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25話 報酬と次の冒険

 モンスターの大規模な侵攻から2日経ち、ヒナ達4人はブラックベアやホワイトタイガーの死骸を前になんとかしてその素材を採取しようとしている冒険者達を横目にロアの街へと入った。


 彼女達の手にはそれぞれ愛用の武器……のワンランク下の武器が握られ、アイテムボックスに眠っていた装飾用のポーチに最低限のアイテムを入れていた。

 部屋を装飾する為だけに存在していたポーチやリュックの類が本当に使用でき、さらに携帯することになろうとは思いもしていなかったヒナだが、この時ばかりは自分の性格に感謝した。

 なんでゲームとは全く関係ない装飾品までもある程度アイテムボックスに入っているのか、イシュタルとマッハは意味が分からないと呆れていたが……。


 ロアの街はモンスターの襲撃をたった数時間で退けられたことで人的被害も建物的な被害もなく以前の活気が変わらずあった。

 まるで何事も無かったかのように昼間っから酒をひっかける者や路上で喧嘩する者も、以前の街のままだ。

 そんな、街を救ったなんて実感のないヒナ達は、ギルドで待っているはずの報酬に少しだけ心躍らせていた。お金ではなく、好物になりかけているお菓子とその先に待っている新たな冒険は、なによりも楽しみだった。


「よく来たな、ほれ、こっちじゃ」


 いつもの通り、ギルドに到着するや否や彼女達は応接室に案内される。

 そこに待っていたのはムカつく狐ことムラサキで、ワラベがその隣にどっかりと腰掛ける。テーブルには既にお猪口が2つと、お皿に大盛りのどら焼きが用意されていた。


「これはわしらの分じゃ。お主らの分はほれ、そっちの袋に入っておる」


 マッハが満面の笑みを浮かべてその皿を奪おうとするので、それを手で制してムラサキの傍らに置かれている白い紙袋を指さす。その紙袋はふっくらと大きく膨れており、微かに美味しそうな香りが漂っている。その中にはムラサキの部下が厳選したシェイクスピア楽団の名物お菓子がこれでもかと入っている。

 少なくとも、これだけ用意すれば彼女達も「これだけ?」と不満を漏らす事は無いだろう。


「まぁ立ち話もなんじゃ、座ると良い」

「お~! じゃあ今回はけるが立つ番な~?」


 そう言うと、マッハは真っ先にソファの真ん中部分によいしょと腰を下ろし、その隣にヒナを半ば強引に座らせる。

 ケルヌンノスは手に持っている武器が思いの他大振りなのでそもそも立っているつもりだったのか、小さくコクリと頷くと空いている左端の席をイシュタルに譲る。


「いつもと装いが違うようじゃが、そりゃ聞いても良い物なのかの?」

「ほんとだね~。全員似合ってるよ~」


 狐の面を被りながらフフフと笑うムラサキを怪訝そうに見つめつつ、ワラベがそう尋ねる。

 ヒナ達4人の服装はいつもと変わっていないが、ヒナの手元には司祭なんかが持っていそうな白く神聖な光を放つ分厚い教本が。イシュタルの手元には先端に丸い鈴が付いた短いステッキが握られていた。

 さらに後ろに控えるケルヌンノスは、その背丈以上もある禍々しいという言葉が似あうような捻じ曲がった黒い木製の杖が握っていた。


 ヒナが手に持っているのはテミスの教本という武器で、魔力の消費を抑えて魔法の威力を底上げする効果を持っている。

 さらに、これは武器破壊等の効果を受けず、耐久値なども存在しない正真正銘の破壊不可の武器だ。

 効果は大したことないが、盗まれても問題ないレベルで必要最低限の武装となればこのレベルに落ち着いたのだ。

 その見た目は教会の牧師なんかが持っているような両開きの本だが、神聖な白い光がエフェクト効果として常に出続けているのが特徴的だ。


 イシュタルは武器なんてなくとも良かったのだが、彼女が仲間外れは嫌だと言い出したので、ヒナがアイテムボックスの中から選んで与えた物を持っていた。

 イシュタルを含め、マッハ以外は基本魔法使いなので、メイン武器しか与えられていない。だが、必要最低限の武装となると必然的にヒナのアイテムボックスからそれらを貰わなければならないのだ。まぁ、基本なんでもあるのが彼女のアイテムボックスの強みでもあるのだが……。


