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51話 エリンの才能

 マーリンは、エリンが自分達が過去にこの世界で冒険した記録を熱心に読んでいたことを良いことに、その中に出てくるマーリン――自分――のようになれるから一緒に魔法の勉強をしよう。そんな事を言ってしまった。

 エリンに召喚魔法で小さな親友をプレゼント――本人はあまり気に入ってなかったが――を渡して別れた数分後には恥ずかしさで悶絶する事になってしまった。


(私何言ってんの!? は、マーリンみたいになれる!? いやいやいや、なに(がら)にもない事言っちゃってんの!? ぜぇぇぇったいあいつらにバカにされるんだけど!)


 もう精神年齢は300歳を超えているはずなのだが、一向に落ち着く気配の見せない自分を、天国から見守ってくれているはずの仲間達はどんな顔をしているだろう。

 アーサーはいつもの事だと笑ってくれるだろうが、この世界で初めて恋仲になったパーシヴァルに笑われるのは……ちょっとだけ嫌だった。

 恥ずかしいとか気まずいとかそんな感情は全くないけれど、彼とは恋人というよりは腐れ縁の幼馴染――実際は違うが――みたいな関係性だったので、笑われるのは小馬鹿にされるようで嫌なのだ。


「まーりんさま? どうかされたんですか?」


 マーリンが内心で転げまわりたいほど羞恥で悶絶しているなんて考えもしないシャトリーヌは、本棚の陰に帰って来た彼女に変わらずキラキラした瞳を向ける。

 彼女はそれに少しばかり居心地の悪さを感じつつも膝を折って目線を合わせると、その頭に優しく触れる。


「どうもしないよ。もう、あの子が1人で寂しい思いをすることは無いから安心して?」

「ほんと……? エリンさま、もうさびしいおもいしない?」

「うん、大丈夫だよ」


 自分の事のようにキャッキャと喜ぶシャトリーヌは愛らしくもあるが、同時に彼女から将来の恋人を奪ってしまったのではないかという少しの罪悪感に襲われる。

 私が男だったら約2名の百合好きに殺されてそうだなと内心苦笑しつつ、思い出したように「そうだ」と呟く。


「あなたも、私達と一緒に魔法学んでみる? エリンには明日から魔法の修行を付けるって言っちゃったんだけど……あなたも、どう?」

「ほんと!?」


 瞬間、彼女はマーリンが今まで見て来たどの笑顔よりも眩しくパッと笑った。が、すぐにその笑みを複雑そうな苦笑に変えると、フリフリと首を振った。


「でも……だめなんです。わたし、まりょくをもってなくて……」

「あら、そうなの? じゃああなたは剣の方が得意なの?」

「です……。でも、だれかをきずつけるのなんて……わたし、できなくて……。だから、きしだんのくんれんも、さいきんはあんまりいけてなくて……」


 マーリンは、自分達の子供にはなぜかこの世界の住人とは違う特性が引き継がれていることを見抜いていた。

 たとえば、アーサー王の子供であったフランは自分達もアッと驚くほどの剣の才を見せたのだ。数多のスキルで強化したアーサーの動きに素の運動能力で追いつきながら剣を振るその姿は、言い方は悪いが化け物のそれだ。


 それ以外にも、マーリンとパーシヴァルの長女――2人の女児と1人の男児を出産している――は数秒先の未来を見る事が出来るというとんでも能力を備えていたし、長男に関しては異常なほどの魔力総量と魔法の才を発揮したのだ。

 それは、嬉しいと思う反面世界の勢力バランスを一気に変えてしまったのではないかと思ってしまうほどだ。まぁ実際、それは正しいのだろうが……。


 アーサー本人は子供達の個性だし、その力の使い道を間違えなければ大丈夫。最悪人を傷つける方向に使わなければ問題ないと言っていたが、今の時代の子供達――もう子供という年齢では無いが――を見ていると、それは心配になってくる。

 仮に彼らが他国に戦争を仕掛けようものなら、マーリンはそれを止めなければならない。自分達の子孫がこの世界に生きる人々を脅かすなんてことがあってはならないのだから。

 だが、その時彼女は本気で立ち向かえるのか、今でも自信が無かった。


 話を戻すが、アーサーは魔法使いでもあったランスロット――槍使いじゃないのかよというツッコミはナシで――との間に子を設けた事もあり、その血を引き継いでいる者達は総じて剣の才能か魔法の才能に恵まれる事が多かった。

