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215話 還る場所

「お見苦しい所をお見せして、申し訳ありません」


 少女の号哭が焼け焦げた森の跡地に響いてからたっぷり30分は経った頃、雛鳥は目元を乱暴に拭いながら背後で待っていた4人に頭を下げた。

 もう、自分は充分お別れを告げた。これ以上望む事は無いと、そう言いたげのどこか吹っ切れた顔だった。


「……もう、良いの?」

「はい、私の気持ちは全てぶつける事が出来ました。もう、メリーナは帰ってこないのです。いつまでもウジウジ下を向いているのは、私らしくない。彼女なら、そう言うでしょう」

「…………そっか」


 ヒナは、よく知らない。自分以外のプレイヤーの事も、そのプレイヤーがどんな気持ちでNPCを制作していて、その子にどんな役割を期待していて、どんな性格に設定しているのかを。

 それは、あれだけ膨大な量の恋文をしたためてくれていたメリーナだろうが例外ではない。


 そこら辺のプレイヤー――例えばカフカ――よりは知っている自信はあるが、それでも微々たる差だ。しかも、メリーナだってまだ関わりの浅かった自分にどうこう言われるのは不愉快だろう。

 ならば、ここは当事者の気持ちに任せるべきだ。

 メリーナの子供である雛鳥が……彼女自身が、誰に言われるでも無く導き出した答えなら、その答えは尊重したい。


「じゃあ、ごめんね。少しだけで良いから、時間ちょうだい?」

「はい、もちろんです」


 相変わらずヒナに対して執事のような態度を取る雛鳥に苦笑を返しつつ、4人はペコリと一応頭を下げ、マッハは背中に背負っていたリュックをそこら辺に置いた。

 そして、4人で仲良く墓石の前に立つと膝を折って両手を合わせ、瞳を閉じる。


「色々言わないといけない事はあるんだけど……最初に、言っておくね。ありがとう、私の家族を守ってくれて」


 この世界に来てから、こんなに優しく穏やかな声を出したことは無い。

 ヒナ本人がそう思うくらい、優しくて深い感謝に満ちた声だった。


「私からも、お礼を言う。たるを守ってくれて、ありがと……。あなたと、もっと話してみたかった……。ヒナねぇのこと大好きなの、すっごく伝わって来てたから。きっと、仲良くなれた……」


 隣で肩をブルブル小刻みに震わせながら若干鼻をすすっている妹の気配を感じながら、ケルヌンノスは言った。

 自分はアンデッドという事もあって感情の起伏が声に乗りにくい事は分かっていた。だからこそ、精いっぱい感謝と残念だという気持ちを込め、言葉に乗せた。

 その想いは、届いているだろうか……。


「たるを守ってくれて、ほんとにありがと……。私じゃ、無理だった……。もっと強くなって、皆を守れる強い子になるからな……」


 マッハは怒りと悔しさで全身を震わせながらも、懸命に泣かないよう瞳に力を込める。

 あの瞬間の絶望と、妹の命が失われるという妙な確信めいた嫌な感情は、今でもたまに夢に見るくらいには脳内に焼き付いていた。

 この中で、一番しっかりしなければならないのはヒーラーであるイシュタルでは無い。前衛として、全ての攻撃を受け流す必要がある自分だと、再認識する良いきっかけをくれた。

