50話 マーリンと2人の少女
少しだけ昔の話をしよう。それはラグナロクのサービスが終了するほんの少し前の事だ。
ギルド『円卓の騎士』に集ったのは、会社を有休を使ってまで休んだ7人と学校をサボって両親に叱られる覚悟を決めた学生3人の計10人だった。
かくいうマーリンも、今日ばかりは会社に無理を言って有休をとってもらい、朝方から一番仲の良かったギルドマスターのアーサーとチャットで語り合っていた。
ギルメンから資金を募り、結局数千万円という意味の分からない金額をつぎ込んで造り上げた居城キャメロットの円卓の間――勝手にそう呼んでるだけ――に2人でポツンと座り、ここ数年の思い出話に花を咲かせていたのだ。
サービス終了の1時間前になるとそこにランスロットやパーシヴァルなど、今考えてみればちょっと痛いプレイヤーネームの円卓の騎士創立メンバーが加わった。
まぁ自分も他のゲームで知り合ったアーサーに『何かのコンセプトギルドを作って遊ぼう』と誘われ、悪ノリ感覚で始めただけだ。それがきっかけでこんなにこのゲームを楽しめたので、今となってはその選択が間違っていなかったと心の底から思えるのだが……。
「今日でラグナロクも終わりですか……。なんか、改めて思うと寂しくなっちゃいますね」
「だね~。アーサーってアポカリプスだっけ? あっちの方はやらないの?」
「やりたいのは山々なんですけどねぇ……でもほら、あっちにはあの人がいないんですもん……」
パーシヴァルの問いかけに、苦笑いマークを添えながらそう答えたアーサーの言わんとしている事はマーリンも同意見だった。
ラグナロクを盛り上げていた要因は、もちろんその前時代的……良く言えば古き良きゲームシステムだが、それ以外にも上位プレイヤー間の交流やバトルでもあった。
その大部分をほとんど1人で回していた伝説的なプレイヤーでもある魔王ことヒナは、同じ会社の新作ゲームであるアポカリプスの方には一向に姿を現さないのだ。
無論それでもアポカリプスの方はかなり好調に売り上げを伸ばしており、円卓の騎士のギルメンも大多数はそっちに流れている。
だがここに集まった10人――創設メンバー5人と中堅メンバー5人――は、リアルが忙しいだの出遅れただのと、様々な理由で参戦していなかった。
こと、ギルドマスターのアーサーは、どれだけ他のメンバーが誘ってもその首を断固として縦に振らなかった。その理由が、今彼が言った『魔王』がそのゲームにいないからだ。
「あの人、もうゲームを辞めちゃったとかそんなんじゃないんですよね……。相変わらず滅茶苦茶な強さでフィールド上を駆け巡ってる姿を何度も目撃してるんですよ……。でも、一向に新しいゲームに行こうとしなくて……」
「直接聞いてみれば? ウジウジしてんの、あんたらしくないよ?」
「相変わらずきついねぇランスちゃん。いやまぁそうなんだけど……あの人にはもう振られちゃったから、直接行くのもなぁって……」
振られたというのが、ギルドに勧誘した際に断られてしまった事を指しているのはこの場の全員が知っている。というより、彼が魔王をギルドに誘おうとした時はちょっとした論争が起きた物だ。
曰く、絶対に来るわけないだの、ロールプレイが崩れかねないだの、神聖なこの城に魔王なんて邪悪な呼び方をされてるプレイヤーを招きたくないだの……。
ただ、結局は本人の意志によって断られてしまったので実現する事は無かったのだが……。
「なら、アーサーはサービス終了した後どうするわけ? あの人とコンタクト取れなくなるし、その姿も見れなくなるんじゃない?」
「それは……まだ考え中だよ~。というかマーリン、君はどうするのさ?」
その問いかけに、PCの前でうーんと短く唸った彼女は、最後だし良いかという半ば投げやりな気持ちでカタカタとキーボードを打った。
「私は保育士でも目指す予定。結婚したいんだけどさ、婚期逃したせいでだーれも拾ってくれないんだ~」
「マーリンちゃんはまだ20代でしょうが! 私なんてもう31のオバサンよ、オバサン! この間、姪にばぁばって言われて数日凹んだんだから!」
「わかるぅ~! 私も子供欲しいんだけどさぁ、相手いないから小さな子供を相手にしたすぎて保育士目指そうとしてるんだもん……」
