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229話 面会

 ムラサキが用意してくれていた部屋は、この国にあるどんな宿よりも温かみがあり、広さのある部屋だった。

 無論少し行った先にはシェイクスピア楽団の運営する宿屋が存在するし、そこが提供してくれる朝食と夕食は絶品。ベッドも最高級品でフカフカだし、一度それで寝てしまえば他のどんなベッドでも寝られなくなると評判だ。


 ただ、ムラサキは彼女達がそんな場所を好むと思わなかった。

 彼女達は高級とか美味しさとか、そんな物よりも素朴で温かみのあるような場所を選ぶと思ったのだ。


 それに、今回この国に来たのは観光だとか武者修行だとか、そんなポジティブな物では無い。

 彼女達にとって家族同然に扱っても良いと言える女性の親……と言って良いのか、そんな人をある少女から奪ってしまった謝罪をしに来ている。それなのに、一泊で金貨が数百枚単位で消し飛ぶ最高級宿を勧めたら殺される気がしたのだ。


 まぁ、実際そんな場所にヒナが泊まる事は無いし、マッハ辺りが嫌悪感を示してムラサキの事をさらに嫌いになっていただろう。


「はぁ、胃が痛いよまったく……」


 部下からヒナ達が到着し、面会を求めていると知らせを受けたムラサキは、その怪しい仮面の下で苦笑を漏らしながら今行っていた書類仕事を後回しにしてそちらを優先する事を伝える。


 嫌いな食べ物を先に食べて後の食事を楽しむタイプである彼女は、嫌な仕事こそを先に終わらせる傾向にある。

 まぁ、ヒナ達に限ってはあまり待たせすぎると何をしでかすか分からないのでサッサと対応したい……という思いも少なからずあるのだが。


「失礼いたします。ムラサキ様、ヒナ様御一行が到着されました」

「分かった。入ってくれ」


 数分後、数日前はワラベが本気の顔で異動を懇願してきたその部屋に、今度はその異動の原因を作っている張本人達がやってきた。

 ムラサキ自身もこんなに短期間で何度も彼女達と顔を合わせるなんて思って居なかったが、これも仕事なので仕方がない。


 ワラベの時は気の知れた友という事もあって部下を同席させなかった彼女だが、今回は万が一にも失礼が無い様に、徹底的に教育を施している優秀な部下を1人同席させていた。

 彼女はピシッとしたスーツを着込み、ヒナの後ろで控える雛鳥と同じように執事のような装いでムラサキの背後に立っている。


 一方で、この部屋にはお客様が座る用の席は2つしかない。

 だが、ワラベのように気心の知れた部下や“冒険者ギルドの職員”の場合は彼女は執務机の方にある椅子に座ったまま対応する事が多い。

 ただ、相手が王族だったり今回のような“敬意を払わないとマズイ相手”の場合はちゃんと対面に座る。なので、今椅子に座っているのはヒナとムラサキだけだ。


「……椅子、持って来させた方が良いかい?」


 今回も最初に会った時のようにヒナの膝の上に誰かが座ると思って居たがそういう事はなく、雛鳥も含めた全員がヒナの座る椅子の後ろに突っ立っていた。

 ただ、あからさまに不満げな顔をしているマッハに苦笑し、ムラサキはそう口にしてみる。


「ん? いや、別に良いぞ。どうせすぐ用事は済むしな~」

「そうかい……。なら、お菓子とかも出さない方が良いかい?」

「お腹いっぱい。さっきかなりの数を食べた。お昼ご飯を抜いても良いと思えるレベル」

「けるねぇに同意。私も、お昼ご飯はいらない」


 朝ご飯の代わりにお菓子をたらふく食べるなんて、彼女たちの食生活はどうなっているのか。

 そうツッコミたくなった彼女だが、今は変に口に合わない物を出して幻滅される可能性を排除出来たので良しとする。


「ところで、面会したいなんて改まってどうしたのかな? 今日朝一で、シャルティエットお嬢様には文を飛ばしておいたよ。返事はまだ来ていないけど、私はともかく、君達が断られることは無いんじゃないかな」

