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44話 予期せぬ再会

 その日、エリンが目を覚ましたのはコンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえたからだ。

 昨夜は夕食を食べ終え、いつものように食堂からほど近い洗面所で胃液と共にそれらを吐き出した後、ヒナ達と過ごしたわずかな時間を思い出しながらベッドの上で無意味にうーと唸っていた。

 今日は昼頃に冒険者ギルドに行って、また彼女達と冒険に行こうと決めていたのだが……


「姫様、お手紙が届いております」


 メイドのその声を聞いた時、彼女は直感的に、あぁ、今日は忙しくなるだろうということを悟った。野生の勘というのはこういう事なのだろうな……なんてらしくない事を考えつつもふわぁと大きくあくびをしてから扉を開ける。


 そこにはこの国が建国された当初から今までずっと引き継がれている白いメイド服を着た20代前半くらいの少女がポツンと立っていた。

 どう控えめに見ても洗礼された動き……というか、一流のメイドとは思えないメイド服の着こなしと気だるげな態度だが、自分に仕えていても王族とのコネは作れないから仕方がない。


 メイドがこの城に仕えている大半の理由は、王族の誰かに取り入って側室の1人に迎えられたいからだ。

 そのせいで、この城にいるメイドのほとんどは貴族の子女だったりする。

 その現状を正しく理解している彼女は、目の前のメイドに少しだけ同情しつつも、結局この人も醜い貴族の1人であることに変わりはないとその心の内を闇で染める。

 ただ、それを顔に出すほど若くないので、そのメイドから手紙を受け取るとにっこりと笑顔を作って「ありがとう」とだけ口にする。


「冒険者ギルド創設者……? なんでそんな人から私に……?」


 部屋に戻ってベッドにちょこんと腰掛けると、エリンは手紙の裏に書かれた黒く細い文字を見て不思議そうに首をひねった。

 冒険者ギルドの創設者の顔は知らないが、そのインパクトの強すぎる見た目や名前くらいなら知っている。

 それに、王城でのパーティーで何度か目にしたこともあるので、相手も自分の顔と名前くらいは知っているはずだ。


 ただ、彼女は冒険者ギルド創設者ムラサキと個人的な関わりを持ったことは無いし、パーティーで会った事があると言ってもそれは遠目で見た事があると言うだけで会話をした事なんて無かった。

 そんな人物からなんで自分宛てに手紙が……それも早朝に来るんだろうか。


「冒険者ギルド……ヒナが、所属してる組織だよね……」


 なんとなく、嫌な予感がした。

 王族である自分が平民街へ行くことそれ自体が異様……というか大変に珍しい事だというのは自覚しているし、数日前には自分が誘拐されていたなんて噂も流れていたほどだ。

 それに加え、ヒナ達は自分よりも強大な力の持ち主だ。そんな人物、この国の王族の連中に知られれば大変に面倒な事になりかねない。

 それを十分理解しているからこそ、エリンは誘拐だのなんだの言われた時、意地でもヒナの名前は出さなかった。


 だが、ヒナ達が所属している組織のトップから手紙が来たとなれば不安にもなる。もしや、彼女の身になにか起こったのではないだろうか。

 そう思うとジッとしてなんかいられず、手紙を開いてその中身に目を通す。


『エリン・ベール・アーサー王女、かつて貴国の伯爵様がご婚約された時のパーティーでお会いして以来だと思います。突然このような不躾な手紙を寄越す事、まずはお詫び申し上げます。ただ、それほどまでの緊急事態故、今回はお見逃しいただければ幸いです。

早速本題に入らせていただきますが、ヒナというダイヤモンドランクの冒険者をご存じでしょうか? もしかすれば名前までは……と思いますので、あなた様と友達だと言っていたマッハという冒険者の名前も出させていただきます。ヒナは4人の少女達の中で、一番年上の少女の事だと言えば伝わるでしょう。

今日、その者が王女様誘拐の容疑で騎士団に連行されました。その是非を問いたく、今回お手紙を書かせていただいた次第です。王家の皆様に逆らおうなどという大それたことは考えておりませぬが、こちらとしても状況を把握しかねております。

つきましては、早いうちに面会の手続きを取らせていただきたく思います。無礼だとは承知しておりますが、明日お城へ伺いますのでその時はどうぞよろしくお願いいたします』


 短いその手紙を読み終えたエリンは、真っ先に思った。なにかの間違いだろうと。

 なにせ、自分は誘拐なんてされておらず、兄や騎士団、ひいては国王である父にまでもその事は最低限ではある物の説明している。それなのに、ヒナが誘拐の容疑で拘束されるはずがないと……。


 手紙の内容がやけにかしこまっているのは気になるが、相手がマッハやケルヌンノス達と同じで自分の事を良く知っている――身分は明かしていないが――ならまだしも、顔を合わせた事しかないなら仕方ない。

 そんなところでも、醜く愚かな王族と同列に思われている弊害があるのだが、そんなことを今更愚痴っても仕方ない。


 問題は、これが早朝に届いたという事は、この手紙が書かれたのは昨日だろうという事だ。


(明日……って事は、今日来るって事だよね? どうしよう、あいつらが許してくれるかな……)


