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36話 地下牢

 ヒナ達はロイドに命令された騎士団員の1人に両手を縄で縛られて冒険者ギルドを後にすると、その足でのっぺりとした白い壁を抜けた。

 正確には、平民街と呼ばれている場所と貴族街と呼ばれている区画を仕切る壁の内側へと入ったのだ。


 彼女達の両手を縛っている縄は2人の肉体強度からしてみればさほど脅威にはなりえず、少しでも力を込めれば跡形もなく消し飛ばせる類の物だ。

 しかし、ヒナは身に覚えのない罪で拘束され知らない男達に囲まれている今この状況に怯え、イシュタルはそんな姉を心配してそれどころでは無かったので、結果的に大人しく連行されていた。


 冒険者ギルドからたっぷり5分ほど歩いた場所で立ち止まるよう偉そうに言われた事でイシュタルはその男に殺意を覚えるが、自分には攻撃的な手段が一切備わっていない。そのせいでグッと息を呑み、胸の前で合わせられている両手を怒りで震わせる。


(こいつら……ヒナねぇにこんなことしてただで済むと思ってるの……?)


 ここにいるのが自分ではなく他の姉妹2人のどちらかであればこんな事――ヒナが泣く事も無かっただろうと歯噛みする。

 しかし、自分の力を定め、その役目を『仲間のサポート』と定めたのは他の誰でもないヒナだ。その決定に異を唱える訳にも行かないので、ここでは何も言わない。


 それよりも……と、イシュタルは周りを見回し、平民街とは別世界のようなその場所を見つめてはぁとため息を吐きそうになる。

 それは決して見事だとか、綺麗だとかのポジティブな感情からくるものではなく、なぜ壁一枚隔てた先はこんなにも美しいのに、その先は整備していないのかという呆れの感情からくるものだ。


 貴族街の道は綺麗に塗装され、道端に等間隔で並べられている街灯にはまだ太陽が真上に上るちょっと前だから光は灯っていない。しかし、その見事な細工には目を見張るものがあり、眩く輝く赤色のそれはどこか荒々しい印象を与えながらも不思議と温かさを感じるものだ。

 周りに並ぶ建物は廃墟のようだった平民街のそれとは違い、様々な色の煉瓦や石で作られており、まるでギリシャのサントリーニ島に広がる街並みその物だ。

 事実、この街を1から作り上げたのはその島に観光で行った事のあるデザイナーの1人だったのだが、それをイシュタルが知る術はない。


 その綺麗に塗装された街道の上に2頭の漆黒の馬が引く馬車が待っており、その造りはいつか乗ったギルドのそれとはまったく異なる。

 豪華絢爛という言葉が相応しいほど派手に装飾されたそれは、よく訓練されていると感じさせるほど立派な黒馬のそれとは違い、少々下品に感じる。

 馬車を引く馬がその佇まいや毛並みの美しさから見る者に高潔さや気高さを抱かせるのに反し、馬車単体で見れば、まるで成金が必死で自身の財力を誇示したいと思わせる醜さがあった。


「副団長殿! 団長殿の命により、罪人を連れてまいりました!」


 誇らしげに胸に手を置いてそう言った男は、目の前の馬車の扉が開いて1人の女が出てくるとごくりと生唾を飲み込んだ。

 彼がその女の怖さと強大すぎる力を知っているからなのか、それともこの世の物とは思えないその美貌に息を呑んだのか、その真相は彼にしか分からない。

 だが、女はそんな男の態度などまるで気にする様子もなく、縄をかけられた2人を一瞥すると興味深そうにふむと口にする。


 その女の名はシャトリーヌ・アーサー。円卓の騎士団副団長を任せている、騎士団長ロイドに次ぐ実力者だ。

 もっとも、身に着けている装備はロイドのそれと比べると数段上なので、その実力はあくまで装備に頼らないと仮定すればの話だが……。


 雪のように白い髪を肩のところで綺麗に揃え、森の緑よりも深く濃い瞳を輝かせ、腰に下げた長剣からはヒナ達のそれと遜色ない力を感じさせる。

 身に着けているのは騎士団員が着用している純白の鎧ではなく赤と白が混ざり合ったメイド服のようなヒラヒラとした物で、動きやすさを重視した物だ。間違っても鎧のような防御能力はないように見えるが、彼女のそれはヒナ達のそれと同じく外装をいじられたラグナロクの装備だ。