「知ってる。別に、そんな事を聞きに来たんじゃない」

「は? ……あ、いや、すまない。そうなのか。なら、どんな用件で来たんだい?」


 首をひねって本気で分からない。そう言いたげなムラサキに、マッハではなくヒナがどこか別の……遠くを見ながら、口を開いた。


「そ、その……シャルティエットって人の事を、少しでも知っておきたいってその、思った……んです。どんな人なのか分かってるだけで、作戦とか……建てやすいかな……って」

「さ、作戦……?」

「あらかじめその、想定される会話とか……話す内容とか、決めてた方が……楽……」

「そ、そうかい……」


 若干呆れつつ、自分の脳内にあるシャルティエットの情報を出来るだけ簡潔にまとめよう……そう覚悟を決め、腕を組んでうーんと唸り始める。


「彼女は……そうだな。シェイクスピア楽団が何代にも渡って経営を続けていて、世代をまたぐ毎にその規模を大きくしているのに対して、シャルティエット商会は彼女が一代で築き上げ、今のレベルまで押し上げた商会なんだ。その商売の才能と人を見抜く力は、私が見てきた中ではかなりずば抜けていると言って良いかな」


 最も、シャルティエットが100年以上前から生きていて、商会を立ち上げている事を知っているムラサキからしてみれば、彼女が普通の“人族”の少女だとは思って居ない。

 ただ、人族云々は彼女達には関係ないだろうし『シャルティエットの事』というのに、彼女の人種は含まれていないだろう。


「人の好き嫌いはハッキリしているし、一度無しと判断されたらそれ以降は面会すら許してくれないと評判だよ。それ以外はそうだね……やっぱり商人だからかな、人の話はすぐに信用しないし、必ず裏を取るところがある」

「……それなのに、雛鳥がメリーナの娘ってところは信じると思ってるの?」

「あぁ。そんな不謹慎極まりない嘘を吐く人間じゃないという社会的な信頼と個人的な信頼が、私にはあるからね」


 信頼という物は、そんなにすぐ得られる物では無い。

 ただし、シャルティエット相手となると話は違う。一度対面しただけでその人物の本質を見抜く力があり、心でも読まれているのではないかというレベルでこちらの考えを言い当てる。

 それに、一度対面して『まぁ悪い奴では無い』という評価を得る事が出来れば、その後の彼女との関係は非常に良好な物となる。そう言う意味での“好き嫌いがハッキリしている”という事だ。


 つまるところ、彼女と面会する事が叶ったならば、一番大切なのは働く際に行われる面接と同じく第一印象だ。それが最悪な物になってしまったならば、そこから巻き返すのは不可能だと断言しても良い。


「うぅ……。まーちゃん、私、やらかしちゃう自信しかないよ……どうしよう……」

「別にヒナねぇ1人って訳じゃないじゃん! 私達だっているし、なんかあったらサポートするから大丈夫だって!」

「ん、別にヒナねぇだけじゃない。そこは、たると雛鳥がなんとかしてくれると信じる。私とヒナねぇ、マッハねぇはそういう“気難しい相手”と話すのは苦手」


 マッハが堂々と胸を張ってそう言ったのに対し、ケルヌンノスは冷静に自分達の弱点と言っても良い事を真顔で言い放つ。

 そして、サラッと戦力外通告をされたマッハが「は!? 私も!?」と大声を出す。


「だって、マッハねぇは私達の中で一番子供っぽいもん。思った事を全部言っちゃうとこは、気にしない人は気にしないだろうけど、聞く限り相手は気難しそう。それに、メリーナの件で神経質になってるはずだから、あんまり口を出さない方が無難かなって」

「私への酷くないか!? たるはどう思うんだよ!」

「……マッハねぇには悪いけど、話を聞く限りだと私もそう思う。マッハねぇにはマッハねぇの良いところがあるけど、今回は相手が悪い」


 イシュタルのその発言で完全に心が折れたのか、ヒナ……に抱き着くと反感を買いそうなので、雛鳥の胸へとダイブして顔を埋める。

 下手な泣き真似なんかするのは頭を撫でろという無言の圧力なのだが……雛鳥は、そんなことちゃんと分かっている。


「マッハ様の明るさに救われる事は多々あります。ですが、それを快く思わない意味の分からない人もいるのです。ですから、そんなに落ち込まないでください」


 頭を撫でながらそんな事を言われたら、マッハだって徐々に落ち着くし高鳴りかけていた心臓の鼓動がゆっくり脈打っていく。

 ヒナと自分を同時に褒められたみたいで気分が良いし、家族の次に大好きな人に頭を撫でられているという状況が嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。


