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231話 少女が生きた軌跡

 メリーナについて、ヒナ達は何も知らない。

 一方的に想われていて、交流も……まぁ、無かったと言って差し支えないレベルには無かった。

 その情報源はただ彼女の部屋に置かれていた無数の資料だけで、彼女の人柄だったり性格はそこから読み解くしか無かった。


 しかしながら、膨大なヒナへのラブレター……いや、長所と短所を纏め、彼女自身が存在を確認している所持スキルや魔法の全て。

 普段どこで狩りをしていて、インしている時間で何をしているのか。睡眠をとっていると思われる時間は何時が多いのか……なんて。その全てが記されているストーカーの極みのような資料。

 それだけで彼女の全てを知った気になれる程、彼女達は傲慢では無いし愚かでは無い。


 それらはメリーナという少女のオタクの部分と言っても良いのか、好きな人が出来た時に取る行動だったり、自分がどれだけ深く愛されていたのか。それを知る為だけの物であって、普段の彼女の言動だったり姿は一切知らない。


 一方で雛鳥も、自身の親であるメリーナの事については詳しく知らない。

 ヒナの隣で生きていく事を本気で望んでいた少女が雛鳥を産み落とし、その力のほぼ全てを彼女に託した後、数日で絶望して引退してしまったので仕方がない。


 それに、ラグナロクでの彼女は良い意味でも悪い意味でも“本当の彼女では無かった”ので、本来の姿を知っているだろうシャルティエットから彼女の話を聞けるのは幸運だった。


「メリーナは……そうじゃな。急に現れて、急にいなくなった嵐のような奴じゃった。性格は優しく、見る者を明るい気持ちにしてくれるような子でな。まぁ言ってしまえば、癒しのような存在じゃった」


 シャルティエットは彼女との日々を思い出す様に、懐かしむようにゆっくり語り出した。


 彼女がいなくなってまだ1か月も経っていないはずだが、シャルティエットにとっては今まで生きて来た人生よりも長く感じた。

 太陽を失った植物のように放心状態となり、何もできない日々が続いた。それまで……彼女がいなかった日々をどう過ごしてきていたのかが分からなくなり、これからの道が暗闇に閉ざされているような、そんな感覚だった。


「分かります。私も、メリーナがいなくなったと分かったあの瞬間、似たような感覚になりました。彼女が引退し、私の元に来なくなったあの日からです」

「……あぁ、そうじゃろうな。お主を産んだから……なんて話を仲間からされれば、その絶望はわしの時の比ではないじゃろ」

「はい。ですが、私が彼女と過ごした時間はあなた様よりも短い。たった数日の間……今でも、昨日の事のように思い出せます。あれは、私の人生で最良の日々だったと言っても過言ではありません」


 今ではそのメリーナが憧れ、敬愛し、恋焦がれた存在と一つ屋根の下で毎日暮らし、家族同然の扱いを受けているので最良と言い切って良いのか。一瞬その戸惑いはあった物の、彼女達だってそこは否定しないだろうし怒りもしないだろう。それは分かっていた。


 そして、先にヒナ達が過ごしていた世界の事を――複雑なので簡単にだが――説明していたので、シャルティエットもなるほどと首を縦に振りつつ、それを肯定する。

 彼女もこの長い人生で数えきれない程幸福な事はあったし、楽しかった思い出もある。それら全てが失われたわけでは無いし、メリーナとの日々とそれらの思い出を比べるなんて野暮な事はしない。


 だが――


「奴が来てから、わしの人生はまた大きく変わった。わしの人生の分岐点というのはいくつもあるが、メリーナとの出会いはまた大きなものじゃった。だがな……奴は、それをいくら話しても自覚しないばかりか、謙遜ばかりでな」

「……そう、なのですか」

「あぁ。いつも奴を褒めると、どこか物悲しそうにする物でな。理由は分からなかったが、それ以降わしも嫌な思いはさせまいと褒めるのを辞めたのじゃ。まぁ、その理由は後々奴自身が書き上げた恋文で分かるのじゃがな……」


 そう言うと、少女はイシュタルの後ろで神妙な顔をしながら話を聞いている少女をジーっと見つめた。


 心が“本当の意味で”読める彼女にしてみれば、メリーナが自分と誰かを比べ劣等感を抱いている事。そして、その比べる対象を神のように尊敬し、敬愛している事も早い段階で気が付いていた。

