35話 拘束
エリンと別れた翌日、太陽が昇って少ししてから自然と目を覚ましたケルヌンノスは、隣で寝息を立てる己の姉の寝顔を数分ジーっと眺めると、満足したのかふわぁと大きくあくびをしてベッドから起き上がる。
アンデッドなので顔を洗う必要はなく、軽く身だしなみを整えると未だ夢の中にいる姉の体を優しく揺する。
「ヒナねぇ、起きて。もう朝」
むにゃむにゃと可愛らしい寝言を呟くヒナを見て、自分ももう一度その腕の中で抱かれたいという欲求を強く感じるが、意志の力で抑えると、勢いよくその毛布を奪い取る。
すると、急激に冷えた空気を浴びて意識を覚醒させたヒナが「ひぇぇぇ」と妙な声を上げる。
「おはよ、ヒナねぇ」
「け、けるちゃん……。おはよぉ~」
昨日、数分間の激闘の末にその隣を獲得したケルヌンノスではあったものの、マッハのように寂しいからという理由でその隣をゲットする事は敵わなかった。ヒナの性格がどうこうというよりも、彼女自身が恥ずかしすぎてそんな事出来なかったというのが大きい。
その代わり、素直に一緒に寝ると言えばヒナも断る理由なんてないので、彼女の心配を他所に快く承諾してくれたのだ。
まぁ、照れくさいので彼女がヒナに好意を伝えるなんてことはないのだが……。
ケルヌンノスに毛布を奪われて少しだけ不貞腐れつつも、朝だから起きなければという人として当たり前の理性が働いたのか、ぷくっと頬を膨らませつつベッドから起き上がる。
彼女が顔を洗ってベッドで髪をとかしていると、ちょうどイシュタルに同じようにして起こされたマッハが2人で部屋に尋ねてくる。
ここ2日はお昼前に全員が集合していたので少しだけ早い気もするが、今は朝の8時ちょっと前だ。今までが遅すぎただけで、これくらいの時間に起きてくるのが普通だという認識は、彼女が元居た世界でもこの世界でも変わらない。
「今日はどうするの~? またダンジョン行く?」
当初の目的であった王城の見学……というか観光は初日に出来ないと判明し、同じく初日に、街それ自体は思った以上に見るところが無いと判明したので、この国に滞在する理由は例のダンジョンだけになった。
エリンの事が気掛かりと言えば気掛かりではある物の、ダンジョンをある程度楽しんだ後はこの国を後にするつもりだった。その後はよほどの事が無い限りこの地に足を踏み入れる事は無いだろう。
そういう側面もあり、ヒナはダンジョン攻略を少しだけ遅らせたいと心の底で考えていた。
ダンジョンを攻略し、4人で冒険する事それ自体はとても楽しいし、そこにエリンも加わればもっと楽しい事は分かる。
ただ、彼女だって毎日ここに通ってこれる訳じゃないし、あのダンジョンが2層で終わってしまうかもしれない。
なら、もう少しだけこの国にいて、出来るだけ長い間エリンと色々話したかった。
そんなヒナの心情を察した訳では無いが、ダンジョン攻略に一番乗り気だったマッハはその言葉に微妙そうな顔をしてうーんと唸る。
他の3人がどうしたのかと不思議そうに首を傾げると、彼女は腰に下げたポーチから3枚の金貨と4枚ほどの銀貨を取り出して申し訳なさそうに肩を落とす。
「それがさ……最近なにかと出費があっただろ……? 今のペースでお金使ってると、今日の夕食を食べた段階でお金が無くなるんだよ……」
「え、そうなの?」
「……昨日、マッハねぇがバク食いしたからいつもの倍くらいお金がかかった。それのせい?」
「ち、違うって! 初日にどらやき買いすぎたっていうの込みでも、元々持ってきたお金が少なかったんだ!」
ギルドの宿だってもちろんタダで借りれている訳ではない。この部屋はヒナ達が泊まっているという事もあり、ペイルの計らいで通常より安くなってはいるものの、一泊で銀貨20枚は飛んでいく。つまり、5泊すると金貨が1枚減る計算だ。
