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45話 長女としての責任

「は~!? いやだから、私達は事前に書状送ったってば!」

「ですから、国王様は然るべき手続きを取ったうえでこちらにいらしてくださいと仰っておりまして……」

「その然るべき手続きってのをしてる間に取り返しのつかない事になるかもしれないってさっきから言ってるでしょうが!」


 ブリタニア王国の王城キャメロットの城門前で朝から怒鳴っているのは、普段は冷静沈着な態度を貫いている着物を着た怪しい女。冒険者ギルドの創設者であり、一部ではグランドマスターと呼ばれているムラサキだった。

 ただ、ここまで来た経緯が経緯なだけあって、今彼女の内心は荒れ狂う暴風のようにぐっちゃぐちゃにかき回されていた。


 彼女がここにやって来たのは20分ほど前だったのだが、自身と波長の合う存在と自分の位置を入れ替えるという彼女の魔法は自分以外の人間に使用する事が出来ない。そのため、嫌がるマッハとケルヌンノスに頭を下げ、彼女達におぶってもらいながらロアからこの街に来ていた。

 しかし、当然ながらマッハは手加減などせず全力でその道を突っ走ったため、彼女はブリタニアに足を踏み入れたその時には萎れた野菜のようになっていた。普段の彼女を知る人物がマッハの腕の中で絶叫していた彼女の姿を見れば他人の空似だと思った事だろう。


 それはともかくとして、冒険者ギルドの創設者という事もあり平民街から貴族街へは顔パス――狐の面を見た者達はみなギョッとしていたが――で、かなりスムーズに王城には辿り着いていた。

 しかし、その先で思わぬ足止めを食っていたのだ。


「いえ、国王様にはそういう事情は関係ありませんので……。いくら冒険者ギルドの創設者様と言えど、おいそれと通すわけには……」


 王城キャメロットの門番をしている騎士団の男は、そう言って頑なにマッハ達を城内に招こうとしなかったのだ。

 彼はただ、自身の上官であるロイドとシャトリーヌから「近々見るからに怪しい奴が国王様に謁見を求めに来るので問答無用で追い返せ」という命令を受けていた。

 その意味はよく分からなかったが、ムラサキの外見を見ればその怪しい奴というのが彼女の事を言ってる事は分かる。隣の幼女2人が終始イライラしながら睨みつけてきている気もするが、彼女達に騎士団の精鋭たる自分をどうこう出来るはずもないので、上官からの命令を遂行するべく機械のように突っぱねていたのだ。


 実際、ムラサキだって自分がどれだけ無理な事を言っているのかは分かっている。

 アーサーが存命だった頃であればいざ知らず、今のブリタニア王国は内部から腐り果てている。

 王族や貴族は無駄に気位が高く、そのくせ自分でも容易に喧嘩を売れるような相手ではないのであまり無理な事は出来ない。

 そんな人達に、昨日の今日で謁見させろという方が無理なのだ。それは、重々承知している。


「……マッハねぇ、こいつムカつく」

「同感~。斬っていい?」

「良いんじゃないの? 昨日好きにして良いって言ってたし」


 後ろでそんな不穏すぎるやり取りをしているマッハ達に焦りを覚え、ムラサキは身振り手振りで必死に訴える。

 元々の原因が王族にあるとしても、無理を言っているのはこちらだ。ただ、それは後ろの2人には関係ない。

 彼女達は昨日一睡もせず、朝日が昇ると同時にムラサキを叩き起こしに来たほどヒナの事を心配している。なので、ここで引き下がる事はおろか、これ以上足止めされる訳にはいかないのだ。


「じゃあ国王陛下じゃなくて良いから、王女様と話をさせてくれ! 頼む、謁見の間が無理ならここでも良いし、書状だけのやり取りだけでも構わないから!」

「な、なにを言ってるんだ! ダメに決まってるだろ! それに、こんな時間から面会を求めに来ることが非常識だとは思わんのか!」

「分かってるけど、今はそれくらいの非常事態なんだって!」


 なんとか城内に入れないか。そう頼み込むが、男の言う通り、まだ朝の8時をちょっとすぎた頃で、どこの家でもまだ朝食を食べているかその用意をしている時間帯だ。

 人に面会を求めるのには早すぎるのも重々承知なのだが、前述したとおり、マッハ達はそんな事などあまり気にしないのだ。


 彼女達は一刻も早くヒナの無事を確認し、彼女と共に帰りたいだけだ。相手方の都合なんて、それこそ関係ない。

 1日待ってもらった時点で、ムラサキにとってはこれ以上ないほどありがたかった。だから、もしここで彼女達が暴走したとしても文句なんて言えない立場だ。


「……ねぇ狐。こいつ殺して良い?」

「ちょ、ちょっと待って!? おい君、名前は知らんが早くそこを通してくれ! ほんと、死ぬぞ!」

「はぁ? そんな脅しでここをのこのこ通す奴は我が騎士団にはいませんよ。そもそも、そんな子供に何が出来るっていうんです? グランドマスター様も、御冗談がお上手ですね」