 シャトリーヌはアーサーの血を多く引き継ぎ剣の才能を開花させたようだが、エリンとはまた違うようだ。

 前途多難な恋だなと思いつつ、マーリンは泣きそうになるシャトリーヌを優しく抱きしめる。


「大丈夫だよ。それはあなたが優しいって言うだけで、なにも恥じる事は無いんだから」

「そう……なんでしょうか……」

「きっとそうだよ。それにほら、アーサーのやつも良く言ってたよ。『剣は誰かを傷つけるための物ではなく、誰かを守るために振るうからこそ、真の力を発揮する』ってね」

「アーサーさまが……ですか?」


 なんでそんなキザというかカッコつけてるというか、知った風な口を利けるのかまったくもって分からないが、実際アーサーは誰かを傷つけるために剣を振るった事は1度としてなかった。彼がその圧倒的な力を使う時は、絶対に自分以外の誰かを守るためだったのだ。


 まぁ幼い少女にこの言葉の意味はまだよく分からないだろうが、いずれ分かる時が来るだろう。その時は、彼女は思う存分剣を振れるようになるはずだ。


「無理しちゃダメだよ、シャトリーヌ。あなたもエリンもおんなじ。まだ子供なんだから、深く考えずにワガママになって良いんだよ。甘えたくなったら甘えれば良いんだし、だらけたくなればだらけて良いんだよ。それが許されるのは、あなた達が子供でいる間の特権なんだから。ね?」

「まーりんさま……」

「って、あんまり偉そうな事言えるほど、私も偉くないんだけどね」


 照れるように舌を出したマーリンは、シャトリーヌに別れを告げると明日からの修行に必要な資料等を揃えるために自室へと去っていった。


 その場に残された少女の1人は明日からの修行に胸を高鳴らせ、もう1人はマーリンの言葉で少しだけ気持ちが楽になり、ポロっとその瞳から一筋の涙を流していた。


………………

…………

……


「ん~、やっぱあいつの子供だねぇ……魔力総量がえげつないや~」

「私は強いって言った」

「そうだね。まぁさすがは王……じゃないや、強いって言ってただけのことはあるね」


 翌日、狭苦しい自室にやってきたエリンを寝不足の眼で出迎えたマーリンは、ラグナロク時代から変わらないブラウンの高級そうなソファに座るよう言うと、早速エリンに右手を向けてスキルを発動した。それは、主にPVPで用いられる相手の魔力総量を調べるための物だ。

 その結果、何千時間もラグナロクをプレイし、何百万という単位で課金してきた自分とほぼ同等の魔力総量を幼い少女が持っていることが判明したのだ。彼女が呆れるのも無理はないだろう。


 マーリンはギルドの中で決して弱いという部類には入らず、むしろ創立メンバーとして恥じない働きが出来る程には強かった。

 神の名を冠するモンスターは、相手にもよるが1人で倒せるくらいの実力はあるし、1度だけではあるが個人イベントで5位の成績を取った事もある。

 そんな彼女と、魔力総量だけとはいえほぼ同等の数値を叩きだしているエリンがどれだけ異常か分かるだろう。


「さてと。これからあなたにはいくつかの選択肢があります! まず、私が知ってる魔法と、この世界における魔法の真理を学んで彼の伝説の魔法使いみたく戦えるようになるか……」

「そっちで」


 あまりにも有無を言わせない態度に苦笑しつつ、自分で自分の事を『伝説の魔法使い』とか言っちゃうなんてどんだけ痛いんだよと内心で悶絶する。

 だが、それを意志の力で表情には出さぬよう心掛け、一応他の選択肢も提示する。

 育児において大事なのは、決して子供の未来を狭めない事だ。無数の選択肢を示し、その中で本人が一番いいと思った道に進んでもらう事こそ、先任者の務めという物だろう。


 まぁ、この方法と持論で子育てが1度失敗しているのだが……。


「最低限身を守る術だけ学んで、後はサポート……っていうか、日常生活で使えると便利な魔法を覚える……。後は、これはあんまり選んでほしくないけど、攻撃に全特化して誰にも負けない力を得るか……。この、どれかだね」

「サポート? そんなことしてなにになるの? みんな、私より弱いのに」


 本気で分からないと首を傾げる彼女に、まぁそう思うのも無理は無いと少しだけ笑ってしまう。

 ただ、他の2つの選択肢に比べ平穏無事に人生を送る事が出来るのは間違いないし、魔王と呼ばれた少女の隣にいた3人のNPCにも回復やサポートを専門にした子がいたはずだ。あの子ほどとは言わずとも、サポート役というのはかなり重要な役回りだ。


「いくら1人が強かろうと、数の力には敵わない事があるんだよ。そんな時、強力なサポート役がいればいくらかその状況がマシになると思わない? 少なくとも、負ける事は無くなるでしょ?」

