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230話 娘

 ムラサキからあらかたシャルティエットの事について聞き終わり部屋に戻って少しした頃、先方からすぐに会えるのであれば会いたい。そう返事が来た事が報せられた。


 ヒナはもはや懐かしい、なぜ受かったのかよく分からない高校の面接の時に抱いた妙な緊張感と吐き気を催しつつ、シャルティエット商会の使者が用意してくれているという馬車に乗り込んだ。


 マッハ達3人は、特に深く考える事無く何を言われても……それこそ、罵詈雑言を並べられてどれだけ怒られようが、決して暴れる事無く受け止めよう。そう決意を固め、全員が全員“誰かが暴走しだしたら全力で止めよう”と目線だけで会話をしながら……。

 そして雛鳥は……妙に落ち着いていた。


 今回、彼女はメリーナがこの世界に来てからずっと過ごしていたと思われる商会のボスに会いに行く……という感覚では無かった。

 ただ、親が亡くなってしまったので生前お世話になった人に挨拶をしに行く……程度の軽い感覚で、人付き合いがあまり得意な方では無かった彼女がどのくらいの期間かは分からないまでも“お気に入り”とされるくらいに馴染んでいた人がそんな酷い事をしてくるとは思って居なかったのだ。


 シャルティエット商会が用意した馬車は相手が相手だからなのか、かなり豪勢な造りをした気合の入っている物だった。


 馬車を引く馬は逞しく鍛え上げられた足と綺麗な毛並みを周囲の人間に自慢するように優雅に歩く。

 上品で飾らない程度の煌びやかな装飾が施された車内――キャビンの中は、5人が座っても十分スペースが余るほど広く、机まで完備されているそこは、まるで寝台列車の一等室のようだ。


 シャルティエットが気を利かせたのかお酒やジュースの類が数本テーブル上に並べられ、小さな木目調の籠の中にはマッハ達が大好きなお菓子が人数分入っている。

 彼女達の好みのお菓子を揃える事が出来たのは単なる偶然なのだが、ヒナからしてみれば“相手はこちらの情報を知っている”と捉える事もでき、真面目に未来視のスキルを発動しようか迷う。


(いきなり襲い掛かってくることは無いだろうけど……もしそういう状態になった場合、メリーナがお世話になってたとこの人を殺しちゃうのはなんか……)


 そう心の中で考えつつ、一番その辺りを気にしなさそうなマッハとケルヌンノスをチラッと見る。


 彼女達はテーブルの上にあるお菓子……はお腹いっぱいなので見向きもしなかったが、この世界の飲み物に関しては少しだけ興味があるらしい。

 雛鳥が気を利かせ、同じく人数分用意されているコップにオレンジジュースらしきそれをゆっくり注いでいく。


「ヒナ様、よろしければどうぞ」

「あ、ありがと……」


 そう言いつつヒナも一口飲んでみると、それは見た目からしてみれば完全にオレンジジュースだ。だが、舌触りと口に入った瞬間感じる独特の甘みは完全に“イチゴオレ”だ。

 しかし、完全にそうと断言できない部分がある。それは――


「後味が最悪なんだけど~! 最初はイチゴオレで最後はなんか緑茶みたいなるっておかしくないか?」

「行儀悪いけど、一口含んで飲み込まず吐き出した方がまだ美味しく飲める」

「けるねぇ、思ってたけど言わないようにしたこと平気で言わないで。汚い」


 他の2人と同じくうげぇと顔を崩しながら半分以上残っているコップをテーブルに戻しつつ、イシュタルは口直しの為かお菓子を一つ摘まんで口に放り込む。

 すると、その行動を他の2人が真似して我先にと同じお菓子を口に放り込む。


「私はいらないから、もし足りないなら私の分も食べて良いよ?」


 ヒナも、その謎のジュースが喉を通過する瞬間に感じた独特の苦みを消すために甘い物が欲しかったが、自分よりも幼く可愛らしい妹が苦しんでいるのだ。自分は平気という雰囲気を彼女達に勘づかれないように醸し出しつつ、笑顔を作ってなんとか口にする。