「たる、初めてマッハねぇをウザいって思ったかも」

「けるねぇ、分かる。なんか、自分だけ可哀想な子アピールしてる気がする」


 そんな険悪な様子の2人に、人前である事を忘れてヒナが椅子から立ち上がり、両手をアワアワさせながら言う。


「あ、あぁ……。ね、ねぇけるちゃんたるちゃん? そんな、喧嘩しちゃダメだよ……? 仲良くね……?」

「……ヒナねぇ、でも今回はマッハねぇが悪いと思う。私別に、間違ったこと言ってない」

「ヒナねぇ、私もだよ。けるねぇよりオブラートに包んだけど、間違った事は言ってないよ?」

「あ、いや……うーん……そうなんだけど……。ほらその、ね? 色々あるじゃん?」


 分かりやすく慌てるも、こんな時に自分がコミュ障で語彙力が欠片も無い事が裏目となる。

 どうやったらこの状況を立て直せるのか。

 どうやったら2人を穏便な形で丸め込めるのか。どれだけ考えても完璧な答えなんて出そうにない。


 イベントの神をどう攻略するかを考えるより、どの魔法を組み合わせたら討伐タイムがより早くなるのかを考えるより、よっぽど難しい。

 ラグナロク関係の問題は変に即答できると豪語しているせいで、こういう“現実”の問題に直面すると流石の魔王でも対応なんてできない。


 ただ、今は1人ではない。

 こういう時、助けてくれる心強い味方がいる。


「ひなどりぃ……」


 泣きそうな声でそう助けを求めると、張本人はビクッと身を震わせて一瞬頬を緩ませながらもすぐさま対応に移る。

 なにせ、雛鳥の中で優先順位が最も高いのはヒナだ。その次に3人の家族……となる。普段はその順位が変動する事も無ければ、そもそも順位を付けなければならない事態に陥る事の方が少ないのだが――


「ま、マッハ様……ヒナ様が大変お困りの様子ですので、そろそろ……」

「んぁ? あ……ご、ごめんじゃん2人とも……。そんなに怒らなくてもさぁ……」


 マッハは雛鳥の言葉で顔を上げて周囲の状況を見回すと、自分が悦に浸っていたわずか数秒の間に世界が崩壊しそうな雰囲気とオーラが部屋中に漂っていた。


「……もうしないって」

「絶対またする。もうマッハねぇの分のお菓子は無いと思った方が良い」

「うん、絶対すると思う。雛鳥にマッハねぇを甘やかすのはほどほどにしてって本気で言おうか迷うレベル」


 マッハが元の位置に戻って2人に謝罪の言葉を述べたとしても、しばらく2人の怒りは収まらないだろう。

 それに、イシュタルのそれは後々本当に実現しそうでマッハとしても少しだけ怖かった。自分を無条件で甘やかしてくれる人がヒナと雛鳥しかいない現状、それが減ってしまうのは少しきつい。


「まーちゃんが浮気してる……」

「なっ! いや、ヒナねぇが嫌いになったとかそういうんじゃないもん!」

「……マッハねぇ、それはない。ヒナねぇを悲しませるなんて」

「けるねぇに同意。ヒナねぇを悲しませるのは無い」

「そ、そんなに虐めないで良いじゃんか……」


 あからさまにしょぼんとなってしまったら流石に2人にも罪悪感は芽生える。

 2人してマッハの頭を優しく撫で、ごめんねと謝る事で仲直りは終了する。だが――


(え、もしかして本音だったの私だけ……?)


 1人だけ、勝手に傷ついて勝手に凹んでいる少女がいる事に、珍しくその場の誰も気が付かなかった。

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