38話 侵入者
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少し時間を遡り、冒険者ギルドを後にしたマッハとケルヌンノスは、早速ダンジョンまでの道のりを昨日と同じように全速力で駆け抜けた。その速度は昨日の帰り道にそうしたようにマッハの全力――スキルを重ね掛けしている――だったが、腕に抱かれているケルヌンノスは余裕の表情で道案内をしていた。
途中、マッハが早すぎて何度か迷子になりかけるというハプニングはあった物の、無事にダンジョンのあった村まで来るとふぅと一息ついた。
「ここまでで大体10分ってところか? でも、なんでわざわざここまで来たんだ?」
「私はたるほど正確に道を覚えてない。でも、ここからなら霊龍の背中で一度帰った事があるから道が分かる」
彼女がマッハに着いて来たのはヒナと同じで方向音痴な姉を心配してが3割、可愛い妹にヒナを独占させてあげようという気遣いが2割だ。残りの5割は、報酬のお菓子をイシュタルより先に口に出来る事にあった。
少し鋭い所があるイシュタルでも、何が入っているか分からない報酬のお菓子から何箱か中身が消えていたとしても流石に分からないだろう。
仮に分かったとしても、それは多めに入っているというどら焼きだったとでも言えば納得するだろうことは想像に難くない。
ちょっとズルいかもしれないが、1日中ヒナの隣を独占出来るのだからそれくらいの得が無ければ彼女だって道案内など引き受けていない。
エリンには悪いが、皆で一度帰ろうと提案していただろう。
今や3人の共通の好物になりつつあるどら焼きだが、それ以外のお菓子だって数多く入っているだろうし、新たな好物が見つかる可能性だってある。それらを摘まんでから、キャメロットの街で買うお菓子を決め、逆算した上でお金を換金しに行けば一石二鳥だ。
どうせ荷物持ちはマッハがいるので重量等を考えなくて良いというのも好都合だった。
「もう少し速度落とした方が良いか~? なら神格化は解除するけど……」
先程、自分が早すぎてケルヌンノスのガイドが間に合わなくなった経験を活かし、少しだけ申し訳なさそうにそう言う。
だが、そう言われた当人は少しだけ考えると首を横に振った。
「いや、大丈夫。ここからはほぼ一本道。塗装されてない獣道……というか、山道を永遠と走るだけ。マッハねぇの速さなら、15分もあれば着くと思う」
「そうなのか? 意外と近いんだな」
「違う、マッハねぇがおかしいだけ。普通に歩いたら数日はかかる距離。馬車でも5時間かかる距離を15分で行き来するのがおかしい」
それを言うなら、その間を20分から30分で行き来可能にするケルヌンノスの霊龍も大概おかしいのだが、単なる召喚獣と速度だけとはいえ同等のレベルだと認めるのは癪なので満足そうにコクリと頷く。
ヒナと早く再開したい彼女達からしてみれば、家で過ごす時間はともかくとして行き来の時間はなるべく短く済ませたかった。なので、話もそこそこにサッサと移動を再開する。
そこから先はケルヌンノスの言う通り森へと入り、大きな石や木の根なんかで道が埋まっているような道なき道を行くことになった。
こんな場所を馬車で通る訳にはいかない――そもそも通れない――ので、ロアの街からキャメロットに行くには少々遠回りをしなければならないのだが、マッハにはそんなの関係ない。
音や風すらも置き去りにし、発生する衝撃波で周囲の環境を暴風の如く蹂躙しながら進むさまはまさに災害その物だ。それでも、彼女の足は段々と加速して光の速度に達する……寸前でギルド『ユグドラシル』の本部がその姿を現す。
「うわぁぁぁ!」
曲がり角なんかが無いせいでスピードを落とす必要が無くストレスフリーという事もあり、調子に乗りすぎてどんどんと加速していたので急には止まれず間抜けな声を出してしまう。
両手で顔を覆い、スピードを上げすぎて止まれなかったせいで家が壊れましたと言った時のヒナがどんな反応をするのか想像して少しだけ涙を浮かべる。
だが、彼女がギルド本部へと勢いよく激突して建物を消し飛ばす前に、その建物内でヒナ達の留守を任されていたエルフクイーンが異常を察知して外へと出てきた。
「……!?」
「うわぁぁ! クイーンちゃん、とめてぇぇぇ!」
額から横に流れる大粒の雫を目に映し、エルフクイーンは何が起こっているのか分からずとも、主人の妹の言葉に従って魔法を発動する。
彼女の所持している武器は神の名を冠している訳では無いのでマッハ自身にダメージは与えられないが、止めてと言われればダメージを与える必要はない。ただその体を上空に吹き飛ばしてしまえばそれでスピードは多少なりとも減退し、空中でさらに軌道を操作してあげれば、少なくとも本部を吹き飛ばす心配は無いだろう。
『妖精の逆鱗』
本来は対象を圧倒的な風の暴力で圧し潰さんとする魔法だが、彼女は手元の扇子を地面に向け、その暴風のような風を上から下方向ではなく下から上へ吹かせる。
