221話 誕生日大作戦、その計画
ロアの街へと足を踏み入れた3人は、特に行き先を決めている訳では無かったので雛鳥を観光案内でもするガイドのようにあちこち連れまわす。
連れまわすと言っても彼女達が行った事があるのは冒険者ギルドとそこまで美味しくない屋台が並ぶ表通り。後は、食材を大量に買い込んだ時に寄った商店街くらいだ。
それに、街を見てみると活気があるとはとても言えないような状況で、露店に並んでいる人はおろか、商店街にも人はかなりまばらで冒険者の姿はあまり見かけなかった。
前に来た時はかなりの数がいて歩きにくいなぁなんて思った記憶のある2人は、先程ワラベになにかおかしなことが無かったか。それを聞くべきだったと深く後悔する。
「けるねぇが覚えてるかどうかは分からないけど、前来た時より若干物の値段が上がってる気がする。文字が読めないから予想でしか無いけど、ほぼ全部のお店の看板に斜線が引かれて別の何かが書いてる。商品名が変わったとは思えないから、多分変わったのは値段の方」
「……物価が上がることそれ自体はあんまり珍しくない。向こうでも、アップデートが入る度にちょくちょく値段が変わってるってヒナねぇが愚痴ってた」
ラグナロク内で物の値段が変わるというのは実はさほど珍しくなかった。
無論モンスターから採取できる素材だったり街の商店で買えるアイテム、装飾用のアイテムや品等そのラインナップは様々だが、主に値段の変動が激しかったのは素材だ。
アップデートによって討伐難易度や推奨レベルの上下があれば、それに応じて買取金額と販売金額が変動するのは当たり前だ。
ヒナが愚痴っていたのは狩りまくって素材をお金に変える効率が悪くなるとかそんな事を言っているのではなく、貧乏性を発動して買いもしない物の値段が上下しているのを見て分かった風に愚痴っていただけだ。
だが、そんな真実を彼女達は知らない。なので――
「基本はああいうの、時間が経てば落ち着くらしい。それに、私達は別に何かを買いに来たわけじゃないから気にしなくて良い」
「でもけるねぇ、メリーナが書いたっていうヒナねぇの本は買わないとだよ。マッハねぇも読みたいだろうし、全員個別に買うとしても4つはいる。手持ちで足りるかどうか少し怪しいかも」
「イシュタル様、私もヒナ様からお小遣いとしていくらか貰っておりますので、手持ちは足りるかと思われます」
「……そうなの? いくら貰った?」
当然だが、彼女達のお金は全てヒナがラグナロクで貯めていた金だ。
貯めていたというより自動的に“貯まっていった”と言った方が正しいのだが、今は良い。
ともかく、彼女達が使うお金は全てヒナの物だ。だが、彼女はそんな事気にする事無く、家を出る際3人にお小遣いと称していくらかそれを渡していた。
使わないのであればそのまま返してくれれば良いし、使うとしても何に使ったのかは特に言及しない。それがヒナだ。
そして、ケルヌンノスとイシュタルはその事をよく分かっているのでヒナの本を購入したとしても本人にバレる事は絶対に無いと確信している。だが、彼女達にとって問題なのはそこではなく――
「雛鳥が私達より貰ってたとしたら、それは由々しき問題。後でヒナねぇに文句言う」
「ん、私達だって多く貰いたい。ヒナねぇのお金だし無駄遣いするつもりは無いけど、金額が少ないっていうのは問題」
「……」
可愛くぷりぷり怒っている2人に対し、雛鳥は本当の事を言って良い物か一瞬迷う。
だが、彼女達の関係性をよく知っている彼女は正しい反応を返す事が出来る。それも、この場では模範解答と言っても良い物を……。
「私は、お2人が何かせがんで来たら多分断り切れないだろうから~と、少し多めに貰っております。お金が足りず、お2人が我慢するなんて事にならないように……というのが、ヒナ様のご意思でした」
膝を折り、ニコッと笑ってそう言われると流石の2人でも何も言えなくなってしまう。
そして、ヒナがそう言った真意は『可愛く何かをねだる2人の魔力には絶対に敵わないし、お金が無くてそれが叶えられないなんて事態は起こすな』という事だ。
自身の姉がどうしようもない程親バカで、かつどれだけ自分達に甘いのかをよく分かっている2人にとって、その“愛”はどうしようもなく嬉しい。