「……負けるって? 私に戦いを挑んでくる人とか、多分いない」

「いやそりゃそうだけど……。たとえというかなんというかさぁ……」


 確かにMMORPGの世界であるラグナロクとこの世界を同一視するのは愚かな事だ。

 この世界には目に見える脅威は無いし、エリンの強さを無視したとしても彼女は王族だ。誰かに命を狙われるような事はほぼ皆無に等しいだろう。


「それに、私は別に力が欲しいわけじゃない。マーリン様みたいに戦えるようになりたいだけ。カッコいいもん」

「う゛」


 胸部を抑えて精神的ダメージをなんとか抑えようと努力するマーリンは、エリンに怪訝そうな顔を向けられながらもなんとか苦笑を浮かべる事に成功し、ゲホゲホとわざとらしく咳き込むと話を戻した。


「分かった。じゃあ、とりあえずなんでもいいから魔法使ってみなよ」

「……そんなことしたら、この部屋が燃える」

「あ~、炎系の魔法なんだ? ん~、じゃあちょっと待ってね?」


 そう言うと、マーリンは部屋の奥へ向かうとそこにある食器棚のような形をしたアイテムボックスに手を突っ込む。

 その中に収納されている無数のアイテムの情報が瞬く間に脳内に流れ込んでくるがなんとか吐き気を我慢して目的の物を取り出すと、ポイっとそれをエリンに投げる。


「……なに、これ?」

「魔法吸収玉って言ってね? 要は、簡単な魔法ならその中に吸収してくれるっていうアイテム」


 ビー玉のように透明な水色の光り輝く手のひらサイズの球を怪訝そうに見つめ、エリンは胡散臭そうにうーんと唸った。


「そんなもの、あるはずない。それこそ、アーサー王の伝説に出てくるようなアイテムだもん」

「え、えぇ……? まぁまぁ、騙されたと思ってさ?」

「騙されたと思ってなんで試さないといけないの。騙されてるんだったら試したくない」

「比喩じゃんか……」


 ガックリと肩を落としたマーリンは、そう言えば初めて子育てした時もこんな感じだったなぁとおぼろげながら思い出した。

 あの時は何も知らない子供の内から色々教えられたので怪訝そうな顔をされることは無かったのだが、ある程度言語能力を備え、それもかなり賢い部類に入るだろうエリンに物を教えるのは色々大変そうだと改めて実感する。


「じゃあほら、私が使ってみるからそれ貸してみな?」

「……? はい」


 実を言うとこの魔力吸収玉はゲーム内通貨を使用して回す事が出来るアイテムガチャで排出される極低レアリティのアイテムだ。

 その効果は一定威力以下の魔法を2度か3度吸収して無効化してくれるという物で、役に立つのはゲームを始めて数時間程度の本当に初心者の間だけという悲しすぎる役目を与えられたアイテムでもある。

 まぁ、この世界に来てから大量に使う事になるとは、ギルメンの誰も思ってなかっただろうが……。


「良い? よーく見ててね?」


 魔力吸収玉をポイっと軽く天井に向けて放ると、指先に魔力を集中させて一番威力の低い火粒ひのこという魔法をポンと放つ。

 砂粒程度の小さな火の塊が狙いたがわずその小さな玉に向かって飛んでいき、数秒もしないうちにシューっと奇妙な音を立てながら、まるでブラックホールに飲み込まれるようにして綺麗に吸い込まれる。


「ほら~、言ったとおりでしょ?」


 それからたっぷり5秒ほど宙をフラフラ飛んでいたその玉はポトンと元あった彼女の手に収まると、魔法を吸収した証として赤い炎をユラユラとその内部に煌めかせていた。

 その様子をジーっと見ていたエリンは、相変わらず怪訝そうな顔をしながらも小さくコクリと頷くと、そのままマーリンに右手を向ける。


「うぇ!? ちょ、ちょいちょい!」

火球ファイアボール


 動揺したのも束の間で、エリンの手のひらからこぶし大の炎の球が放出される。

 魔力の制御が完璧すぎて余分な魔力など一切使わずに放たれたその魔法は、マーリンが放った魔法と同じく数秒でその吸収玉にポッと吸収される。

 その玉の中の炎が一層強く揺らめくが、その吸収玉の性能なら、もう1発くらいであれば吸収できるはずだ。


「……ほんとだ」

「はぁ……乱暴な確かめ方するねぇ。もし私に当たって部屋が火事にでもなったらどうするつもりだったのよ……」

「あなたがなんとかするかなって思った」

「信頼どうもありがとうね!」


 ほんとに取り付く島もないなと思いつつ、少しだけ楽しいと感じている自分がいる事に驚き、少しだけ口の端を歪めたマーリンは、良し!と口にすると、エリンの向かいに腰掛けて言った。


「じゃあ、早速始めようか! 今のであなたの課題も見えた事だし、これからはビシバシ行くよ~?」

「……」

「え、あの……返事とかはないの……?」

「必要なの?」


 真顔でそう言い放つエリンに、やっぱり思ったより大変だぞこれはと思いながら修行という名の授業を開始したマーリンだった。

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