そうすることにより、圧倒的な身体能力とは裏腹に、30キロ程度の体重しかない2人は軽々とその体を持ち上げられて空中へ身を投げ出される。
彼女達が本気で抵抗すればこの程度の魔法は無効化させられるが、今回は事が事なのでそんなことはしない。魔法の効果をもろに受け、ケルヌンノスに微々たるダメージが入る。
「……ちょっと痛い」
「どら焼きちょっと分けるから許して!」
エルフクイーンはかなり強力な召喚獣――人だが――という事もあり、その攻撃力はかなりの物だ。
ただ、マッハは装備のおかげでその魔法によるダメージは受けないし、ケルヌンノスもそれなりに耐久力があるので微々たるダメージで済む。
それでも、やはり攻撃を受ければ痛いのは変わらないのかその顔を少しだけ苦痛に歪める。
回復魔法を使えるイシュタルがこの場にいない事を少しだけ嘆きつつ、カッコつけるように空中で優雅にステップを踏む姉をジロッと睨みつける。
「早く降りて」
「えぇ? トランポリンみたいで楽しいじゃん! ね、もう少しこうしてて良いだろ?」
空中を歩くというスキルを所持しているおかげで、マッハは空中に投げ出された時点で先程までのスピードを大方相殺する事に成功していた。それどころか、わずかに残ったその余韻で空中でのダンスを楽しむ余裕さえあるようだ。
ただ、お姫様抱っこされながらクルクル回るのは傍から見れば滑稽だし、下にいるエルフクイーンの視線が痛いので、ケルヌンノスとしてはサッサと下ろしてほしかった。
だが、一向に空中のダンスを辞める気配のない姉を見て、埒が明かないと思い知ったのか多少強引な手段で下ろしてもらう事にする。
はぁと小さくため息を吐き、多少の罪悪感と共に口を開く。
「……マッハねぇ、ヒナねぇが追いかけてきた。下見て」
「は!? マジ……!? どこど……うわぁぁぁぁ!」
マッハはヒナと同じく高所恐怖症だ。霊龍の背中ですら怯えていた彼女にとって、空中を歩けるスキルがあるとはいえ、宙に浮かんだ状態で下を見るというのは自殺行為に等しい。
一瞬で思考が吹き飛び、空中を歩くスキルをほぼ反射的に解除して星の重力に引っ張られて地面へと勢いよく落下する。
『幽体離脱』
相手に拘束魔法なんかを使われた時にそれを脱する為の魔法を使ってマッハの腕の中からスルリと出たケルヌンノスは、己の種族特性を使ってプカプカと空中に浮きながらゆっくりと高度を下げていく。
ただ、そんな便利な種族特性を持っていないマッハは、ドカーンという凄まじい音と震度2程の地震を起こしながら地面へと落下する。辺り一面には土埃が舞い、数秒前を見る事さえできなくなる。
「うぅ……痛い……」
土だらけになったお尻を涙目で擦りつつ立ち上がったマッハは、自分が着地した場所に大きなクレーターのような凹みが出来ている事に苦笑しつつ、少し離れたところから見つめてくる2人を見る。
1人は口元に苦笑を浮かべつつ主人の帰りを向かえる召喚獣。1人は、呆れたようなジト目を向けてきて地面から数センチのところでプカプカ浮いている妹。
対象的すぎる2人に苦笑いしつつもぴょんと飛び跳ねてバッと手を広げると、留守番をしていたエルフクイーンへギュッとハグをする。
「えへへ、ただいま~!」
マッハのこの行動に深い意味はない。ただ、ヒナにそうあってほしいと設定されたがゆえに、どこかに出かけて家へ帰って来た時、出迎えた人に対して本心からの笑みを浮かべて温かい抱擁をしているだけだ。
もちろんそう設定されたからと言って、彼女が好ましく思わない相手にはそんなことはしない。ヒナの召喚獣であるエルフクイーンは、ヒナに呼び出されているという事もあってその命令には従順に従う。そこが、マッハ的にはお気に入りのポイントだった。
彼女が同性であるというのも、心を許している大きな要因だろうが……。
「おかえりなさいませ。マッハ様、ケルヌンノス様」
恭しくぺこりと頭を下げた彼女は、マッハがその手を離すと少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ後、深刻そうな顔をしてもう一度頭を下げた。
「ご報告がございます。皆様がお留守の間に、この場所へ近付いてきた者達が居ましたので、その全員を捉え、監禁しております」
「……ん? 襲撃者か何かって事か?」
「分かりかねます。ただ、その者らに立ち去るよう言ったところ戦闘を挑んできました故、軽く捻ったまでの事。ご主人様の命ゆえに殺しはしておりませぬが、皆様の自宅へ勝手に上げるのも失礼かと思いましたので、誠に勝手ながら近くに小屋を建てさせていただきました」
そう言ったエルフクイーンは、ちょうどマッハが立っている場所から少し左を指さした。
ケルヌンノスがスキルを解除して地面に降り立ち、マッハと共にその方向へ目を向ける。するとそこには、かつて彼女達が暮らしていたアールヴヘイムでよく見たような丸太小屋が建てられていた。