 腕を組んで可笑しそうに笑った男は、数秒後に目に見えない何かに頭蓋骨を粉々に粉砕されて命を落とした。

 純白の鎧が鮮血でたちまち赤く染まり、その場にはプシュッと言う少し間抜けな音と、ムラサキが呆れたようにため息を吐いて肩を落とした音がやけに静かに響いた。


「マッハねぇ、行こう。もう知らない」

「ん、今回は私だって止める気ないからな~。どうせ通してくれなかっただろうし~」


 冥府神の鎌を小脇に抱えて額に血管を浮かべたケルヌンノスを宥めつつ、腰に赤く光る刀を差したマッハは頭の後ろで手を組みながらムラサキに微笑む。

 その顔は確かに笑っているのに瞳の奥は微かな殺意と怒りで溢れ『邪魔するならお前も殺す』と言いたげだった。


「……あぁ、約束通り、私はこれから口は出さないさ。ただ、何かあった時の為に一応着いて行くよ?」

「ん、そんなのどうでも良い。マッハねぇ、ヒナねぇはどっちにいるの?」

「ん~、あっち!」


 城の中を指しているコンパスをギュッと握り締め、マッハはよいしょと刀を抜いた。

 それは普段彼女が身に着けている物ではなく、今日の為にアイテムボックスから引っ張り出してきた自身のメイン武器だ。

 普段彼女が装備しているのは必要最低限……というよりは見た目に気を遣った物であってメイン武器ではない。もちろんそれ相応の性能は有しているが、今彼女が持っている物に比べると、その性能は天と地ほどの差もある。


 彼女が持っている武器は最高神ゼウスの威光という残念過ぎるネーミングとは裏腹に、ラグナロクに存在していた全ての武器の中でトップクラスの攻撃力を誇る。

 もちろん効果はそれだけではなく、敵を倒せば倒すほど余計に攻撃力が上がっていくという代物で、一度その武器を装備した状態で死亡すれば破壊されるというデカすぎるデメリットを持っている。

 そのデメリットのせいで普段気軽に装備できないのだが、装備をケチってヒナを救出できないなんてマヌケは晒したくなかった。


 最高神の威光は山吹色の刀身を太陽に照らされて輝かせ、稲妻を走らせたような細工が施された柄を握るマッハの手にはいつも以上の力が込められている。

 それもそのはずだ。手の中のコンパスは未だヒナの生存を指し示している物の、1日待ったことで彼女の救出が叶わなかった場合はマッハの責任なのだ。それは、自分の命なんて軽い物では決して償う事が出来ない罪に早変わりする。


(絶対助ける!)


 ケルヌンノスは昨日の段階で城に乗り込むべきだと泣き叫んでいたが、それをなんとか説得したのはマッハだ。

 それを引き留めた責任は……いや、ヒナに創造された3姉妹の長女としての責任は、何があっても完遂しなければ。


 白銀の門をグイっと押して王城の敷地内に入ると、そこは颯爽と生い茂る芝生と大きな噴水が出迎え、4メートルはあろうかという広い道の脇には赤や黄色などの色とりどりの美しい花が狂い咲いている。

 こんな状況でなければ目を奪われる光景だが、今の2人には醜い花壇にしか見えない。それどころか、異常を察知してトコトコ城内から湧いて出てくる純白の鎧を着た者達がもの凄く鬱陶しい。


「……マッハねぇ、あれは殺して良いの?」

「は!? いや、ちょっとま――」

「良いぞ。邪魔だし」


 その騎士達を指さして淡泊に背筋を凍らせるような事を言い出したケルヌンノスに慌てたムラサキだったが、彼女が制止する前にマッハが許可を出し、それを受けて彼女がスキルを発動させる。

 口は出さないとは言った物の、流石に犠牲は最小限にしてほしいなぁと甘いことを考えていたムラサキだったが、この瞬間にそれが淡い期待だったと悟った。


(この人達、戦場に出てきたらまず間違いなく戦線が崩壊するくらい強いはずなんだけど……)


 頭をぐちゃっと握りつぶされ純白の鎧を赤く染めていく騎士団員達をチラッと横目で見つつ、ムラサキはそんなことを考える。


 騎士団員になるには、まず遠縁でも良いのでアーサーの血を引いているのが絶対条件だ。

 アーサー王の血を引いている者は彼の子孫が側室に作らせた子供の末裔なのだが、その強さはアーサーの血を引いているからか世界の常識からは少し逸脱した領域にある。それは、1人で数千の敵を屠り、戦況を大きく変える程だ。

