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227話 過保護な姉と最強の守護者

 メイシア人類共和国までは、ヒナ達の家から馬車で移動した場合2週間という膨大な時間を要しなければいけない程長い道のりを辿らなくてはいけない。

 ブリタニア王国に向かう何倍も遠いので、今回は霊龍よりも別の召喚獣を呼び出して飛ぶ案が出た。なにせ、霊龍はかなり飛ぶ速度こそ早い物の、今回は相手が相手だ。万が一にも遅れる事なんてあってはならないし、ただでさえメリーナの故郷……と言って良いのかは分からないが、この世界の故郷でもある。ゆっくり観光したい気持ちもある。


 ダンジョンに向かう時のようにリュックにアイテムやムラサキから貰ったお菓子、そしてラグナロク金貨を数百枚という単位で持参し、いつも通りマッハに背負ってもらう。

 雛鳥が持つと言って聞かなかったのだが、マッハが根負けしてそのリュックを渡した瞬間――


「おわっ!」


 瞬く間にバランスを崩し、地面にめり込むのではないか。そんな勢いでズッコケてしまい、泣く泣くマッハに委託する事になったのだ。

 筋力のパラメーターがそこまで伸ばされていない雛鳥と、筋力と俊敏性に極振りしているようなステータスのマッハ。どちらが重い物を持つのに適しているのかなんて、誰が見ても明らかなのに……。


「雛鳥って、ちょいちょい天然な所あるよな~」

「め、面目ございません……」

「ううん~、責めてないよ~。ヒナねぇもほら、時々意味わかんない行動取るじゃん? あれみたいでちょっと面白い!」


 彼女が言っているのは、数日前ムラサキがやってきた時の事を言っているのだろう。


 あれを天然という言葉で片付けてしまって良い物かは疑問が残るが、変な行動である事に変わりはない。

 しかも、メリーナはヒナに人見知りな所も天然な所も、少し抜けている所もあると知っていたので、雛鳥にそういう設定を施していた。

 彼女がヒナに似ているというのは、メリーナが如何にヒナの理解度が高かったか。それを証明しているようなものだ。


「やっぱりメリーナとは良い友達になれたと思う。ここまでヒナねぇに似てる人は見た事が無い」

「けるねぇに同意。私達もヒナねぇを元に創られてはいるけど、雛鳥はまた別の角度でヒナねぇに似てる。もっと話したい」

「あ、ありがとうございます……」


 2人は“あの時”のように、暗い意味でそう言っているのではない。

 あくまで乗り越えた者達が、逝ってしまった者を懐かしむように前向きな気持ちで言っている。その事を十分理解しているからこそ、雛鳥は頬を染めながらも純粋な気持ちでお礼を述べる事が出来る。


「あ、あのさぁ……? そういう話は当人がいないところでするべきだと思うんだけどなぁ……?」


 ただ、当事者であるヒナの恥ずかしさは想像を絶する。

 3人が自分の事を褒めているという自覚はもちろんあるし、雛鳥が自分に似ていると言われて喜んでいるのだって、自分を好きでいてくれている証拠だとキッチリ把握している。


 だからこそ、恥ずかしい。

 そんな事はとっくのとうに十分すぎるほど分かっているし、元の世界ではありえないくらい低かった自己肯定感が、この世界に来てから天井知らずに上がりまくっている事も自覚している。

 そのギャップに若干困惑しつつも、メリーナを一度お墓から起こしてその髪の毛を一本だけ抜き取らせてもらう。


「ヒナねぇ、身代わり人形の効果って泥とかそういうのにも有効なの?」

「ん~、それは定かじゃ無いんだけど、多分有効だと思う。ダメージを肩代わりするアイテムではあるんだけど、この子はもうダメージを受けないし……。それに、これはあくまで気休め程度だから」


