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235話 隠し通した切り札

 己の妹がそんな事を考えているなんて知る由もないマッハは、いつも以上に真剣に相手の動向を観察し、攻撃のモーションが見えた瞬間最適なスキル、動きを選択してそれを回避する事に専念する。

 倒す事だってもちろん重要だし、これ以上家族の恩人が大切に想っていた場所を壊されるのも腹立たしいので阻止したい。


 だが、マッハにとって第一優先なのは自分が最愛の人と一緒に寝られるチャンスを一度たりとも逃さない事にある。

 それに、死傷者に関してはイシュタルが完璧に治してくれるだろうからそこまで気にしなくて良いというのも大きい。

 いくらシャルティエット商会が世界的に大きな組織と言っても、マッハ達のせいで壊されたわけでは無い建物の修復まで手伝え。なんて言わないだろう。


(そう考えるなら……えっと、そうだな。相手の隙を伺いながら着実に攻撃を当てていく方が良いよな……? でもこいつの攻撃、範囲攻撃も結構あるから避けるのがめんどくさいんだよなぁ……)


 死神の攻撃手段は主に手に持っている巨大な鎌による物理攻撃だが、それ以外にもスキルを使用した範囲攻撃だったり、鎌による攻撃にスキルを乗せた致命的な一撃だって存在する。

 流石にヒナ程正確に相手の性能を覚えている訳では無いが、効果範囲が非常に広い攻撃を避けるのはいくらマッハでも至難の業だ。自身のスキルで相殺する事は出来るかもしれないが――


(そうすると、周囲の被害が拡大しちゃうしなぁ……)


 そう。マッハ自身の攻撃力はもちろん、メイン武器の効果によって上乗せされているダメージ量も相まって、周囲への被害は甚大な物となる可能性が高い。

 それはマッハはもちろん、ヒナだって望むところでは無いだろう。


「キェェェ!」

「あ~! もう、まだ考え纏まって無いんだけど!」


 しかしながら、そんな悠長なことを考えながら死神と対等に戦える存在は、この世界には2人しかいない。

 マッハはそのうちの1人には残念ながら含まれないので、今までの思考を全てそこら辺に捨て置き、上段から振り下ろされる鎌を愛刀で受け止める。


 これは1回にカウントされるんだったかな……なんてのんきな事を思いつつ、スキルで強化された腕力で無理やり押し返し、骸骨の体に神速の一撃を叩き込む。


暗黒世界の断絶(ダーク・グレイブ)


 本来は槍使いのスキルとして頂点に君臨するような代物のそれを、剣士であるマッハが叩き込む。

 それは、本来の使い手の10分の1程度の威力になってしまうが……それでも、彼女が狙ったのはダメージその物ではなく、アンデッドや悪魔等、地獄や魔界に住まうとされる『この世ならざるモンスター』相手にのみ適用される能力。


「炎系の持続ダメージだったかな……。やっば、自分のスキルの詳細も把握してないとか、ヒナねぇにバレたら怒られる……」


 正確に言えば暗黒の炎がその身を包み、この世ならざる者の魂を焼き焦がすのだ。

 だがしかし、そんな難しい事をマッハが覚えているはずが無いし、ヒナに聞けば『地獄を断罪する神様の業だよ』という設定まで口にするだろう事を想像し、ブルっと身震いしてしまう。


 ただ、死神にとってその手の持続ダメージは別に痛手でもなんでもない。

 元々のHPが膨大すぎて持続ダメージによる軽微なダメージなど数秒で自然治癒できる範囲でしかないのはもちろん、そもそも魔法耐性が異常に高いので持続ダメージにも多少の耐性があるのだ。