「ん、そういう事なら許す」
「けるねぇに同意。そういう事なら仕方ない」
「ありがとうございます。ヒナ様に対して何かお土産のような物を買っていた方がよろしかったりするのでしょうか?」
2人からの許しを得た雛鳥は、立ち上がって彼女達の手をギュッと握ると目の前に広がる商店街を見つめながらそう言った。
右手を見ればお世辞にも美味しそうとは思えない肉の串焼きや、何かの魚の干物が売られている。左手にはモンスターの頭部らしき物が使われた趣味の悪い小物や粗悪な食器。よくわからない骨董品らしき物からアイテムのような物まで様々売られている。
雛鳥はヒナ達と共に暮らすようになり、最低限ではある物のこの世界の事について聞いている。
彼女達の好みの物があるのなら……と自分からも積極的に質問を飛ばしたのでそこら辺はかなり自信がある方だが――
「正直に申し上げまして、この中にヒナ様や皆様に相応しい品々があるとは思えないのですが……」
とてもじゃないが、ここで食べ物を買ってお土産として渡すよりも、ケルヌンノスがいつも通り料理を作るなり、それこそ『留守にしたお詫びで少し気合入れた』と言った方が彼女は喜ぶだろう。
小物に関してもそうだ。極論ではあるが、こんなところに売られている物よりも、攻撃魔法の応用で石や鉱石に似た物は生み出せるし加工も可能だ。それらを駆使し、全員で手作りのプレゼントとして渡した方が、彼女は喜ぶはずだ。
たとえそれがどれだけ不格好だったとしても、ヒナにとっては大切な家族から貰った物だ。
その気持ちだけで号泣するのではないか。そう思わせる説得力が、普段の彼女の言動を見ていれば分かる。
そしてそれは2人も同意見だ。
「うん、この街にヒナねぇが貰って喜ぶような物は無い。強いて言えば私達がプレゼントしたらなんでも喜んでくれはすると思うけど、こんな物渡したくはない」
「けるねぇに同意。私達が渡せばなんでも喜んでくれる。でも、質は大事」
絶対に店先でするような会話では無いのだが、彼女達はそんな事気にしない。
シェイクスピア楽団が販売しているような物であれば彼女達のお眼鏡に敵う可能性は高い。だが、そんな事をするくらいならやはり自分達の手作りを贈りたいと思ってしまう。なにせ、自分達がプレゼントした物であっても――
『ヒナねぇが他人の作った物を大事にしてるのは、なんかやだ』
この場にはいないが、恐らくマッハも同じ事を言うだろう。
それに、どのみちもうそろそろヒナの誕生日の季節だ。ゲーム内では誕生日であってもプログラムとしてのお祝いしか許されなかった彼女達も、この自由な世界では違う。
いくらもっと……と願っても許されなかったゲームの世界とは違って、自分達が思い描く最高の誕生日プレゼントを贈る事が出来る。それが、何より嬉しかった。
「マッハねぇと相談しないといけないけど、多分皆の手作りを贈る事になる。だから、今日はシェイクスピア楽団のお店を探して、なにか参考になる物とか書物が無いかを探す予定」
「承知いたしました」
ペコリと頭を下げた雛鳥は、周囲をグルッと見るとそこら辺に歩いていた適当な男にシェイクスピア楽団のお店の場所を聞き、2人の手を引いて教えられた場所へ向かう。
ヒナのお誕生日。それは、雛鳥にだって無関係ではない。
(メリーナの資料によれば、ヒナ様は誕生日に対してそこまで思い入れは無いはず……。むしろ誕生日はイン率が下がるから、忌避しているのでは? とも書……)
通常、誕生日にゲームにインしている時間が短くなるのはそこまでおかしなことではない。
ただ、常時ゲームにログインしてどこかしらで狩りをしているヒナにとって誕生日にイン率が下がる……というのは異常だった。家族と祝っていると解釈する事も出来るが、それはヒナをよく知らないからこそできる予想だ。
そもそもヒナに家族があれば、1週間でログインしていない時間が2時間を切っているような生活が出来るはずが無い。
しかも、イベント中であればいつ寝ているのかと文句を言いたくなるレベルだ。家族など居ないと考えるのが自然だし、他ならぬメリーナの予想だ。当てはまっていないのは、ヒナが『今まで彼氏が居た事が無い』という欄くらいだ。