 もう二度とあんな失敗を繰り返さない為にも、もっと修練に励まなければ。そう、改めて心に誓う。


「……ありがとう。あなたのおかげで、私はまだヒナねぇ達の隣に居られる……。あなたの分まで、ちゃんと生きるから……。ほんとに、ありがとう……」


 4人の中で一番の悲しみと後悔を背負った少女は、その自虐と己を否定する言葉をグッと飲み込み、絞り出すようにそう言った。

 雛鳥がメリーナに色々語り掛けていた時、泣くまいと必死で両手を握りしめていた感情が、一気に流れ出してくる。もう、止められなかった。


「わたしだって……わたしだってもっとあなたと……。あなたと、はなしたかった……。ぜったい……ぜったい、なかよくなれた……」


 その想いは、ケルヌンノスやイシュタルだけの想いでは無かった。

 マッハはもちろん、その大きすぎる好意をぶつけられた張本人であり、普段は人見知り全快なヒナですら、そう思っていた。

 エリンと同じかそれ以上に、メリーナとは大親友になれる。そう、本心から確信していた。


「あなたが守ってくれた私達の命、これからも大事にするからね……。ありがとう、メリーナ」

『ありがとう』

「――――」


 一人だけ声にならない声を挙げながらも、きちっと頭だけは下げたイシュタルは、直後立ち上がるとトテトテと可愛く雛鳥の元へと駆け出した。

 そして、言う。


「あなたにも、もう一回言わなきゃ……。ごめんなさい、メリーナのこと、奪ってしまって……。これからも、私はこの命、大切にする……」


 鼻水と涙で可愛らしい顔をぐちゃぐちゃにしながらも懸命にそう言葉を紡いだ少女に、雛鳥は自分の着物が汚れるのも構わずその裾で彼女の頬を伝う雫を拭った。

 そして、自分が出来る精いっぱいの笑みを浮かべた。


「あなた様が、これからも元気で健やかに生きてくだされば……。ヒナ様や皆様と、仲良くしてくだされば……。それ以上の供養は無いでしょう」

「うん……。うん……」


 もう少しだけその瞳から涙をこぼしたイシュタルは、やがて先程の雛鳥を真似するように乱暴に目元を拭うと、大きく鼻をすすって空に向かって太陽のような笑みを浮かべる。まるで、どこかで見ているだろうメリーナに見せつけるように、それでいて精いっぱいの感謝を伝えるように。


(これからは、ずっと一緒だからね……)


 胸に手を当てて心の中でそう言うと、ふぅと落ち着くために息を吐き、あらかじめ用意していたアイテムを取り出し、未だ手を合わせているヒナの肩をトントンと叩く。


「そろそろ、始めよ? 早く、連れて行ってあげたい」

「……うん。それもそうだね。始めよっか」


 イシュタルの問いにヒナもニコッと頷くと、同意するように他の二人もコクリと頷いて立ち上がり、もう一度深く礼をする。


 その後、まずヒナが突き刺さっている石を魔法で粉々に破壊し、地中に埋めたメリーナの遺体を傷付けないよう慎重に掘り返す。

 その綺麗な顔や着ている衣装は当然ながら泥や煤ですっかり汚れてしまって一見誰だが分からない。だが、あの時使おうとしたアイテムが……あの時は、効果対象外だったアイテムが、今のメリーナには使用できる。


「!? お、お待ちくださいヒナ様! それは『永劫の砂』じゃ……」

「そうだよ。生きてる物や人には使えないけど、物体には効果があるから……」

「い、いやそんな貴重なアイテムを――」

「ううん、大丈夫。これは、全員の意見だから。使わないって選択肢は無いよ」


 雛鳥がここまで慌てているのは、イシュタルが取り出したアイテムが小さな瓶に入った水色の砂だったからだ。

 よくあるガラスの小さな瓶にコルクの蓋がされた平凡な見た目のそれは、ヒナが持っているアイテムの中でも上から数えた方が早い程の貴重なアイテムだった。これを手に入れるのに彼女は数万円をかけた程で、家にある残りの在庫は二つだったはずだ。


 だが、それだけの貴重なアイテムを使用するにはもちろんキチンとした理由がある。


「こんな状態で、私達の家には入りたくないと思うし……それに、あの時は頭が回って無かったけど、この状態ならたるちゃんの『星空の神(アトライオス)の加護』が使えるはず。もう、汚したりしないし、腐っちゃうのも防げる」