 そう。ここを数日離れるという事は、毎朝日課になっているお墓参りの際にイシュタルが使用している魔法がかけられなくなるという事だ。

 そして、その魔法をかけなければ彼女の遺体は瞬く間に土や泥で穢されてしまうし、最悪の場合腐り果てて地中に眠る生物の餌になってしまう。

 ただ、毎朝イシュタルだけこの家に戻ってくるのは大変すぎるので、気休めとしてヒナが3人から激怒されるきっかけとなったアイテムを使用してその体を守ろうとしていた。


 時を巻き戻すアイテムだってかなり貴重なのはもちろん、もう在庫が少ないのでポンポン使える物ではない。無論、どうしてもという場合には惜しみなく使用するが、今はその時ではない。

 ついでに言えば、ヒナの家は相変わらずヒナの自己犠牲によって守られている。なにせ、3人が激怒してもなお、彼女がその意思を曲げなかったからだ。


(ごめんね、帰ってきた時あんまり酷い状態だったらまたあれ使うから……。しばらく、我慢しててね……)


 肉体を焼いて遺骨として家の中に向かい入れる。そんな選択肢だってもちろん存在しているし、そうすれば貴重なアイテムを使う事も毎朝魔力消費の激しい魔法を使う必要もなくなる。

 なんなら、家の中に入る事が出来るのでメリーナ本人はそっちの方が喜ぶかもしれない。だが――


「蘇生魔法が本当に完成したら……あなたとまた、話せるかもしれないもんね……」


 ダンジョンで雛鳥を迎えに行く前に放たれた、ヒナの一言が全員の心に沁みついていた。


 ほぼほぼ無理なのは分かっているし、ケルヌンノスやイシュタルが蘇生魔法の類は使用できる。それでも、彼女の魂は蘇らせる事ができなかった。

 だが……。だが、ジンジャー達の研究が進んでプレイヤーすらも蘇生できるようになったその時、メリーナが骨になっていたら復活できないかもしれない。そう、思ったのだ。


「よし、行こうか! グレン、お願いね」

「ハッ! お任せください、主様」


 そして今回、霊龍の代わりに呼び出された召喚獣はラグナロク内で最強とされるグレンだった。

 彼女が本来の姿になればこの場の全員を運んで飛ぶなんて造作も無いし、なんなら霊龍の数倍という速度で飛翔する事が出来る。なにせ――


「次元移動って、この世界じゃどうなってるんだろうな! ちょっと楽しみ!」


 そう。彼女は素の移動速度が尋常じゃないくらい早いので忘れがちだが、そもそも設定では“次元を超えてどんな場所へも一瞬で移動する事が出来る”と定められている。

 転移魔法の類がラグナロクに実装されなかったのは有名な話だが、彼女のそれは実質的な転移と言っても良い。そして一番の問題は、行った事のない場所だろうが次元が繋がってさえいれば移動する事が出来るという点だ。


 つまるところ、別の世界だったり宇宙空間。果ては過去や未来なんかの時間を超える事は当然できないが、同一世界間での移動であればどこだろうと一瞬で済むという事である。

 問題はマッハが言うようにグレン以外が移動する際に起こる現象とその安全面だが……。


「そこは問題ありません。以前こんな事もあるだろうから~と仰っていた主様から『適当な召喚獣を抱きかかえて次元移動をして検証しておいてほしい』との命を受けております。その時の実験結果によりますと、わっちが移動に際して巻き込む方、そして物体への影響が出ない事は確認済みです」

「……ヒナねぇ、グレンにそんなこと頼んでたの?」


 若干引きながら、どこまで未来を見据えているんだ……と思ったマッハだったが、ヒナは少しだけ涙目になりつつ答える。


「だ、だって……私達の中で一番逃げるのに最適な能力ってこの子の次元移動だもん……。でも、皆に被害が出るなら使えないから……って思って……。ブリタニアで色々あってほら、そこら辺結構しつこく検証したもん……」

