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234話 本気の手合わせ

 部屋を飛び出したマッハは、ヒナとは違って屋敷の被害なんかは気にする事無く壁を細かく切り刻んで死神までの最短距離を突き進む。

 彼女はメリーナが暮らしていた屋敷だから……なんて気遣いはしない。メリーナだって自分のそういう、よく言えば“なるようになるだろ”という精神は理解してくれるだろうし、ここで変に気を遣う方が彼女は残念に思うだろう。そう思ったのだ。


「マッハねぇ、後でヒナねぇに怒られても知らないから……」


 ただ、イシュタルはそうではない。

 鍋に入っている豆腐のように細かく切り刻まれた建物の残骸を物悲しそうに見つめつつ、目の前を自分に合わせて少しゆっくり走る姉に愚痴る。

 もしも戦いが終わった後、ヒナにこの件を責められようとも自分は知らぬ存ぜぬで通そう。そう心に誓いつつ、ヒナがマッハを怒る事は無いんだろうなぁ……と頭の片隅で思ってしまうのも事実だった。


 マッハの性格は元々ヒナが設定した物なので彼女の行動にヒナが怒る事は無い。

 それはマッハだけではなくケルヌンノスやイシュタルの場合でも同様だ。その行動に対して、自分が“そうあって欲しい”と望んだ結果なのだから。そう理由を付けて怒るという事をしない。


 ただ、その行動で被害が出るなりした場合はその周囲の責任にしてしまう。それが、ヒナの悪い癖でもあり、家族に対して妄信的すぎるところでもある。

 まぁ、その甘さと優しさに甘えてしまう自分達もどうかと思うのだが……。


「そういえばたるさぁ~? 今ここでこの服脱いで戦うって言ったら怒る?」


 そんなどうでも良いような事を考えていたイシュタルは、目標が数メートル先で暴れているという所まで来て突如立ち止まった姉の発言に驚きと呆れで目を見開いた。

 彼女が言っているのは、神の名を冠する武器以外からの攻撃を一切無効化する装備を脱いで戦っても良いか。という事だろう。


 その装備はラグナロク内でもヒナを含め2名しか所持していない激レアという言葉では生ぬるい程のレア装備なのだが――


「それがあると、そもそもどんな攻撃だろうが無効化されるから避けようとしないと思うってこと?」

「そうそう! それじゃ本気の手合わせにはならないだろ~?」

「……別に、私は怒らないけど」


 マッハが満面の笑みを浮かべながら言ってくるが、イシュタルは常に冷静だ。

 彼女が部位欠損をするような大怪我をした場合でも、ディアボロスの面々が部位欠損を重力魔法以外の攻撃を受けた場合再生できていた。という実験結果からも分かるように、自分達NPCであっても再生は可能だろう。


 そもそも、メリーナを助けに行ったあの場面で彼女の失った右腕を完全に治せている事からも、部位欠損は修復可能だという結論が出ている。

 しかしながら――


「マッハねぇ。大前提として、治るとは言ってもダメージを受けるのはかなり痛い。私は背中を斬られただけだったけど、腕を失う怪我なんて負うならその痛みは私の時の比じゃ無いと思う。叫ばずにいられるの?」

「あっ……うぇぇ、そうだった……」


 家族の誰かが全力で泣き叫べば、何をしていようがヒナがその声を聞きつけ次第全てを蹴散らして駆け出してくるだろう。

 すぐさま怪我を修復したとしても泣き叫んだ原因を作った相手をヒナが許すとは思えないし、そもそもそんなバカな行動をすれば『心配させないで……』そう泣きそうな顔をして訴えてくる可能性が極めて高い。


