39話 事情
なぜか小屋の中で侵入者として監禁されていたガイルを出して事情を聴くべく、2人は彼を家の中……に入れるのは絶対に嫌だったので、エルフクイーンが小屋を建てるために使った木の成れの果てへ座るよう促した。
20数本はあるだろう切り株の内1つに困惑しながらも腰掛けた彼は、その向かいの位置にあった切り株に腰掛けた2人に怪訝そうな目を向ける。
助けに来たのかと言われるととてもそんな雰囲気には見えないし、そもそも自分達を圧倒的な実力で瞬く間に戦闘不能に追い込んだエルフがすぐそこにいるのが気掛かりでならない。
ワラベから圧倒的な実力の持ち主であり、なるべく関わらない方が良いとまで釘を刺されているのがヒナ達4人だ。そのうちの2人が目の前にいて困惑するなという方が無理なのだが、今の彼にマッハとケルヌンノスが求めているのは、自分達がヒナの元へ早く戻れるか否か……その答えだった。
「で、なんでここにいるの? 冒険者ギルドからの依頼って理解で良いの?」
偉そうに腕を組んでそう聞いてくるケルヌンノスを見て少しだけムッとするが、ここで揉め事を起こしてもしょうがない。それに、紅の牙のメンバーから妙な忠告を受けているので、彼女だけは怒らせないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「そ、そうだ。俺達……あぁ、あの小屋の中にいた連中含めな? 俺達は全員、冒険者ギルドから、妙な建物が発見されたから調査して来いって依頼を受けてここに来たんだ。そしたら、あのエルフが出てきて……」
「クイーンちゃんな? エルフって言い方するなよ、そんな単純な言葉で済ませて良い子じゃないんだよ」
若干イラっとしつつ、マッハがそう言う。
事実、エルフクイーンはその名の通りエルフの女王であり、ヒナがラグナロク内で最も気に入っていた国の女王でもあった人物だ。
それもあって、マッハは彼女の事をかなり気に入っている。
とても『エルフ』なんて一言で済ませて良い存在では無いし、大切な人がそんな雑な扱いをされていればイラっともする。
もっとも、気高いエルフクイーン自身は、マッハに「クイーンちゃん」と呼ばれるのを少しだけ嫌がっているのだが……。
その、少女とは思えない眼力と心臓がキュッと縮まるほどの威圧感を受けて背筋をブルリと震わせたガイルは、この少女達の相手が思っている以上に大変な事を改めて認識する。
ちょっとでも地雷を踏めば即あの世行きなのをヒシヒシと感じるし、今みたいな些細な失言でもその機嫌を損ねてしまう。
仲間内での礼儀なんか考えなくていい気楽な会話は得意ではある物の、こういう、相手に気を遣うような会話は苦手だった。
それでも、仲間達が生きてまた日々を過ごせるように、最大限の注意を払う。
「わ、悪かった……。その、クイーンちゃん?が出てきて、俺達を戦闘不能にしたんだ。で、当然、俺達が帰らなけりゃギルド側も俺達の捜索隊を組織してこっちに向かわせる。そんな感じで全員叩きのめされたのが、あっこにいた連中って訳だ」
「何度も何度も派遣されてきたの? あのムカつく狐なら、1回捜索隊を向かわせて帰って来なかったら諦めるか自分で来そうな物だけど」
「む、ムカつく狐……? そりゃ誰の事だ?」
「知らないなら良い。ワラベから頼まれたなら、そいつでも良い。とにかく、何度もその捜索隊が組織されたの? 諦めるとかそういう選択肢は出ずに?」
ヒナに長期間会えないかもしれない。そんなストレスからついつい口調が荒くなっていく事を感じるが、相手は大切な相手という訳でもなければヒナにとって特別な人でもない。なら気を遣う必要は無いだろう。
ヒナがラグナロクをプレイしていた時はログインしていない時の方が珍しかったので、こうして一時でも離れている今、どれだけ自分がヒナに依存していたのか改めて認識する。
いや、依存という表現は正しくない。
どれだけ彼女の事が大切で、大好きだったのか……それを、改めて認識する。
マッハもそれは同じらしく、話の長いガイルにちょっとだけイライラし始めていた。
