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24話 事後報告

 ヒナ達がロアの街を去って数時間後、知らせを受けて超特急でやって来たムカつく狐ことムラサキは、まず街の周囲に広がるモンスターの死骸を見て目を見開いた。

 そして、困惑する冒険者達と共にそのモンスターをどうにか解体しようと四苦八苦しているワラベの姿を見て苦笑を浮かべる。

 この段階で、ムラサキはこの場で何が起こったのかを大体把握した。そして、右手に持っているお菓子が誰に渡されるのかも全て理解する。


「やぁワラベ。報告を受けた時は生きた心地がしなかったが、どうやら杞憂だったようだね」


 冒険者達にあれこれ指示を出しているワラベの元にスッと降り立つと、ムラサキは右手の袋を掲げながら苦笑する。

 そんな彼女の姿を見て今日何度目かのため息を吐いた彼女は、その中に自分の分はあるのかと聞くが、もちろんそんなはずもなくガックリと肩を落とす。


「ごめんよ、私に事態を完璧に把握する能力さえあれば君の分も持ってきたんだが……」

「いや、良い。わしも、事態が事態で詳しい事を手紙に書けんかったからな……。大方、緊急事態とやらの正体を探るのに手間取ったんじゃろ」

「正解だよ。さっきも言ったけれど、モンスターの大群がこの街に押し寄せていると聞いた時は血の気が引いたね。それに……なんだい、このモンスターは?」

「お主が知らんのにわしが知っておると思うのか? ヒナ達によると、例のダンジョンに出てきたモンスターらしい。こやつら1体でお主に匹敵する力を持っておるそうじゃ」


 やれやれと肩を竦めながら近くの紅の牙のリーダーであるミヒャエルに「この場を頼む」と言い残し、2人は冒険者ギルドの応接室へと向かった。


 ムラサキの魔法で1分と足らずに辿り着いたその場所で、ワラベは疲れたと大きくため息を吐いてソファにどっかりと腰を下ろした。

 今日一日だけで一生分働いたと言っても過言ではないほど神経を消耗しており、モンスターの脅威から解放された今でも別の問題が浮上していた。


「別の問題? なんだい、それは?」


 狐の面を外してその整った顔に労いの表情を浮かべるムラサキはいつもとは違ってワラベの正面の席に腰掛ける。

 好物の緑茶もどらやきも今日は出てこないという事実を改めて嚙み締めた少女は、額を抑えながら唸り声をあげる。


「あのモンスターな、ブラックベアと言うそうなんじゃ。その爪や毛皮は良い素材になるとあ奴らが言うので採取しようとどうにか頑張っておるのだが……その肉が異常に硬くてそもそも刃が通らんのじゃ。わしの魔法で切り傷程度しか付けられんかった時は呆れた物じゃ……」

「ふむ、そのモンスターは察するにあの黒いクマのような奴の事だろうけど……トラのようなモンスターもいた気がしたが、あっちはどうなんだい?」

「あ~、そっちについては聞きそびれておってな……。だが、そっちはブラックベアほど肉体の強度が高くない。ま、それでも刃じゃ傷一つ付けられず、ミヒャエルんとこの奴らが肉体強化の魔法を使って、戦士が渾身の一撃をかましてようやくって感じじゃった」

「あっはっは、滅茶苦茶だねぇ」


 事実、ミヒャエルら紅の牙の面々とガイル率いる魔導士船団のメンバーが協力して倒せたモンスターは全てホワイトタイガーのみで、ブラックベアにはダメージを与えられていなかった。そんな背景もあって、彼らは城壁の上でケルヌンノスが放った魔法を見て唖然としていたのだ。

 まぁ、その前提が無くとも彼女の放った魔法を見れば唖然としたかもしれないが……。


 その事実にムラサキは若干引きつった笑みを浮かべ、新しく拵えた腰の刀の柄にそっと手を充てる。

 自分でもそのモンスターには敵わない。

 それは、ワラベからの言葉ではなく8割程度の力ではあったものの全力で戦った事のあるヒナの言葉だった。だからこそ信ぴょう性がある。

 そうでなくとも、彼女達の異常な強さは自身の師匠であるアーサーと同じ『選ばれし者』だからだ。

 そんな彼女達が現れた直後に、こんな突然の大騒動。関連付けない方が不自然だろう。


「今回、モンスターが突然やって来た原因はなんだったんだい?」

「さぁな、結局分からずじまいじゃ。ケルヌンノスの娘っ子が放った魔法一撃で奴らモンスターは全滅したんじゃが、その後に残っていたという首謀者らしき人間はマッハが倒したらしい。ま、それは怪しいもんじゃがな」

「怪しい?」


 怪訝そうに首を傾げるムラサキに、いつもビクビクしているヒナがなぜかいきなり怒りの片鱗を見せた事。そしてそれは、彼女の事を姉と慕っていたケルヌンノスやイシュタルさえも怯える程だった事を伝える。


