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237話 世話が焼ける姉

 2人の神の怒りが愚かな魔法使いに向けられる数分前……。それこそ、マッハが自身の切り札を使用して死神を片付けた直後に時間を遡る。

 イシュタルは怪我人や死体を周りの兵士達を使って集めつつ、姉の戦いを遠目で眺めていた。そこには一瞬の油断も無く、自分が無茶な事を言ってしまったせいで姉が死んでしまっては本当に笑えない……と、いつもの数倍神経を張り巡らせていた。


 ヒナが戦闘が始まった直後から発動していた未来視のスキルの恩恵は当然ながらウケられている物の、目の前の光景をヒナが見ている訳では無いのでマッハの戦況がどうなるのか。それは分からない。

 ただ、ヒナが次にとろうとしている行動を逆算し、そこになにか“マズイ物”が混じったその瞬間に魔法を発動する準備は済ませていた。


 通常通り戦闘が進めばそれはそれで良い。

 だが、仮に『今自分達がいる場所が突如爆発する』のような、イレギュラーな未来が見えた場合、マッハでは対処できない可能性が高い。

 今更自分達が爆発程度でどうこうなるとは思えないし、いざとなればグレンがヒナの命令を全て無視して自分達を助けにやってくる。その数秒を耐えられればもう負けは無い。そう確信し、常に気を張っていたのだ。


「……? マッハねぇ、もう終わったの?」


 ただ、そんな彼女ですら気付けなかった“一瞬の決着”は、思わず口を半開きにしてしまうほどあっけなかった。

 上空から不機嫌そうに降りてくるマッハをジーっと見つめつつ、今の攻撃は何だったのか。それを頭の中で考える。


(マッハねぇの切り札なんてそう何個もある物じゃ無いし、そもそもマッハねぇは武器と攻撃力が強すぎてそのほとんどをヒナねぇから秘匿するように言われてるはず……)


 マッハの素の攻撃力は、防御をほとんど考えていない関係でゲーム内でもほぼ最高の値を記録している。

 それに、魔法なんかも使用しないので魔力のステータスにすら割り振られていない。そのせいで、普通にスキルを使うだけでとんでもないダメージを叩きだす事が出来る。


 それ故に、彼女の切り札は運営にバレると一発で修正されかねないと、ヒナがNGを出している物がかなり多い。

 その多数の切り札の中から“自分が察知できない”類の切り札は何かあったか……。それを数秒思考し、答えに辿り着く。


「あ~……。マッハねぇ、それは一番使っちゃダメって言われてなかった? タネがバレると対策されかねないって」

「仕方ないじゃん、死ぬとこだったんだもん。たるでも、やっぱりあの魔力は感じ取れなかったんだな」

「む~……。何があったのかは知らないけど、ヒナねぇの言いつけを破っちゃうくらい、緊急事態だったって事?」


 腰に手を当てながらそっぽを向く姉に、イシュタルは本気で怒りそうになるのをなんとか抑えながらそう言った。


 たとえ家族でも、自分の力を疑われるのを良しとする者達は3人の姉妹の中には居ない。

 部外者に同じことをされるよりも怒りは少ないが、それでも自分に力を与えてくれたヒナを侮辱するに等しいその言葉は、たとえ家族であろうとも『ライン越え』だ。


 ただ、それをヒナを含めて家族全員が知っているので、誰も冗談や軽いノリなんかで口にすることは無い。

 もしも彼女達がそれを口にする時があれば、口にした本人に精神的な余裕が無かった時か、もしくは言われた側がなにか洒落にならないミスを犯した時……くらいだろう。

 いや、後者であったとしてもラインを超えてくる家族はいないだろうから、実質前者の場合のみだろうか。


 ともかく、それをしっかりと理解し“3人の”姉より大人なイシュタルは、ぶちぎれる寸前で何とか理性を働かせ、怒りをグッと飲み込んだのだ。

 これが他の2人の姉であれば、こんな器用な事などできずマッハと本気の喧嘩になっていただろう事は間違いない。


「ん。でも、多分対策なんてされないと思う。情報がすぐに出回る向こうならまだしも、こっちはそういうの無いし、初見で察するのはヒナねぇでも無理」

「……まぁそうだけどさ」


 むしろ、ヒナが“使用者以外の時間を止め、その停止した時間で敵を斬った”なんてスキルの存在を知らず、相手にそれを使用されたとしよう。

 マッハの言う通り、そんなの初見で察する事が出来る方がおかしいし、ヒナも最初は何が起こったのか分からず混乱するだろう。


「でも、ヒナねぇならありえないって固定概念を捨てて推測を建てると思う。多分、数分もあれば仕組みそれ自体は分かるはず。対抗できるのかどうかは、知らないけど」

「……まぁ、そうかもだけどさ」


 マッハが先程使った切り札に対する対抗策を彼女たち自身も知らないのは、ヒナがあらゆる面で『最強』である事の何よりの証拠だ。

 彼女は、あらゆる切り札を自分以外が使用してくる。もしくは対策をしてくる前提で考え、切り札が通用しなかった時の為の策をいくつも用意している。


 これは“絶対に勝てる必勝の業”なんて慢心し、いざ対抗策を打ち出されて交わされた時の数秒のタイムロスは、それこそ勝敗を分ける数秒になる。

 魔王が、そんな平凡なミスをするはずが無い。グレンも含め、運営にすら秘匿していた切り札の全てに対抗する策をヒナは自身でも編み出しているし、それを相手が行ってきた際の対処だって数パターンシュミュレーションをしている。

 常人には理解が及ばない領域ではある物の、そこまで出来るからこそ、彼女は魔王でいられるのだ。


 そして、その対策を本人達にも伝えていないのだって、ヒナなりの考えがあっての事だ。


(私達が何かしらの精神操作系の魔法で操られた時、相手に私達の切り札に対する脆弱性が漏れないようにするため……だよね。もう……いや、ある程度考えたらそれが合理的って言うのは分かるけど!)


