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46話 円卓の騎士団団長

 ブリタニア王国が誇る世界最強の武力である円卓の騎士団。その団長を務めるロイド・フォース・アーサーは、先代の王が側室に産ませた子供だった。

 幼少期を王城で過ごし、後に現国王の正妻が生んだサリアスとアルバートのお世話係にまで就任できたのは、ひとえに彼の人徳のおかげだった。


 彼は、生まれた頃から異常なほど知能が発達しており、満1歳になった頃には読み書きも日常会話も大人のそれと大差ないほどこなせるようになった。

 それは驚くべきことなのだが、彼は周囲の人間がくだらない見栄や承認欲求、自己顕示欲に塗れた人間ばかりであると早々に気が付き、それらを満たす行動や言動を常に心がけていたのだ。

 そうする事で両親にはもちろん、後に部下となる当時の騎士団員達にも慕われることになった。


 そして彼が20を過ぎた頃、父親でもある先代の国王が病気でこの世を去り、新たに就任した現国王のケイネス・ベール・アーサーの側近を務める事になった。

 まぁ、側近と言っても、要は口の上手い彼が王のご機嫌取りや愚痴の捌け口としてその役目を他から押し付けられたと言うだけなのだが……。


 だが、その冷遇とも言える処遇にも彼は何も言わずに耐えた。

 そこでケイネスの機嫌をひたすら上機嫌にし続け、完全なるイエスマンとしてその傍に控えることさらに30年。彼は、ついに戦場に立つことを許されたのだ。


「は? 俺が……戦争に、ですかい?」

「うむ。なんでもお前、よく騎士団の訓練場に顔を出しているそうじゃないか。騎士団長の奴から、お前を貸してほしいと言われていてな」

「まぁ……王の命令であれば喜んで引き受けますが……」


 当時小競り合いレベルの戦争を起こしていた隣国との戦いに、彼は騎士団長直々の推薦で参戦する事になった。


 彼が騎士団の訓練場によく顔を出しているのは騎士団長に気に入られようと近付いていただけだ。その過程で一度だけ剣を握った事があったのだが、彼は少なからず王家の血を……アーサーの血を引いている。

 しかも、彼は側室の子供が他の貴族の家の者に産ませた遠縁の神の血を引く者ではなく、先代の王の側室から直々にその生を賜っている関係で、彼の強さは騎士団内でも上位に食い込んでいた。まともに修練などしたことの無い、彼でもだ。

 それほど彼らの言う『神の血』は強力なのだ。


 ただの人間であるロイドが百年以上もその生を謳歌し、見た目も30代を過ぎたあたりから一向に変わろうとしないのもそのせいだ。

 無論寿命は存在しているが、それは普通のエルフやハーフエルフのそれと同じ程度であり、何もなければ後200年は余裕で生きられるだろう。


 話が逸れたので本筋に戻すが、彼は戦場にて大きな武勲を立てた。相手国の兵士を2000ばかり斬り倒し、指揮官の首をも斬って戦争に終止符を打った。

 修練もろくにした事が無く、神の血を引いているというだけの彼がそんな武功を打ち立てたのだ。いかにその血が強力ででたらめな力なのか分かるだろうが、事はそれだけに留まらなかった。


 彼が騎士団のほぼ全員に好かれていたという事と、騎士団長のお気に入りに就任していたこともあり、彼は王の側近を離れて騎士団に入隊することになったのだ。

 無論当時の本職は王の側近という事で騎士団の任務はあくまでついでだった。ただ、満たされることの無い王の自己顕示欲を満たす為、ロイドは懸命に修練に励んだ。そうすれば、もっともっと甘い汁が啜れると思ったからだ。


 彼が無駄に王家や周囲の人間の機嫌を取っていたと思うのなら、それは彼という人間を過小評価している。

 彼は、いずれ王家を乗っ取ろうと密かに画策していたのだ。それも、極力血を流さない平和的な謀反を起こし、自らをその王座に据えようと。

 子供の頃から、彼はそれだけを目指してその頭脳を働かせていた。

 王族や周囲の人間に気に入られることで信用を高め、後に来る謀反の際『あいつが次期国王になった方が国の為になる』と、そう思わせるのだ。


 王家の人間が子供を残す前に相次いで病気かなにかで死んだ場合、その役目は誰に回ってくるのか。そう考えれば、彼の目的が分かるだろう。

 なにせ、彼は先代の王が側室に産ませた子供であり、周囲からの評価も高い。次期国王として文句のつけようが無いではないか。


 幸いにも、彼にはそうするだけの時間的猶予も、人間的な魅力も、それを最大限生かして演出するための頭脳も、全てが揃っていた。

 ただ唯一の誤算があったとすれば、彼自身にも決して満たされることの無い欲求が存在していたという事だ。

 王族や貴族達の自己顕示欲や自尊心がそうであるように、彼の内に存在した満たされぬ欲求、それは……戦いへの渇望だった。


(どいつもこいつも、弱すぎてつまんねぇ……)