 ワラベでは何が起こったかは分からなかったが、彼女達が首謀者の人間――または魔族――を殺害したのは確かだろう。

 だがしかし、そこに至る経緯なんかは聞かない方が良いというのは己の経験から明らかだった。

 この場合の経験とは、彼女自身の長い人生経験もそうだが、ヒナ達と関わり合いになったここ数日の経験が大部分を占めている。

 その経験が、今回は余計な事は聞かずに彼女達の言う筋書きで事を進めろと囁いていた。


「……なるほど、まぁ君がそう言うなら私から部下達に上手い事言っておこう。モンスターの遺体やその素材の回収に関しては、それこそギルドの方から正式に高位の冒険者達に依頼を出せば良い。まだその素材にどのような価値があるかは不明だけど、聞く限りの性能じゃ、防具なんかに使うだけで時代が変わりかねないだろうね」

「じゃろうな……。そも、あ奴の皮や爪をいとも簡単に加工できる奴がいるとは思えんがな……」

「あっはっは! それもそうだ!」


 やれやれと言いたげに肩を落としたワラベは、今後についてムラサキに尋ねた。

 自分の将来のことについてもそうだが、一番はヒナ達の今後についてだ。


 ハッキリ言って、彼女達はこの街を守った英雄であると同時に、世界にとっての災厄になりかねない存在だった。

 英雄であることは隠してギルドで匿った方が得策なのではないかという事を。


「君がそこまで言うのは珍しいね。なにか心境の変化でも?」

「おいおい……。お主、魔法一撃で数百のモンスターを蹂躙し、全力を出せばこの街を死人で溢れ返させることが出来ると言い放った魔法使いを敵に回すつもりか……? 悪いが、わしはそこまで豪胆にはなれんぞ?」

「彼女達は良くも悪くも子供だからね……。今回の報酬だって、彼女達の申し出……じゃないにしても、君が彼女達に協力を要請する為に、もっとも乗ってくる可能性が高いと考えた物を提示したんだろう? よく言えば単純、悪く言えば、子供故に制御がしにくく厄介な人達だよ」


 単純なのに制御がしにくいとは真逆の意味に聞こえるかもしれない。

 だが要は、ヒナ達をうまくコントロールしようとしても、単純であるが故に予想外の行動を取りかねないという事だ。


 たとえば彼女達は、自分達以外の人間をなんとも思っていないかもしれない。であれば、今回のように菓子という非常に価値の低い物で自分達の敵に回る可能性だって考えられるわけだ。

 それに、彼女達はお互いが最優先事項であってそれ以外の事は二の次だ。なら、どんなに自分達が助けを求めたとしても、4人のうちの誰かに被害が出る可能性があれば迷わず断ってくるだろう。

 それが、あの少女――ヒナに関する事であればなおさらだ。


「彼女達は、ヒナに被害が及ぶ可能性が少しでもある任務なら絶対に引き受けないだろう。それがどんなに緊急を要し、かつ重大な任務であろうともね」

「じゃろうなぁ……。反対に、3人の娘っ子らに被害が及ぼうものなら、今度はヒナが黙っておらんじゃろ。ある意味、あの3人を敵に回すよりも、ヒナ単体を敵に回す方がよっぽど怖い。奴は……いや、他の3人もそうじゃが、ヒナ。奴だけは、本当に底というものが見えん」


 時に人見知りの子供のように怯え、時に彼女達の姉として毅然と振る舞い、時に身内が震えるほど激情し、時に子供のような無邪気な一面を見せ、時に超一流の魔法使いの片鱗を見せる。

 だらしなく、ヒナ以外の2人から冷たい視線を時々受けている自分の興味の有無が生きる指針でありそうなマッハ。

 完全に子供でその世界は自分を含めた4人だけで完結しているかのようなケルヌンノス。

 しっかりしているように見えて実は一番幼く、いつも不安そうにヒナを横目で見つめているイシュタル。


 3姉妹の全員が超常の力の持ち主であることは変わりないが、その中でもヒナが一番底が見えない。

 それは、もちろん実力の面でもそうだが、性格の面でもそうだ。


「奴は……時々多重人格者なのではないかと疑いたくなる。ほれ、お主がよく言っておったじゃろ。ランスロットか誰かが、まるでそのような奴じゃったと」

「私の師匠は、”彼女”の事を解離性同一性障害と言っていたけどね。その意味はよく分からないが、恐らく多重人格と言って良いんだろう。私も実際に会った事は無いが……話を聞いている限り、ランスロットさんとヒナは全く別だろう。あれは、ヒナの個性さ」

「個性ねぇ……」


 個性と言うにはあまりにも……と言いたくなるが、確かにその人の個性と言われると、彼女には「世の中にはそんな人もいるのだな」という言葉で片付けるしかなくなる。

 実際に多重人格の人間を見た事がある訳じゃないので正確な事は言えないし、そもそもその多重人格という言葉はムラサキから聞いただけなのでそれがどんな存在なのかもうっすらとしか知らない。