それに、ヒナ達は部屋を2つ借りているので一泊の値段は食事を含めず銀貨40枚になる。
初日にどら焼きだけで金貨を4枚ほど使った彼女達には、食事などでもそれ相応のお金を消費していたせいで所持金が心許なかった。
ダイヤモンドランクの冒険者という事もあり現金が無くとも後払いは出来るのだが、それは彼女達のプライドが許さなかった。
お金それ自体は腐るほど持っているのに、一度でも『お金が無くて……』なんて言う事は、彼女達4人にはできない。
ただ、昨日エリンに「もうしばらくこの街にいる予定」だと言った手前、お金が無いから帰りましたなんて言えば恰好が付かないのも事実だ。
「だからさぁ……私は、1回家に戻ってお金とこの前の報酬を持ってくる。そうすれば、お金の問題はどうにかなるだろ?」
「ま、まぁ確かに……」
マッハが全速力で走れば、ユグドラシルの本部に行って戻ってくるまでは数時間で事足りる。
そこにはラグナロク金貨を冒険者ギルドで共通金貨に換金してもらう時間も含まれているので、半日犠牲にすれば当面のお金の問題は解決する。
「じゃあそうしよっか。今日はお休みにして、ダンジョンには明日行こ!」
「……ヒナねぇがそれで良いなら、私達は構わない。時にマッハねぇ」
「ん~? ける、どした?」
「家までの道は分かるの?」
心配そうな瞳で隣に座るマッハを見つめると、彼女は気まずそうに苦笑した後顔を逸らす。
ヒナと同じで方向音痴の彼女は、一度自分で走った道なら朧気ながら覚えられるが、霊龍に運ばれて行き来した道のりなんて覚えているはずがない。それも、霊龍に乗っている間はずっと目を閉じているのだから当たり前なのだが……。
「そんな事だろうと思った。なら、私も一緒に行く。たるは、今日一日ヒナねぇと一緒にいて良い」
「……良いの?」
「ん。私達はもう、自分の番を満喫した」
少しだけ誇らしそうに胸を張ったケルヌンノスは、イシュタルが嬉しそうに微笑んだことで満足そうにコクリと頷く。
念のためペイルに数時間留守にする事を伝えておこうと部屋を出たマッハ達2人は、早速まだ人がまばらな受付へ降りると、受付嬢の1人に取次ぎをお願いする。
するとすぐに怪しい格好をしたペイルが疲れたような顔を浮かべて受付の奥から姿を見せる。
「君達ねぇ……僕だって別に暇なわけじゃないんだよ。いちいち呼び出されても――」
「行方不明扱いされると面倒だから伝えとこうと思っただけ。私達は数時間留守にする」
「……はいはい。ちなみにさ、ムラサキから君達に受けてほしい依頼があるって連絡が来てるんだけど……どうする?」
「え~? どんなの?」
面倒くさそうにぶーと文句を垂れるマッハは、ペイルが応接室を用意させていると言うので大人しくそれに着いて行く。
流石に今回ばかりはどら焼きや緑茶が用意されている訳では無いようで、オレンジ色の液体が注がれたティーカップが3つ用意された。マッハとケルヌンノス、ペイルの分だ。
オレンジのような不思議な黄色の物体がプカプカと浮いているその液体をジッと見つめ、スンスンと匂いを嗅ぐと「ぐぇぇ」と分かりやすく顔を歪める。
「私、これ飲めない~」
「……香りが最悪。私も飲まない」
「あはは、これはお気に召さなかったかい。そりゃすまないね」
レモンと柚子にミントをごちゃまぜにしたような鼻にツーンと香るその匂いは、2人には合わなかったようで出来るだけ遠ざけようとカップをペイルの方へ追いやる。この場にヒナが居れば瞬く間に苦笑して呆れていただろうが、それも仕方ないと言える。
この紅茶はこの国でも一部の人間が大変気に入る一方で、その他大勢には非常に受けが悪い物となっているからだ。
