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47話 副団長の本気

 円卓の騎士団副団長であるシャトリーヌ・アーサーは目の前の現象を理解するのにたっぷり2秒を要し、やっと理解が追い付いた時にはふーんと少しだけ目の前の幼女を見直した。


 彼女は実を言えば、そこまで今回の事態にやる気では無かった。

 それは昨日仕留めそこなったヒナとイシュタルの件が尾を引いており、今回もどうせそんな感じになるか、ロイドに役目を取られるだろうなと思っていたからだ。


 彼女はロイドほど戦闘に興味は無いのだが、それでもアーサーの血を引いてその血を覚醒させているせいで多少の相手であれば軽く捻れる。そのせいもあり、血沸き肉踊る戦いを求めなかったかと言われると嘘になる。


 彼女は現在の王が側室に作らせた子供ということで騎士団に正式加入している訳では無く、一時的に副団長としてその身を置いているだけに過ぎない。

 それゆえ騎士団の者が身を包む純白の鎧ではないまったく別の装備で全身を固めているのだが、今回はそんな自分の幸運に思い切り歓声を上げていた。


(我が神の至宝と間違いなく同レベル……。それも、あれは文献にあった最高峰レベルの武器……。恐らく、あの者達が着用している服も、私と同じ類の物だな……)


 シャトリーヌが他の者達と比べ突出している才能。それは、異常なほどに発達した視覚とその観察力だった。

 ロイドのそれと比べるといくらか見劣りするかもしれないが、彼女はエリンと同じくアーサー王の文献を読み漁り、各家に伝わる武器やその見た目、権能の全てを頭に入れていた。

 それらを併用する事で、アーサーと同じくラグナロクのプレイヤーとの戦いではかなり有用な存在になるだろうことは間違いない。

 まぁ、今までそんな機会に恵まれたことは無かったのだが……。


 しかし、観察力という点ではかなり役に立っており、彼女は王城で探偵のような役割を担い、不可解な事件が起きた時には必ず頼りにされるし、些細な反乱の兆候も見逃さない。

 それはもちろん、ロイドの内なる野望にも当然気付いており、どうにかして止めねばと思っていた矢先に今回の事件が起きたのだ。


「騎士団長殿では無いが……少しばかり楽しみだな。”あの方”と同じ力を持つ者と戦えるとは思ってもみなかった……」


 腰の長剣――鍛冶神ヘパイストスの遺産という名らしい武器を構え、その赤く燃えるような刀身を太陽の元に晒す。

 その長剣はマッハが以前にメイン武器にしていた性能も相まってかなり強力な物なのだが、マッハが注目したのはそこではない。彼女が身に纏っていたメイド服の方に視線を向け、続けて自分の身なりを確認し、不思議そうに首を傾げる。


「なぁ~、あんたこっちの世界の人か?」

「……? 何を言ってる? 気でも狂ったか?」


 シャトリーヌはマッハが何を言っているのか理解できなかったが、それでもマッハはまだ納得いかないのかうーんと唸って刀を一度鞘に納める。

 しかし、彼女はそれでも身動き一つせず、マッハの動きを注意深く観察する。今ここで斬りかかったとしても容易く回避されるか受け止められるという直感があったのだ。


 その刃が己の首を数秒前のロイドのように斬ってしまうかと言われると恐らくそんなことは無く、自分の目があれば容易くその一刀を受け止める事くらいは出来るだろうという予感はある。

 しかし、下手に斬りかかってしまうのは愚策だ。せっかく相手が時間を与えてくれているのだから、装備のおかげで扱えるようになっている強化魔法を口の中でモゴモゴ唱える。


(疾風、剛腕、要塞)


 薄緑、橙、薄水色の燐光がそれぞれ彼女の体を薄く包み、時間制限はあるものの、一時的にその身体能力をわずかにあげる。

 戦闘で魔法を使った事は一度も無かった彼女でも、目の前の剣士相手に出し惜しみをしていて勝てる気がしないというのは先程の一刀を見れば分かる。

 事実、後ろでは死んでいるはずのロイドが鎌を持った幼女に何かをされているらしく、ああはなりたくないと背筋を震わせる。


 そんな、臨戦態勢に移行しつつあるシャトリーヌを他所に、マッハはうーんと頭を悩ませていた。

 地面に転がっている先程斬った男の武器もそうだし、ここに来るまでにケルヌンノスが殺した無数の人間が持っていた武器も、全てヒナが持っているそれと同じもの――ロイドの物は持っていないが――だ。

 それに、エリンにしてもそうだが、この世界にはちょくちょくラグナロクの片鱗が見て取れる。

 恐らく自分達と同じようにこの世界に転移でもしてきたのだろう者達の存在もちょくちょく感じ取れるので、この者達が完全に無関係というのは考えにくい。


 そもそも、この王城は円卓の騎士というギルドが使っていたギルドホームであり、彼らはラグナロク内でも屈指の上位ギルドとして君臨していたのだ。これで無関係と言われて信じられるほど、彼女は愉快な脳みそをもっていない。


(ヒナねぇからの情報でしかないけど、あれって神狼の牙だよなぁ……。ロキの子供だかなんだかのフェンリルが元になったってやつ。あれ貰ったの、確かアーサーじゃなかったか~?)


