシャトリーヌを納得させたマーリンは、翌日1日中少女と街を歩いた。最後だからと言われれば、彼女に断る事は出来なかったのだ。


 かつて自分達が造り上げた貴族街と呼ばれる街を練り歩き、もう食べきれないというほど買い食いし、日が完全に沈むまでくだらない話で笑いあった。

 やはりというかなんというか、メイド服のように改造した装備は普段私服のようにして使うのは少々躊躇われる逸品だったのだが、マーリンの願望を叶えるためか、城に戻るまでのわずか数分、シャトリーヌは頬を染めながらそれを着た。


(良い子だなぁ……。アーサー、君はついぞ理解してくれなかったけど、これぞ眼福というものだぞ)


 空に向かってバカバカしい自慢を垂れたのは、目の前を歩く少女があまりにも可愛かったからだろう。それを責められる人間なんて、その場にはいなかった。

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