物は試しにと注がせたのだが、ペイルの顔にはだよねという気持ちが苦笑として表れていた。
「で~……依頼って?」
「あぁ、その件だったね。実は昨日の夜中、ムラサキから連絡が入ってさ。ロアの街近辺の森の奥で不審な建物が発見されたらしいんだ。一応調査をしようって言うんで高位の冒険者に依頼が回されたんだけど……1日待っても帰ってこなかったんだと。ロアの街からその建物までは数刻程度なのに」
「ふ~ん? なに、またダンジョンかなにかなのか?」
「いや、そこら辺の情報は全くないそうだよ。モンスターが出ているという話も無い。ただ、帰ってこない冒険者を案じて、ちょうど例の街に広がっているモンスターの死骸を解体に来ていたダイヤモンドランクの冒険者が3組ほどその建物に向かったらしい。その誰も、未だ帰ってきてないそうなんだ」
正確に言えば、昨日の夜ペイルがムラサキから受け取った手紙の内容は『ロアの街近辺で発見された謎の建物に向かった冒険者が帰ってこないので、もしかしたらヒナ達の力を借りるかもしれない』という物だ。
もちろんもう少し詳細に書かれていたのだが、それは今彼が話した内容と大差ないので割愛する。
彼がマッハ達にその話をしているのは、今朝ちょうどその続報を報せるワラベからの手紙が到着したからだ。
「最初に調査に向かった冒険者が、確か『魔導士船団』の人達らしい。君達、知り合いだそうじゃないか」
「……マッハねぇ、知ってる?」
「けるが知らないのに私が知るはずないだろ~? ていうか、あの街の冒険者で顔知ってるのなんてほとんどいないぞ?」
本当に知らないと言いたげな彼女達にはぁとため息を吐きつつ、これはムラサキやワラベからの情報が間違っているのではなく、単に彼女達が他人に興味が無いせいだと正しく認識する。
実際に知っているかどうかはともかくとして、例のモンスター騒ぎの時に顔を合わせているはずなので知らないという事は無いだろう。ただ単に、彼女達の記憶に残っていないだけだ。
「君達がどこに行くかは知らないけど……って、ヒナさんとイシュタルさんは一緒じゃないの?」
「今更? あの2人は留守番。エリンが来たら取り次いでおいて。私達もすぐに戻る」
「わ、分かった。ともかく、この依頼、受けてくれないかい?」
ペイルが頭を下げると、マッハが露骨に嫌そうな声を漏らす。
それもそのはずで、彼女はただ荷物を取りに戻るだけだ。その近くで面倒な事が起きているからと言って、それを解決する理由が彼女にはない。どころか、そんなことをして時間を取られては、イシュタルにヒナの隣を独占され続けてしまうではないか。
それに、昨日の今日でエリンが来るとは考えにくいが、もし来た場合はまだ話したい事が沢山あるのだから、1分1秒でも時間は惜しい。
その気持ちは彼女の隣に座るケルヌンノスも同じらしく、顔を見合わせた2人はフリフリと頭を横に振る。
結論は変わらない。今はタイミングが悪いので断る。気が向いたその時に解決していなければ受ける程度で考えておいてほしいと伝える。
「というか、あのムカつく狐がやれば良い。強いんでしょ?」
「む、ムカつく……いや、それはそうなんだけど、君達の方が強いし確実だからさ?」
「だとしても、今回はタイミングが悪い。私達はこっちでやりたい事がまだまだある。それが全部片付いた後なら受ける」
ここで、報酬にどら焼きを指定したら受けてもらえるだろうか……。そんな事を数秒間考え、しつこいと怒りを買う可能性があると思い留まったペイルは、諦めて苦笑する。
ヒナに同じことを提案しても「マッハ達が良いなら……」という答えしか返ってこないだろうし、肝心の彼女達はこれだ。なら、今回は運が無かったと諦めるほかにない。
