228話 夢の都
メイシア人類共和国。そこは、ブリタニア王国がほぼ崩壊したと言っても良い今、世界最高の武力を持ち、もっとも繁栄している国と言っても良い国となった。
元々魔法大国ステラには魔法面で劣っていただけで、純粋な物理的な兵力だけで言えばメイシア人類共和国の方が勝っていた。ただ、そのどちらもブリタニア王国が群を抜いていた。それだけだ。この場合、比べる相手が悪い。
その街並みはファンタジー感満載。過去にメリーナがそう表現した事もあるほどキラキラした物だ。
建物には太陽の光を煌びやかに反射する透明なガラスや大理石に近いような透明感の高い石材が使われている物が多く、木造の建物だってヒナの家のような温かみを感じる物ではなく“オシャレ”を意識してそうなっているのが分かるほど露骨だ。
「……」
「……」
「…………」
「あ~……うん。そんな感じなんだ……」
グレンと別れた後、まだ日の出前の静まり返った街を物珍しそうに眺めていたヒナ一行は、妹3人がむすーっとしながら不機嫌そうに歩き、その後ろをヒナが『分かるなぁ』とか暢気な事を考えながら着いて行く。
雛鳥はここら辺の感性は特に設定されていないのでへーくらいにしか思って居ないが、4人全員が不機嫌になっているのでなんとかしなければ……と、早くも思い始めている。
(中央街というのがどこら辺にあるのか分からないからあれだけど、もう少しだけ時間がかかると想定すると……)
雛鳥が辺りを見回すと、より一層高く聳え立つ立派な建物が遠くに見える。
実物を見た事は無いが、ブリタニア王国にあったとヒナ達が言っていた城によく似ている……。そう、思った。
確かキャメロット城だったか。城を思い浮かべろと言われると大抵の人が思い浮かべる様な物が堂々と鎮座しており、一瞬それを報せるべく口を開こうとするが……寸前で思い出す。
彼女達は、キャメロット城についてはべた褒めしていた。
あんなに完璧で荘厳で、なおかつセンスの良い城は見た事が無い。そう、言っていた。
ただ、そこに住まう人々に関してはゴミだ。そうやって、興味が無さそうに吐き捨てた。ならば、ここで変な事を言うとさらに彼女達の機嫌を悪くしてしまう可能性がある。
「……マッハ様、まだ時間的に早いですから先におやつを食べておきませんか? まだ、冒険者ギルドも開いていないかもしれません」
そもそもギルドの場所が分からないので適当な道行く人に聞かなければならないのだが、時間が時間なのでまだあまり外を出歩いている人がいない。
一番なのは全員で同じ部屋に集まってくだらないことを駄弁ったりする事だろう。だが、それが出来ないのだからおやつに頼った方がまだ確実。そう判断した。
そして、この場合の最適解はまさにそれだ。
マッハ達にとって、この街はかなりストレスだった。
旅する冒険者だったり、様々な国を行き来する商人からしてみればその建物の荘厳さや街並みの美しさで“夢の国”と言われる事の方が多い場所だ。だが――
「この街ってなんかさぁ……」
「狙いすぎてて下品」
「けるねぇ、言いたい事は分かるけど正直に言っちゃダメ。子供っぽい」
ヒナもそうだが、この場の全員は“自然の中にある温かみ”だったり“気取らない美しさ”に心を惹かれる。
アーサーやその仲間達が作り上げた居城は、それこそ変に気取ることなくオリジナルに対して確かな敬意を感じさせながらも自分達の色を存分に出していた。それが、彼女達のお眼鏡に敵ったという訳だ。
ヒナが作り上げたあの家だってそうだ。
彼女は細部にも徹底的にこだわりぬいているが、それはあくまで“不自然にならない程度”に留めている。
落ち着きのない長女と、時々姉に便乗しながらも基本は落ち着いている次女。その2人を止める役割を担わされている三女。そして、全員が慕っている母親代わりでもあるヒナ。