 そんな彼女がヒナから預かっているのがハトホルの鈴という武器で、回復魔法やスキルの効果を通常の数倍に跳ね上げてくれる逸品だ。

 その弱点として、攻撃魔法や相手に状態異常をかけるような魔法が一切使えなくなってしまうのだが、彼女の役割は主に回復なのでそれだけでも十分だ。

 それに、状態異常のスキルはイシュタルほどではないにしてもケルヌンノスも持っているので、彼女が使えずともそこまで問題にならないというのも大きい。


 見た目は先端に鈴のついた細長いステッキで、その長さは大体5歳児くらいの見た目である彼女の腕1本分くらいだ。

 これは武器破壊の効果を受けてしまう代わりに耐久値が存在しないという、ソロモンの魔導書の逆バージョンのような特性を持っている。


 最後にケルヌンノスだが、彼女はこの4人の中だとマッハの次に役目が多いだろうとの事で、ヒナやイシュタルのように半端な武器ではなくそれなりに強い武器を渡されていた。

 彼女が持っているのは原初の女神ティアマトの遺産というかなり特殊な武器で、武器破壊も無ければ耐久値の値も存在しない、破壊不可の武器だ。

 回復魔法やそれに準ずるスキルを使う事が出来なくなり、死霊系などのスキルや魔法の効果を数倍に高めてくれる武器になっている。だが、特殊なのはここからだ。

 その武器を装備すると、数日は別の武器を装備できなくなるという極めて異例の設定がなされていた。


 効果を見ても分かるように、彼女達が持っている武器はその全てが「制約がある代わりに一定の魔法やスキルの効果を大幅に上げる」という物だ。

 普通はこういう系統の武器は使いにくく弱いとされるのだが、彼女達3人は明確に役割を分担しているせいでそのデメリットが一切問題にならない。

 そのせいでメイン武器じゃなくとも大きな恩恵を受けることが出来ていた。


 これらの武器は、通常は別のギルドメンバーにあげるか、金に換えるか、他のプレイヤーと物々交換でまったく別の武器に変えるか、またはアイテムボックスに永遠に収納されている類の物だ。

 彼女達のように、極端に役割を分けているプレイヤーの方が珍しかったのでそれは当たり前と言えば当たり前なのだが……。


「別に、聞いてもなにも面白いことは無い。私達は私達の身の安全を考えて、それなりに武装してるだけ」

「武装? 君達に危害を加えるような人は……というより、加えられる人はそうそういないと思うけどね」

「分かってる。でも、万が一に備えるのは重要。別に、少し過ごしにくいだけで弊害はない」

「用心深いね。ま、それらもとんでもない性能を持ってて、手に入れるのにそれなりに苦労したんだろうなって事は分かるよ……」


 実は彼女達が持っている武器は、各々神の名を冠するボスモンスターを倒してその素材を使えば誰でも手に入れられる武器なのだが、それを言っても仕方ないのでケルヌンノスは口を噤む。

