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41話 ヒナの行方

 力なく膝から崩れ落ちたケルヌンノスをなんとかその胸に抱きつつ、マッハは必死で考える。


 もちろん自分だって心臓の鼓動が恐ろしいほど早くなって冷や汗がその背筋をダラダラ垂れているのは理解しているが、妹の手前、情けない姿は見せられない。

 泣きたくなるのを意志の力でなんとか抑え込み、普段はあまり使われることの無い脳みそを超高速で回転させる。


(ヒナねぇが死んだ? そんなバカなことあるはずない……。だって……だって、たるがいるんだぞ……? 戦闘能力が皆無だとしても、一撃でヒナねぇのHPが削られない限り、どんな状況だろうと回復できるんだぞ……?)


 ラグナロク内ですら、ヒナのHPを一撃で吹き飛ばすふざけた威力を誇る魔法やスキル等は存在していなかった。

 もちろんプレイヤーが持っているような超高レアリティの武器込みだとしても、彼女のHPを一撃で吹き飛ばすなんてことは絶対に出来ない。


 ヒナがその装備を全て取り上げられ、襲撃者が彼女の最強武器でもあるソロモンの魔導書を装備し、その上で何重にも魔法強化をかけて神の槍という最強の魔法を放ってようやく……というレベルだ。

 ただ、ソロモンの魔導書はヒナにしか与えられていない武器だし、神の槍という魔法も彼女の専用魔法だ。なにせ、どちらもイベントで首位を獲った際に運営からもらった物だからだ。


 プレイヤー以上の攻撃力を誇るモンスターだとしても、魔王と呼ばれた彼女のHPを一撃で消し飛ばすのは不可能だ。良くてもHP半分程度をゴソッと持っていく程度だし、それは今のヒナの装備であれば絶対にありえない事象だ。


 仮にその絶対にありえない事象が起こったのだとしても、傍にイシュタルさえいれば、どんな状況だろうとHPの全回復は容易く行える。つまり、ヒナが死ぬなんてことはあり得ないのだ。常識的に考えれば、絶対に……。


「ちょ、ど、どうしたんだよ一体……」

「黙れ、今ちょっと考えてる……」


 突然その姿を消したエルフクイーンと、泣き崩れたケルヌンノスを見て心配の声をかけてくるムラサキの声すら、今のマッハには思考を邪魔するノイズでしかなかった。

 今真っ先に考えなければいけないのは、ヒナの安否だ。それ以外の事なんて考える価値すらない。


「……アイテム。そうだ! ける、ヒナねぇのアイテムボックスに『バルバロスのコンパス』があっただろ! あれなら探せる!」

「で、でもマッハねぇ……あれ、勝手に使ったら怒られ――」

「そんな事言ってる場合じゃないだろ! 一大事なんだから、後で謝れば良いって!」


 マッハはそう言うと、動けないというケルヌンノスの代わりに家の中へ超特急で戻ると、建物を破壊しない最低限の速さでヒナの部屋の前へ辿り着く。


 もちろんマッハだって承知している。ヒナが数万円という膨大なお金を費やしてようやく手に入れた希少なアイテムであるバルバロスのコンパスは、非常に有用な物ではあるが、ヒナですら2つしか持っていない本当に貴重なアイテムだ。

 それでも、今使わないと自分達の精神がそう遠くないうちに崩壊する気がする。


 ヒナの部屋の前で一つ大きな息を吐いた彼女は、部屋主がいない事など分かりきっているのに律儀にコンコンと優しくノックし、部屋の扉をゆっくり開く。

 彼女を出迎えたのはヒナのフローラルな優しい香りと、自分達の部屋より少し広いくらいの簡素な部屋だった。

 問題のアイテムは、部屋の隅にちょこんと置いてある木箱の中にある。


「……ヒナねぇ、ごめん。開けるぞ」


 もちろんマッハやケルヌンノス、イシュタルが使っている部屋にも同じアイテムボックスはあるが、そこにはヒナが彼女達に与えた無数のアイテムがあるだけだ。その為そこまで容量を拡張されておらず、必要最低限の物しか入っていない。