「皆様、私も不要ですのでよろしければどうぞ。それと、先に私が確認するべきでしたね。申し訳ありません」


 またズレた事で雛鳥が頭を下げるが、そこら辺はもう4人は慣れたのか突っ込むことなく流す。

 マッハがヒナから譲り受けた物をゴクリと一口で飲み込み、ケルヌンノスとイシュタルは雛鳥の分を仲良く半分ずつ分けて飲み込む。


「こんなの飲ませるなんて私達への当てつけなんじゃないのか?」

「ま、まーちゃん失礼だよぉ……。き、きっとそんな事無いって……」


 未だに舌を出してげぇっと言いながらそんな文句を言うマッハに苦笑しつつ、お菓子は美味しかったんだから……とヒナも彼女達を慰める。


 冒険者ギルドからシャルティエット商会を取り仕切るシャルティエットの屋敷に着くまでのおよそ15分間、馬車の中はそのありえないくらいマズイ液体についての話しか展開されなかった。

 本当はもっと面会の対策を立てたりしたかったのだが、ブーブー文句を言い続ける3人の妹達を宥めるのに、いくらヒナと雛鳥でも手間取ったのだ。


「皆様、遠い所よくいらしてくださいました。(わたくし)、シャルティエットの執事を務めさせていただいていますメイリオと申します」


 馬車が停止し、扉が開かれると外には初老の髭を生やしたダンディーという言葉が似合いそうな男が立っていた。

 ピシッとしたスーツを着込み、執事を想像しろと言われて大抵の人間が思い浮かべるだろうそれをそのまま引っ張ってきたような感じで、ヒナは少しだけ笑いそうになる。


「ご丁寧にありがとうございます。私は雛鳥、こちらはヒナ様でございます。そして、他の3人は右からマッハ様、ケルヌンノス様、イシュタル様です。今回は急な訪問にも関わらず、手厚い歓迎を――」

「ジュース、最悪だったぞ! もう二度と飲まない!」

「ん、お菓子だけで良い。むしろ、あれを飲んで美味しいとか言う人とは分かり合えない」

「マッハねぇ、けるねぇ、それは言わないってさっきあれだけヒナねぇと雛鳥に言われた。まして、この人に言っても仕方ないと思う」


 せっかく雛鳥が同じように恭しく自己紹介をして、第一印象を良くしようと努力していたのに……。

 そうヒナが呆れそうになるが、これが彼女達であり、そうあってほしいと願ったのはヒナだ。いつでも子供のような心を持ち、他人を“良い意味で”気にしない。

 そんな子であってほしいと、願ったのだ。


 だが、相手はそんな事をいちいち気にするほど大人げない性格をしていないらしい。

 見た目からして子供だと分かる3人からの言葉に苦笑を漏らす。


「それは申し訳ありません。皆様のお口に合えばと思い、私共が販売している最高級の飲料水とシェイクスピア楽団が販売しているお菓子をご用意させていただいたのですが、合いませんでしたか?」