右ひざをブルブルと震わせて貧乏ゆすりしている様を見たのは久しぶりだったので、ケルヌンノスは後ろに控えているエルフクイーンにお茶を用意してほしいと頼む。
もちろんガイルに自分達が使うカップへ触れさせたくはないので自分達の分だけだが、ここは我が家なので文句を言う筋合いは誰にもない。
「クイーンが戻ってくる前に話を進めて。あんまり遅いと、私は怒る」
「……あ、あぁすまない。あの中で話を聞く限りじゃ、数日前あんたが殲滅したモンスターがいただろ? あいつらを解体するよう依頼されたダイヤモンドランクの冒険者が大勢あの街に集まってたんだ。ギルマスが、そいつらが数組出張れば問題ないって判断したんだと。それでも無理だった時の事なんて考えてなかっただろうから、今向こうがどうなってるのかは知らねぇよ」
「ふ~ん。だから私らに依頼を受けてほしいって話が来たのか~」
「手間は省けたけど、それ以上の面倒ごとになって帰って来た……」
ケルヌンノスの言う通り、ペイルから言われた依頼を引き受ける云々の話は受けなくて良くなった。その分手間は省けたのだが、エルフクイーンが当初の命令通りにここへやって来た冒険者を軒並み戦闘不能にして監禁していたせいで、それ以上の面倒になっていた。
このままではムラサキがこの場へやってくるのも時間の問題だし、そうなれば1日……下手すれば数日時間を取られるのが確定する訳で……
「そんなのは断固拒否する。1日ならともかく、何日もヒナねぇと会えないのはヤダ」
「なぁ~、私も。ってことで……あ~、名前なんだっけ?」
「ガイルだ。一応魔導士船団っていうパーティーの――」
「興味ない。じゃあガイル、あなたに聞く。今回の件、なんでもなかったと報告した場合はどうなると思う?」
「は、はぁ?」
本気で困惑したような顔を浮かべるガイルだったが、ケルヌンノスの顔はいたって真面目でとても冗談を言っている風には見えなかった。
彼女の後ろからクイーンちゃんと呼ばれていたエルフが2つのカップを持ってくるが、それがさっき言っていた紅茶なのだろう。疲れているので自分の分も欲しいのだが、余計な事を言う訳にも行かないのでサッサとその質問に答える事にする。
「あくまで予想でしかねぇが……根掘り葉掘り色々聞かれるだろうな。そも、なんで数日帰ってこなかったのかとか、後から行った奴らも帰ってきてないとかの問題もある。それに、節々につけられた癒えない傷の事もあるからな。まず誤魔化すのは無理だ」
そう言いながら自分の右頬に出来た傷を指さすと、自嘲気味に笑った。
「これな、治癒魔法かけようともポーション使おうとも治らねぇんだ。一応止血は出来たんだがよ、これを見りゃ、どんな馬鹿でも何かあった事くらいは想像できる。その上で何もなかったって言うのは、流石に無理ってもんだ」
「……ここにたるが居れば」
「あいつなら消せるのになぁ……」
イシュタルはラグナロクに存在していた全ての回復系魔法を扱える。彼女に癒せない傷は無いし、この世界でヒナのようなプレイヤーの蘇生は未知数でも、それ以外の事なら死んでいようが居まいが、大抵なんとかなる。
まだ四肢の欠損が治せるのかという実験は行っていないけれど、それも恐らくは問題なく行えるだろう。少なくとも、エルフクイーンの魔法でつけられた小さな傷を消せない程、イシュタルは無能では無いし力のない存在でもない。
だが、ガイルの傷を誤魔化す為にわざわざ戻るのかと言えばその答えは否となる。なぜなら、そんな事の為に戻るくらいならヒナも一緒に連れ戻し、ギルドへ説明に行った方が、簡単に事が片付くからだ。
数日ぶりに飲むお気に入りの紅茶を満喫しつつ、荒れそうになる内心をなんとか落ち着け、ケルヌンノスは言った。
「なら、正直に報告したらどうなる?」
「……その、正直にってのはどういう意味だ? 大体、あの建物は一体な――」
「あれは私達の家。だから別に危険な場所でもなければ強いモンスターなんて出ない」
「は!? き、危険なモンスターは出ないって……」
ガイルは少しだけ怯えつつ、ケルヌンノスの背後に控える女性を見つめる。
それにちょっとだけイラっとしつつ、マッハは首を振った。
