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232話 死神と大悪魔

 メイリオの悲痛とも嘆きとも思える叫びのような報告から数秒後、屋敷が大きく揺れそのモンスターの物と思われる叫び声が周囲の空気を激しく揺らした。

 ヒナ……いや、魔王からしてみれば、相手モンスターの情報なんてそれだけで十分分かるし、どうすれば対処可能なのかも瞬時に頭に思い浮かぶ。


「まーちゃん、死神の対処に当たって。たるちゃんはその援護と怪我人の手当て。戦闘が終わり次第、死んじゃった人達の蘇生を始めて? 魔力が足りないとかがあれば、けるちゃんを呼びに来て」

「おっしゃ~! 死神相手って久々だ! もちろん本気で戦って良いんだよね、ヒナねぇ!」


 子供のようにキラキラした瞳を浮かべながらマッハがそう言うと、ヒナは小さくコクリと頷いてブリタニアの一件から持ち歩いている腰のポーチを右手でまさぐり、瞬時に目的の物を掴みとる。

 そして、雛鳥にシャルティエットを守るよう指示を出すと同時に左手に魔力を溜めて召喚魔法を発動する。


「グレン、おいで」


 その召喚獣――もとい、彼女を呼び出す時に必要な言葉はそれだけだ。

 グレンは今朝移動の為に呼び出したばかりで本来なら膨大な時間のクールタイムを必要とするのだが、そんな煩わしい物を気にしなくて良くなるアイテムを、彼女は今しがた破壊した。


 粉々に割れて細かいガラスの破片が床に散らばり、数秒の内に消えてなくなる。

 中身の細かい粒子とも砂ともとれるそれはヒナの周囲をキラキラと輝きながらその効果を存分に発揮し、その証にとラグナロク最強の召喚獣をこの世界に再び呼び戻す。


「主様、御用でしょうか」

「うん。雛鳥と一緒にここに居る人達を守って。ラグナロクの召喚獣が暴れてるって事は、それだけ力の強いプレイヤーが近くにいるって証拠。もしここが狙われるなら、何をしても良いからここに居る人達の命だけは守って」


 膝を付きながら神妙な面持ちでこの世界に登場した彼女に、ヒナは普段の友好的な態度からは想像もできない程カラッとそう言い残し、自分はケルヌンノスを抱きかかえて部屋の外へと飛び出した。

 彼女には何も作戦を説明していないし、今後の事について何も言っていない。だが、ケルヌンノスならなんとでもしてくれるし、最悪移動している最中に話せば良いと割り切ったのだ。


 シャルティエットの屋敷を出来る限り壊したくなかったので、先程の攻撃と地震のような強い揺れでヒビが入っていた窓ガラスを見つけ、体当たりでそれを完全に破壊する。

 もう既に半分壊れかけなのでこれくらいなら許してもらえるだろう。そう自分を納得させつつ、ケルヌンノスに破片が飛び散らぬよう細心の注意を払う。


「ごめんねけるちゃん! ちょっと、サポートお願い!」


 小脇に抱えて米俵みたいになっている妹に叫びつつ、スタッと地面に着地したヒナは己の装備の特性を存分に生かして全力のマッハには及ばないまでも、とんでもない速度で地面を駆ける。