 なので、それ以上下手な事は言わずに話題をすり替える。


「そうそう、これはお前さんにも話しておかなければと思っておったんじゃ」

「ん? なにかな?」

「奴ら、今度ブリタニアへと行くそうじゃ。なんでも、キャメロット城を見たいそうでな」

「……そうか」


 ムラサキにとって、ブリタニアという国は自身の師匠が立ち上げた国であり、もっとも愛し、その臣下達と共に築き上げてきた国だ。

 だからこそ腐敗しきった今でも度々支援しているし、見捨てずにあれこれ便宜を図ってもいる。

 もちろん戦争したくないのも、彼の国の武力が強大なのもそうなのだが、一番は自身の師匠が愛した場所だから揉め事を起こしたくないという私情が大きかった。


 そんな場所だから、ヒナという爆弾を彼の国に入れたくないという思いもある。

 無いとは思うが、彼女達がもしも師匠の恐れた『魔王』であり、師と崇めた人物であれば……


「ムラサキ? どうかしたか?」

「……ん? あぁ、いや、なんでもないよ。でもそうか……ブリタニアへ行くのか……」


 つい考えこんでしまったと頭を振り、最悪の事態を想定しかけた思考を宇宙の彼方へと追いやる。

 正直アーサーを慕っていた者達が全員この世を去った今、あの国にこだわる必要は無いと言えばない。

 ただ……


「秘密裏に見張りは付けておこう。彼女達が厄介ごとに首を突っ込みそうなら、その度に私が介入しに行くとしよう」

「……お主、暇なのか?」

「失敬な。この世に僕より働いてる人なんて……そうだね、3人くらいしかいないさ。もちろん、その中の1人はここ最近の君だ」

「……分かっておるなら、お前さんとこの支部に戻せ。飯が不味いんじゃここは!」


 耳にタコができるほど聞いたその文言に苦笑しつつ、モンスターの死骸が全て片付いたらそれもありかと真剣に考え始める程、ここ最近の彼女は働き詰めだった。


 ちなみに後の2人は、今や世界一の商会になった『シェイクスピア楽団』の会長であり、賢者と呼ばれたシェイクスピアの息子――賢者は死去――『アントニオ』というドワーフと、その補佐を務めているシャイロックという名のドワーフだ。

 彼らほど忙しなく働いている人物を、ムラサキは知らなかった。


「もしあれなら、彼らにこの街へ支店を出すように口利きしようか? お菓子や料理を重点的に扱えば、この国でも十分な利益は出せるだろうし悪くは無い話だと思うよ」

「それでも良いが……奴ら、小難しいと聞いておるぞ? 大丈夫なのか?」

「彼らはどこかの誰かと違って話の通じない相手じゃないさ。酒とツマミ、それと良い儲け話さえ持っていけば門前払いはされない。まぁ、変に口が上手くて話し合いに神経を使うという点で考えれば、ここ最近厄介ごとばかり起こしてる誰かさんと似ているけどね」

「……まったく、その通りじゃ」


 なぜかケルヌンノスに高く買われているワラベでも、それは彼女達を不快にさせないように全神経を集中させているからに過ぎない。

 考えても見てほしい。一度失言しただけでその代償を自分の命で支払う事になる相手との会話なんて、苦痛以外の何物でもないだろう。


「そうそう、この前彼らと話した時に面白い話を聞いたんだ。君も興味あるんじゃないかな? 人の命の重さには違いがあるかという物なんだけどさ――」

「興味ないわ、そんな物騒な話。そも、なぜそんな話になるのじゃ……」

「いやね、酒を飲んでいるうちに話の流れでさ。ま、興味が無いならダラダラと話すのも申し訳ないし、私は一度帰って今後の事を部下達に話してこよう。彼女達が次に来るのはいつか分かったりするかな?」


 ムラサキは、彼女達に渡す物ならどらやきが多い方が良いだろうと今持っている袋の分とは別で追加するつもりだった。

 それに、万が一にも「これだけ?」とガッカリされないように、もう少しだけ色々なお菓子を買うつもりでいた。もちろんその代金はギルドの報酬額から差っ引くつもりだ。


 その内心を歪められた瞳から正確に察したワラベは、金は出すから自分の分も買ってこいとヒナ達が次に来る日を報せる。

 ムラサキはそれに微笑する事で答えとしたが、彼女の事だ。絶対に買ってくる……というより、最近の労いとしてお題は自分が持つとでも言うつもりだろう。長年の付き合いだ、それくらい分かる。


「じゃあ、私はこれで失礼しよう。数日後にはダイヤモンドランクの冒険者を数組寄越すから、彼らと共にモンスターの片付けを進めてくれ。移動の件は、真面目に考えるとするさ」

「あぁ、頼む」


 コクリと頷いて狐の面を被ったムラサキは、去り際に一度ペコリとお辞儀をして自分の国へ帰っていった。

 その後ろ姿を見送ったワラベは、再び城門の前に戻ってモンスターの素材集めに四苦八苦している冒険者達に指示を出すべく再び歩き始めた。

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