 どんな人にだって万が一はある。それを、魔王はしっかりと分かっている。

 9割以上大丈夫だと思っていても、残り1割やアップデートなんかのよる魔法やスキルの追加で可能性が跳ね上がる事も考えられた。

 現実世界では“ハッキング”という最終手段というか、違法そのもののリスクを背負っていたからこそ、マッハ達には何も伝えていなかったのだ。


「でも、それならここから離れた方が得策。多分、ヒナねぇは数分も経たずにマッハねぇに何かあったか気付く。最悪2人の魔法がここに向けられるってなると、私達でも対処しきれない」

「そうだよなぁ……。グレン呼ぶ?」

「うん、それが確実。あの子に手伝ってもらって、ここの人達を安全な場所に運ぶのが良い。マッハねぇも手伝って」

「えぇ……」


 露骨に嫌そうな顔をして、むしろヒナが帰ってくるまでの間グレンの腕の中で甘やかしてもらおう……なんて思って居たマッハは、ガックリと肩を落とす。

 ただでさえ久々の手合わせ、そしてヒナがくれたせっかくの機会を台無しにされて気が立っているのに、どうでも良い人間達を救う為に癒しの機会まで奪われるのか。そう言いたげな恨めしい瞳で妹を見つめる。


「……私の添い寝権、1回譲ってあげる」

「足りない! それと、今度どら焼き食べる時、たるの分半分ちょうだい!」


 マッハは右手をパッと広げて目の前に出すと、満面の笑みを浮かべた。

 流石に可愛い妹から最愛の姉を2回も奪うのは気が引けるが、どら焼きくらいならば許されるし、罪悪感もそこまでない。そう思っての瞬時の判断だった。


「えぇ……。じゃあ、私の分は全部食べて良いから添い寝譲るのはナシで良い?」

「添い寝は貰う~! むしろ、そっちがメインじゃん!」

「欲張り……」


 ボソッとそう言いつつ、なんとか姉の機嫌が持ち直したことに内心ホッと一息を吐いたイシュタルは、無駄話で時間を無駄にしたとさっさとグレンを呼ぶことにした。

 そして、その方法だが――


『グレンー! ちょっと来てー!』


 2人が大声でその名を呼べば、彼女は何を置いてでも駆け付ける。

 今回はヒナの命令でもあり、新たに家族となった雛鳥をお姫様抱っこしながら空間転移を行い、すぐさま2人の前に現れた。


「何か御用でしょうか」

「!? あ、いやあの……なんで私だけ……」

「私達の家族だから。グレンが置いてくるわけないじゃん、ね?」

「はい。皆様同様、ご家族であられる雛鳥様は最優先で守れというのが、主様の命でした故。それに念の為、先程わっちが居た部屋には防護魔法を施しております。御心配は無用です」


 さも当然のようにマッハとグレンにそう言われては、雛鳥としては何も言えなくなってしまう。

 自分よりも何倍、何十倍という強さを誇る人達が自分を恋人のように大切に扱ってくれる。それも、自身も敬愛している相手から……ともなれば、嬉しくないはずが無い。


 見た目も数百倍という麗しさと美しさ、気品を併せ持っているグレンに姫様扱いをされていると恥ずかしいなんて物では無いのだが、それはもう思考を停止させることで無理やり納得させることにした。


「じゃあグレン、そういうことで!」

「ハッ! 承知いたしました」


 1分もしないうちにあらかたの状況説明を終えたマッハは、彼女と共に怪我人や死体の移動を開始した。

 グレンの次元移動があればそこまで時間のかかる作業でもなく、いつ2人の攻撃が飛んでくるか分からない状況では、新たに人を救助している余裕なんてない。可哀想だが、現状拾えている者達以外の生存は諦める他無いだろう。


「良し、これで終わりだな! じゃ、戻ろっか!」

「はい。マッハ様、御協力感謝申し上げます。主様にもその旨、しかと伝えさせていただきます」

「ほんとか!? やっぱりグレンは私の事分かってるよな! 今度、一緒に遊ぼうな!」

「光栄でございます」


 自身がうちに抱えるヒナやその家族に対する重たすぎる愛を一切悟らせぬよう、見る者を瞬く間に恋に落としそうな魔性の笑みをグレンが浮かべたその瞬間だった。


 上空から身を震わせるような圧倒的な力の奔流が降りかかる気配を感じ、彼女は本能的に自身の真の姿を現し、3人を守るべく魔法を発動しようと――


「いや、グレン。あれは……」

「けるねぇ、魔法の効果範囲絞ってる……」

「そんな……。そんなことが……」


 三者三様の驚きの声を置き去りにして、その巨大な力の流れはある一点だけを目指し、降り注いだ。

 そして1分も経った頃、そこには“なにも存在していなかった”のだ。

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