『魔王の再臨』


 ただ、今回死神を召喚した“魔法使い”はそんな基本とも呼べる情報は知らなかった。

 マッハという強大な相手がどうすれば『満足してくれるのか』だけを考え、誰にも気付かれぬよう魔法を発動する。


 その魔法使いは戦いを見物する為に死神が破壊した瓦礫の下敷きになりながら、息を殺して魔力を練った。

 そして、死神がマッハに迫るそのタイミングで再び魔法を発動させた。


『大自然からの贈り物』


 それは、対象の神を複数人倒した後にようやく手に入る強力な“スキル”だった。

 その効果は、すぐに表れる。


「はぁ!? ちょっ、待ってよ!」


 2体へと“分裂”した死神が、勢いそのままにマッハへと勢いよく鎌を振りかぶる。

 その一撃は本来であれば小さな少女の胴と頭を完璧に分断し、一瞬のうちに命を終わらせる致命的な一撃だ。

 それに加え、魔法使いが先に使った『魔王の再臨』という魔法。その効果は、その魔法がかけられた“召喚獣”が与えるダメージに『神の一撃』を付与するという物だ。


 魔王の再臨。それは、一時期ヒナでさえ攻略を諦めかけた程の難易度だった魔界と呼ばれる特殊ステージ。その最奥にいるボスモンスターを倒した者にのみ与えられる魔法だった。

 当然だ。召喚獣であり、時間制限付きとはいえ『神の名を冠するモンスター』という称号を、システム的に与えるという頭のおかしい効果を付与できるのだから。


 召喚獣が神の名を冠したモンスターと同列に扱われる。

 それは、システム的に大きな意味を持つ。なにせ、神の名を冠した攻撃が可能になるのはもちろんの事、ある特定の装備を所持しているプレイヤーに対して致命傷を与える事が出来るからだ。


 神の名を冠するモンスター以外からの攻撃を一切受け付けない。

 そんなバカげた装備を実装しているのだ。ほとんどプレイヤーに認知されていなかったとはいえ、その対抗策だってしっかりと用意するのが有能な運営という物だ。

 しかも厄介な事に、この魔法の恩恵を受けている召喚獣はエフェクト等によって識別ができないという所にある。


 仮にヒナが死神を召喚し、魔王の再臨の恩恵を受けている死神の隣に立たせたとしよう。

 どちらが神の名を冠するモンスターと同列になっているか分かるプレイヤーは、その死神を召喚したプレイヤーだけだ。

 それほどまでにぶっとんだ魔法であり、それだけ特殊ステージの魔界攻略の難易度が高かった事を意味している。


 話を戻すが、今目の前の2体に分裂した死神は、2体共に神の名を冠するモンスターと同列だという事だ。

 仮にマッハがいつも通りどうせダメージは無いから~と高を括って攻撃をまともに喰らおうものなら、少なくともHPの半分以上は持って行かれる事だろう。最悪の場合はそのまま死亡してしまう。それだけ、神の一撃はマッハにとって致命的だ。