 王族と言っても、エリンは王位継承権第3位で魔法も剣術もパッとしない無能――実際は違うが――と思われている。

 そんな自分に対し、親族はもちろん、騎士団の人達だって辛く当たってくる傾向にある。

 それに加え、いくら冒険者ギルドの創設者だろうと、王族に1日2日で謁見しようなんて無茶だ。そんなの、通る訳がない。


 エリンとしては、ヒナが拘束されたのが真実なのかどうか確かめたいので今すぐにでも会って話を聞きたいのだが、それを許可されるかはまた別問題だ。


 国王以外の王族が他者と謁見する際も、通常の謁見と同じで順番や規則という物が存在する。

 基本は予定が無ければ当人の意志によってそれらは受理されるし、緊急性の高い要件であれば例外的に順番を飛ばす事だって容易だ。

 ただ、それはサリアスやアルバートのような者達に限られる。エリンの場合は、また別だった。


「……確かに、私の方にもあの女狐めから書状が届いた。ヒナという名の冒険者を、王女誘拐の罪で拘束したそうだが、何かの間違いだろうから謁見させろとな」

「っ! 父上、彼女は私の――」

「知らん。そんな事は私に関係ない。重要なのは、そんな無茶は彼の女狐だろうが許されんという事だけだ。私と話をしたくば、然るべき手続きを取ったうえで謁見の間に来るしかない。お前だって、それくらいのことは分かるだろ」


 朝食の席でその確認を取ったエリンは、自分の考えが正しかった事を悟った。

 無能であり王女でもあるエリンに謁見を求めてくるのは、アーサー王とその側近の血をどちらも受け継いでいる彼女と子を成して力と権力を手に入れようとする貴族だけだ。

 しかし、ここ数か月は彼女に謁見の予定はない。つまり、順番待ちをしている人すらいないのが現状だ。それなのに、国王はエリンに対する謁見すら認めぬという断固たる姿勢を貫いていた。


 その正面で銀食器をカチャカチャ言わせながら朝食を取っていた騎士団団長のロイドはその口にニヤリとした笑みを浮かべると、エリンの方に顔を向けて言った。


「姫さんよ、あいつとどういう関係かは知らねぇけど諦めな。仮にも王族誘拐の罪で拘束されてんだ。そいつがどんな末路を辿るのか、姫さんだって知ってるだろ?」

「……ヒナは、生きてるの?」

「そりゃ、俺の口からは言えねぇな。ただま、無事では済まされねぇんじゃねぇか?」


 なんでこれほどまでに、この国の連中は醜く愚かな者達ばかりなのか。そう思わずには言われなかった。

 エリンはメイドが用意してくれた食事にすら手を付けず、バッと食堂を飛び出すと急ぎ足で地下へと向かった。


 この城の中には、明らかに後から付け足したと分かる地下牢が存在している。素材すら不明で世界のどこにも存在していないという調査結果が出された太陽光を反射する白い石で造られた壁を一部分くり抜き、その下に地下へ続く扉があるのだ。

 こちらは無骨な石で周囲を固められ、まるで城壁のようなゴツゴツとした印象を抱かせる、見事なこのキャメロット城には存在してはいけない代物だ。


 その扉の前には騎士団の精鋭2人が常に張り付いており、先にある地下牢へ立ち入る者を見張りつつ、脱走なんかが起きないよう警戒している。


「通して」


 その2人に、過去一番の怒りと憎悪をぶつけつつ、エリンは言った。

 彼女は、普段この場所には決して近付かない。なにせ、敬愛するアーサー王やその側近達がこの地下牢を作ったのではなく、120年ほど前に城の一部を解体してまで父が作らせたものだからだ。


 彼らを尊敬し、神のように崇めている彼女は、その神の住居を穢す暴挙を必死で止めようとしたがそれも叶わず、以降ここには近寄った事は無かった。ただ、今回は事情が違う。

 この先にいる少女を今すぐに開放し、自分と王族の過ちを謝罪しければ……。


「し、しかし……この先は凶悪犯が多数収監されており危険――」

「通して!」


 エリンの圧倒的な殺気に気圧され、扉の前にいた2人は背筋をブルっと震わせると、その顔を青ざめさせて石の扉を開いた。

 ギギギっと腹に響く不快な音がその場にこだまし、地下への階段がその姿を現す。


「ヒナ……」


 小さく口の中でそう呟いた彼女は、護衛として着いて行くと口にしたうち1人を嫌悪に塗れた瞳で睨みつけると、彼の静止も聞かずにその階段を駆け下りた。その速さは騎士団の精鋭である彼ですら目で追えず、とても無能の姫君と同一人物とは思えなかった。

