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216話 残された者達と異端者の娘

 時間を少しばかり遡り、ヒナ達が去った後のwonderlandでは、引き続き今後についての話し合いが行われていた。

 まぁ今後と言っても、偶然にもヒナとコネクションが出来たので、彼女達と良好な関係を維持しつつ出来れば協力関係を築いておきたいという願望からくるものなのだが……。


「とりあえずさ、状況を整理したいんだけど良いかな?」

「ん、良いぞ! それにしても、あれが本当に魔王なのか? ただの人見知りの女子高生だろ!」


 スカーレットのその言葉に『女子高生』の単語の意味が分からないジンジャーとソフィー、そして日本文化にあまり詳しくないチャンは頭に疑問符を浮かべ、なんだそれはとカフカに真剣なまなざしを向ける。

 だが、彼女も面倒なのでそこら辺の説明は省き、優しく「その気持ちは分かるけど今は黙ろうね」と優しくもいつもの“圧”を感じさせる笑顔でそう言った。


「ヒナ達のおかげで、うちに残ってたディアボロスの残党はほぼ死んで、アイテムとかも強奪された形跡は特にないよ。幹部連中があらかじめくすねている可能性を考えると、後でもう一度確認した方が良いだろうけど」

「同感だね。ただ、目下の問題は私達の住処がバレた事それ自体にあるよ。また襲撃されると、今度は退けられるか分からないからね」


 Shadowがそう言うと、wonderlandの面々全員がコクリと小さく頷いた。

 今回、相手の幹部メンバーと正面切って戦い、死ぬ気でアイテム等をフル活用してようやく時間稼ぎが出来ていたレベルだ。スカーレットの切り札がこの世界じゃチート級の強化を得て居たり、相手が慢心ゆえに油断していなければもっと危ない状況だっただろう。


 ヒナにも防ぎようのないスキルなんて片手で足りる数だと思いたいが、それを所持していると言っても心配なのは変わらない。

 Shadowやチャンに関しては一時期本気で死を覚悟した程だし、実際次があれば確実にその命は燃え尽きるだろう。


「その事なのですが、よろしいでしょうか?」

「ん? 君は……あのバカの娘か。なにかな?」

「ばか……」


 自分が敬愛している人にそんな不名誉すぎるあだ名が付いている事が納得しがたいが、彼女達はアリスの気心が知れた仲間達なので何も言えない。

 それこそ、自分なんかよりも何倍もアリスという人間を知っているのだろう。今は亡き母の話など、それこそ一生語り合って居たいくらいなのだが……今はその想いをグッと堪える。


「私とソフィーは、今現在ステラという場所に住処を置き、そこで蘇生魔法に関する研究をしています。その拠点を、どうかこちらに移させてもらえないでしょうか……」


 この世界の魔法技術を極めていると言っても過言ではないジンジャーは、今のままでは後何年経とうが目的の魔法を完成させるには至らない。そう実感した。

 特に、ここに居る面々の強さが複数人計測できない時点で『異端者』と自分達にはどうしようもない“差”がある事は歴然だ。ならば――


「こちらで色々と学ばせていただき、何か手掛かりを得られない物かと……。それに、微力ながら私とソフィーも、非常時には戦力になり得ると思って居ます。ね、ソフィー?」

「え? あ、あぁ……うん」


 そこで自分に振られるとは思って居なかったのか、彼女は心ここにあらずという感じでコクリとなんとなく頷く。


 彼女の頭は、未だに数日前まで共に暮らしていたイシュタルで支配されていた。

 自分の命の恩人でもあり、数日ではあった物の本物の姉妹のように接した、あの可愛らしい生物が……。イシュタルが、自分以外の人に、自分以上の親愛を込めて『お姉ちゃん』と呼んでいるあの場面は……もう、思い出したくない程に胸を締め付けられる。


 そして、そんなジンジャーの進言に頭を悩ませるのはshadowではなくカフカだ。

 軍師でもあるshadowは、彼女達がこの国に住む云々に関して口を出す気はなく、住むのであればその戦力も加味した作戦を立案するし、住まないのであればより安全な作戦を立案するまでだ。