ランスロットという名の親友の悲痛すぎる愚痴に苦笑しつつ、私は数日前にようやく合格した保育系の専門学校に通う未来について考察する。
そこで男でも見つかれば良いが、保育系の学校に男なんてほぼいないだろうし、いたとしても選ばれる可能性は少ない。
なにせ、周りの学生とは3歳ほど歳が離れているくせに、私は子供のような性格で落ち着きがないのだから。
「頑張ってください!……って、もうこんな時間ですか。やっぱり、楽しい時間はあっという間に終わりますね」
「ですねぇ……。皆さん、最後までお疲れさまでした。私のくだらない誘いに乗ってくださったこと、ロールプレイとして子供じみた事を色々やっていただき、本当に感謝します」
アーサー本人はこう言っているが、本人は割かし様になっていたように思える。
アーサー王の伝説に関してはこのギルドを作ろうと言われた時に軽く調べた程度だが、アーサー本人と歴史上のアーサーはかなり似通っているとも思う。特に、臣下を大切にするところとか、あまりにも善人で非の打ちどころがないところとか……。
そんなことを思いつつサーバーが落ちるのを待っていた彼らに待ち受けていたのは、ヒナに襲い掛かった事象とほとんど同じだった。
彼女と違ったのはNPCの代わりに共に転移してきた仲間達が居た事と、そのデカすぎる居城が何もない平原にポツンと佇んでいた事くらいだろう。
そこから、アーサーは心機一転新しい人生を歩み始めた。
転移した世界の情勢を調べるや否や、その正義感と自身の全体ランキング3位~5位をウロウロしていた超強力な実力で現地の人達を導く様はまさにアーサー王その人だった。
………………
…………
……
そんな日々も、もう何年前だったか覚えていない。
確か、何かの小説か資料で、人の魂の寿命は150年程度であり、それ以上生きていると記憶が曖昧になり、新たに記憶することそれ自体に多大な負荷がかかる……みたいな設定を読んだ気がする。
そうおぼろげに考えつつ、淫魔というほぼ無限に等しい寿命を持つ種族を自身のキャラクターとして設定していたために1人残されてしまったマーリンは、いつものようになんの目的もなくトボトボと城の廊下を歩いていた。
(あ~、やることない……。あいつらの子供達が最近不穏な動きを見せてるけど、後の世に影響与えそうで介入したくないんだよなぁ……)
ここ40年、最後に残ったサフィールという名の天使がこの世を去ってから、彼女はこの国の内政や方針についてあまり口を出さなくなった。単純に面倒になったというのもあるが、アーサーとランスロットが残した子供達がなにかおかしな方向に国を導いている気がして、その確信から逃げたかったのかもしれない。
かつての仲間達が愛し合い、この異世界に子供を残したことに対してはちょっと複雑な気持ちもあるが、自分だってパーシヴァルとの間に子を設けたのだ。その件に関して色々言うつもりも無いし、自分の子孫は出来る限り力を尽くして守ろうと思っている。
それでも、アーサーの子孫と同じく、彼らが不穏な気配を見せているのに変わりはないのだが……。
そんな生活を続けていた折、たまたま書庫に立ち寄り、なにか物語でも読もうかとしていた最中、彼女は普段誰もいないはずのそこに2名の先客がいる事に気付いた。
1人はだだっ広い書庫の真ん中で椅子に座って熱心に何かを読んでいる少女。確か、アーサーの子孫で、現国王の長女だったはずだ。名前は、エリン。
もう1人は白い髪を肩のところまで伸ばした少女だ。現国王が側室に作らせた子供だったかで、名前は怪しいが……確かシャトリーヌとか言ったはずだ。だが……
(あんなとこで何してんだろ、あの子……)
確かエリンは今年12歳になったばかりで、シャトリーヌは10歳とかそこら辺だったような気がする……と、自身のあやふやな記憶の引き出し確認する。だが、歳の近いはずの2人は一緒に遊ぶでもなく話すでもなく、お互いが離れた場所にいた。
シャトリーヌはエリンの姿を遠くの本棚の陰からコッソリチラチラ覗いているだけで話しかけようとはしてしない。その態度は監視しているなんて不穏な物ではなく、どちらかと言えば好きな子に話に行けずにウジウジしている女子学生のようでとても微笑ましい。
「なにしてんの? 話しかけに行けば良いじゃん」