 そんな人物と自分を比べても仕方が無いだろと思わなくも無いが、メリーナを否定する言葉を並べられる程、シャルティエットは強くなかった。


 誉め言葉を口にするたび、一瞬嬉しそうにするが心の中で“ボクはあの人に追いつくために……”等とぼやいていた。

 それがどういう意味なのかは分からなかったまでも、そんな辛そうな彼女は見たくなかった。


「まさかお主に並ぶ為、メリーナがそない覚悟を決めていたとはな。まぁ分からんでもない。お主、相当に強いじゃろ」

「う、うえぇ!? あ、あぁいや……その――」

「今更謙遜するな。この部屋に入った瞬間わしの強さを一瞬にして確認し、続いて後ろの者達なら勝てるかどうか。もしくは安全に逃がせるかどうかを瞬時に考えておったでは無いか。逃げ道の計算も完璧、ここから玄関に来るまでの道筋を一瞬で頭に思い浮かべ、最も安全なルートを計算しておったな? よくもそこまで頭が回ると感心した物だ」

「……ヒナねぇ、そんなことしてたの?」


 ケルヌンノスから呆れたようにジト目で睨まれ、ヒナは照れくさそうに「えへへ……」と頭を掻く。

 実際その通りで、シャルティエットを一瞬見て彼女が“ワラベよりも強い”という事は見抜いた。だが、それ以上の実力を自分でも図る事が出来なかったので、話が始まって数分は未来視のスキルを使って本気で警戒していたくらいだ。


「こ、この世界特有の魔法……?」

「ん? いや、単純にわしの技術じゃ。並大抵の者ならわしが戦う事すらできぬ非力な存在と見るのじゃがな……。その時点で、お主の技量はメリーナを遥かに上回っていると分かる」


 腕を組みながら感心したように話す彼女に、雛鳥は尋ねる。


「メリーナは、見抜くことが出来なかったのですか?」

「あぁ。見抜けなかったというよりも、メリーナの方が強かったからな。いつも守られる側じゃった」

「あぁ……なるほど」


 それに、索敵スキルやその類の魔法なんかもあらかた雛鳥に移植されているので、彼女が相手の強さを見抜くには己の直感を信じるしかなかっただろう。

 それすらも神がかり的な領域にあるヒナと比べるのは、少々可哀想だ。


「話が脱線したな。わしが奴を褒めなくなったことで、奴とは真の意味で“友”と呼べるような関係になった。この商会でわし相手に軽口を叩ける奴なんざ、メリーナ以外にはおらんかったし叩かせる気も無かった。わしの行う行動に口答えをして、時に叱ってくれたな」

「……メリーナが、叱るんですね。ヒナ様と同じで、比較的穏やかなイメージでしたが……」

「いいや、穏やかという言葉とは程遠い女じゃったぞ? 冗談でヒナの件を持ち出した事も何度かあったのじゃが、その度に取り乱して、まるで恋する乙女見たいじゃったな」


 ヒナという名前は後になって知った物の、メリーナが大切に想っている人物がいる事は知っていた。だから、何度か言った事があったのだ。

『お主の大切な人には会いに行かないのか?』と……。


「その度、奴は動揺して普段は無理して使っておる敬語すら消えておったぞ。まぁ、あの恋文を見ればそれも分かるという物じゃが……」


 そう言って再びヒナを見つめると、彼女は嬉しそうに笑った後、思い出したようにソファの陰に隠れてしまう。


 この人見知りすぎる少女のどこが良いのかシャルティエットにはサッパリ分からないが、恋心とはそういう物だ。他人からしてみれば『は?』となったり『やめておけ』と言われるような相手でも好きになってしまう。


 ただ、彼女はただ人見知りな少女では無い。自分では想像もできないような力を持ち、メリーナの心を完全に埋め尽くすほどの愛を向けられていた少女でもある。

 自分が対抗しようとする気すら起きないくらい完璧にその心に入り込み、埋め尽くし、そして――


「メリーナは、時々言っておった。ヒナ、お主に救われたとな」

「……え? 私に……?」

「あぁ」


 そう。なにより、メリーナは語っていたのだ。自身のルーツ……なぜ自分が、ヒナにこれほどまでの想いを寄せ、尊敬し、本気でその隣で生きたいと願ったのかを。


「それは……資料には――」

「うん、乗って無かった。初耳」


 もちろん少しそのような記載はあった物の、それは具体的な物ではなく『あの人にされた事をボクもいつか返したい……』のような、抽象的な物だった。

 それが何かは具体的には分からなかったし、現実世界の事なんてそれこそ一切書かれていなかった。


 だが――


「メリーナは、こことは違う場所から来たと言っておった。もう、二度と帰れないだろうともな……。お主たちの話を聞いてようやくその真意が分かったが……そういうことか。だから、話してくれたのじゃな」