 あくまで手持ちの駒を上手に使い、自分達――主にカフカ――が生き残れる術を、全力で模索するのが今の彼の仕事だ。


「ふむ……。じゃあshadow、答えてくれ。彼女達をディアボロスの面々に当てるとして、どの程度の戦力的な期待が出来る? 変に気を遣わず、軍師として答えて欲しい」

「……良いの? ガッカリするんじゃない?」

「覚悟の上だろうし、問題ないんじゃないかな。でしょ?」


 カフカからの問いに、ジンジャーは真剣なまなざしを向けてコクリと頷いた。


 あまり親友の子供を虐める様な真似はしたくないのだが……。そうボヤきつつ、彼は目を閉じて頭の中でシミュレーションを重ねる。


 今回対峙した幹部の面々。彼女達が今後この場所に攻めてくるとすれば、今回以上に勝機があると確信した時だけだろう。こちらの戦力が大方割れてしまっている今、その勝機とやらを見出すのは想像よりもずっと早いかもしれない。


「幹部連中を相手にするのは無理だろうね。アイテム諸々を駆使したとしても、時間稼ぎ程度にしかならないと思う。彼女達がまたどこかの国に寄生して、そこの軍隊なり魔法師団みたいな連中を連れてきたらその対処は出来るだろうけど、その他に関してはあまり期待できないかな。正直君達の実力はあまり知らないけど、見た限りだと中級プレイヤー程度だろうから」

「中級……とは、なんでしょうか」

「説明が難しいな……。君達と同レベルの戦力と言えば、アイテムをフル活用できるレガシーと同程度じゃないかな?」

「レガシー様……?」


 ジンジャーは恐る恐る、この中で一番弱そうな少女に視線を向ける。


「……なに、その信じられないみたいな顔。私だってアイテム使えるなら、バイオレットに頼らなくても戦えるよ。うん、多分」

「その代わりあれだろ? 終わった後アイテム残数確認して泣くやつだろ?」

「うるっさいなぁ! バイオレットに戦闘全部任せてるんだから当然じゃないか! 機械遣いってのはそういう職なの!」

「だっはっは! そうだよなぁ! キレるなって!」


 腹を抱えて笑うスカーレットと、はぁと呆れながらこめかみを抑えるレガシー。

 彼女達と自分が同じレベルだとは信じたくは無いが、異端者の戦闘能力の高さを実感した今なら信じられる。いやむしろ、それでも良い方だと思った方が良いのだろう。

 ならば、他にも聞いておかねばならない事がある。


「ヒナ様に勝てる人というのは、皆様の中にいらっしゃるのですか? もしくは、相手方には……」

「……」


 なんとなく答えは分かっているが、一応聞いておかねばならない。

 ソフィーも、イシュタルが自分達に守られるより安全な場所に行ったと分かっていても、自分よりも強い人達にそうだと改めて念を押されないと安心できないのか、ジッとshadowを見つめる。


 そして、彼は胡散臭い笑みを浮かべながら困ったように言った。


「そんな人がいるなら、僕らが会ってみたいね。アリスも良いとこまでは行けてたけど、僕らの中であんな高レベルの戦いが出来るのは……バイオレットくらいかな?」


 そう言われ、今度はその場で唯一浮いていると言っても良かった機械の少女に視線が集まる。

 彼女は己の主とスカーレットのやり取りを微笑ましそうに見ていたが、自分が会話の中心になってしまった事に気付き、慌てて首を振る。


「無理です。拳闘士と魔法使いという相性的なアドバンテージは確かに存在していますが、私と魔王の間には絶対的な壁がある。あれを相手に生存できるとすれば、それこそアリスかアーサーくらいでしょう」

「母上……ですか?」

「はい。魔法使いで唯一魔王と渡り合った脳筋は彼女だけです。渡り合ったと言っても、それはだいぶ昔の話で、今の彼女に勝てる存在はそれこそ皆無でしょうが」


 ゲームがインフレしていくと同時に、当然だがイベントの首位報酬も馬鹿げた物になっていく。

 当然ギルド対抗イベントではヒナに勝ち目は無いが、個人イベントで首位を逃したことが無いという圧倒的なアドバンテージはやはり侮る事が出来ない。


 それに、ゲーム内に存在している全ての魔法やスキルを所持しているという真実かどうかわからない噂もあるくらいだ。

 もしそうなら、魔王に勝てる存在なんてそれこそいないだろう。いるとすればそれは――


「人間じゃないな。悪魔だ。あの人には力じゃなく、頭で勝つしかないからな」

「まぁね。そういうことだ、魔王に関してはもう考えない事だ。どうしようも無い災害みたいな子だし、出来れば協力関係を築きたいけど望み薄ってのは全員が分かってる」

「……参考までに、なぜそう思われるのですか? 私からしてみれば、同じ異端者同士で協力した方が後々便利かと思うのですが……」

「彼女達は強すぎるんだ。だから、大抵の事は彼女達だけでなんとかできるし、協力するとしてもそれは“武力面で”という事になるだろう。なにせ、勝てない相手に喧嘩を売るバカなんていないんだからね。そうすると、彼女達からすれば一方的に自分達の力を貸すだけの関係になる」


