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28話 厄介な事情

 応接室に通された4人はロアの街にあった冒険者ギルドとまったく同じ内装のその場所にしばし困惑するも、すぐに横長のソファにどっかりと腰を下ろした。


 今回はヒナがケルヌンノスの武器を小脇に抱えてマッハの後ろ――中央に立っていたのだが、部屋がコンコンとノックされるまでの数秒間、その場には何とも言えない空気が流れていた。

 その原因はヒナが立っている事にヒナ以外の3人が納得していない事にあるのだが、本人としては全員歩いて疲れているだろうからという気遣いからなので、無下にすることも出来ない。そんな微妙な状態だった。


 その空気を打ち破るかの如く部屋の扉がノックされ、怪しすぎる青年がお辞儀しながら部屋に入ってくる。

 ギルドマスターと名乗った彼を見て全員が思った事は、その視線が全てを物語っていた。すなわち『ヤバい奴』だ。


「……」

「……」

「……」

「あ……えっと、その……ど、どうも……」


 人見知りと言えど初対面の人に向ける視線と感情じゃない事にいち早く気付いたヒナがオドオドしながらもぺこりと頭を下げる。が、ペイルと名乗った青年は慣れているからと苦笑を浮かべ、彼女達の対面に置かれたソファへよいしょと腰を下ろす。


「で~、今日はなんの用かな?」

「…………この国に来た理由は色々あるけど、とりあえず宿を取りたい。良い場所を教えてほしい」


 その右目の眼帯に不審な目を向けつつイシュタルがそう言う。

 眼帯それ自体は知識にあるが、そこに書かれた『愛情』という文字が何を意味しているのか。そもそもなんでそんなものが眼帯に書いてあるのか分からず困惑しかしない。

 ペイルの見た目もそうだしこのギルドの外観もそうだが、この国はおかしい所が多すぎるのではないか。頭の中はその思考で埋め尽くされる寸前だった。


「宿……宿か~。これはまた、予想外の提案をしてきたね」


 イシュタルや他の3人が困惑している原因の半分は身に覚えのあるペイルが苦笑いを浮かべて顎に手をあてる。


 彼はムラサキやロアの街にあるガルヴァン帝国支部のギルドマスターからヒナ達4人の特徴とその性格、その他諸々の情報を共有されていた。なので、この国に彼女達がやってきて面会を求めてくるだろうことは予想出来ていた。


 だが、それはあくまでムラサキに回されるはずだった依頼の斡旋、もしくはしばらく立ち入り禁止に指定されている郊外のダンジョン調査についてだと思っていた。

 実際、ムラサキやワラベも、キャメロットの観光が終わってまだ居座るようならそこら辺を目的に行動するだろうと思っていた。

 ロアの街にいる間、彼女達が一度も街に泊まらずどこか知らぬ場所へ帰宅していたことなども、その予想を裏切る手助けをしていた。


 そして、偶然か否か、ペイルはこの宿を取りたいという彼女達の願いにどう返答すれば良いのか頭を悩ませていた。

 一応この街にも宿はあるのだが、そのどれも平民か冒険者達が使う物とあって必要最低限の設備や物品しか用意されていない。

 貴族街にある宿屋に関してはそれなり物があるが、冒険者が気軽に利用できる場所ではないのだ。


 それに、冒険者ギルドはどの街にある支部、どの国にある支部にも、受付の上階は宿屋にするようにという決まりがある。だがしかし、それはあくまで寝泊まりする場所という物であって食事等が出てくるわけではなかった。

 目の前の少女達がただ物では無い事と、無駄に食事や食品関係に厳しいことを知っているペイルには、どう答えたら良いのか分からないのも無理は無いだろう。


 なにせ、ここでペイルが紹介して彼女達がその宿屋を気に入らなければ、必然的にそれを紹介した人物の評価も落ちる。

 ワラベからの忠告によると、決して彼女達の機嫌を損ねず、出来るならばその評価を上げておけという事だった。


(どうしろっていうのさ……)