「クイーンちゃんはヒナねぇの友達だ。私らがいない間、家に入ってくる奴がいたら捕縛するよう頼んでおいただけだ。だから、ここに近付かなけりゃ別に害はない。それに、クイーンちゃんの話じゃ、一回立ち去るよう言われたんだろ?」
「……た、確かに言われたが……」
冒険者として、正体不明の建物から出てきたエルフからそんな事を言われて大人しく引き下がるなんて事は出来ない。それを理解しろと言っても無駄なのは分かるが、今回の結末はしょうがないだろう。
どんな冒険者だろうが同じ末路を辿るのは目に見えているし、ここで引き返してギルドに『立ち去れと言われたから立ち去った』なんて報告しようものなら、依頼失敗の烙印を押されて降格の対象になる。
そんなのを受け入れる冒険者は、もはや冒険者とは言えない。
「じゃあそっちが悪い。私達はあなた達を無条件に襲った訳じゃない。先に襲い掛かって来たのはそっちで、私達はちゃんと警告を発している。非は無い」
「そ、そりゃそうだがよ……」
滅茶苦茶な事を言っているようで、ケルヌンノスの言葉は正論だった。
彼女達の家に近付いたからと言ってむやみやたらに襲っている訳では無く、彼女はギルド本部に入ろうとする者や害意をもたらそうとする者を捕縛しろと言われているだけだ。
その意思確認として、事前に『立ち去れ』と警告している。それでも立ち去らない場合にのみ力で対処しているのであって、最初の警告を無視したのは侵入者であるガイル達だ。
コテンパンにされたからと言ってこっちに非があるのか。そう言われても、それはエルフクイーンが強い、もしくはそちらが弱いと言うだけだ。
こんな森の中に丸太小屋があれば怪しいと思うのは無理もないかもしれないが、自分達だって好んでこの場所に越してきた訳じゃない。不慮の事故……とはまた別かもしれないが、ここに来たのに彼女達の意志は介在していない。
なら、今回の件で悪いのが誰なのかは明白だ。
「私は、なにか間違った事を言ってる?」
「……言ってねぇよ。お前さんが正しい。仕方なかった事とは言え、確かに、落ち度はこっちにある」
「ん、分かるならそれで良い。なら、帰ったらワラベにそう伝えれば良い。ここには、近付かなければなんの問題も無い。たとえ私達のお気に入りの人が来ても、今のところあの家に入れても良いと思えるのはエリンだけ。他の人はワラベでもペイルでも、入れない」
「お! ける、私もそれ、同意見だ! エリンは入れてもいいな!」
彼女達の中でかなり評価の高いワラベやペイルでも、我が家に向かい入れたいほどでは無かった。
ただ、ヒナの事を共に大切に想い、その素晴らしさに本心から共感してくれたエリンだけは別だ。
それほどまでに、エリンの存在というのは大きかった。なにせ、マッハ達3人にとってもヒナ以外に初めて出来た友達なのだから。
もちろんヒナが入れても良いと言った場合はワラベやペイルを迎え入れてもやぶさかでは無いのだが、そういった特別な事情でもない限りは嫌だった。
聖域であるこの場所に足を踏み入れて良いのは、この世界には現状でエリンただ一人だ。
「え、エリンが誰の事を言ってんのか分からんが……分かった。ギルマスにはそういう風に伝え――」
「っ! マッハ様、新たな侵入者です」
ガイルがなにか言い終える前に、エルフクイーンがその場に近付いてくる何者かの気配を探知してそう言う。
彼女もマッハと同じで索敵スキルを使用できるので、留守番を任されている間は周囲50メートルほどを常にそのスキルで索敵し、今回のように近付いてくる者があれば必ず外に出ていた。
その扇子で口元を隠しながら、目の前でガックリと肩を落として足を伸ばす少女を見やる。
「えぇ……? も~、めんどくさいなぁ……。クイーンちゃん、頼める?」
「かしこまりました。お任せください」
ペコリと頭を下げたエルフクイーンは、その場から一瞬にして姿を消すと侵入者の元へと飛んだ。
風の魔法で自身の体を浮かせ、空中でジェット機を飛ばすような要領で体を押し出し、高速移動を可能にする。
空中を移動できるマッハのスキルとはまた違うが、それもそれでかなり強力で便利な魔法であることに変わりはなかった。