「うん、ヒナねぇは彼氏を作るとか作らないって次元の話はしない。多分、彼女って方が可能性として高いと思う。学校から帰って来たら、決まって男子の視線がキツイって言ってた」
「ヒナねぇに目を奪われない男がいないっていうのは分かるけど、人見知りにはキツイらしい」
「恋人なんて絶対無理って前に言ってた。結婚はもちろん、子供だって欲しくないって」
「当時はちょっと複雑だったけど、私達は別にヒナねぇの子供じゃないから良いって皆で話したよね、けるねぇ」
「うん。マッハねぇが泣きそうな顔してた」
イシュタルは、それはけるねぇも……と言わなかったのはファインプレーだろう。
実際、彼女達がヒナの“妹”ではなく子供として創られていてその話をされていたら全員大号泣していたはずだ。だが、実際は子供では無いのだ。その事をイシュタルが力説し、姉2人が泣き止むまで必死に説得していたという裏話が存在している。
話がだいぶ脱線してしまったので誕生日について軌道を修正する。
ヒナが誕生日を忌避している事は間違いない。家族の誕生日に関しては毎日の日課である狩りの時間を削ってでも全力でお祝いしている姿が確認されているので、嫌な思いをしているのは自分の誕生日だけだろう。資料には、そう書かれていた。
メリーナの分析でもなぜそんな事になっているのかは流石に分からないみたいだったが、仮にそうだとした場合、この世界に来て初めての誕生日は全員が思って居る以上に大切な物だ。
ヒナのトラウマなのか、それとも歳を取りたくないという女性特有のあれなのか。それは分からないが、その想いを完全に取り払うだけの事を用意しなければならない。
「皆様は、その点についてどうお考えなのですか?」
雛鳥の質問に、ケルヌンノスは答えて良い物か。一瞬考えるが、彼女はもう家族も同然だ。
なら、彼女だけが知らないヒナの秘密だったり過去の事は無い方が良い。いや、隠したくなかった。
「ヒナねぇが自分の誕生日を嫌いなのは、家族を思い出すからって言ってた。もう誰も祝ってくれない誕生日は、家族が居た時の事を思い出して辛いから、なるべく思い出さないように部屋で寝てるって前に言ってた。ね、たる」
「うん。一度だけ、謝られた事がある。イベント中だったんだけど『今日は誕生日だから寝てくるね、ごめん』って。家族が居ないっていう話はちょくちょくヒナねぇがぼやいてたから知ってるけど、流石に私達もその内容までは知らない。聞くのも違うし、ヒナねぇも詳しい事は話してくれないから」
「そう、だったのですか……。では、必要最低限にした方がよろしいのでしょうか?」
「ううん、それはまた別の話。それなら誕生日プレゼントをそもそもあげない方が良い。でも、そんな事したらヒナねぇは多分拗ねる。でも、中途半端に盛り上げても辛い思いをさせる。だから、塩梅が大事って言うのが私達の意見。マッハねぇは、忘れさせるくらい盛大にやろうって言ってたけど、私達だけの力でそれが出来るのかって言われると少し怪しい」
ケルヌンノスがこんなに饒舌に話している所を見た事が無かった雛鳥は、商会への道すがら自身の頭をフル回転させてどうにか役に立てないか。そればかりを考える。
曲がりなりにもメリーナがヒナの理想像を投影させた姿が彼女だ。その頭の良さは高性能AIがその頭を操っていたゲーム時代よりも遥かに高性能になっている。
なにせ、メリーナが考えていたヒナの頭の回転の速さや地頭の良さは、現代の技術より何段階も上だ。戦闘中になるとそれがより顕著になるのはもちろん、イベント攻略の最適解を見つけるのが誰より早かったのだって、その考えを後押ししている。
「ケルヌンノス様、イシュタル様。良いお考えがあります」
『……ほんと?』
「はい。まずですね――」
雛鳥の計画を聞いた2人は、しばらくうーんと唸っていたがやがて顔を見合わせ、大きく頷く。
「それで行こう。ヒナねぇは私達が言う事だったら深く考えずになんでもしてくれる。誕生日より前から仕掛けたら、警戒もしない」
「けるねぇ、念の為マッハねぇには直前になるまで計画のこと話さない方が良いかも。分かりやすいから、何か企んでるってバレる可能性がある」
「……そうかも。マッハねぇは良くも悪くも隠し事が苦手」
ヒナの誕生日についてある程度計画が固まったところで、ちょうどシェイクスピア楽団が経営する『雑貨屋』に到着した。