「お菓子は美味しかったぞ! ジュースが最悪だったんだ!」

「はっはっは。それは申し訳ありませんでした。より一層精進いたします」


 再度ぺこりと頭を下げたメイリオは、早速5人を屋敷の中へと案内する。


 馬車は正門を超えて正面玄関の前に到着していたようで、庭が存在しているのかいないのか分からないまま彼女達は屋敷の中へと足を踏み入れた。


 屋敷の中は気品が溢れ、上品さと可憐さを併せ持つ調度品が数々並べられ、キャメロット城の趣味が良い外観と良い勝負が出来るだろう。

 室内は意外と良い趣味してるんだなぁ……。あんな酷い物作るくせに……なんて失礼極まりない事を思いつつ、ヒナを含めた4人は先を歩くメイリオの後ろを歩く。

 雛鳥だけはここをメリーナが通ったのか……なんて気持ちの悪いストーカーのような事を考えながら周囲をキョロキョロ見回していたが……。


「こちらになります。シャルティエットは既に中でお待ちです」


 それだけ言うと、彼はスタスタとどこかへ行ってしまった。

 出来れば人見知りなので扉を開けて中に入れる……までしてほしかった。そんな事を内心思いつつ、代表としてヒナがドアノブに手をかける。


 優しく温かい雰囲気を与えるだろう木製の大きな扉が、今は鋼鉄の重たいドアのように感じる。

 どれだけ力を込めてもびくともしなかったり、向こう側から思いっきり力を込められていてドアが開かない……なんて意味の分からない状況をちょっぴり期待し――


「あっ……」


 だが、当然ながらそんなバカな事あるはずなく、扉はアッサリと開いた。

 そしてヒナにとって不運だったのは、ソファに腰掛けて目を閉じてその時が来るのを待っていたシャルティエットが、扉を開ける音で目を開けた事だろう。なにせ、その視線の先には偶然――


「ひぇ……」


 そんな情けない声を出して身を縮こませた彼女を見て首を傾げた少女だったが、その心を見てフッと不敵に笑うと立ち上がって軽く頭を下げる。


「良く来たな。そんなに怯えられるとこちらとしても少し複雑なのじゃが……まぁ座れ。全員座るのは無理じゃろうが……まぁ許せ」

「……まーちゃんけるちゃんたるちゃん、私後ろにいるから座って良いよ? 雛鳥は……座る?」


 自分と雛鳥が座れば、膝に乗せるなりなんなりしないと1人ないしは2人が立たないといけないだろうが、ヒナ自身が座らないのであれば全員がギリギリ座れるだろう。

 まぁ、彼女はシャルティエットの視線から隠れたいだけだし、その場の“全員”がそれに気付いているので『小さい妹に席を譲った』とカッコつける事は出来ないのだが。


「はい。では、お言葉に甘えて座らせていただきます」

「もー、またヒナねぇはさぁ? あ、誰が雛鳥の隣座るんだ?」

「……雛鳥が真ん中に座って、左右はじゃんけん……じゃない、歳の順で良いと思う。ね?」


 他人の前で悠長にじゃんけんなどしている場合では無いと思い直したのか、ケルヌンノスはイシュタルにそう聞いてみる。


「それ、私に選択肢が用意されてない気がする……。別に良いけど、次なにかあったら私を優先してほしい。それくらいは求めて良いはず」

「全然いいぞー! な、ける?」

「ん、それくらいなら全然。むしろ当たり前」


 堂々と頭を振る2人の姉に満足そうに笑みを浮かべたイシュタルは、せめてもの抵抗として自分の真後ろにヒナを来させ、ちょこんと可愛らしく腰を下ろす。

 同じように他の2人も座るが、いつも通り床に足は着かないので全員仲良く足をブラブラさせる。


「お主、メリーナの娘と言ったか。あまり似てないのじゃな」


 雛鳥が着席するのを待っていたように、シャルティエットがそう発言したことで室内の空気が弛緩した物から一気に緊張に包まれる。

 こんなに急にぶっこまれると思って居なかったのはもちろん、今のやり取りに口を出す事無く待っていてくれたので思ったより気難しい人じゃ無いのかもしれない。そんな認識が、彼女達の中に生まれ始めていたのもあるだろう。


「『……』」

「あ、あの――」


 ヒナ達が慌てる中、唯一雛鳥だけはなぜか誇らしげに胸を張り、満面の笑みを浮かべて言う。


「はい。私は、メリーナを元に“創られた”訳ではありませんので似ていないのも当然かと」

「創られた? 生まれた……ではなくか?」

「はい。私は、こちらにいらっしゃるヒナ様をご参考にして創造されました」


 そう言った雛鳥の顔を凝視しつつ、しばし考えた後彼女は言う。


「嘘じゃないみたいじゃな。そこら辺も含め、話してくれるんじゃろうな?」

「はい、もちろんです。メリーナの事についても、教えていただけますか?」

「……? あぁ、もちろんじゃ。お主が良いのであればな」


 それから、長いながい贖罪の……。いや、違う。

 メリーナという少女を深く知る為の時間が始まった。

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