幼い少女の淡い恋路――相手も少女だが――にちょっかいをかけるのは、百合好きだったブルーノとモードレッドあたりに怒られそうだが、年寄りのお節介と言い訳すれば許してもらえるだろう。そんな言い訳を心のうちに並べ、マーリンは本棚の影で縮こまっている少女に声をかけた。
彼女は一瞬だけビクッとなりながらも、相手がマーリンだと悟ると瞬時に満面の笑みを浮かべて可愛らしくぺこりと頭を下げた。
「こ、こんにちわ。あの、まーりんさま、なぜこんなところに……?」
「ん~? ちょっとたまたまね。それで? なんであの子を見てたの?」
膝を折ってまだ小さなシャトリーヌと目線を合わせた彼女は、初々しくモジモジしながら「エリンさまを、みてたの」と口を開いた彼女に若干の愛おしさを感じた。
何年も前に母性というものをかなぐり捨て……いや、育児から解放されたはずだが、子供好きな部分だけは変わっていないのだなと人知れず思い、優しく頭を撫でる。
「話しかけに行かないの?」
「……うん。ははうえから、エリンさまにはちかづくなって……いわれちゃったから」
「ん~? それまたどうして? 前にいじめられたりしたの?」
心配そうにそう問いかけると、シャトリーヌはちぎれんばかりにフルフルと首を振った。
その後、自分だってなぜエリンに近付いてはならないのか理由は分からず、母の言いつけを破る訳にも行かないのでこうして遠目から眺めていたのだと語った。
(なんか闇深そうだなぁ……。関わりたくないんだけど……)
心の奥底でそう思いつつも、彼女は数日おきに書庫に通った。それは少女の淡い恋路――勝手にそう思ってるだけだが――の行方を見たかったからなのか、それとも別の理由でかは分からない。
だがその日、いつものように陰から1人で本を読んでいるエリンを見ていたシャトリーヌは、いよいよ我慢が出来なくなったかのようにマーリンに言った。
「まーりんさま……こんなことを言うのはぶれいだとわかっているんですけど……エリンさまと、おはなししていただけませんか……?」
「ん? そりゃまた急だね……。なんで?」
全く予想外の事を言われたなと思いつつ、真剣な表情を浮かべているシャトリーヌを見やる。
その顔はまだ若干伝説上の存在であるマーリンにビビっている……というか、憧れの気持ちを向けているように思うが、それはもう慣れたので気にしないように努める。
「だって……エリンさま、いつもひとりでさびしそう……。おうぞくのかたたちも、エリンさまに、ちかづこうとしないんだもん……」
「そうなんだ……。シャトリーヌは優しいね」
優しくその頭を撫でて可愛い笑顔を浮かべる少女を横目で見つつ、マーリンは少しだけ考えた。
確かに、王城でたまにすれ違う時の彼女も、この部屋にいる時も、もちろん夕食の席でも、彼女が誰かと一緒にいるところは見た事が無い。
てっきり彼女が意図的に避けているのかと思った――実際少しそれもあるだろうが――のだが、実際はまったく逆らしいというのを知ったのはつい最近だった。
「あなたは……良いの? 一番話したいのはあなたじゃないの?」
「……そう、だけど……ははうえが、だめだっていうんだもん……。なんどきいてもね、なんでかわかんないけど、ぜったいだめだって……」
「素直に従ってるだけじゃダメなんだぞ~? お母さんの言う事が全部正しいって訳じゃないんだから、たまには自分で考えないと。ね?」
そうは言いつつも、自分だって子育てには失敗した節があるので偉そうなことは言えないなと、内心苦笑してしまう。
ただ、確かにエリンが可哀想だというのは彼女も同意見だったので、シャトリーヌに小さく微笑むと任せなさいと胸を叩いた。
彼女は種族的には淫魔と少々……どころかだいぶ不穏極まりない種族だったのだが、その見た目はお金の力によって普通の人間とほぼ変わらず、装備しているローブも苦労して手に入れた最高品質の物なので、少なく見積もっても怪しい魔女くらいにしか思われないだろう。
まぁ、この世界に来た時はその異常な性欲を抑えるのに苦労したという、誰にも言ってない裏話があったりするのだが……。
(仲良くなれると良いなぁ……)
ちょっぴり不安になりながらもエリンの肩を叩いた彼女は、その直後に幼い少女を泣かせ、挙句恥ずかしい姿を晒してしまうという暴挙を犯してしまったのだが、それはまた別の話だ。




