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220話 来年の事を言えば鬼は嘆く

「これくらいなら、ヒナ様も許してくださるはずです」


 ニコッと笑いながら上空から落ちて来た男を片手で受け止めた雛鳥は、ゴミでも捨てるようにそこら辺にポイっと投げ捨て、膝を折って2人にクスっと笑いかける。

 そして、それを皮切りに彼女の笑いが伝播するように2人にも移っていく。先程まで怒られることを想像して泣きそうだったなんて、幻か何かだったのか。そう思ってしまう。


「……まぁ良い。お主らともまぁまぁな付き合いじゃしな……ヒナに会ったとて、今回の件は話すまい」


 はぁと肩を落としてワラベがそう言うと、ケルヌンノスがコクコクと頷いて満足そうな笑みを浮かべた。


「やっぱりお前は話が分かる。そう、ヒナねぇにはこんなくだらない奴の事なんて耳に入れなくて良い」

「そうじゃな」


 もう真面目に考えるのは止めた方が良い。早々にそう結論付け、ワラベは遠くを見つめながら気のない返事を返す事で己の精神の安定化を図った。

 とりあえず聞かないのも不自然なので、隣の少女について聞く事にする。ヒナや他の3人に比べて温厚な方ではあるのだろうが、ラインを超えてしまった時の対応は冷静さを残している分他の誰よりも恐ろしい所がある。


 具体的に言えば、普段は優しい人が怒った時の怖さ。

 そして、怒りに他の4人と違って“正当性”がある事で、こちらが文句も言えなければしっかり反抗する事も許さない程度の実力の持ち主である……という事が、余計に怖い。

 いや、実際の実力はヒナ達ほどじゃ無いのかもしれないが、自分と比べたらそれこそ天と地ほどの差がある事は分かる。彼女達が隣に居ても構わないとしていながら、自分と同程度の実力しかないなんて思わない方が良い。


「この子は雛鳥。私達の恩人の子だから、今一緒に住んでる」

「恩人……。まぁうん、そこは深く聞かない方が良いんじゃろうな」


 本当は話が長くなるので聞きたくないだけだが、そこは上手い事話をずらす。

 ギルド本部に戻ってお茶だの茶菓子などを出した方が良いのか。それを一瞬で考えるが、今はシャルティエット商会が機能していないのもあり、全世界で物価の上昇が起こっている。

 シェイクスピア楽団のお菓子はあるはずだが、彼女達が好きだと言っていた物は軒並み切らしていたはずだし、口に合わず不興を買うのは出来るだけ避けたい。


(呼ばぬ方が色々と都合が良さそうじゃな……。それに、この雛鳥とかいう女はこやつらよりも常識という物を理解していそうじゃ。脳筋なのは変わらんだろうが、こちらから提案しない限り部屋に上げろ等とは言わぬじゃろ)


 それは、先程そこで伸びている男に一時配慮を見せていた態度から明らかだった。

 なら、今回はケルヌンノスとイシュタルに配慮をするのではなく、全力で雛鳥を信用して媚びを売るなり大人の対応をしてもらうようさりげなく誘導した方が自分に都合が良いはずだ。


 瞬時にそんな的確な判断が出来るのは、彼女が少なからずヒナ達の事を理解しているのもあるが、元最高ランクの冒険者として幾度も死線を切り抜けてきたが故だ。

 判断力と危機管理能力は、冒険者の中でも随一と呼ばれた彼女だ。その能力は、引退から何年も経っている今も健在という訳だ。


「雛鳥と申します。これからお世話になる機会が増えると思われますので、以後名前だけでも覚えておいていただけますと幸いです」

「……うむ、よろしく頼むな。そいで早速悪いんじゃが、今日は何用かの? 先程の口ぶりから察するに、生存報告以外にも何かあるのじゃろ?」

「話が早くて非常に助かります。それと、先程の方とのお話を邪魔してしまい、重ねてお詫び申しあげます」

「……そ、そないなかしこまった口調じゃなくても良いのじゃぞ? わしは別に、そこまで偉い人間という訳じゃ無いからな」


 本当はギルドマスターであり、冒険者ギルドの創設者でもあるムラサキとかなり仲が良い……という点で、結構偉いはずなのだが、そんな貫禄はヒナ達の前では出さない方が良い。

 それに、相手がどれだけ偉かろうが彼女達は偉ぶられるのを好まない。むしろ、自分達より弱いんだからいくら偉かろうが別に関係ないと一蹴してくるだろう。


 ヒナの生きてきた世界が“強さこそ全て”という物であればその考え方は理解できるのだが、ムラサキが言う所の“選ばれし者”がどこからやってきているのか。その詳細を一切知らないワラベは、もう深く考えずに流れに身を任せて適当に話を聞き、後でムラサキに愚痴として話せば良い。後の事は全部押し付けてやる。そんなスタンスになっている。