 異常として上官に報告するべきか……数分悩んだうえで、彼は騎士団の詰め所にいるはずの副団長へ報告に行こうと結論付けた。

 しかし、その前に城を震度6ほどの巨大な揺れが襲った。


………………

…………

……


「どういう……こと?」


 城を巨大な揺れが襲う少し前、地下牢への階段を猛スピードで駆け下りた彼女が目にしたのは、2人や3人単位で無数の鉄格子の檻に放り込まれている罪人達だった。

 階段を下りた先で石の壁に囲まれたその場所に左右に並ぶ数えきれないほどの檻を見回し、見覚えのある少女がいないか探す。しかし……彼女はその場にいなかった。


 いや、正確には、彼女がそこにいた形跡はあった。ただ、今は誰もいないのだ。

 その、今は誰もいない檻の前で立ち止まった彼女は、檻の隅に残されている見覚えのある品2つを見つけると、後日問題になっても知らんと、その檻を魔法で吹き飛ばす。

 ドゴーンという爆発音が周囲に響いて周りの罪人達が何事かと鉄格子を掴んで土煙をあげるその場所を見つめる。


「なんだなんだ!? 脱獄か!?」

「おい、俺も連れてけ! 必ず役に立つ!」

「待てや! 俺だって、こんな場所からサッサと出てぇんだよ! 俺も連れてけや!」


 好き勝手言う罪人達を無視し、エリンはヒナとイシュタルがダンジョンに行く際手に持っていた武器を手に取ると、それをギュッと胸に抱いた。

 不思議と温かさと心地良さがその身を包み込み、力が体の奥底から次々と湧いてくる感覚に襲われる。が……これらの持ち主の姿が無い事に、彼女の心は不安と絶望で瞬く間に埋め尽くされていく。


(わ、私のせいで……私のせいで、ヒナが……)


 彼女の瞳には、知らぬ間に大粒の涙が溢れていた。

 数日前初めて出会った少女だが、ヒナはそんな簡単な言葉で済ませて良い存在ではない。

 彼女にとってヒナは……いや、彼女達4人は、師匠がいなくなった今、唯一心を許せ、心を通わせ、友達と呼べる存在だった。

 そんな人達を、あろうことか自分自身の手でこの世界から葬ってしまったのか……そんなの、あまりにも――


「なんで……。なんで……いつも、私から奪うの……。なにも……なにも、与えてくれなかったくせに!」


 彼女は、地下深い牢獄で、叫んだ。

 何も与えてくれなかったこの世界は、いつも彼女の大切な物を奪っていく。

 130年前には、唯一心を通わせ師匠と慕った人を。

 今回は、唯一の友と慕った大切な少女を……。

 なんで、そうもこの世界は残酷なのか。


 自分が何をしたというのか。何かしたとすれば、それは神の異業に胡坐を掻いて怠惰の限りを尽くすこの国の王族と貴族では無いのか。そう思わずにはいられない。


 全身から王族と騎士団への殺意と憎悪が溢れ出し、感情なんてもたないはずの武器がその圧倒的な悲しみと苦しみ、そして絶望にあてられ、わずかにブルっと震えた気がした。

 それを誤魔化すように、城全体がユラユラと激しく揺れ始める。まるで爆発でも起こったかのようにパラパラと周囲の土や石の壁が崩れ始め、周囲の罪人達が怯えたような声を上げる。

 それもそのはずで、地下深くに存在しているこの場所は、上の王城ほど頑丈に作られていない。もしもの場合、この場所だけ崩れ落ちて生き埋めになるなんて場合も十分に考えられるからだ。


「……なに?」


 ただ1人だけ、その場で怯えることなく不快を示す声を上げた人物がいた。エリンだ。

 胸に抱いた友の武器を、その存在を確かめるようにもう一度力強くギュッと握ると、全身から負のオーラとも言うべきどす黒い気配を垂れ流す。

 今までの人生で経験した、小さな体には収まりきらない程の絶望が限界を超えて少女の体を染め上げた結果、その瞳から完全に光を失わせる。


「……ころ、してやる。あいつら、全員……」


 その場に響いた小さな声は聞いた者の心を一瞬にして恐怖に陥らせ、その場の男達にひぃっと短い悲鳴をあげさせる。

 ただ、エリンはそんな事どうでも良いと言わんばかりに転移魔法を発動させ、一瞬にしてその場を後にした。向かった先は自分の部屋だ。

 自身の師匠が持っていた無数の装備の横にヒナとイシュタルの武器を置いて、のっそりと部屋を出る。


「許さない……。ぜったい、ゆるさない……」


 怒りで全身を小刻みに震わせた少女は、騎士団の詰め所を目指してトコトコと歩き出した。

 しかしその数十秒後、騎士団の鎧を着た1人が窓をぶち破りながら吹っ飛んでくる。


「……」


 生々しい鮮血を滴らせ、純白の鎧を真っ二つに斬られたその男は、間もなく息を引き取った。誰がどう見たって、異常な光景だ。

 こんな時に戦争でも起こったのか。少女が忌々しそうにチッと舌打ちし、たった今男が飛んで来た窓の方を見やる。そこには、少女が友と呼ぶ2人が狐の面を被った女の制止を振り切り、怒りの表情で騎士団の面々と戦闘を繰り広げていた。

 その光景を見た瞬間、少女の怒りは嘘のように離散した。そして、ポツリと呟いた。


「助けて、マッハ……。私もう、こんな世界、耐えられない……」

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