 戦場に立つたび、彼は敵兵の弱さに内心辟易しながらその場に立っていた。

 修練を積めば積むほどその渇きは如実に表れ、たまにパーティーに参加するムラサキを稽古相手に選ぶと、騎士団の訓練場を半壊させる勢いで戦った物だ。


 彼の言い分を断れるほどの権力を持っていないムラサキは、敵に回すと面倒だからという理由で彼の相手をしていたのだが、それはロイドも気付いていて勝負を挑んでいた。

 ただ、彼女はいつしか王家のパーティーにも滅多に参加し無くなり、彼自身の強さも騎士団長をとうに抜くほどまでに成長していた。そうなるともう、彼のうちに溜まるフラストレーションは相当なものになっていた。


 そんな折、騎士団長が結婚し家庭を持つという理由で退任した。

 その頃になると、本職でもあった王家の子供達の面倒を見て、彼らに剣の教えを授けるという任務もほとんど完了していた。

 そして、騎士団員達の強い後押しもあって第28代目の騎士団長として君臨したのだ。


 ここまでの長い人生で彼の思い通りに事が運ばなかったのは、自身のうちに眠る予想外の感情に振り回されることになってしまった事と、自分と同等の実力を持った女が副団長に就任した事の、たった2点だった。


 副団長であるシャトリーヌは、自身と同じような境遇――両親が現国王とその側室であるという違いはあるが――で、自身と同じく突出した何かしらの能力を持っているのだろうという事くらいは分かる。

 剣の腕は互角か相手の方が少し上……くらいで、彼の本来の目的である王座奪取に一番の障害になるだろう事は想像に難くない。


 それでも、彼女を部下に置いておくのは王家に代々伝わる予言があったからだ。

 それは、初代王のアーサーが姿を消す前に側近達に言い残した言葉だった。


『私はね、必ず師と仰いだあの人がこの世界に来ると確信しているんだ。ヒナさんが私達のギルドに来てくれなかったのは残念だけど……いつの日か、あの人がこの国を見た時、素晴らしい物だと言ってくれるよう、国を導いてくれ』


 その意味は分からなかったが、勇者とまで呼ばれたアーサーが師と仰いだそのヒナなる人物が自分の覇道を邪魔しようものなら、それを退ける必要がある。その為にも、武力は手元にあればあるだけ良いと考えたのだ。

 無論、そのヒナという人物が現れ、それを処理する事が出来た後にシャトリーヌを殺そうという所まで計画済みなのだが……。


 と、そんなことを密かに計画していたロイドだったが、今回の件は流石に自身の頭脳でも予期出来るものの範疇を超えていた。

 自身が連行した罪人の名が、偶然にもその予言に出てくるヒナであり、彼女が処刑場から突如として消え去り、自害したようだという報告を聞いたのが昨日の深夜。

 立て続けに、自分達が束に掛かっても勝てないと思わせる2名が王城に侵入したと報告を受けたのがつい数分前だ。


(どうなってんだよ……。アーサーの野郎が師と仰いだって奴が処刑されるってくらいで自害すんのか?)