その大きさは大体ギルド本部の半分ほど。使われている木材は周囲に広がる森の木から採ったのか、よく見れば根元からザックリ斬られた丸太がいくつも乱立していた。
かなり急ごしらえなのかマッハがその刀を一振りすれば容易く切り刻めそうだが、先程の衝撃で吹き飛んでいないところを見るにそれなりの強度はあるのだろう。
「ん、勝手にそいつらを中に入れなかったのは正解。そんな事をしてたら、今度からあなたには留守番を任せなかった」
「だなぁ~! 正解だよせいかい!」
彼女達にとって、ヒナと4人で暮らす我が家はこの世界で唯一の聖域のような場所だ。
その建物に自分達以外――自分達が認めた人は別――が足を踏み入れたり、手を触れるようなことがあればヒナの意志はともかく、絶対に殺害するだろう。そして、それを許した者もまた同様の末路を行くことになる。
この場合、エルフクイーンがもしもその侵入者を家の中で隔離していた……なんてことがあれば、この場で彼女の息の根は止まっていただろう。
「それで~、何人くらいいるんだ?」
「ざっと30人ほどかと。皆様が出ていかれた翌日から昨日の夜中まで、大体1日おきに来ておりました。大した強さはありませんでしたので、皆様であれば容易く対処できるレベルかと」
「30人か~。どうする?」
「……とりあえず、なにをしにここまで来たのか聞いた方が良い。答えないなら……事情を説明してギルドに引き渡せば良い。殺すのは簡単だけど、それをして後々ヒナねぇに面倒が降りかかるよりマシ」
それに、この世界に蘇生魔法が存在しているかどうかはともかく、存在していたとしても使える人間はかなり限られているだろうから、イシュタルがそれを使えることは黙っておきたい。冒険に支障が出るレベルで死者蘇生の依頼をされても迷惑だからだ。
なので、殺すのは簡単でも、仮にそれがこの世界にとって重要な人物であった場合は後々ヒナにその災い……というかツケが回ってくる可能性がある。なら、面倒を起こす前にギルドへ身柄を引き渡した方が確実だ。
既に面倒な事になっている予感はしないでもないが、その時は何かと理由を付けて自分達とは無関係だと押し通せばなんとかなるだろう。幸いにも、この場には口の上手い……というよりは言い訳が無駄に上手いマッハがいるので、そこら辺は丸投げできる。
「マッハねぇ、とりあえず、そいつらを見てみよう。話はそれから」
「そうだな~! あ、クイーンちゃん、私ら荷物取りに来ただけでまたすぐに出かけるから、引き続きお留守番お願いするね!」
「かしこまりました、マッハ様」
深々と頭を下げた彼女に満足そうな笑みを向けつつ、ケルヌンノスがガチャリと侵入者が監禁されている小屋の扉を開ける。
そこには光源も無ければ窓すらも無い。ただ人を押し込めるために作ったと言わんばかりのその小屋は、まるで倉庫のようだ。だが、扉から差し込む一筋の光をその瞳に宿してうおぉと男の声が漏れる。
「……あれ、こいつ見た事ある」
「ん~? あれ、ほんとだ~! ブラックベアがめっちゃ来た時にいた人じゃん!」
その小屋の中でマッハとケルヌンノスが最初に目にしたのは、2人の姿を見て安心したようにホッとため息を吐いているガイルの姿だった。その顔にはエルフクイーンとの戦いで負った切り傷が付いておりかなり痛々しい。
だが、既に治療済みなのかその傷口から血は滲んでいない。それでも、傷それ自体は直らないというのが両者の力量差を表していた。
「マッハねぇ、私、嫌な予感がする」
「ん~? そりゃなんで……って、あぁ……」
ケルヌンノスが気まずそうな顔を向けてくるのでなんのことかと首を傾げると、マッハは即座にペイルが言っていた「ムラサキからの依頼」を思い出していた。
不審な建物へ調査に向かった冒険者が帰ってこないという例の依頼。あれの真相が、今目の前に広がっている気がしてならない。
「……ヒナねぇの所に帰るの、予想以上に遅くなりそう」
「うげぇぇ……。もうさぁ、こいつら知らないって事にして逃げないか?」
もちろん本気では無いだろうが、マッハがそう言った事でケルヌンノスは本気でうーんと考える。それ程までに、ヒナの元に帰るのが遅くなるのは嫌だった。
寂しいと言うだけではない。帰りが遅くなればなるほど心配をかけるのはもちろんのこと、イシュタルにその隣を独占され続けるのが何より嫌だった。
「……さっさと終わらせてワラベに事情を説明すればなんとかなる……はず。ならなかったら、その時はどっちか一方だけでも帰って無事を報せた後で、皆で帰って事情を説明すれば良い。キャメロットへは、また全部が終わった後に戻ればエリンとも会える」
「はぁ……なんとかなると良いなぁ……」
絶対にならないだろうという予感と共に、2人は唯一の顔見知りであるガイルに事情を聞くべく1人小屋から外に出した。