全員が仲良く暮らし、日々笑顔が絶えない家。それが、あの家を作り上げる時に最も大切にしたコンセプトだった。
そこにわざとらしさなんて微塵もいらないし、変に気取る必要もない。ただ『家族の思い出』を家に刻んでいけば良かった。
「ん、雛鳥が言うようにお菓子食べよ~。もうなんか、考えるだけ無駄な気がする~」
「賛成。私達の家が理想その物すぎて目が肥えてるだけ」
「けるねぇ、だから正直に言っちゃダメ。なんか成金みたいでやだ」
「あ~! ちょっと、皆だけでお菓子食べようとしないでよ! 私も食べたい!」
いつも通りそこら辺の適当なベンチに座ってわちゃわちゃお菓子を取り出して食べ始める4人に微笑みつつ、雛鳥は考える。この後会う事になるだろうメリーナをお気に入りとしていた少女の事を……。
どんな人なのか。
メリーナとはどうやって知り合ったのか。
どんな会話を交わして、なぜそこまで大切に想ってくれるのか。
そして……そして、日々の会話の中で自分の話を、してくれたのか。
「雛鳥は食べないのか~?」
どら焼きと呼ぶにはあまりにお粗末なそれを口いっぱいに放り込みつつ、右手にまだ何個か大事そうに握ったマッハがそう笑いかけてくる。
何も言わないが、他の3人も同じ思いだろうか。おいでと言いたげな優しい瞳で彼女を見ていた。
「し、失礼します……」
その瞬間、先程まで思い浮かべていた暗い想像を宇宙の彼方へと吹き飛ばし、頬を少しだけ赤く染めながらヒナの隣に腰を下ろした彼女は、袋からどら焼きを1つ取り出し、ポイっと口に放り込む。
やはりと言うべきか、知っているどら焼きとはだいぶ違った。だが――
「どうだ!?」
「……はい、美味しいです」
満面の笑みを浮かべたマッハにそう言われたら、自然と笑みをこぼしてしまう。なぜ、この子はこんなにも人に元気と幸せを分け与えられるのだろう……。そう、少しだけ泣きそうになる。
なぜこんな事で泣きそうになるのかは分からないまでも、変な人だと思われるので涙を全力で引っ込める。
「次! これも食べて! 美味しい!」
「……雛鳥、私はこっちが好き。こっちも食べる」
「2人ともずる! 雛鳥、私のも食べて!」
各々が一番気に入っているのだろうお菓子を手に持ち、我先にと雛鳥に勧める。
そんな光景を見て、微笑ましそうにヒナが言った。
「……人気者だね」
「あ、あはは……」
メリーナがこの光景を見ていれば、その神聖な関係に水を差すなと怒りそうだし、羨ましいと怒りそうでもある。
ただ、今この時だけは……数時間後に起こるだろう地獄を想像して死にたくなるあの気持ちは、宇宙の彼方へ飛んで行ってくれそうな気がした。
それから太陽が上がって通りの人通りが増える頃には、朝ご飯なんて食べていないのに不思議と満腹になっていた。
マッハ達3人も同じように満腹になりつつも雛鳥の取り合いをするようにその両手をめぐるじゃんけんを始めていた。
「なんかさ、皆のこと取られたみたいでちょっと不思議な気持ちだよね」
「お、お戯れを……」
「ちょっと嫉妬しそう。あの子達、ずっと私にべったりだったのに~って」
ふふっと笑いながらそう言ったヒナだったが、雛鳥は笑い事では無い。
出来る事なら、今すぐその可愛らしいじゃんけんの争いを辞めてヒナを取り合ってくれと言いたい。
だが、彼女にそんなこと言えるはずもなく、その内じゃんけんで勝利を収めたマッハとイシュタルが雛鳥の左右に並んでその手を握る。
「けるちゃん、まさかとは思うけどわざと負けた?」
「……マッハねぇもたるも忘れてる。負けたらヒナねぇを独り占めに出来る。でも、2人には言わないで良い」
「可愛いんだから~」
頭をなでなでされて幸せそうに微笑むケルヌンノスと、そんな彼女が可愛くてたまらないと言いたげなヒナは先頭を歩き、少し後ろで乾いた笑いを浮かべながらメリーナに殺されないか不安になっている雛鳥。その両脇では、満足そうな笑みを浮かべたマッハとイシュタルが何事か話している。