 そして、副団長と呼ばれたその女がラグナロクの装備を持っていることをいち早く察知したイシュタルは、その警戒度を周りの人間に向けるそれより数段引き上げる。

 腰に下げた長剣は見た目を変更していないので見覚えがあるし、纏っている衣服からもその体からも、この世界の人間とは別の気配がわらわらと湧き出ているからだ。


「……お前達、よく生きてここまで来られたな」


 シャトリーヌが風鈴が鳴るような涼やかな声をその場に響かせ、騎士団員30名ばかりが何を言っているんだという不思議そうな表情を浮かべる。

 彼女もまた、ヒナやイシュタルがただの冒険者じゃない事を一目見たその瞬間から看破し、彼女達の部屋にあった品――武器――を持っている隊員の1人に目をやる。


「それは、我が神の至宝と同レベルの物だ。そんな物を持ち歩いている人間を拘束するには、少々不用心すぎるぞ」

「なっ! そ、そんなバカな……!」


 副団長に声をかけられた隊員は、思わず瞠目して手のうちに抱えるそれを凝視する。

 シャトリーヌやロイドと同じく、その体にアーサー王の血を流している彼でも、彼女が言い放った『我が神』の意味は理解できる。しかし、目の前のどう見ても子供にしか見えない冒険者……それも、王家の姫君を誘拐するという大罪を犯した者達が、なぜそんなものを……そう思わずにはいられない。


 その隊員の心情を正確に見抜いたシャトリーヌは、クスっと可笑しそうに笑うと彼からそれらを受け取り、未だ泣きじゃくっているヒナを無視してイシュタルへニコッと微笑む。

 その顔はイシュタルが今まで見て来たどの笑顔より不気味で、内に眠る自身の姉に迫るだろう強さを感じさせた。


「なんで君達が我が神の至宝と同レベルの武器を持っているのか、それは実に興味深いが……今は長話している余裕はないんだ。大人しくしてるなら、しばらくその身に危害は加えないと約束しよう。あくまで“しばらくの間”だけどね」

「……拒否したら、どうなる」


 一瞬ヒナに視線を向けたイシュタルを微笑ましそうに見つめつつ、シャトリーヌは彼女がもっとも嫌がるだろう言葉を探し、それをさらに陰険な物にして返す。


「そこの少女の四肢を切断して、君を黙らせようか」


 あえて殺すではなく『四肢を切断する』と言ったのは、そのレベルの怪我を直せる魔法使いや魔術師は、もうこの世界にいないと彼女自身が一番理解しているからだ。

 死者蘇生の魔法を使える魔法使いも同じくこの世界には既に存在していないが、イシュタルはそう言った方が苦しむだろうと予想した上での、その回答だった。


 事実、ヒナが殺されるなんて自分がいる内は絶対に無いと信じている彼女も、未だ実験の済んでいない四肢の切断に関しては直せる自信が無かった。なにせ、ラグナロク内にそんな仕様は無かったのだから。


「……分かった」

「助かるよ。せめてもの情けだ。その時が来るまで、君達は一緒の牢に入れてあげよう」


 ニコッと笑ったその女は、部下達にすぐロイドを呼び戻すよう指示を出すと、2人をその悪趣味な馬車に乗せて御者に馬を走らせるよう命じた。

 自身は風を切るような速さでその馬車に追随し、彼女達が暴れだしても問題ないよう警戒を強めた。まぁ、脅したのでその可能性は万に一つも無いだろうと予感はしていたが……。


 5分もしないうちに王城キャメロットの純白の門をくぐってその敷地内に辿り着くと、ようやく帰還したロイドに事情を説明して頬を赤く染めている彼を一度殴る。

 その強烈な刺激で瞬く間に酔いを醒ました彼は、シャトリーヌの言に目を見開きながらも腰の剣に手をやる。


「そうか。じゃあ、俺の遊び相手にはなるって訳か……」

「妙な気は起こすな。こいつらは数刻後に処刑するよう国王陛下より命じられている。これほどの者達と知れた今、処刑には我が神の至宝を使う他ないがな」

「……ッチ! 分かったよ! 第一、護送任務はお前さんの管轄で、俺は連行するだけが仕事だからな。ここは素直に従ってやるよ、副団長様」


 面白くなさそうに地面に唾を吐こうとし、ここが王城であることを思い出したロイドはふぅと短く息を吐いてそれを思い留まる。

 直後、馬車の扉が開かれようやく泣き止んで目頭を赤くしたヒナと、その背中を心配そうに見つめるイシュタルがトボトボと降りてくる。今の彼女達の姿だけを見れば、とても自分達と同じ程度の実力を有しているとは思えないが……それでも、油断はしないのがシャトリーヌだ。彼女達が少しでも妙な動きを見せれば、すぐさまその首を刎ねると全神経を集中させる。