「分かったよ。無理を言って悪かったね。気を付けて」
「ん、やっぱりお前は話が分かる。すぐに戻るから、ヒナねぇの事をよろしく」
「ほんと、すぐに戻るから~」
そう言ってマッハ達2人は冒険者ギルドを後にした。
はぁとため息を吐いたペイルは、依頼を断られた旨を至急ムラサキに伝えようと自室に戻った……その数分後、その扉が勢いよく叩かれる。
マッハ達が忘れ物でもして戻って来たのか。そう思ってガックリと肩を落とした彼は、扉を開けたその先に立っていた人物を見て目を疑った。
「き、騎士団長?」
そこには、動揺しながらなんとか引き留めようとする受付嬢を無視してドカドカギルド内に入り込む純白の鎧を着た聖騎士が30人ばかり勢ぞろいしていた。
そしてペイルの目の前で不敵な笑みを浮かべているのは、この国の王家直属の兵士である円卓の騎士団団長ロイド・フォース・アーサーその人だった。
身に着けている純白の鎧はキャメロット城のように煌びやかに室内の照明を反射して煌びやかに輝き、その頬に刻まれた一筋の刀傷は歴戦の強者という風格を漂わせる。
その腰に下げられている長剣は勇者と名高い初代王アーサーの遺品とも呼ばれており、かなりの力を秘めているとの噂だ。
その力をその目に見た者は既にこの世から消えているので、その真偽のほどは定かでは無いが……。
「よう、久しぶりだなペイル。相変わらずふざけたナリしてやがる」
「……君も、変わらないようで何よりだよ騎士団長殿。して、今日は何用で来られたのかな? 冒険者の皆が必要以上に怯えるし、業務に支障をきたすので騎士団の皆さんにはぜひお引き取り願いたいんだけどね」
少しだけムッとしつつ、2メートルを超える巨体から放たれる威圧感に気圧されぬよう必死で気を張る。
ペイルは、そんなふざけたナリからは想像できないかもしれないが、ギルドマスターになる前はワラベと同じで最高位の冒険者をやっていた。
だが、そんな彼でも勝てる気がしないと思わせる圧倒的な強者の覇気を放っているのがこのロイドという男だった。
ただ、そんな相手を前にしつつ一切委縮した態度を見せないのは、それが彼の仕事だからだ。
横暴なこの国の貴族や王族、または騎士団から冒険者を守るのが、ブリタニア支部のギルドマスターである彼の仕事だ。
「そうはいかねぇ、こっちも仕事なんでな。これでも、ギルドマスターやってる友の為に遠慮してやってるんだぜ? 大罪人の連行にこれっぽっちの隊員しか連れてこなかったのは、お前への温情って奴さ」
「大罪人……? 僕が何かしたって言うならそれは誤解さ。事実、僕は君達騎士団にもこの国のお貴族様や王族の皆様に対して不敬な事は一切していない。それと、一応言っておくけど、君と友達になった覚えは無いよ」
「んぁ? あぁ、違う違う。おめぇがどうのって訳じゃねぇよ。いるだろ、ダイヤモンドランクの冒険者が。俺達が連行しに来たのはそいつらだ」
「……ヒナ?」
この街に滞在するような物好きの冒険者はそれほど多くない。その中でもダイヤモンドランクとなるとそれはかなり限られてくる……というより、現状この国に滞在しているダイヤモンドランクの冒険者はヒナ達4人だけだ。
これでもし他の冒険者の事を言っているのなら笑いごとで済むのだが、事ヒナに至っては事情が異なる。連行して、もし間違いだったとなれば、良かったと言って笑って済ませられるような人達では無いのだ。
「ま、まてまてまて。君にこんな口を利くのが失礼ってのは重々承知しているけど、この際見逃してくれ。もう一度聞いて良いかい? うちのダイヤモンドランクの冒険者が、大罪人だって?」