 彼女達にとっては、神だろうがなんだろうが4人で挑めばそこまで怖い存在では無かった。そのおかげであまり苦労しないで手に入れられただけなのだから。


「そうそう、君達の機嫌を損ねないうちに渡しておこう。今回の報酬だ」


 そう言って足元の紙袋を重そうに持ち上げたムラサキは、瞳をキラキラさせている目の前のマッハへと手渡す。

 少女はムラサキが持ち上げるのに少し苦労していた紙袋をひょいっと受け取ると、早速その中身を確認しようと袋の口を開ける。


「……何が入ってるかわかんないな」

「当り前。お店で買ったなら梱包されてるのが普通。マッハねぇ、食い意地はりすぎ」

「ぶー! たるだってちょっと期待してただろ~?」

「……それとこれとは別」


 紙袋の中身は無数の箱詰めされたお菓子だった。もちろんお菓子そのものがゴミ箱に捨てるかのように裸のまま入っているなんてことはあり得ない。

 そんな単純な事を忘れていた自身の姉に呆れてため息を吐いたイシュタルは、袋の中から1つ小さめの箱を取り出すと、丁寧にそれを開けていく。

 紫の花柄の用紙で綺麗に梱包されているそれをビリビリと破いてパカッと箱を開けると、その箱から顔を出したのは、赤や緑などカラフルな色の饅頭に似たなにかだった。

 少なくとも、目の前に大量に積まれたどら焼きのそれとは明らかに違うものだ。


「これ、なに?」


 その中から桜色の饅頭を掴んで怪訝そうに尋ねるマッハは、ムラサキから「マカロンだよ」と言われると、信じられないと首を振って手元の饅頭を凝視する。

 どら焼きのようになにかを挟んでいる訳でもなく、ただ表面に色が付いている饅頭をマカロンとは言わない。

 後ろで立っているケルヌンノスもそれには同意らしく、イシュタルが持っている箱の中から緑色の饅頭を掴んでジーっと見つめる。


「マカロン……」

「こ、これがマカロンねぇ……」


 どら焼きの時も思ったが、この世界のお菓子はどこか……というよりも根本的な物が違う。

 日本の知識をそのまま流用するのは間違っているかもしれないが、お菓子の名前で本来のそれを連想してしまうのは仕方ない。というよりも、現物を知っている身からすればそんな反応になるのも仕方ないと言える。


 意を決して口の中にその桜色の饅頭を放り込んだマッハは、一口噛んでん~と唸り声をあげる。


「……意外といける。でも、私はどら焼きの方が好きかな~?」


 そう言うマッハに習ってケルヌンノスもその饅頭をポイっと口に放り込む。

 一口噛むと緑茶の味が口いっぱいに広がり、柔らかい生地がほろほろと口の中で崩れていく感覚はマカロンのそれに近い。近いが……それはあくまで食感がマカロンに近いだけで、見た目やその味はマカロンとは程遠い物だ。

 どちらかと言えばスコーンに無理やり味を付けて、それを一口サイズにしたような感じだ。


「……確かに、意外といける。でも、どら焼きには勝てない」

「も~、2人とも、貰った傍からそんな事言わないの。帰ってからまたゆっくり食べれば良いでしょ?」

「は~い」

「……分かった」


 渋々と言った感じで頷いた2人は、イシュタルが「最後に自分も……」と言って赤い饅頭をポイっと口にして微妙そうな顔をした事で自分の味覚はおかしくないと自信を持つ。

 ヒナは甘いものがあまり得意ではないのでやはり口にはせず、イシュタルが袋の中にマカロンの箱を戻した事でワラベが話を再開する。


「こっちから提案しておいてなんじゃが、ほんとにそれで良かったのか?」

「あぁ、大丈夫~。お金なんて貰っても仕方ないしな~」

「そ、そうか……。一応、どら焼きは多めに入れておる。足りんくなればこ奴に頼むか自分で買いに行くと良い。これからブリタニアに行くなら、それらも売っておるじゃろ」

「お、売ってるのか? 買う買う~!」


 そう言って腰のポーチからラグナロク金貨を両手いっぱいに掴むと、テーブルの上にジャラっと広げて満面の笑みを浮かべる。


「換金して!」

「……分かった、ちょっと待っておれ」


 苦笑気味にそう言うと、ワラベは部屋を出て部下の1人を連れて戻って来た。

 30代前半くらいのその女性は机の上に置かれた山盛りのどら焼きを一目見てごくりと生唾を飲み込み、続いてその奥に広がる金貨の山を見て「は?」と言いたげな困惑の表情を浮かべる。が、あらかじめワラベにサッサと退室した方が良いと忠告を受けていたおかげで、それらを両手に抱えてふらつきながらもすぐに部屋を後にした。


「ちょっと時間を貰うが、良いか?」

「もちろん! 換金してくれるなら何時間でも待つぞ!」

「そ、そうか……。それで、やっぱりブリタニアに行くのは変わらんのか?」

「ん、変わらない。ヒナねぇが気になるって言ってたから」


 イシュタルがコクリと頷き、ヒナが嬉しそうにニコッと笑う。


 ムラサキはそんな少女達を秘密裏に監視する事に若干の後ろめたさを感じつつ、見覚えのある金貨をマッハが取り出したことで彼女もアーサーと同じ『ぷれいやー』であると確信を得る。