「いや、まぁ……そうだけどさ……」


 そう言われると、マッハだって何も言えない。

 そして、ヒナが考えているのは自分の安全ではなく自分達家族の安全をどうやったら守れるか。それしか考えていない。


 自分の身が危険に晒されるなんて良い意味でも悪い意味でも考えていない彼女は、自分の家族が危機に陥った時、どうやったら助けられるのか。そして、それはゲーム内の知識だけではなく、この世界特有のルールとして動いていないか。それすらも考えて行動しているという事だ。


 相手を倒すのではなく、まずは家族の安全を考えるところがヒナらしいのだが、その緊急避難的な行動がいつも間に合うと思わない方が良い。

 実際頭が回らなかったり、それを発動する時間的な余裕が無かったりと、それが間に合わないパターンなんていくらでも考えられる。そして、それを誰よりも理解しているからこそ、彼女は常にトップでいる事が出来たのだ。

 自分をアップデートし続け、強くなり続けないといつかランキングを抜かれる……と。


 それはまさに、狂気の世界と言っても過言ではない。どれだけ辛く、どれだけ苦しい道のりだったとしても、あの時の彼女にはそれしか無かった。だから――


「マッハねぇ、今ヒナねぇのオカシイ部分に突っ込んでも仕方ない。なんとかなるなら、今回はそれに甘える。グレン、よろしく」

「はい、お願いいたしますケルヌンノス様。それと主様……そちらの方は、どなたでしょうか?」


 グレンにとってみれば、あの件からヒナに呼び出されたのは今回が初だ。

 究極の独占欲と愛をヒナに抱いている彼女からしてみれば、家族以外の誰かが彼女の隣に居るのは我慢ならなかった。

 密かに暗殺を企てるべきか……。そう一瞬だけ思ったのだが――


「新しい家族だよ。あ、忘れてた……。あなただけじゃなくて、これから呼び出すだろう有用な子達に、雛鳥も皆と同じで最優先で守るように言わなくちゃ……」

「『……そんなことしてたの?』」

「ヒナ様……そんな、恐縮です……」


 3人の妹は呆れながらお互いの顔を見合わせ、ヒナを見つめる。

 そして、雛鳥は“家族”と呼ばれた事と、グレンの圧倒的な強さを肌で感じて全身を震わせながら頭を下げる。


「承知致しました。雛鳥様、今後とも良いお付き合いをお願い致します」


 一方、問題のグレンはヒナが彼女の事を何より重い“家族”という称号を与えた時点から殺意を消した。それどころか、マッハ達と同じく敬う存在として膝を付き、頭を垂れた。

 圧倒的上位者だろうが関係ない。ヒナが家族というのであれば、自分が“負けた”訳では無い。ならば、別に怒る事は無い。


「では、用意いたします」


 気持ちを切り替えて立ち上がると、ピンと背筋を伸ばして彼女は力を開放する。


『God with us, Blessing of death you』


 流暢な英語を奏で本来の姿を世界に晒した彼女は、まず雛鳥の右手をサッと引いてその身に抱きかかえる。

 そして、一瞬にしてその場から姿を消した。かと思えば――


「では、お次はマッハ様。お手をどうぞ」

「ん! よろしくな!」


 瞬く間にグレンが現れ、1人ずつ抱きかかえながら一瞬にしてその場から消えて行く。

 かと思えば、瞬きの間に再び現れ次の1人を連れて行く。1分もしないうちに、彼女達は目的の国へと到着していた。


「……やっぱりあなた、滅茶苦茶だよね。転移魔法がラグナロクに実装されてない理由がわかる気がする」

「恐縮でございます。ご主人様、久しぶりにご尊顔を拝見できて大変光栄でございました。これからも息災でありますれば、わっちは大変嬉しく思います」

「うん、ありがと! また、一緒に遊ぼうね!」


 もう二度と見られないかもしれない。一時はそう覚悟した最愛の人の笑顔を見て、再びグレンの忠誠心と恋心が熱く燃え滾る。

 ただ、今は家族の団らん……旅行を、邪魔するわけにはいかない。即座に帰還し、次召喚されるその時を大人しく待つ事にする。


 ともかく、グレンのおかげで5人は無事にメイシア人類共和国へと到着したのだった。

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