「そう、でしたか……。そのお話を、お聞かせ願えないでしょうか」


 雛鳥のその言葉に少しだけ迷いつつも、当人がもういないのだから良いだろう。そう自分に言い聞かせるように言った彼女は、ゆっくり語り始めた。

 シャルティエットがメリーナから聞いた言葉をそっくりそのまま詠唱するような、反復するような言葉をなるだけ選びつつ……。


「そう、だったのですか……。それなら、ヒナ様自身に身に覚えが無いのも納得です」

「ヒナねぇが何かした訳じゃないもんな~」

「でも、そんな広告が乗ってたって事はメリーナはだいぶ前からヒナねぇの事を知ってて追いかけてたって事になる。でも、あの資料はマッハねぇが生まれる少し前からの記述しかない」

「けるねぇ、その期間は多分、ヒナねぇに追いつこうって色々調べてたからだと思う。それか、メリーナ自身にあの資料を作れるほどの技量が無かったか。あんなに見やすい書き物早々ない」


 そんなに言われては、シャルティエットもその資料とやらを見てみたい気持ちになるが、今の彼女にそんな膨大な量の資料に目を通す時間は無い。

 まさに今日商会の運営を再開して忙しくなるだろうし、止まっていた期間の各部署の報告書だったりを読み込む仕事が残っているのだ。

 それに――


(仮に暇になったとて、読まれるのは望んでおらぬだろうしな……)


 彼女だって出来るならそんな資料は見られたくないはずだ。

 故人の意思は、なるべく尊重してあげたい。


「まぁ、わしが知っておるメリーナはこんなものだ。あんまり大した情報は無かったかもしれぬが――」

「いえ、とんでもありません。私が知っているメリーナとだいぶ相互作用があるらしく、面白い内容でした」

「そうか。そう言って貰えると助かるな。正直言うと、メリーナに娘がおるとは信じられなくてな。あやつが男に身を任せる姿なんぞ想像出来ぬ」

「同感です」


 そこだけは力強く否定した雛鳥に、シャルティエットは久々にプッと思い切り笑った。


 それはそうだ。あんな熱烈な“少女への”恋文をしたためておきながら、自分は男に身を任せていたのか……。そんな軽い絶望と失望が、彼女の話で吹き飛んだのだ。これを、笑わずにはいられない。


「おおう、そうじゃ。忘れるとこだった」


 しばらくしてようやく笑いが収まった彼女は、瞳に浮かんだ涙を拭いながら懐から灰色のカードのような物を取り出す。

 手のひらに収まるようなサイズのそれは、表面には悪魔の角らしきものが印刷され、裏面の右下には小さく『シャルティエット商会代表』とこの世界の文字で書いてある。

 無論、この世界の文字を読めない彼女達にはあまり関係ないが――


「今後うちの商会を利用する時はそれを出してくれれば、全ての品物はタダで受け取れるように手配しておく。メリーナの娘から金なぞ取れないからな」

「……ご厚意、感謝いたします」

「よいよい。その代わり、時々うちに顔を見せに来てくれ。お主なら、最優先で時間を作る」

「喜んで」


 ニコッと笑った雛鳥とシャルティエットは、お互い同じタイミングで席を立つとどちらからともなく握手を交わす。

 これで話は終わり……。意外と平和に終わって良かった。なんて、ヒナがのんきな事を考えたその瞬間だった。


「お嬢様! 失礼いたします!」


 ノックをする事無く、突如青い顔をした執事のメイリオが部屋へと飛び込んで来た。

 その肩は激しく上下しており、よほど慌てていたのだろう。額にはびっしょりと脂汗が滲んでいる。


「なんじゃ! 今回の客人がどれだけ大切な者達か、お主なら――」

「重々承知の上です! お叱りなら後でいくらでもお受けします! それよりも、今は大至急お耳に入れねばならない事態が!」


 その次に紡がれた一言で、ヒナは思考を“魔王”へと一瞬にして切り替える事になる。


「巨大な鎌を持った骸骨頭のモンスターが、うちの護衛部隊の宿舎を攻撃しております! 死傷者多数! それと、街中に炎を纏った悪魔のようなモンスターが突如出現! 現在、冒険者ギルドの冒険者とムラサキ様が対応に当たっておりますが、かなりの被害が出ている模様!」


 その直後、屋敷が大きく揺れ、続いて外から男達の断末魔とも叫び声とも、怒号とも取れる大声が響いた。

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