 評価を上げる術やアドバイスも共に送られてきていたが、それを実践するのは少々躊躇われる。

 同性ならともかく、異性である自分が初対面で彼女達を可愛いだのなんだの言えば、その外見との相乗効果で逆に胡散臭くなるだろう。

 かと言って、素晴らしい宿屋を紹介しようにもこの街にはそんな宿屋が存在していない。八方ふさがりとはまさにこの事かとその口の端を絶望で歪める……と同時に、部屋がコンコンと優しくノックされる。


「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」


 お盆を持った受付嬢が恭しくお辞儀をしながら部屋に入室し、彼女達の前にお猪口に注がれた緑茶と、皿に積まれたどら焼きを置いて退室していく。

 誰かがごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた……と同時に、真ん中に座っているマッハが、ペイルへ満面の笑みを向ける。


「これ、食べて良いのか!?」

「あぁ。私の好物が”偶然”あったらしいからね、用意させた。遠慮なく食べてくれて構わないよ」

「やった~!」


 その言葉を待ってたとばかりに皿を自分の膝の上に持ってくると、隣のイシュタルとケルヌンノスと共にバクバクとその口に放り込んでいく。

 30個は優にあっただろうそれらが数分で彼女達の胃袋に収まると、示し合わせたように3人同時にお猪口をグイっと煽って緑茶をごくりと飲み干す。


「ふ~! やっぱり、これは美味しいな!」

「同意……。悔しいけど、これは美味しい」

「マッハねぇが私達より3つも多く食べた……。不公平」

「良いじゃん~! お姉ちゃんの特権~!」


 ふふんと薄い胸を張るマッハをぷくっと頬を膨らませながら軽蔑の視線を送るイシュタルだったが、目の前に自分達とは無関係の他人がいる事を思い出してフルフルと頭を振る。

 ケルヌンノスはなんとかその味を盗もうと密かに画策していたのだが、彼女には料理の腕はあっても、使われている食材を特定する術はない。そんな超人的な力は持っていないし、子供らしく『美味しい』か『美味しくないか』を見分ける程度の味覚しか備わっていない事を心底残念に思う。


「満足してくれたようで何よりだよ。話を続けても良いかな?」

「ん! 待っててくれてありがとな! お前は良い奴だ!」

「あはは、そりゃどうも。で、さっきの宿を探しているという話だけど……それはちょっと色々な理由で難しいかもしれないよ」


 どうにもできないと諦めた彼は、この国にある宿の事と、上に備わっている宿の事について洗いざらい話す事にした。

 ここで隠し事をして無能だと判断されるのはマズいし、知らぬふりをして宿を紹介し、その見た目通りつまらない奴という烙印を押されるのもマズイ。


 なら、どちらにもなり得ない『現状を正直に話して判断を丸投げする』という手法を取ることにした。

 これであれば、自分の価値が必要以上に下がる事は無いだろうし、下がるとすればこの国の評価や貴族・王族の連中に対してだけだ。そして、それはまったくもってその通りなので、自分の評価が下がるよりマシだ。


「へ~、そうなんだ。どうする~?」

「……いちいち帰るのは面倒。数日滞在するだろうから、宿の問題はどうにかするべき」

「けるねぇに同意。……ペイルと言った。なんで貴族街の方にある宿は使えないの?」

「貴族街には貴族に認められた人か、それに準ずる人、もしくは王族くらいしか入れないんだ。当然あの街にいるのはそういう人達だから、僕らのような平民や冒険者は、この……俗に言う平民街で過ごすしかないのさ」


 肩を竦めながらそう言うペイルにそれを尋ねた張本人は首を傾げる。


「あの見る目のある人が、そんな意味の分からない政策をしたの? そもそも、貴族ってなに?」

「……その、見る目のある人って言うのが誰の事を言ってるのか分からないけど、貴族がなにかという質問に対しては答えよう。この国は、初代王アーサーとその臣下の人達が中心になって作り上げたんだ。王族はそのアーサーの子孫、貴族達は初代王の臣下の子孫って事らしい。各貴族の家には代々、その臣下達が残した武器や防具、アイテムなんかが残ってるらしいよ」