「いえ、そういう訳には」

「雛鳥のこの口調は私達がいくら言っても治らないから諦めるべき」

「けるねぇに同意。それに、これはこれで慣れればちょっと面白いし可愛い。味がある」

「……そうか。そういうものか」


 そんなワラベに、2人はうんと頷くだけでそれ以上の説明をしようとしない。

 変わりと言ってはなんだが、雛鳥がわざわざここに来た要件を話し始める。まずは改めて、ダンジョンから帰って来たことの報告と、生存報告だ。


「そうか。ダンジョンはどうじゃった? やはり、今後も立ち入り禁止は継続した方が良いか?」

「うん、私達以外で攻略できる人は絶対いない。断言できる」


 ムラサキが仮にブラックベアを容易く倒せるような力を持っていたとしても、その下の階層には神が待ち受けている。

 あの神を単騎で倒せる人間は、それこそヒナかwonderlandの面々じゃ無いと無理だ。


 ゲームであればもっと数は増えるだろうが、己の肉体を操って実際対峙するとなるとその難易度は爆発的に跳ね上がる。

 根源的な死の恐怖と対面してもなお、己の本来の実力を発揮できる精神力と、そもそも神を撃破する事の出来る実力を併せ持っている人間など“この世界には”そう多くない。


「別に入っても良いだろうけど、生きて帰れると思わない方が身の為。それと、あのダンジョンの持ち主は少し違うけど雛鳥と思って良い。だから、モンスターの素材が欲しいから取ってこい。みたいな依頼をヒナねぇにしたいなら、まずは雛鳥の許可を取ってからにして」

「……ん? いや待て待て待て。雛鳥の持ち物? は? あのダンジョンがか?」

「そう言った。正確に言えば、雛鳥の元々の家」


 そんな事を大真面目に言われても、ダンジョンの中に住むという発想がワラベに無いのだから困惑から更なる困惑にしかならない。

 それに、仮にダンジョンに住む人間がいると言われて彼女が想像するのは、野生児をそのまま人間に落とし込んだような漢だ。

 顎下にはチリチリの髭が生え、上半身は裸で筋肉はムキムキ。歯を見せてニカッと笑うとその姿は獣その物で、主食はモンスターの肉。

 そう言われた方がまだ納得できるという物だ。


 だが、実際雛鳥はどうだろうか。

 性格は、普段は冷静だが威烈というか沸点が低い所はヒナ達と同じ。その内から溢れ出る強者感と顔の造形と着ている服のミスマッチ感もこれまたヒナ達と同じ。

 大人っぽく、凛々しくお淑やかなお姉さんというイメージは、ヒナを極限まで美化して理想とした姿と捉えても良い。むしろ、メリーナという少女が執筆していた小説の中に出てくる“魔王”を具現化したような存在。そう言われた方が納得できるという物。


 だが、ワラベは知らない。その答えこそまさに、真実であると。


 メリーナから見たヒナを具現化した存在。それこそが雛鳥であり、彼女が理想としていたヒナの“現実の姿”だった。

 製作者の性癖だったりその他諸々が随所に反映されているのは今はどうでも良いのだが、仮にワラベがそんな事を口にすれば、彼女は瞬く間に絶賛の嵐に吹き荒らされるだろう。


「まぁうん、よく分からんというのはそうなのじゃが、とりあえずそこら辺はムラサキの奴に話を通しておくから安心せい。ギルドから余計な人間が立ちいらぬよう警備を付ける事も出来るが、どうするかの?」

「いえ、結構です。ヒナ様達以外が侵入すれば徹底的に排除するよう伝達しておりますので、そちらで最低限警告を発してくださるだけで大丈夫かと。それでも欲に負けて侵入する者があれば、それはもう私の責任ではありませんので」

「ふむ、それもそうじゃ。ギルドからは最低限の警告と、もし侵入するなら命の保証をしないこと。それと、進入禁止という大前提は伝えておこうかの」

「感謝いたします。ついでに言ってしまえば、ギルドという機関の説明をヒナ様から軽くお話しいただいているのですが、ギルドの方で依頼を出していただいてもよろしいでしょうか?」


 雛鳥の言葉に一瞬疑問符を浮かべたワラベだったが、別に不思議な事は言われていない。

 冒険者登録をしている人間がギルドに依頼を出す事は不可能だが、雛鳥はまだ冒険者登録を行っていないので依頼が出来る。

 そして、雛鳥もといヒナは冒険者ギルドを使って何かしらの依頼をしたいという事だろう。じゃ無ければ、雛鳥がこんな事を言うはずが無い。


 原則、冒険者が冒険者ギルドを通して依頼が出せないのは、その依頼を自分で完了して冒険者ランクを上げる不正を防ぐためだ。

 だが、ダイヤモンドランクでもあり、自身が意味の分からない強さを保有しているヒナはそもそもそんな不正に手を染める必要が無い。なので、少々グレーではあるがその依頼を引き受けてもムラサキから嫌味を言われることは無いはずだ。