 いや、この場合は『選ばれし者』と言った方が良いかもしれないが、ヒナも含めてそれが4人に共通している事が確定した瞬間だ。

 まぁ、それ以外考えられなかったので今更だという感じはあるが……。


「一つ約束してくれ。あの国に行っても、決して揉め事は起こさないと」

「……なんで?」

「あの国は……君達が思っている以上にムカつく連中が多い。そのくせ武力だけはあるから全てを力で解決しようとする傾向がある。君達の強さであれば問題にはならないだろうけど、王族が色んな意味で終わってるからね。目を付けられると面倒な事になりかねない」


 こんなことを彼らに聞かれればそれこそ面倒な事になるのだが、彼らを相手にするよりもヒナ達が面倒ごとを起こしてその処理に追われる方がよほど面倒だ。なので、ムラサキは忠告する。

 だが次の瞬間、マッハが発した一言で彼女は数秒思考を停止させた。


「王ってアーサーじゃないのか? 結構見る目あると思ってたんだけど、違うのか?」

「マッハねぇ、その人は初代の王。今は違う」

「あ、そっか~。その子孫まで見る目があるかって言われると違うかもなのか~。面倒だな!」

「……人間はそういう物。アーサーって人はヒナねぇを素晴らしいと言ってくれてたからちょっと気になってた。死んだのは、ショック……」


 アーサーの名前が出てくること自体はワラベから説明を受けていたのならなにも不思議じゃない。

 問題は、彼の事を知っているような口ぶりで彼女達が会話をしている事にある。


 数百年前に自身の手によってこの世を去ったアーサーという少年は、彼女達と同じ『選ばれし者』であると同時に英雄だった。

 ただ、その出生は不明で突如として例の城と共にこの世界に降り立った。そんな背景があるので、この世界に知り合いなんていないと嘆いていたのだが……


(師匠の知り合い……? それに、ヒナの事を気に入って……)


 かなりの実力者だったアーサーが「あの人には勝てる気がしない」と言い、それでいて自分達の仲間になるよう熱烈にアプローチしても断られたと言っていた相手。

 性別はおろか、その人の情報は強大な力を持つ魔法使いという事しか分からない。それでも、目の前のヒナがその人である可能性は大いに――


「ともかく、面倒ごとは御免じゃ。ムカつくことはあるかもしれぬが、我慢してくれ。あの国の連中がムカつくというのはわしらも同じじゃ」


 ムラサキが考えを纏める前にワラベがそう口にし、マッハ達が頷いた事でその場の話し合い……もとい報酬のやり取りが終わりを告げた。


 ヒナは律儀にぺこりと頭を下げて最初に部屋を出ると、それを追いかけるようにケルヌンノスが駆け足で部屋を出る。イシュタルもそれに続き、1人残ったマッハはムラサキをジッと見つめると、手元の紙袋をギュッと握ってのっそり立ち上がる。


「どら焼きって、金貨1枚でどれくらい買えるんだ?」

「……残ったと思ったら、そんなことを聞きたかったのか。そうだね、20個は買えると思うよ。ちょうど、ここにある分くらいかな」


 そう言ってテーブルのお皿を指さして笑うムラサキは、マッハがお礼を言って部屋を出ていく後姿を見送ると、小さくふぅとため息を吐いた。

 狐の面を外してその美しい顔を晒すと、隣のワラベの目を見つめる。


「問題、起こさないと思うかい?」

「なぜわしに聞く……? そう問うて来るという事は、お主が一番そう感じておるんじゃないか?」

「……街の人達はともかく、貴族と王族に絡むようなことがあれば、まず間違いなく面倒ごとが起こるだろうね」

「城を見に行くなら、まず間違いなく面倒ごとを引き起こすじゃろうな」


 同じタイミングでどら焼きを掴んでポイっと口に放り込んだ2人は、またしても同じタイミングではぁと深いため息を吐いた。

 なるべく自分達の仕事が増えない事を天に祈るしか、今の彼女達に出来る事は無かった。

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