 だが、マッハがそのアイテムボックスに手を入れた瞬間、無限にも思える内に収納されている品々の情報がダーッと脳内に流れ込んでくる。

 一瞬その奔流に意識ごと持っていかれそうになるが、なんとか堪えて目的の物を引っ張り出す。


 バルバロスのコンパスと呼ばれるそれは、見た目は単なる真っ赤な手のひらサイズのコンパスだ。

 北を意味するN、東を意味するE、南を意味するS、西を意味するWが小さく書かれ、裏面には海賊旗のような悪趣味なドクロマークが刺繍されている。


 一見なんの変哲もないコンパスだが、このアイテムはPKが流行った時期に運営が救済措置として実装した課金アイテムだ。まぁ、1000円ガチャから2%の確率で排出されるという激渋ガチャだったので持っているプレイヤーはかなり少なかったのだが……。


 それにそもそも、使ったら消えてしまう消費型のアイテムだった為に手に入れてももったいなくて使えないというプレイヤーが続出したのだ。

 ヒナも、例に漏れずそういった思考が働いた――そもそもPKで狙われることが少なかったが――ので、念のために2つ揃えたは良い物の、結局使い道がなくアイテムボックスの奥で眠っていた。


 そのコンパスをギュッと握り締めてアイテムボックスの蓋を閉めたマッハは、優しくヒナの部屋の扉を閉める。そして、再び建物が壊れないギリギリの速度で外に出ると、切り株の上にちょこんと座ってボロボロ泣いている妹の元へ走った。

 声にならない嗚咽を上げてブルブルと背筋を震わせる彼女の頭を優しく撫で、こういう時こそ、姉としてしっかりしなければと泣きそうになる心を奮い立たせる。


「ま、マッハねぇ……ほんとに大丈夫……? ヒナねぇに、怒られるよ……?」

「むしろ怒られて良いだろ! 怒られたいだろ!?」


 半ばやけ気味にそう言ったマッハは、まだ不安そうにしているケルヌンノスを無視し、手の中に握るアイテムの効果を発動させる。

 ヒナの持っているアイテムの中でも装備品の類を除けば5本の指に入るだろう希少アイテムの効果は、使用者が望む品や人の位置を指し示すというシンプルな物だ。なぜこれがPK対策として運営から実装されたのか。


 プレイヤーにプレイヤーが殺された場合、殺された側のプレイヤーが装備していた物からランダムに1つ、殺したプレイヤーのアイテムボックスに送られるというシステムがあった。

 それを取り戻すためには殺されたプレイヤーが殺したプレイヤーに頼むか、そのプレイヤーから再び取り返さなければならない。

 ただ、膨大すぎるフィールド上を充ても無く探したところで目当てのプレイヤーがどこにいるかは分からない。なので、それを解消する為にこれが実装されたのだ。


 結果、これを使用したプレイヤーは万全の装備を整えたうえで好きな時に復讐戦に挑めると大変好評だったわけだが……先にも述べた通り、その希少性から、そもそも使うプレイヤーが少なかった。