 シャルティエットの屋敷が近くにある間は環境に配慮するが、それが遠くなって件のモンスターの姿が見えると、そんな遠慮は宇宙の彼方へと吹っ飛ばし、さらに加速する。


「炎を纏った悪魔……死神と同レベルのモンスターだと仮定すれば、自ずと対象は絞られると思ったけど――」

「……アスモデウス。私達でも、ちょっと面倒な相手」


 その姿が見えた時、彼女は一旦足を止める。

 暴風のような速度と悪魔とは関係ない所で被害を拡大させていたメイシア人類共和国の突然の滅びは、なんとか避けられた。


 冒険者ギルドと王城のちょうど中心程の位置に出現している全長二十メートル程の巨大な悪魔は、全身に燃え盛る炎を宿し、顔を4つ持つレベル90の召喚獣だ。

 全身に炎を纏う悪魔はラグナロクでもそう多くは無い。仮にこの世界特有のモンスターであればムラサキで即座に対処可能だろうからその可能性は除外していた。

 だが……1つは馬、1つは山羊、1つは虎、1つは人間という異なる種族の頭を持ち合わせた悪魔など彼以外には存在しない。


 アスモデウス。旧約聖書に登場する悪魔の一人で、元は天使だったのが堕落し悪魔になった……という説もある。

 彼は悪魔の階級があるとすればルシファーに続いて高い地位を得ており、その性能はラグナロクでもかなり高い物として評価されていた。無論、彼を召喚する為にはダンジョンで元の“アスモデウス”を倒すというクエストを攻略しなければならないのだが……。


 ヒナとケルヌンノスを合わせても“面倒”と言ってのけるその性能。

 まずは彼自身の体を覆う炎による固定ダメージ。周囲数十メートルという非常に広い範囲で展開される固定ダメージのマップは、モンスター自身の特性としていかなる手段でも書き換える事が出来ない。

 それこそ、ヒナがアリスと戦った際に使用した魔法『楽園の犠牲者』やイシュタルの『地形変更』等でもその固定ダメージは打ち消す事が出来ない。


 加えて、その高い物理攻撃力と魔法攻撃力。

 4つある頭はそれぞれ異なる種類の攻撃を使用可能とし、ヒナのような“特定の攻撃はほぼ受けないけど、それ以外の攻撃には弱い”という極端な対策をしているプレイヤーにはかなり苦戦を強いられる相手でもある。


「マッハねぇをこっちに回さなくて良かったの? 多分、私よりマッハねぇの方が楽に勝てる」

「ううん、まーちゃんだと万が一があると思って。こいつだったら良かったけど、仮にアグニだのカグヅチみたいな神だとマズいでしょ?」

「……確かに」


 炎を纏った悪魔という条件に該当するモンスター及び召喚獣は、それほど多くない。

 だが、その条件に当てはまるモンスターの中にはマッハの唯一とも言って良い弱点である“神の名を冠するモンスター“が多数含まれているのだ。

 それなのにここに彼女を連れてくるほど、ヒナはバカじゃ無いし浅はかでもない。


「あっちにグレンを残してきたのは? あの子をこっちに使って、ヒナねぇも向こうにいた方が安全だと思う」

「召喚獣をけしかけて来たプレイヤーがいるとしたら、グレンを行かせちゃうとプレイヤーと勘違いしてさらに被害が出る可能性があるでしょ? でも、私が派手に戦ったら――」

「ヒナねぇだと分かればサッサと逃げる……。メリーナの故郷、壊させない為?」

「うん。何が目的か知らないけど、ド派手に暴れてさっさと終わらせちゃお!」


 満面の笑みで微笑んだヒナに、ケルヌンノスも小さくコクリと頷く事で同意する。

 4人で挑む事が前提なら、大悪魔アスモデウスなど怖くもなんともない。それこそ彼はあくまであって神では無いのでマッハがタンクとしての役割を果たせるし、ヒーラーとなってくれるイシュタルが居ればヒナのHPが削れる心配をしなくて良い。

 後は超高火力アタッカーの2人が、数分もあれば相手を消し炭にしてくれる。


 だが、タンク役のマッハもヒーラーのイシュタルも居ないとなると少々話が変わってくる。

 彼の場合、頭の数はそっくりそのまま手数となる。さらに言えばレベル90に相応しいステータスももちろん持っており、防御力もべらぼうに高いので生半可な攻撃ではHPを削る事さえ許されない。


(今回持参したアイテムは、砂時計が残り2つと無効玉1つ。後は万が一を考えての回復系のポーション各種3つ……。けるちゃんも同じ感じだったはずだから、アイテム使用での交戦は考えない方が無難)


 そもそも、ヒナは貧乏性なのでアイテムを使用する事を前提にした戦い方はあまり好きではない。

 イシュタルから遠慮せず使えと念を押されている物の、今回は単なる悪魔だ。神相手であればまた話は変わるだろうが、悪魔であれば――


「行くよ、けるちゃん」

「ん、バックアップは任せて」


 使用するとしても、砂時計1つか2つに抑えられる。

 そう確信し、ヒナは魔法を発動させて宙に浮いた。ケルヌンノスは普段隠している自身の種族特性で姉を追うように空中を漂いつつ、ヒナに傷でもつけようものなら他の2人に激怒されるので、そこだけは細心の注意を払う。そう、今一度心に刻み込む。