 大好きな人のそんな姿、マッハは見たいと思うだろうか……。否だ。

 そして、良い意味でも悪い意味でも精神が未熟で子供である彼女達は、痛みを受けて感情を我慢するなんて器用な事は出来ない。

 コケて膝を擦りむいただけで瞳に涙を浮かべる小学生と同じように、痛い物は痛いと泣き叫ぶだろう。


「無いと思って避ければ良い。もしくは、マッハねぇが一撃受ける度にヒナねぇと一緒に寝る順番一回飛ばすって縛りを付ければ良い。そうすれば、否が応でも回避する」

「うげぇ……それは痛いのより嫌だ……」

「刀で攻撃を受けるのはノーカウントにしたとして、体に攻撃が入ったら一カウントって事にする。装備脱ぐより全然平和」


 イシュタルはそれだけ言うと、姉の了承を得る事無くそそくさと崩壊寸前の宿舎の方へ歩いて行く。

 そして、そんな妹を守る為に……。そして、ヒナと一緒に寝る権利を守るために、マッハは抜刀して気合を入れる。


「だぁぁぁぁ! もう! 気楽に手合わせ出来る~って思ってたのに!」


 いくらマッハでも、非常に高レベルのモンスター相手に一度も攻撃を受けずに勝利するとなるとかなりの神経を使う。

 普段であればその装備に物を言わせてタンクのような立ち回りをすることでほぼ無敵に近い状態になる彼女だが――


「な~んでよりによって相手がお前なんだよ! 倒すの面倒じゃんか!」


 数分前までは死神と戦える事を楽しみにしていた彼女だったが、今はまるで別人のように怒り、悲しみ、そして泣きそうになりながら足に力を込め、数メートル飛翔する。

 刀を握る手に思いっきり力を込めつつ、半ば自棄になりながらもスキルを発動する。


『鬼人化 神格化』


 額の角を普段の数倍に伸ばしその筋力と速度を数十倍という意味の分からない数値まで強化しつつ、あまり被害を出すと叱られそうという理由で少しだけ優しめに刀を振る。

 マッハの怒りを乗せ、音を置き去りにするその剣擊は刀身をわずかに緋色に染める。


『天の川 (ろう)


 左右に揺れ動きながらも、そこからランダムに放たれる刺突のような斬撃。

 本来は槍使いが使用し、一糸乱れぬ連続の突きで相手にダメージを与えるスキルなのだが、マッハはそんな事気にしない。

 本来の職業ではない彼女が使用する事でダメージ量は多少下がってしまうが、鬼人化と神格化を合わせる事によってステータスを無理やり底上げしているのでそのデメリットは帳消しになっていると言っても良い。


 地上数メートルという位置に漂いながら巨大な鎌で宿舎を攻撃していた死神は、突如飛来した小柄な剣士の存在に気付くことなく、その攻撃をまともに喰らってしまう。


「ぐぎゃぁぁぁ!」


 一突き、二突き、三突き。コンマ何秒というわずかな間に三連撃を繰り出しつつ、スキルの効果で残り3回の連続攻撃が発生する……という所で、ようやく死神の防御が間に合う。

 巨大な鎌を器用に振り回し、迫りくる暴力的な一撃をコンコンと甲高い音を立てながら跳ね返す。それは、並大抵の剣士であれば不可能な動きだし、ましてプレイヤー相手なら今の一撃で勝負が付きかねない威力のはずだ。


 それを受けてなお、死神の残りHPは9割弱。ほぼ削れていないに等しい。

 なにせ、死神は言わずもがなアンデッド。刺突や斬撃に対する高い耐性を持っている。魔法防御力がありえない程高いという点が目立つので忘れがちだが、決してそれだけのモンスターでは無いのだ。

 だからこそ、マッハもヒナも、このモンスター相手ならば本気の戦いが出来ると踏んだわけなのだが……


「今となっては、この拮抗した実力差がキツいんだって……。『希望と勇気の神(イカロス)偽りの翼(つばさ)


 剣士が使う用の、空中を歩けるようなスキルは存在する。ただ、そのスキルを入手する為にクリアしなければならないクエストが“非常に面倒”なのでほぼ全てのプレイヤーが他の空中浮遊系のスキルやアイテムで妥協する。