 らしいらしいと抽象的なのは、彼もその実状については良く知らないせいだ。

 ムラサキがあれこれ話しているのをへぇそうなんだ程度で聞き流していたので正確な事は言えないが、この話は全てムラサキがしていた事なので、細部は違えど大部分は違わない。


 事実、この国の王族には初代王の血が流れているし、貴族達には臣下達の血が脈々と受け継がれている。

 この国で身分を表すのは、力でも権力でもどれだけ国に貢献したかでもない。その人物が、国にとってどれだけ重要な人物の血を保有しているかだ。

 その為、どれだけ功績を上げようとも爵位や権力などの分かりやすい指標は上がらない。他の国ではどうか知らないが、この国ではそういう決まりだ。


 初代王の血を引いている者達が国王の座を受け継ぎ、この国を導く。

 次にランスロットやマーリンなど、円卓の騎士と呼ばれていた者達の血を受け継ぐ者が公爵になり、その部下達の血を受け継いでいる者が以下伯爵、子爵、男爵となっている。

 この国が保有している圧倒的な軍事力は、初代王らが残した遺産やその血の強さによって実現し、たとえ全世界を同時に相手しようともいい勝負が出来るだろう。


「まぁ、全体ランキング5位のギルドだったんだから、ヒナねぇ程とは言わずともそれなりのアイテムを数多く持ってたはず」

「そりゃ勝てる訳ないよなぁ~。私らも、あいつら全員を相手にするのは流石に無理だしな」

「1000人近いトッププレイヤーを相手にして勝てるプレイヤーなんていない。当然」


 いくらラグナロク個人成績トップのヒナや、彼女に作られたマッハ達3人が組んでも上位ギルドに所属する全員を相手にすれば勝利を収めることは無理だ。そのせいでギルド対抗イベントでは目立った成績を残せていないのだから。


 いや、そもそもそんな無茶を行ったところでなんの意味も無い。

 確かにラグナロク内にPK(player killing)というシステムは存在したし、キルされたプレイヤーからドロップしたアイテムを自らの物にして自身を強化するプレイヤーもいた。

 しかし、それらはかなり嫌われる行為としてゲーム内で常識となっており、高潔さや真面目過ぎるロールプレイでその名を売っていた『円卓の騎士』がそういった行為に及んだことは無かった。

 無論、ヒナがかつて行った大虐殺のように、相手から仕掛けられた時は別だったが……。


 話を戻すが、貴族達がプレイヤーの血を引いているという部分は理解できても、なぜそれが現代の彼らの爵位に影響を及ぼしているのか。それが、彼女達4人には理解できなかった。

 別に、血を引いているからなんだというのか。なぜその人の子供だからという理由だけで自動的に良い暮らしが出来るのかが分からない。

 確かにこの国を建国した当初は偉かったのだろうが、それが何代にも渡ってその子孫まで影響する理由にはならないだろう。


「まぁその通りなんだけど、彼らの前でそんなことは言わない方が良い。彼らは自分の血筋を誇りに思っているし、実際それ相応の実力を持っている人も多いからね。で、そんな彼らは平民や僕ら冒険者を見下す傾向にある。君達のような高位の冒険者はともかく、低ランクの冒険者はかなり酷い扱いを受ける事がある。それを守るのが、僕らギルドの仕事って訳さ」

「ふーん。でも、この街の入口にいた奴はそこまで強くなかった。お尻とか、おさるみたいな名前の……」

「……ケルヴィンと言ってた。人の名前を覚える気が無いなら無理しない方が良いよ、けるねぇ」

「……そう、その人。その人は、全然強くなかった」

「君達基準で強いってのが誰を指すのか知らないけど、その人が僕の想像するケルヴィンなら、その人はケルヴィン男爵家の人だろうね。今の当主は、戦場で英雄扱いされるような人だよ」