 一方で、こんな形で王城を目にするなんて欠片も思っていなかったヒナは、こんな時だというのにその城の荘厳さに目を奪われていた。

 下から見下ろすだけでその偉大さをヒシヒシと伝えてくる純白の王城は、節々に剣を掲げる男の姿や剣の形が彫られ、細やかな細工が施されている。その姿は実際に目にした事は無いが、この城のモデルになっているキャメロット城の事を愛してやまない者達の手で造られた事はすぐに察せられる。

 この城からは、自身が造り上げたあのギルド本部と同じかそれ以上の愛と誇りが感じられる。


「……凄い」

「……ヒナねぇ?」

「私が……ここに――」


 ここに、居たかもしれない。そう言葉を紡ぐ前に、両手を縛る縄がグイっと引っ張られる。それをしたのはもちろん副団長のシャトリーヌで、さっさと2人を地下牢に送るべく足を動かせと無言の圧を向けてくる。


 それにビクッと背筋を震わせながら、ヒナは半ば自動的に足を動かした。なんで自分がこんな目に合っているのか分からないのはそうなのだが、ここで逆らっても状況が好転する訳じゃない、むしろ悪化するのではないか。そんな直感が働いたのだ。


(それに……あの人の城を、壊したくないし……)


 ここで自分が暴れると、ほぼ間違いなく目の前の見事な城はその原型を留めなくなるだろう。少なくとも1割ほどは破壊されるだろうし、その修復が可能かどうかも分からない。

 ヒナにとってこの城は、家族以外で唯一彼女を必要だと言ってくれた人が造り上げた城だ。むやみやたらに傷つけたくないというのは、自身のギルド本部に向けるそれと同じ類の感情だった。


 ただ、見事な外観とは裏腹に、その内装は、それはもう酷い物だった。

 騎士の誇りや高潔さなんてものは微塵もなく、真っ赤な絨毯や金ぴかに輝く調度品の数々、大して上手くも無い肖像画からは、自分がいかに偉大な人物か示したいというくだらない見栄しか感じられない。

 それはイシュタルも同じなのか、城に向ける好意的な感情とは裏腹に、城内の装飾には嫌悪感を隠そうともせずうげぇと舌を出す。


(この城に住んでるのは、ろくでもない奴だけなの? ミスマッチにもほどがある……)


 彼女が内心そう思うのも無理はないが、シャトリーヌは2人のその様子に少しだけ不信感を抱きつつもまっすぐ地下牢への階段へと向かう。

 扉の正面を守備している2人の隊員に労いの言葉を賭けつつ、階段をコツコツと一段、また一段と降りる。そして最奥へと辿り着くと、罪人が入っていない檻の鉄格子を一部外し、ぶっきらぼうに「入れ」とだけ言う。


「あ、あの……私、これからどうなる――」

「貴様ら罪人は、数刻後私が直々にその首を刎ねる。安心しろ、苦しいのは一瞬だ。国王陛下の恩情に感謝するんだな」


 ビクビクと怯えながら檻の中へ入り、振り返ってそう口にしたヒナが最後まで言葉を紡ぐのを待たずして、彼女はピシャリとそう言い放って檻の扉を閉めた。

 その後、忘れていたとでも言いたげに手の中の武器を鉄格子の隙間から投げ入れる。


「ここでは、王家の血を引く者以外一切魔法を使えん。いくらお前達が強大な力を保有していようとも、魔法使いであることに変わりはないだろう。そのガラクタは一時いっときだけではあるが返しておいてやる。最後の別れを告げておくと良い」


 シャトリーヌはそれが最後の言葉だとでも言わんばかりにふんと鼻を鳴らすと、再びコツコツと足音を響かせて地上への階段を昇って行った。

 2人きりになったその空間に、ヒナの能天気とも言える声が響いたのは、その足音が完全に聞こえなくなってからだった。


「ど、どうしようたるちゃん……。私、お腹空いてきた……」


 直後、大きくぐぅとなった彼女のお腹と、恥ずかしそうに膝を抱えて顔を埋めたヒナを見て、イシュタルは小さくはぁとため息を漏らした。

 まぁ、数時間もすればロアの街から戻って来た姉2人がこんな場所からは連れ出してくれるだろう。そう考えた彼女は、自身の甘さをたった3時間後に痛感する事になった。

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