 しかも、マッハに関しては高所恐怖症の気があるのでそもそもこういうスキルはあまり好んで使わない。


 だが、空中をフワフワ浮かびつつ攻撃をしてくる相手に、周囲の被害を最小限に抑える為にはそうするしかない。

 ただし、攻撃を避ける為に降りたり下に回避しようとすると泣き叫びたくなるので――


「目瞑ったらジェットコースターだって怖くないって、前にヒナねぇが言ってたもん!」


 目の前にモンスターがいるというのに目を瞑りつつ、膝をガクガクと震わせる彼女を見れば、とても剣神と呼ばれる少女とは思えないだろう。


 ただ、彼女は目を瞑っていようが殺気だったり攻撃の気配を敏感に察知して回避なり受け流すなり、そういった行動を取れる。だからこそのこの行動なのだが……マッハは知らない。ヒナが、そもそもジェットコースターなんて乗った事は無く、目を瞑った方が目の前が見えないせいで浮遊感や落下している感じをもろに味わって怖さが倍増してしまう……という悲劇的な事実を。


 そして、彼女がその事に気が付くのは、もう少しだけ先の事だ。


「ぐぎゃらぁぁぁ!」

「あ~うるっさ! そんな耳元で叫ばなくたって聞こえてるって!」


 彼女が使用したスキルの良いところは、他の飛翔系スキルとは違ってマッハの“全力”の速度で空中を移動しても問題ない所にある。

 大抵の物は、マッハが全力を出してもその速度に追いつけずに効果が切れてしまうか、そもそもそんな速度では移動できないという制限が付いている。


 だが、イカロス……またの名を、イカーロスとも言うギリシア神話に登場する神は、蜜蝋で固めた翼で自由自在に空を飛翔する能力を得たと言われている。

 最終的には太陽に接近しすぎて蝋が溶けて翼が消え、死亡したというなんとも言えない結末を迎えた神ではあるのだが……そのスキルの効果はそんなマヌケな事は起こさない。


 他のスキルや魔法による飛翔or浮遊は、あくまで体の一部……言い換えてしまえば身体能力によって浮かんでいると言っても良い物だ。

 だがしかし、イカロスの翼は正確に言えば蝋だ。体に帰属する物では無いのでその制限は無い……と言うのが、公式の見解だ。

 なんとも身勝手というか、こじつけというか無理やりというか……まぁ、そう言いたくなる気持ちは分かるのだが――


「ねぇたる~! これってスキルで防御しても1回喰らった判定になるの!?」


 目を瞑りながら出来る限り大声でそう言った彼女に、崩壊した瓦礫の下から負傷した護衛部隊の人間を引っ張り上げていたイシュタルは、その手を一時止めて言う。


「スキルなら、別にカウントしない~」

「おっしゃ~!」


 彼女も上空の姉に聞こえるようにできるだけ大声で言ったので、腕と足を一本ずつ無くし、臓器がぐちゃぐちゃになっている瀕死の男の鼓膜は一気に限界を迎えた。

 だが、次の瞬間には温かい光に全身を包まれ、数秒も立たないうちに数日休みを貰った時のような万全の状態へと戻る。


「は……?」


 訳が分からない。そう言いたげなその男に、イシュタルは興味なさそうに言った。


「いちいち瓦礫の下から引っ張り出すの、面倒だから救護所みたいなところ作って。そこに怪我人と死んじゃった人全員を集めて。全員、あなたみたいに治してあげるから」


 ちょうど『絶対障壁』という切り札を使用して相手の攻撃を無効化しつつ斬撃を与えているマッハを横目に、イシュタルは考える。

 果たして、怪我人を必死で治療している間、姉が何回攻撃を喰らったかなんていちいち数えていられるのだろうか……と。


(むしろ、マッハねぇが自慢げに言ってくれるかな……? これしか喰らわなかった!って。別に飛ばすつもりなんて無いけどこっちの方がやる気になってくれるもんね)


 己の姉の単純で愛らしい所を少しだけ誇りに思いつつ、こいつは何者なんだ?と訝し気な目を向けてきている目の前の男にどう説明した物か……。そう、考えを切り替え始めた。

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