1人の着物を着た女の数メートル先でスタッと降り立った彼女は、狐の面を付けたその女に、今までと同じように「立ち去れ」と警告を発する。
今までの冒険者達は彼女のこの言葉に聞く耳を持たず剣を抜いたせいで返り討ちにあったのだが、女――ムラサキは違った。
両手を上げて敵意が無い事を示しつつ、心を落ち着けるためにまずふぅと一息つく。
「初めに聞いても良いかな? この辺りに、数日前から客人が来なかったかい? 何十人って単位で来てると思うんだけど」
「……そうだとしたらどうする?」
「……彼らは生きてるのかな?」
「我が主様は優しいお方故、侵入者は全員、殺すのではなく生かして捕縛するよう仰せつかっている」
エルフクイーンのその言葉に「主様?」と首を傾げるムラサキだったが、目の前の女がヒナ達と同じように圧倒的な実力を持っている事は明白だった。少なくとも、自分が本気を出してどうこう出来る相手ではないだろう。もしかしたら良い線くらいは行くかもしれないが、勝利を収めるのはかなり難しいはずだ。
彼女も『選ばれし者』だろうか。そうだとすれば、それに勝てるのは同じ選ばれし者であるヒナ達だけだ。
だが、彼女達の協力を得られなかったから自分がこの場にいる訳で――
「ねぇ、一応君の主の名前を聞いても良いかな?」
「なぜ妾が、侵入者であり素性の分からぬ輩に主様の情報をお伝えしなければならないのだ? 身の程という物を弁えろ」
「……悪かったね。じゃあ一応聞いておこう。ヒナという名前に聞き覚えはあるかな?」
「っ!?」
これで心当たり無しと言われれば、残念だがここは一旦引かなければならないだろう。そう考えてのダメ元でした質問だったが、ムラサキは相手の思わぬ反応に自分が一番動揺する。
なぜ目の前の人物がヒナの名前で動揺するのか。
やはり、同じ『選ばれし者』は、お互いの存在をある程度認識している物なのか……。
そう、彼女が考えたのと、マッハの声がその場に響いたのは同時だった。
「なぁ~、何してんだクイーンちゃん? 帰ってくるの遅いじゃん……って、あ」
「……マッハ!? ちょ、君、なんでここにいるの!?」
「……マッハ様、この者、お知合いですか? 主様の名前がこの者の口から出てきました故、迎撃して良い物か咄嗟に判断が付かず……」
申し訳なさそうに頭を下げたエルフクイーンに軽快な笑顔を見せつつ、マッハは気にしないで良いと告げる。むしろ戦闘行為に入らなかった事を褒め、ケルヌンノスの元へ戻るよう指示を出す。
この場でなんと言えば自体が丸く収まり、サッサとヒナの元へ帰れるのかを瞬時に考えようとするが……考えがまとまる前に、ムラサキが口を開いた。
「で……なんで君がここにいるんだい? さっきの女の子との関係も気になるけど……」
「えぇ……なんでそんなに怒ってるの? 悪いのあいつらだもん~」
そんな子供のような言い訳でどうにかなるはずも無いのだが、実際ガイルとはそういう結論で話がまとまった。こちらに非はなく、全面的に相手が悪いと。
だが、子供の口車に乗せられる程ムラサキは甘くない。彼女の機嫌を損ねないよう最大限注意しつつ、慎重にどういうことなのかを尋ねる。
「良いから、答えてくれない? キャメロットに向かったはずの君がなぜここにいるのか。なぜ冒険者が大勢消えた現場にいた女の子と知り合いなのか。なぜヒナが主様と呼ばれているのか」
「だ、だからそれは……その……」
「焦らなくて良い。人命に影響を与えていないなら私だって大人の対応をするさ。偶然にも、私はここ数日暇なんでね、時間はたっぷりあるんだ」
「うげぇぇぇ」
仮面の下でニコッと微笑んだような気がしたムラサキに、マッハは露骨に嫌な顔を浮かべる。
だがしかし、ガイルとは違ってこういう駆け引きというか、腹芸を得意としているムラサキは、マッハ達の機嫌を損ねることなく叱るという高等テクニックを披露する事だって、その気になればできる。
ここ数日暇だというのは嘘なのだが、それでも、長期間に渡って聞き取りを行う事だって全然構わない。今回の案件は、それほどまでに重要な物だ。
(ヒナねぇ……助けてくれよぉぉ……)
マッハの情けない心の声が、遠くの地にいるはずのヒナに届くことは無かった。