 そんな関係が対等な“協力関係”になり得るのか。答えは否だ。

 そして、武力に困っていない彼女達は誰かと手を組まなければならないという事態に陥る事がほぼ無いはずだ。

 なら、自分達と手を組む理由が無いのだ。


「……私達は、一時期イシュタルと一緒に住んでた。それでもダメ?」


 ソフィーが寂しそうにそう言うが、現実は非情だ。

 彼女達が気にするのはどこまでも自分達とその家族の事だけであり、他の国や人がどうなろうが特段関心は示さないだろう。

 特別親しい人であれば話は変わってくるだろうが、数日一緒に住んでいたというだけでそんな関係になり得るかどうかはこの場の誰も保証が出来ない。


「不安なら、今度彼女達に会いに行ってみると良い。まだしばらくはダンジョンにいるんじゃないかな?」

「ダンジョン……ですか?」

「あぁ。今、彼女達はダンジョンに入り浸っているんだ。多分どこかのギルドの本部なんじゃないかと思ってるよ」


 最後に小声で『あまりお勧めはしないけどね……』と付け加えたカフカは、自分が追い返された時の事を考えていた。

 無いとは思うが、仮に今もあの周辺をヒナが呼び出した大量の召喚獣がうろついていれば、恐らく生きてヒナに会う事は叶わないだろう。

 それほどまでに、力の差があるのだから。


「あ、そうそう。私達みたいな異端者に今後会った場合、私……は弱いか。ヒナの関係者ですと言えば、大抵の事はなんとかなると思うよ。魔王の関係者に手を出そうとするバカは、多分いないから」

「いや、それは流石に……。それに、相手がヒナ様の事を知らなかった場合は――」

「大丈夫。知らない人なんていないから」


 カフカの笑顔にどこか狂気じみた物を感じつつ、ジンジャーはコクリと頷く事でその会話を終わらせることを選んだ。

 実際にそうするかは別として、頭の片隅に入れておく事は無駄じゃないだろう。


「そうそう、だいぶ話が逸れてしまったけどうちを研究の拠点にしたいって話だったね。戦力として自分達が頼りになるという驕りを捨てるという条件を呑めるなら構わないよ」

「……それは、一体なぜでしょうか」

「ん? 決まってるじゃないか。あのバカの娘を、そうむざむざ殺されるわけにはいかないからね。そんなことしちゃ、私らが死んだ時あの世で死ぬほど怒られる」

『……』


 二人は、そのなんとも言えないカフカの態度に呆気に取られてなんと言って良いのか分からなくなってしまった。

 いや、大事にしてくれるのは嬉しいのだが、その理由を喜んでいいのかはたまた嘆いた方が良いのか――


「確かに、死んでからもあの人に説教されるのはごめんですね。それも、こちらに全ての責任があるので反論できなさそうです」

「だろう? スカーレットだって嫌だろ?」

「ああ、嫌だな! せめて死んだ後は安らかに眠らせてほしいな! 久々に会いたくはあるけどな!」

「カフカ、いくらなんでも娘の前でそんな話をするべきじゃ無いと思うよ。ほら、その子達凄い顔してるじゃん。正論なのは認めるけどさ」


 ボソッと言い放ったレガシーに思わず笑いそうになりつつ、カフカは「どうかな?」と再度提案する。

 無論彼女達もその時になったら戦ってくれるだろう。だが、戦力的に期待できないのだからサッサと逃げてもらうなり受けてもらえるかは別として、ヒナに援軍を頼みに行ってもらった方が良い。ちょうど、shadowが自分にそうしたように……って


「そうだshadow。あなたには、後で個別に話があるから私の部屋に来てね」


 この世界に来てから最大レベルの怒りと圧を込めたその笑顔に顔を引きつらせつつ、彼は答える。


「おぉう……。日本人は、こういう時なんと言うんだ……?」

「『安心しろ。骨は拾ってやる』だったかな」

「Thank you for everything, I had a very good time,」

「shadowの英語って久々に聞いたなぁ~。なんだっけ、今までありがとう楽しかった!とかだっけ、今の」


 スカーレットが無邪気にレガシーに問いかけるも、それに応える声は無かった。

 なにせ、カフカがかつてない程怒りに燃えて背後に鬼を出現させているかの如くニコニコと笑っていたからだ。

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