 まぁ、神の一撃が致命的なのは彼女だけでなくヒナにだってそうなので纏めてしまうのは間違いだろう。

 ただ、ヒナよりも被害が大きくなる。そう解釈して貰えばそれで良い。


「やばいやばいやばいって! ヒナねぇと寝れなくなっちゃうじゃん!」


 だが、今のマッハは相手から一撃受ける度にヒナと共に寝れなくなるという縛りがある。

 だからこそ、いつものようにのんきな事はしない。

 普段は使われる事のない脳みそを必死でフル回転させ、2体の刃が届く数秒の間に自身が所持する全てのスキルを頭の中に思い浮かべ、最適な組み合わせを選択する。


「私だって、切り札持ってんだからな! 舐めんなよ! 『終末の日(アポカリプス) 超英雄(スーパーヒーロー)爆誕!!』


 終末の日。それは、キリスト教において黙示、啓示を意味し、世界の終末。大災害などとも呼ばれるものだ。


 ラグナロクに置いて、最強の対個人魔法はヒナが。最強の対集団魔法はケルヌンノスが所持している。

 だがしかし、そのどちらにも当てはまらず、かつマッハにとって一番の切り札と呼べる物は、恐らくこれだろう。


 そのスキルの効果は、世界の時間を数秒ではあるが完全に停止させるという物だ。

 どのようなアイテムを所持していようが、どのようなスキル、魔法で身を守っていようが、その効果からは逃れられない。

 今この瞬間、マッハ以外の全ての生物の心臓の鼓動は完全に停止し、また空気中の酸素や分子の動きまでもが完全に停止している。

 数秒間、世界の動きを完全にストップさせ、その中をスキル使用者だけが自由に動き回る事が出来るという“究極の緊急脱出法”を、彼女は所持していた。


 全てが停止した時間の中では誰かに危害を与える事はおろか、自身が負ったダメージを回復したり自身に強化を施して時間が動き出したその瞬間に相手を斬る。なんて事は当然できない。

 その空間の中で出来る事と言えば“動く事だけ”という、本当に回避に特化したような物である。


 世界断絶と同じだと思うかもしれないが、あれは世界から自分の存在そのものを消しているだけだ。

 言ってしまえば究極の“防衛手段”であって、どうしようもない回避手段として使用するならこちらの方が良いに決まっている。なにせ魔力の消費が無いのだから。


「っぶなぁ……。これ、滅多な事じゃ使っちゃダメって言われてるのに……」


 全てが静止した世界で、マッハは1人ポツリと呟いた。

 一度見せてしまえば、相手はその切り札を想定した戦い方が出来るようになってしまう。なので、ヒナを含めた全員が“切り札”や“奥の手”を無暗に使おうとしない。

 素の力がバカげているので大体はなんとかなるのだが……


「今回は仕方ないよね、うん……」


 自分に言い聞かせるようにそう言いながら、マッハは目の前で静止している死神に刀を向け、言う。


「じゃあね。ちょっと、他者の介入があるとかなるなら話は別。手合わせは、また今度ヒナねぇに直接お願いする事にしたから」


 その瞬間、マッハが発動させていたもう1つのスキルである超英雄爆誕!!の効果が発動される。

 それはあらゆる“スキル”の効果を無視するという物だ。


 全てが静止した世界では、他者に害を与える事も自分自身を強化するという事も出来ない。

 だが、発動した瞬間に効力を発揮する超英雄爆誕!!に関しては勝手が違う。


 それは、スキルの効果を全て無視するというこれまた無茶苦茶なスキルだ。

 当然マッハが自身に施していた鬼人化や神格化は終末の日を使用した時点で強制的に効果が解除されている。

 だがこのスキルを使用すれば、終末の日を使用せずともどの道効果が掻き消えるので意味は無い。


 そう、つまるところこのスキルが無視するスキルとは、自分が自分に施しているスキルでの強化効果も含まれる。

 その為非常に使い勝手が悪い物なのだが……イベント首位報酬として配られたそれと組み合わせれば『予測不能・回避不能・即死不可避』という理不尽の権化のような攻撃が可能になる。


 効果を無視するのに世界の時が刻まれないのはなぜだ。そう言われると、超英雄爆誕!!の恩恵を受けられるのは、使用者のみ……この場合は、マッハだけだからだ。

 終末の日はマッハ以外の“世界全て”を呑み込み、時間を止める。マッハに対しては全てのスキルの効果が無効となるが、終末の日が効果を及ぼしているのはマッハだけでは無い。

 よって、時が刻まれる事は無い。


 そしてこれは、ヒナが『ダメでしょこれ……』となった物の1つであり、グレンと同じように運営の目に晒してしまえば速攻で修正が入ると確信し、マッハに隠し通させていた物でもある。

 そんな背景があるからこそ、マッハは出すのを出し渋り、非常に後悔しているのだが――


「ッチ! あ~あ、誰だよ。せっかく良い勝負が出来ると思ったのに邪魔しやがったのは!」


 数秒後に再び時を刻み始める世界を見回しながら、少女は怒りの声を挙げた。

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