 それに、このコンパスは指定した品や人物がアイテム使用者の半径10メートル以内に存在するとなった時点で消滅する。

 何千、何万という出費が一瞬にして無に帰すその瞬間は、たとえ復讐の為とは言えかなりの精神的ダメージを負う事になる。


 だが、事今に至っては、このアイテム以上に有用な物は存在しない。

 もちろん指定するのはヒナ本人だ。もしも彼女が既にこの世に居なければ、針はクルクルと狂った時計のように回りだし、一定の方向を指し示す事は無い。

 対象とする人物が存在していないのでアイテムが消滅しないという利点はある物の、それは彼女達にとって死刑宣告も同然だった。


 針がキャメロット方向を指し示す事を願い、マッハとケルヌンノスは指定された人物を探すべくクルクルと回りだす細い針をジッと見つめる。


「な、なにが起こってるんだ……」


 マッハの手のひらを食い入るように見つめる2人を視界に入れつつ、完全にさっきまでと空気が変わった周辺をキョロキョロと見回す。

 そんな時、こちらへ走ってくる見知った顔を見つけて内心ホッと一息つく。


 気の良さそうな鬼族の少女は、自分がもっとも気楽に話せるギルドマスターでありながら、冒険者ギルドガルヴァン帝国支部を任せているワラベだ。

 今やペイルとマーサの4人でヒナ達に関する愚痴を吐き合う仲だったりするのだが、今はそんな悠長な事を言っている場合では無いだろう。

 彼女がなにをしに来たのかは分からないが、とりあえず孤独ではなくなる。


「ワラベ、こっちだ!」

「ん? お、おおうムラサキ、無事じゃったか! 冒険者連中が森の外に居たんで大丈夫だとは思っておったが……って、おい、なんでマッハとケルヌンノスがそこにおるんじゃ?」

「話は後でゆっくりする。君はなにを――」

「うるさい! ちょっと黙れよ!」


 額に血管を浮かべたマッハが再会を喜ぶ2人に水を差す。が、それも無理はない。

 本来数秒もあれば目的の人物がいる方向を指し示すはずの針が、アイテムを使用して10秒以上経った今も、道に迷った子供のようにフラフラと小刻みに揺れているからだ。

 決して一か所に留まる事は無いが、ヒナがこの世にいないと断定もしない。そんなどっちつかずな反応を示すコンパスを握り潰してしまいそうになるが、ケルヌンノスだって同じ気持ちのはずだ。なら、大人しく待つしかない。


 それから、人生でもっとも長いと思える6秒が経過した後、ようやく対象の人物を見つけたと言わんばかりにコンパスの針がビシッと止まる。方角は……やはり、自分達がやってきたキャメロットの方面だ。


 とりあえず最悪の事態は起こっていない事にはぁと肩を落とし、同じようにぐすっと鼻水を垂らしつつも小さく「良かった……」と何度も呟く妹の背中を擦る。


「お、おい……。なにかあったのか?」

「それは私が聞きたいね。ほんとに、突然こうなったんだ」

「そ、そうか……。てっきり例の情報が伝わったと肝を冷やしたわ……」


 彼女達の耳に入らぬよう小声でそう呟いたワラベは、怪訝そうに首を傾げるムラサキの耳にここに来た要件を告げる。

 ムラサキが冒険者ギルドを出発した数分後に届いたペイルからの緊急要請と、同じくヒナ達を監視していたマーサからの報告書に書かれた内容を、なるべく早口で伝える。


「……は? ちょ、ちょっと待ってくれよ。ヒナが騎士団に連行された? なんで?」

「わしが知るかそんな事! ペイルからの報告じゃ何かの間違いだろうと書かれておっただけで、理由は書いておらんかった。文面から見るに、相当慌てて書いたようじゃ。マーサの娘っ子から届いた報告書にも、ヒナとイシュタルが連行されたけどどうすれば良いのかという内容しか書かれておらなんだ」


 その報告書を受け取ったワラベは、しばらく悩んだ末にムラサキへ相談する事にした。

 自分ではこの先どうするべきなのか正確な答えが出せなかったというのもあるが、マーサの報告書にあった「マッハとケルヌンノスが街の外へ出て行った」という部分も気になっていたからだ。


 少なくとも、怪しい建物や消えた冒険者達の安否よりも優先するべき案件かどうか。

 それを、たっぷり1時間ほどかけて熟考した後に優先するべきと判断し、ムラサキの後を追ってきたのだ。


「どいつもこいつも肝心な部分は言わないんだから……。基本は報連相じゃないのか……って、ごめん、こっちの話。確かに、それは一大事だね」

「じゃろ? どうする、少なくともあ奴らに知られたら、ブリタニアは滅ぶぞ」

「……だろうね」


 少し先でお互いを慰め合っている姉妹を見つつ、ムラサキは考える。

 魔法を使えば数分……もしかすれば数秒でキャメロットに行くことは可能だ。だが、今すぐそれをするとこの場で起こっているもう1つの不穏な出来事を放置する事になる。それは絶対にマズイ。


 ヒナの事を彼女達に察せられても非常にマズイ事になるのは間違いないが、ここで起こっている厄介ごとを放置してこの場を離れるのも同じくらいマズイ。そう、直感が告げてくる。