 そう。ヒナが世界断絶という名のスキルを手に入れた第13回の個人イベントでは、首位の賞品として強力なスキルが、2位と3位にはボスモンスターに関連する武器のレシピが与えられたのだ。


 それをネット上の情報から拾って来たヒナは、考えを整理する為にマッハ達との会話ログにその情報を記録していたのだ。

 その情報から考えるに、先程斬り、今はケルヌンノスの実験台になっている男が持っていた武器はかなりのレア物である事が分かる。だが……


(こいつら、プレイヤーじゃないんだろ? なんでこんなの持ってるんだ?)


 アーサーがもうこの世にいないのであれば、彼が持っていたアイテムも人に渡っていると考えるのが普通だ。

 しかし、これだけのレア装備を持っていながら実力が全く伴っていないのはどう説明すれば良いのか……。


 マッハのアーサーに対する評価はヒナを自身のギルドに勧誘しているという時点でかなり高く、見る目のある人認定されていた。

 だが、そんな人が実力の伴っていない人に装備を渡すかと考えると、その信頼性が厚すぎるために頭に疑問符を浮かべてしまうのだ。

 なにせ、ロイドはエリンよりも圧倒的に格下であり、神狼の牙を持っていて違和感が無いのはどちらかと言えばエリンだ。まぁ、彼女は魔法使いなので剣は持たないだろうが……。


「一つ聞きたいんだけどさ~? あんたらって、自分の身の丈に合った武器を選ぶとか、そういう考えはないの?」


 どれだけ強力な武器を持っていようと、それを生かせる肉体能力やプレイヤースキルを持っていなければそれは宝の持ち腐れという物だ。

 たとえばヒナのメイン武器でもあるソロモンの魔導書だが、あれを中堅のプレイヤーが持っていたとしてもヒナと同等以上に使いこなすのは絶対に無理だろう。なにせ、使える攻撃魔法や魔力総量に絶対的な差が出来るうえ、そもそも回復魔法がほぼ使えなくなってしまうのだから。


 武器だけが高レアリティであっても意味が無いし、プレイヤーだけが高レベルでも意味がない。装備とは、その人のレベルに合った物を装備し、その人に最も適した物を装備するからその真価を発揮するのであって、なんでもかんでも効果やレアリティだけで選んでいれば良いという訳では無い。


 そういう意図を込めたマッハの質問だったのだが、シャトリーヌは別の意味に受け取ったらしく、強化魔法を施すのを止めてイラっとしたように口を開いた。


「それはこちらのセリフだ。なんでお前みたいな子供が、我が神の至宝を持っている? 姫様を攫うという愚行を犯したあの子供もそうだが……我が神の至宝は、お前達みたいな実力の伴わない子供が持っていて良い物ではない」

「私らよりあんたらの方が弱いじゃん~。周り見えないの?」

「雑魚共を蹴散らしたくらいで良い気になるな!」


 そう言うと、シャトリーヌは地面を強く蹴って弾丸のような速度でマッハに迫った。

 実はこの時“子供”と言われた事に密かにブチ切れていたケルヌンノスが、ロイドであれこれ実験するのを一旦止めて彼女に即死魔法を放っていたのだが、やはり今回もその効果が発動する事は無かった。


「ッチ。残念」


 別に即死魔法以外にも魔法は使えるのだが、それはマッハの活躍の場を奪ってしまう事になる。それは、いくら姉妹でもやりすぎという物だ。誰が好き好んで、大好きな姉を怒らせたいと思うのか。


「あんまり舐めないでほしいなぁ~」


 そう言いつつ腰の刀を流れるように抜き放ったマッハは、目に見えない速度で上段から振り下ろされるその長剣を難なく受け止める。

 ギンっという鈍い音がその場に響き、ギリギリと火花を散らすが2人の顔に驚愕の色はない。シャトリーヌもそれくらいは予期していたし、マッハだって彼女の実力はともかく、その武器の性能に関しては認めている。

 むしろ、ここで刀がポッキリ折れようものならそれは使い手が悪いだけだ。


「さっきの奴よりちょっと強いくらいで良い気になってる? 今死んでないの、その剣のおかげだよ?」

「実力の伴ってない奴はこれだから困る。すぐに武器のせいにするなんて、恥ずかしくないのか?」

「耐久力半端ない武器振り回してそう言われてもなぁ……。武器破壊効果とか効かないんだもん、それ」


 少しだけ呆れたようにそう呟いたマッハはぴょんと後ろに飛んで肩に刀を担ぐと、再びうーんと困ったように唸る。


 出来ればすぐにヒナを救出しに行きたいが、彼女が持っている武器も愛着があるのであまり破壊したくはない。なんなら、ロイドが持っていた剣はイベント限定の物のはずなので持ち帰って手土産にしたいくらいだ。