「おうよ、そう言ったな。おめぇんとこの冒険者が、うちの主人に無礼を働いたんで連行して処刑すんのが、俺の役目ってこった」
「……ヒナ達が、無礼……?」
確かにあり得ない話ではない。
イシュタルやヒナはともかくとして、つい数分前にこの街を後にした2人は周囲の人間をなんとも思っていない節がある。いや、それは正確ではない。周囲の、自分達が気に入った人間以外はどうでも良いと思っている節がある。
彼ら・彼女らがヒナに粗相を働こうものなら暴言の1つ……もしかしたら殺意すら向けるだろう。
ただ、彼女達にはこの街のルールについてあらかた説明している。ただでさえ自分達ギルドマスターでも会うのが難しい王族に会っていれば必ず報告が入るはずだ。
それに、彼女達がこの街にやって来たのはつい4日ほど前だ。
初日は隣のシェイクスピア楽団の店でどら焼きを爆買いし、一昨日は一日中エリンという少女と話し込んでいた。そして昨日は昼頃まで寝ていたかと思えば、唐突に例のダンジョンに行くと消えていった。
そんな忙しなく行動している彼女達が、王族の人間と触れ合う機会なんて無かっただろう。
「なにかの間違いじゃないのかい? こんなことを言うのは無礼だろうけど、彼女達は『間違いでしたごめんなさい』で許してくれるほど寛容な子達じゃないよ?」
「庇いてぇのは分かるがな、こっちにゃ証人がいるんだ。おめぇんとこの冒険者が、姫さんを誘拐したところを見たってな」
「ゆ、誘拐だって……?」
本気で困惑の表情を浮かべるペイルを可笑しそうに見つめると、ロイドは挨拶は済ませたとばかりに上階の宿へ上がり、唯一扉が閉まっている部屋を乱暴にこじ開ける。
ノックもせず挨拶すらもしない。その態度はまさに自分こそが絶対者だと言いたげな傲岸な物で、突然の事に恐怖でブルブル震えるヒナを庇いつつ、殺意を込めた瞳でイシュタルがロイドを睨みつける。
「突然なに? ヒナねぇのこと怯えさせて、ただで済むと思ってるの?」
「んだよガキじゃねぇか。これじゃ、俺が張り切って出張って来た意味ねぇなこりゃ。おいペイルよ、おめぇんとこの組織はいよいよ腐り果てちまったか? こんなガキが最高位の冒険者とは堕ちたものだなぁおい!」
「……不味いね」
なにがなんだか分からずとも、この時点で面倒ごとになるのは避けられない。
ワラベやムラサキから、しつこいほど彼女達を怒らせるなと言われているというのに、これで彼女達が怒らないような寛容な人ならワラベ達もここまで苦労していないだろう。
実際、瞳から大粒の涙を流して嗚咽しているヒナはともかく、イシュタルは恐怖とは別の感情で全身をプルプル震わせている。なんであの状態から我慢出来ているのか不思議なくらいだ。
「あ~あ、すっかりやる気が失せたわ。おい、こいつら連れて行け。俺は隣の店で酒でも買って帰る」
「了解しました、団長殿!」
腕をピシッと立てて敬礼した部下の男にヒナ達を託し、ロイドはあーあと頭を掻きながらその場を後にした。
これから絶対にこの場が戦場になる……。そう覚悟したペイルの想いとは裏腹に、イシュタルは見るのも恐ろしいほど激怒しながらも、抵抗らしい抵抗はせずに連行されていく。
ヒナは極度にブルブルと怯えているのでそれを庇っているのか、それともムラサキ達の見立てが間違っていたのか……。そう思って彼女を見つめると、ポツリと激情に満ちた声が響いた。
「あいつ、絶対殺す」
イシュタルのその言葉が鼓膜を揺らした瞬間、ペイルは自分の考えが間違っていたことを悟った。
全身を悪寒が走るような、それでいて全力で逃げだしたくなる憎悪と激情に塗れたその声は、ただの子供に出せる類の物ではない。
ヒナの嗚咽に交じって掻き消されたようだが、明確な殺意が、その少女の瞳に宿っていた。