――ヒナがシャルティエットの屋敷を飛び出す数分前


「おいおいおい! どうなってんだよ! なにがどうしたらこんな化け物倒せんだよ!」

「知るかっての! ていうか、なんで突然町中にこんなどでかいバケモンが出てくるんだ! そっちの方が不思議でたまらん!」


 そんな事を怒声のように叫びながら名も知らぬモンスターの攻撃を自身の身長ほどもある大きな盾でなんとか防いで見せたダイヤモンドランクの男は、遥か上空を飛び回る女を見つめながら今度はポツリと口にする。


「あいつがあんなに苦戦してんの、初めて見たぞおい……」


 上空を飛び回るムラサキも、数分前突如出現した悪魔討伐に当然ながら……というよりも、誰よりも積極的に参加していた。

 この国で一番の戦力と言っても良い彼女は、魔法で空を駆けながら出来る限り王城と冒険者ギルド本部から悪魔を遠ざけつつ、攻撃魔法の数々を浴びせていた。


(こんな奴に私の付け焼刃の剣なんて通用しないだろうねぇ……。ていうか、魔法でもほとんどダメージ入ってるように見えないんだけど泣いて良いかな……)


 実際、高すぎる防御力を誇るアスモデウスに精々レベル40後半のムラサキの魔法が通用するはずが無い。

 この世界の平均レベルが異常に低い事を考えると、先程の冒険者が盾で攻撃を防ぎ切った事の方が驚きなのだが、そんな事実彼女達は当然知らない。


「グルァァァ!」

「泣きたいのはこっちなんだけどね! 『暗闇の歌声(むげんへのいざない)


 効かない事は重々承知だ。だがそれでも、僅かな希望に縋りつくしかない。

 しかし案の定、ムラサキが奏でた漆黒の音色は彼の耳に届く事は無く、眠る事はおろか気を引く事さえできやしない。

 目の前を飛び回る鬱陶しいコバエがいくらブンブン鳴いたところで圧倒的上位者は気にも留めない。まして、自分に害を成す事が出来ないと確信している相手ならなおさらだ。


 彼は、ただ召喚主の命令通りにこの国の全てを破壊するべく足を進める。

 大地を、空を、建物を、人を、思い出を、感情を。この国に存在する『全て』を壊す。それこそが、彼が召喚主から与えられた使命だった。


「参ったなこりゃ……。うちのとこの冒険者だって、別に無限って訳じゃな――」

「ぎゃぁぁぁ!」


 頭をポリポリ掻いてどうやったら相手の気を引き、なおかつヒナかその家族が協力してくれるのまでの時間を稼ぎ、被害を最小限にするにはどうすれば良いか。

 それを考えようとした、まさにその時だった。

 周囲を、嫌な金切り声と何かが崩落する音が包み込んだ。


「おいおい……冗談キツイね……」


 その音の発信源に顔を向けたムラサキは、自分の目を疑い、思わずその仮面を外して目の前の光景をしっかり目に焼き付ける。

 あの場所は……今、あの骸骨のモンスターがいるあの場所はまさに、シャルティエット商会が所有する土地のはずだ。


 今の攻撃でヒナやその家族がどうにかなると思う程彼女はバカでは無い。だが、間違いなくこちらへの加勢は遅くなってしまうだろう。

 そして、僅かな差であっても彼女達のように巨大すぎる力を持ち合わせていないムラサキからしてみれば、それは死刑宣告も同義だった。


 目の前の悪魔にはどうやったって太刀打ちできない。

 このままでは、単に犠牲が増えるだけ。こちらの攻撃は通用しないばかりか、毎分死傷者が増え続けている。

 民間人、冒険者、女子供見境なく……。


「師匠……私を、冒険者(こどもたち)を、どうかお守りください……」


 もう、自身が神と同等以上に崇める存在に……。自身でその命を終わらせたアーサーに縋る他無かった。

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