 だがそれも、彼女達の前では雑魚という括りでしかないらしい。


 自分と同じか、下手すれば少し強いだろう隊員達が2人に触れる事すら許されずその人生に幕を閉じていく様はまるで幻覚を見ているようで現実感が全くない。


「団長殿と副団長様を呼んで来い! それまで、あいつらは俺達が引き受ける!」

「わ、分かった! グランツ、あんま無茶はすんなよ!?」


 目の前で隊員達が何事か叫んでいるが、2人は全く気にする様子もなくマッハの手の中で一定の方向を指し示すコンパスを睨みつけている。

 そのコンパスによるとヒナがいるのは王城のあたりらしく、2人は改めて数メートル先にいつの間にか築かれている騎士団員達のバリケードを見やる。


「ヒナねぇがいるのって、あの王城?」

「ん~、多分? あいつら、誰か知らないかな?」


 見覚えがある……というよりも、ヒナと一緒に数々の冒険をしてきたマッハは、彼女が持っているほぼ全ての武器を頭に記憶していた。そのせいで、騎士団員達が手に持っている剣や刀、槍のほとんどに見覚えがあったのだが、その中に神の名前が入っている物はないのでホッと胸をなでおろす。

 その上で、ヒナの居場所を知っていそうな指揮官を見つけてそいつに場所を聞けないか、そう考えた。


 姉の言葉に少しばかり頭を悩ませたケルヌンノスは、数秒後にフリフリと頭を振ってそれを否定する。


「知ってても、多分答えないと思う。というか、嘘を吐かれるとイライラするから、とりあえず王城に入ってヒナねぇのアイテムに従うべき。無理だった時の最終手段として、適当なやつを捕まえて聞くとかなら良いと思う」

「だよなぁ~」


 思っていた通りの答えが返ってきて少しだけげんなりするが、ここ最近溜まっていたストレスの捌け口がそこら辺に蛆のように湧いているのはありがたかった。

 ケルヌンノスに一度断りを入れると、神格化を発動して身体能力を大幅に上げた後、30人が固まってバリケードを築いている所へ一直線に駆け出す。


「き、来たぞ! 気を引き締めろ!」

『ハッ!』


 地面にボコッと凹みを作って弾丸のような速さで突進したマッハは、足を止める事もなく刀をブンと横に振ると、同時に新たなスキルを発動する。


『旋風陣』


 ゴゴゴとわずかに地面が振動し、続いてマッハを中心としたハリケーンが突如として出現する。それは瞬く間にその場にいた騎士団の面々を飲み込んでその鎧を切り裂き、鮮血を散らす死の災害へと早変わりする。


 ラグナロク内ではケルヌンノスが創られるまで広範囲殲滅技として大いに活躍したそのスキルだが、その効果は彼女の持つ刀のおかげで威力を数倍に高められていた。

 いくらアーサー王やその臣下達の遺産で身を包んでいようが、鎧ごと体をぐちゃぐちゃに切り裂かれて首を刎ねられれば生きて居られる人間なんていない。


「……マッハねぇだけズルい。私もやる」


 死の災害に突っ込めば自分でもタダでは済まないことを承知しているので、ケルヌンノスはその場から動かず右手を前に伸ばして魔法を発動する。


『暗黒の裁き』


 緊急事態なのでいつもの長ったらしい口上は口にせず、マッハのスキルを受けても辛うじて生きていた者達数人の心臓をグチャっと握りつぶす。

 冥府神の鎌を持っている彼女の即死系魔法に対抗するには魔法かスキル、もしくはアイテムや装備なんかで即死系のスキルや魔法を無効化しておかなければならない。

 即死系のスキル、魔法の効果“軽減”程度では、冥府神の鎌を持った彼女の前ではなんの意味も持たない。なにせ、そういう効果を持っている装備なのだから。


(最低限の犠牲で済ませてほしかったのに……こりゃ、世界が大混乱に陥るな……)


 ここまで来た以上腹を括るしかないのだが、この件がどのような形で幕を閉じようとも世界が大きく動くことは間違いない。であれば、少なくともアーサーが残した遺産や城くらいは、無事で残ってほしい物だ。

 人知れずムラサキがそう思ったのと、その場に騎士団副団長と団長が到着したのは同時だった。


「へぇ~、面白そうじゃねぇか! ようやっと骨のありそうな遊び相手が来たってもんだ!」

「まったく……戦闘狂なのも困りものですね。そんな事言って、死んでも知りませんよ団長殿」

「はっはっは! あんな小娘如きに俺が後れを取るとでも!? 気でも触れたか副団長様よ!」


 ロイドのそんな言葉を聞いて、プチッと頭の血管を切らしたのはケルヌンノスだった。彼女は、自分の家族以外に自分の容姿をどうこう言われるのを非常に嫌うのだ。

 そして、彼女にとって心の支えであるヒナを連れ去った騎士団のトップという事も、その怒りに油を注いでいた。


「マッハねぇ、あいつは私が殺すから」

「え~? 私もあいつムカつくから殺したかったのに~!」


 いつの間にかケルヌンノスの隣でぶーと文句を垂れているマッハに驚愕しつつ、ムラサキはガックリと肩を落とした。


(その前にさ、あなた達……なんで勝てる前提なの……?)

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