 目の前であーだーこーだ言い合っている幼女2人を睨みつけつつ、頭を悩ませる。


 アーサーがヒナという少女を師と仰いでいたことが、本人が言っているだけの事象であると知っているのは彼の仲間達だけなのだが、その事をロイドが知るはずもない。

 アーサー以上の強大な力を持っているというその1点のみは合っているのだが、彼の中にあるヒナという人物像と、シャトリーヌが告げたヒナの特徴は全くもって噛み合わないのだ。その事が、彼の頭の中を掻きまわす。


「こりゃ、今すぐ答えが出そうにはねぇな……。とりあえず、今は自分のすべきことをするべきだな」

「? 何を訳の分からない事を……」

「あ~? いや、こっちの話だ。で、お偉い副団長様はどっちを相手にする気だ?」

「……そうだな。私は、出来ればあの刀を持っている方を相手にしたい。奴の刀に興味がある」


 相変わらずだなと少しだけ呆れつつ、ロイドは身の丈に合わない巨大な鎌を小脇に抱える幼女――ケルヌンノスをもう一度視界に入れる。

 その服は育ち盛りの子供がデザインしたような少し痛いデザインに思えるが、超常の力を持つ彼女達が着ている物だ。自身も持っている変なデザインの服と同じような強力な力を宿しているのだろうと察しを付け、各種耐性を引き上げる魔法を密かに詠唱する。


「神の加護があらんことを……ってか?」

「……我が神は、こういう場合には『武運を祈る』と言うそうだ。もう少し、我が神に尊敬と畏怖の念を持ち、勉強なさっては?」

「あ~そうかい! じゃ、行ってくるわ!」


 地面を強く蹴って軽い衝撃波が彼の後ろに立っていた騎士団員達を軽く吹き飛ばす。だが、ロイドはそれを気にすることなく風を切るように疾走し、流れるように腰の剣を抜く。

 騎士団長が代々受け継いできた神狼フェンリルの牙という名の長剣が、太陽に照らされて黒く輝く。


「……マッハねぇ。あの武器、なに?」

「ん~、あれじゃないか? ヒナねぇが『世界断絶』貰った時の2位賞品」

「ロキのイベント……? 言われてみれば、そうかも……」


 ロイドなど眼中にないと言いたげに暢気に会話を交わす彼女達の態度に少しだけイラっとしつつ、彼は数秒の間に考えた。なぜ、彼女達はそれほどまでに余裕なのかと。

 まるで数倍に知覚が引き延ばされたかのような不思議な感覚が彼を襲い、変に冷静に物事を考える事が出来る。それに密かに驚きつつ、彼は考えた。


(俺のトップスピードは音すらも置き去りにする……。なのに、あいつらはなんで会話なんて――)


 そこまで考えた時、彼はようやく気付いた。自身の体が、彼女達の足元で無残に転がっているという事を。それも、首から先が消失しており、真っ赤な血を噴水のようにまき散らしながらビクビクと陸に上げられた魚のように痙攣しているではないか。


 この時、彼の眼には小脇に鎌を抱えたケルヌンノスの背後に禍々しくも巨大な腕が2本出ている事に気付いた。

 その腕は生者のそれではなく、完全に死者のそれであると分かるほど腐り果て、瘴気のような黒い靄をモクモクと出していた。


「馬鹿な……。いったい、なにが……」


 気付けば、彼はそう呟いていた。

 体は動かず、体温が徐々に下がっていく事が嫌でも分かる。だが、自分が死ぬなんて認めたくなかった。

 強者であるはずの自分が、何もできず、何をすることも無く死ぬなんてことが、あっていいはずがない。


「……マッハねぇ、こいつ生きてるよ。なんで?」

「けるが『即死魔法が効かない』って言うから私が斬ったんじゃん~。ほら、あれじゃないか? お化け的なさ、地縛霊的なやつ!」


 笑顔で両手を胸の前でブラブラ揺らすその姿は完全に少女のそれだ。その姿に、ロイドは心の底から震えた。

 この世界でも並ぶもの無しの強者であると自分を信じ、野望の為だけに生きてきた彼には理解できないほどの力の差があるなんて、認めたくなかったのだ。


「そんなわけない。でも、首を斬っても生きてるならちょうどいい。こいつで蘇生魔法の実験が出来る。ヒナねぇを連行したってのがこいつなら、こんなにあっけなく殺すんじゃもったいない。もっと苦痛を与えるべき」

「まぁそっちは任せる~。私は、なんかやる気になってるあっちを始末する」

「ん、頑張って」


 もう声も出せなくなり、死んでいくだけとなったロイドに待ち受けている死ぬよりも辛い試練は、まだ始まったばかりだった。

 それほどまでに、ヒナを恐怖させ、彼女達から奪った罪は重かったのだ。


(なんなんだ……。こいつらは、なんなんだよぉぉぉ!)


 彼の叫びが彼以外に聞こえる事は、今後一切なかった。同時に彼の覇道も、この場で終焉を迎えた。

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