そんな正反対な2組は、道行く適当な冒険者に冒険者ギルドへの道を聞いて20分ほど歩いた後ようやく辿り着いた。
そこは、オシャレな事を売りにしている喫茶店のような造りをしており、ギルドという殺伐とした場所にはとても思えない。
ただ、全身鎧を着込んだ戦士だったりボロボロの布切れのようなローブを羽織ったいかにも魔法使い。そう言いたげな者達が次から次にその建物から出てくるし、また入っていくのでそこがギルドなのは間違いないのだろう。
まるで初めて冒険者ギルドに入った時のような新鮮さと、そんなにゴツゴツした装備は趣味じゃないなぁ……なんて冷静な感情を雛鳥以外の全員が抱く。
一方の彼女は、そんなどうでも良いような事は未だ考えられない。
ようやくこの落ち着かない状況から解放される。そうホッと胸を撫でおろした雛鳥だったが――
「たのもー!」
雛鳥の手を握りながら冒険者ギルドの扉を開いたマッハは、そのままズカズカと受付の方に足を向けて自分の冒険者カードを見せつける。
なんだこの無礼な子供は……。一瞬はそう思った職員の女だったが、冒険者ランクと数日前の朝礼でギルドマスターのムラサキが言っていたその名前に、目を丸くする。
「あ、あの……失礼ですが他の方々のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん~? ヒナねぇはヒナねぇだろ~? 後は、けるとたる!」
「……」
そんな事を言われても、初対面の彼女には誰が誰だか分からない。
分かりやすい困惑の表情を浮かべられ、雛鳥は早速出番だと一度頭を下げてイシュタルの手を振りほどき、マッハの隣に立つ。
「失礼いたしました。こちらが先程仰っていたマッハ様です。そして、私と同じくらいの背丈の方がヒナ様。隣に居らっしゃるのが妹のケルヌンノス様で、先程まで私と一緒にいた方がイシュタル様でございます」
「ご、ご丁寧にどうも……。それで、あなたは……」
「え? あ、申し遅れました。私は雛鳥と申します。以後お見知りおきを」
相変わらず執事のような態度を取る雛鳥にクスっと笑いつつ、ヒナは周囲の奇異の目を意識しないようにケルヌンノスの手をより一層ギュッと握る。
「了解しました。ムラサキ様よりお話は伺っております。3階の一番奥の部屋を皆様の宿としてご用意させていただいております。よろしければ、先にお荷物を置いて来てはいかがでしょうか」
「はい。ではお言葉に甘えてそうさせていただきます。それと、ムラサキ様がいらっしゃいましたら面会出来るようにしてもらってもよろしいですか?」
「分かりました。では、都合が付きましたらお部屋の方に係の者が参りますのでお待ちください」
ビックリする程簡潔に、それでいてスピーディーに全ての事柄を終えた雛鳥に全員が驚きつつも、周囲に自慢するようにドヤ顔で彼女に着いて行く。
ヒナだけは小さく「ひぇぇぇ」と情けない声を出していたが、あらかじめこのギルド内に足を踏み入れる冒険者含め、職員にはムラサキから通達がされていた。
『仮に少女5人組の冒険者がやってくるような事があれば、出来るだけ関わるな。関わった場合の命は保証しない』と……。
そんなバカみたいな忠告を何度もなんどもされていたその場の全員は、ヒナ達の姿が完全に上階に消えると誰からともなくはぁと大きなため息をつき、言った。
「ただの弱そうな嬢ちゃんにしか見えねぇんだが、気のせいか……?」
男は、この街に残った数少ないダイヤモンドランクの冒険者パーティーのリーダーだった。
それは恐らく、その場の全員の総意だっただろう。
この世界には、知らなくて良い事が山ほどある。
関わらない方が良い人間なんて、もっとたくさんいる。それを、彼らはまだ十分理解していないという事だ。