「ふーん……」


 興味なさそうにそう呟いたケルヌンノスに苦笑しつつ、改めて話を戻そうとコホンと一度咳払いする。


「で、貴族街に入れない理由はこんなところ。もちろん君達のランクを前面に押し出して入る事は出来るかもしれないけど、あまりお勧めはしない」

「ムカつくからか~?」

「……そう。多分、気疲れする事の方が多いと思うよ。少なくとも、気を休める場所にはならないだろうね」


 ある程度我慢の利く大人ならまだしも、彼女達はまだ子供だ。それを考えれば、貴族流の挨拶や作法なんかは出来ないだろうし、それを強要されるストレスも半端じゃないだろう。

 それに加え、ダイヤモンドランクという称号を前面に押し、ギルドマスターである自分が根回しをしてやっと彼女達が貴族街に足を踏み入れる事が出来る。それを分かっている貴族達が彼女達に接触してこないはずがない。


(ムラサキから、この人達は手元に置いておけって言われてるしなぁ……)


 万が一にも彼女達がこの国に仕えるとなった場合、それは最悪以外の何物でもない。

 だから出来るだけ貴族街に放り込むことはしたくなかった。そうじゃなくても、問題ごとを起こして自分を絶叫させそうな気配がプンプンするというのだから。


「ふーん。じゃあ、もう一個質問していいか?」

「もちろん良いとも。なにかな?」

「このどら焼き作ってるお店って、料理とかも出してくれるのか?」


 その質問の意図を察した彼は、どうだったかなとその記憶を必死で呼び起こす。


「シェイクスピア楽団のお店はちょうどこの横にあるんだけど……レストランはあったかな? ごめんね、記憶にはないけど、あると思うよ」

「シェ……な、なんだって?」

「ん? シェイクスピア楽団。そのどらやきを売ってるお店だろ? シェイクスピア楽団っていう名前の商会が出してるお店だよ」


 真顔で隣の2人を見つめたマッハは、彼女達も同じ反応を示している事に思わずクスっと吹き出すと、グッと身を乗り出す。


「その商会の代表者って、まだ生きてるのか!?」

「は? あ、いや……すまない。え~、どうだったかな……」


 なんでそんなことを嬉々として聞いてくるのか疑問だが、大方どらやきの製造方法だの、それらを大量に買い込みたいから在庫を用意するよう言いたいのだろう。

 ムラサキがあの商会と懇意にしているのは知っているのでそれは可能だろうが、それほどまでに気に入ったのだろうか……。


 そう思案しつつ、ペイルは自分の記憶にあるシェイクスピア楽団の情報を必死でかき集める。


「確か、会長は数年前に亡くなって、今はその息子さんが紹介を引っ張ってるんじゃなかったかなぁ。シェイクスピアって名乗ってた初代の会長は賢者って呼ばれててね、画期的な商品を次々と販売して一代で世界中にその名を轟かせたって有名だよ」

「シェイクスピアだってさ! ねぇ、ヒナねぇ!」

「……ん? あ、ごめん。なに?」

「シェイクスピア! ね、知ってるだろ?」


 マッハの瞳が太陽のようにキラキラと輝き、なにかを期待する目を向けられる。が、その期待に応えることが、彼女にはできなかった。

 ヒナはアーサー同様、シェイクスピアがなんなのかすら知らなかった。

 もちろん劇作家である彼本人というより、そのシェイクスピアと名乗る人物はその名をプレイヤーネームにしていた者なのだが、彼らは上位ギルドに属してすらいない。

 そんな普通のプレイヤーなんて、ヒナの記憶に残っていなかった。


「も~! あ、ごめんごめんこっちの話! じゃあ、とりあえずそのお店でご飯が食べられるならこの上の宿を借りる! 食べられないんだったら……どうする?」

「……街なんだから、そのお店にレストランがなくても食事処くらいはあるはず。そこに行けば良い」

「そうだな! じゃあ、部屋の用意お願いして良いか!?」

「あ、あぁそれは構わないけど……ギルドの宿は2人部屋だよ?」


 ペイルがそう言った瞬間、まるで空間を凍結させる魔法が放たれたの如く、部屋の空気がピキーンと凍り付いた。

 3人が恐る恐るといった瞳を、他の2人に向ける。


「……」

「……」

「……」


 彼女達の背後でのんきにふわ~と大きなあくびをするヒナの声が、静かにその部屋にこだました。

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