 だが、そんな悠長な事を言っていて本当に大丈夫かという心配もあった。

 なにせ、相手が持っている剣は神の名を冠している。つまり、攻撃を受ければ通常の倍のダメージが入るのだ。


(油断できないよな~。あれ、結構攻撃力高いし……耐久力高いし、オマケに武器破壊の能力持ってるからなぁ……)


 マッハの持っている刀に武器破壊は効かないが、ケルヌンノスが持っている武器に関しては少々自信が無い。

 イベント限定の物ではあるはずだが、自分の装備に関する情報以外は基本的にその外見や名前だけを記憶するので手一杯で、その効果や耐性までは流石に記憶していないのだ。


 ヒナはその全てを完璧に記憶しているので不安になれば聞けばいいだけなのだが、今はそのヒナがいないせいでここに来ているのだ。


「良いや、どうせ私らの家にもあるし、無理だったら無理だったで。鬼神化」


 左手に持っているコンパスの針がヒナの生死を示さなくなる前に彼女の元に辿り着かねばならないのだ。自身の興味や愛着なんかよりも、優先するべきはヒナの安全だ。


 神格化は既に使っているので種族固有スキルを使用して身体能力を大幅に上げ、刀を再び構える。


「最後に一個言っていい~?」

「……なんだ」

「私らをバカにするって事は、ヒナねぇをバカにしてるって事になるんだよね~。それさぁ~……すっごく不愉快」


 最後の一言にありったけの殺意を込めてそう言ったマッハは、直後ニコッと笑うと音を置き去りにしてその場から姿を消した。ただそれは、昨日シャトリーヌが目にしたヒナやイシュタルの最後とは違ってしっかりと目に見える移動だった。


 マッハはぴょんと飛び跳ねるように地面を蹴ると、風を切るように疾走してシャトリーヌの背後へ回った。その後、辛うじて彼女が反応したことに驚愕の表情を作るも、すぐさま刀を振る。


「蒼龍の牙」


 モンスターの大群を率いていた男が使っていたスキルの完全上位版を放ち、青い鱗を持つ龍が憑依したかのように青い燐光が刀に纏い、グルルと唸り声をあげる。

 鬼神化と神格化によって大幅に身体能力を上げたマッハのその攻撃に対応するのはたとえ高レベルのプレイヤーだろうと至難の業だ。


 しかし、シャトリーヌはその人より優れた視覚と観察力でマッハの攻撃の軌道を完全に読み、辛うじてではある物の自身とマッハの刀の間に剣を潜り込ませることに成功する。


絶対防壁パーフェクトボディ


 マッハの使う絶対障壁の下位互換スキルではある物の、武器と武器が衝突した場合、完全な防御を可能にするスキルを発動する。

 それは、両者にどんな力の差があろうとも、どんなにレベル差が開いていようとも関係なく効果を発揮する。


「まじ~?」


 てっきりこれで終わるだろうと確信していたマッハは、少しばかり刀を握る力を緩めてしまった。

 それを見逃すシャトリーヌではなく、ニヤッと口の端を歪めるとすぐさまマッハの刀を払いのけ、大上段から剣を振る。


絶対断絶パーフェクトシェル


 武器破壊の効果と暴力的なまでの攻撃力を兼ね備えたスキルを放ち、その整った顔めがけて剣を振り下ろす。いくらマッハだろうと、この一撃には即座に対応できないだろう。

 わずかにではあるものの体勢を崩している彼女がその刀を振る事は絶対に敵わないと、自身の目が訴えかけてくる。

 これで決まった……。後は、つまらなそうにロイドで何かしらの実験をしているもう1人を斬れば全て終わる。


 そう確信した彼女の鼓膜を、聞き覚えのある声と炎が揺らめく微かなパチパチという静かな音が揺らした。


「私の友達に手を出すなよ! 炎帝槍!!」


 燃え盛る巨大な炎の槍が、マッハを襲おうとしていたシャトリーヌを襲った。

 間一髪で直撃を免れた彼女は、髪の一部を焼き焦がしながら後方へと消えていくそれを見つめつつ、ふぅと短く息を吐いてその声が聞こえた方を振り向いた。


「なんのつもりですか、姫様」


 そこにいたのは、ブリタニア王国の王女であり王位継承権第3位の――


「エリン? なんでこんなところにいるんだ?」


 可愛らしく首を傾げたマッハの声が、やけに静かにこだました。

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