「……うむ、構わんぞ。ただ、大前提として依頼主は依頼達成時に冒険者に支払われる報奨金と冒険者ギルドに払う手数料、それと、依頼を任せる冒険者ランクによって別途特別料金がかかるぞ? そこら辺は大丈夫なんじゃろうな?」

「はい、ヒナ様であればご承諾いただけると思われます。私の独断ですので帰ってから改めてお話をいたしますが、恐らく反対はされないでしょう」

「お主の独断?」


 思わず傍で突っ立っている2人に目をやるが、彼女達は雛鳥を信用しているのか、はたまたその依頼内容にある程度予想が付いているのか何も言ってこない。

 この場にヒナがいないという事は、実質彼女達がヒナの代理人という事なので、彼女達が何も言わないのであれば何も問題は無いと解釈して良い。


「して、肝心の依頼内容はどんな物なんじゃ?」

「人探しです。依頼する冒険者ランクに関しては……そうですね、相手の実力を考えると高位の冒険者の方が良いですが、戦う必要はありませんので低位の方達でも問題はありません」

「……誰かしらの、強者の捜索という訳か。それも、お主の言い方から察するに、かなり危険な相手と見えるな」

「その通りです。なので、報酬はかなり高めに設定しようかと。それに、先程も言いましたが別に戦う必要はありません。その人の所在が割れれば充分ですので」

「ふむ、なるほどな」


 細かい所は本部に帰ってゆっくり検討するとして、依頼の内容としては問題ない。

 それに、依頼を受ける事は冒険者個人の責任なので、変に戦いを挑んでその冒険者が死んだとて、ギルドや雛鳥が責任を負う必要が無いというのも良い。


「人相書きだの、その者の特徴を提供してくれ。そうしたら、すぐにでも依頼を全世界の冒険者ギルドに張り出そう」

「承知いたしました。帰ってヒナ様にご報告した後、必要な物を全て持ってまいります。その時はよろしくお願いします」

「うむ、了解した。一応言っておくと、ダイヤモンドランクに依頼する場合は金貨20枚。ギルドに支払う手数料が銀貨35枚じゃ。全ランクの冒険者に対応させたいという事であれば、金貨の枚数は35枚に膨れ上がる。それにプラスして報酬として提示する金貨が必要じゃ」

「親切にありがとうございます」


 ラグナロク金貨1枚で共通金貨2枚の価値に変換出来るので、そこまで大変な数を用意する必要は無いと知って雛鳥は内心ホッとする。


 そもそも、ヒナの家にはカンストレベルで金貨が眠っているのでそこまで気にする必要は無いし、なんなら雛鳥の部屋にだってラグナロク金貨は有り余るほど存在している。金銭で苦労する事が無いというのは、やはり大きい。


「じゃあまた別件。マッハねぇが、どらやきが切れたから買ってほしいって。それと、他にもオススメのお菓子があれば大量に欲しいと言ってた。家族が増えたから、その分も含めて仕入れてくれると助かる」

「それと、そろそろ貸した武器を返して。急遽家の中を整理しないといけなくなったから、無い物があるってなると、多分ヒナねぇがパニック起こす。そこら辺、全然覚えてないと思うから」


 ワラベにとって災難だったのは、続いて放たれた2人からの言葉が爆弾すぎた事だろう。


 再三言う通り、世界的な経済状況の悪化によって物価が高騰しているのに加え、嗜好品なんかはかなり手に入りにくい状況が続いている。お菓子なんてまさにそうだ。

 彼女達の望みであれば金に糸目は付けぬだろうし、ムラサキに頼めばいくらでも手に入れてくれる。それは良い。


 問題は、未だに残るモンスターの素材回収に必要不可欠な武器の返還を求められている事だ。

 あれが無ければ作業が年単位で遅れてしまうのはもちろん、可能であれば素材の加工にも使わせてほしいと頼みに行こうか。近頃その相談が行われていたほどだ。

 なにせ、素材を収集する時点で苦戦しているのだ。当然、その加工が出来るほど強靭な刃が無いせいで、まともに武器や防具に加工できないでいる。このままでは商品価値がかなり下がってしまう。


 だが――


(もともと無償で貸してもらっておるのだ。文句など、言えるはずもない……)


 ワラベは、しっかり弁えている。

 相手がヒナ達であろうが無かろうが、貸してもらっている側なのに文句を言うなんて筋違いだ。なので、夕方までに返還する事を約束した。


 その返事を聞けて満足したのか、3人は街へとトコトコ歩いて消えて行った。

 残された彼女は、未だ目覚める気配のない男の腹を思い切り蹴って、愚痴った。


「わし、もう引退しようかな……」

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