 なので、ムラサキは意を決してマッハ達に尋ねる。もう一度、何があったのかと。

 下手をすればあの世行きになる可能性がある質問だが、声にならない嗚咽を上げて泣いている彼女達の姿を見て、自分達が殺される未来は見えなかったというのが大きい。


 自身の師匠から培ったその勘はどうやら当たっていたらしく、マッハはササっと目元を拭うと、手元のコンパスをギュッと握り締めて口を開いた。


「ヒナねぇになにか起こった。私らは今すぐキャメロットに戻る」

「……は!? いやまてまてまて! なんでそんなことが分かるんだ!?」

「クイーンちゃんが突然いなくなったからに決まってるだろ! とにかく、私らはサッサとキャメロットに――」

「待て、それはマズイ!」


 咄嗟にその言葉を吐き出してしまったワラベは、数秒後自身の過ちに気付いた。

 キャメロットに戻られるのは非常にマズイ。それは事実だ。ただそれは、ヒナをなんとか穏便に連れ戻したい冒険者ギルド側としての意見だ。

 ヒナの事をなにより、誰より大切に想っている彼女達が今すぐに彼女の無事を確認したいと思っているだろうことはその態度から見ても明らかだ。その邪魔をしたと認識されれば、命が危なくなる。


 見えない汗を背筋にダラダラと滴らせ、若干イラっとしつつも「なんでだよ」と聞いてくれるマッハに少しだけ好感を覚える。ケルヌンノスであればうるさいだのなんだの言って、話し合いの余地なくこの場を去っていただろう。

 唐突に与えられた数秒の思考時間の間に、何か上手い言い訳を考えなければいけない。そう思ったのと、ムラサキが口を開いたのは同時だった。


「実は、こちらでもヒナについての情報が回って来たんだ。ただ、その情報の正確性や真偽のほどが分からなくてね……。だから、君達がここ数日キャメロットで過ごした日の事を教えてくれないかい? 必ず、ヒナは無事に取り戻して見せるから」

「は~!? 何言ってんだよお前! そんなことしてる間にヒナねぇになんかあったらどうするつもりだよ!」

「もっともな意見だが、確実に彼女を無事に取り戻す為に、協力してくれ! もし君達がキャメロットに向かって、それでさらに事態がややこしくなったら、それこそヒナの身に何が起こるか分からないだろ? 力で解決できない事だって、この世にはあるんだ」

「そ、それは……」


 手の中にあるコンパスがその針を再び彷徨わせない限り、ヒナの命がこの世から消えたという事にはならない。

 ヒナの傍にはイシュタルもいるんだし、少なくともあと数時間程度ならその命が脅かされることは無いだろう。


 もしここに留まったせいでヒナがこの世から去る事になれば、マッハは一生自分を許せなくなる。

 だがそれは、残った3人の姉妹も同じなはずだ。最愛の人を守れなかったという罪悪感と後悔で死にたくなるだろうことは間違いなく、ヒナを殺した相手に相応の報いを受けさせた後、ほぼ確実に後を追う。


 自分達の命とヒナの命、どちらを優先するべきかなんて考える必要も無い事柄だが、自分達の浅はかな行動のせいでヒナの命が少しでも脅かされる可能性があるなら……


「分かった……話す。でも、話し終わったらキャメロットに向かう。良いよな?」

「それは……話の内容による。言っただろ? 闇雲に動けば、ヒナを余計に危険な状況に追い込むかもしれない。決して感情に任せて行動しないと約束できるなら、私達が入手したヒナの情報を教える。ヒナと君の妹を確実に救い出すために、不本意だとは思うが協力してくれないか?」


 その問いにたっぷり10秒ほど間をおいて、マッハはコクリと頷いた。

 ケルヌンノスはまだ話が出来る精神状態ではないので、もしもの場合は自分が抑えると口にしたマッハを信じ、ムラサキがたった今ワラベから聞いた情報をそのまま口にする。


「あ? 今、なんて?」

「……そいつ、ぶち殺す」


 その場に静かに響いた2人の怒りと殺意に満ちた言葉は、その感情を向けられた当人でなくともブルっと身震いするほどだった。

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