「そ、そこまで……」

「当然。恩人だから」


 ケルヌンノスがコクリと力強く頷くと、雛鳥はありがとうございますと小さく口にした。


 彼女の了承も得たので、早速イシュタルがコルクの蓋を外して中の粉をメリーナに優しく振りかける。すると、永劫の砂は正しくその効果を発揮してメリーナの体の『時間』を巻き戻していく。

 汚れ、破れ、煤だらけになった洋服は元通り……どころか新品同然の状態に。

 所々傷付いた彼女の体は元通りになり、お風呂上がりのように髪は艶やかに、肌はきめ細かく瑞々しいハリをこれでもかと主張してくる。


 メリーナとヒナ達4人の初対面は、既にディアボロスの面々と彼女が戦った後でボロボロになった姿だった。

 だが、今の彼女は違う。まるで普通の生活を送り、たった今お風呂に入ってきましたと言われてもなんの違和感もない可愛らしい少女の姿をしていた。


「……こんな感じだったんだな、メリーナって」

「ヒナねぇ、絶対可愛いとか思ってる。特に猫耳」

「けるねぇに同意。絶対思ってる」

「え!? あ……いやそりゃ……まぁちょっとは……? モフモフしてそうだもん……」


 照れながらそんな事を言う姉にはぁと3つのため息が続き、やがてイシュタルが魔法の準備を始める。

 先程ヒナが言っていた『星空の神の加護』を使用する為だ。


 ギリシア神話に登場する星空の神アストライオス。その神を討伐する事で得られる魔法は、特別誰かの傷を癒したり、何かを回復するという事は無い。

 それに、神の名を冠する魔法にしては珍しく“プレイヤー自身には”なんの恩恵ももたらさない。

 だがその代わり、効果時間が続く24時間の間は何者だろうと魔法をかけられた『対象物』に一切の干渉が出来なくなる。

 この場合の対象物とは、ヒナが怒られる原因となった身代わりの人形と同じで建物や物体に限定される。まぁ、プレイヤー本人に使用できると色々とゲーム性が崩壊してしまうので当然であれば当然なのだが……。


 ただ面倒な所と言えば、効果時間が切れる度にかけ直さなければならないのでギルド本部なんかを守るために毎日使用するには魔力を使用しすぎる事だろうか。

 実際、かなり魔力量の多いイシュタルでも一気に総魔力の2割強を持って行かれるほどの大魔法だ。神の名を冠する魔法の中でも、トップクラスに魔力の燃費が悪い。


 その効果も相まって、この魔法を所持しているプレイヤーは全体の3%にも満たない。まぁ、使いどころがなく、かつ魔力の燃費が悪い。それに加えて神を倒さなければならないという三段構えなのだ。手に入れなくても良いと考えるのが普通だ。


『星空の神の加護』


 やがて魔法が完成すると、対象に指定されたメリーナの体が夜空の明るい星々に照らされるように明るく、優しい青白い光に包まれていく。

 数秒後、彼女の体は何物をも干渉できない体になった。これでもう、汚い泥でその綺麗な体が穢されることは無い。


「じゃあ、帰ろっか。私達の家に」

「うん。そうする。ヒナねぇ、メリーナは私が持っていい?」

「良いけど……持てる?」


 イシュタルは自分で言っておいて少し不安になったのか、一瞬だけメリーナの体を持ってみる。

 すると、綿のように軽い体と自分にも一応レベル相応でしかないが筋力は存在している。背が低いので目の前が見えにくくなるのが玉に瑕だが、どうせこの後は霊龍で飛んでいくのであまり問題にはならないだろう。


「うん、大丈夫。いけそう」

「そっか。ならお願いするね!」


 満面の笑みでそう言ったヒナは、続いて雛鳥を見つめて言った。


「あなたも来るでしょ?」


 突然の問いかけに、彼女は何を言われているのか一瞬理解できなかった。

 来るとはなんだ? どこへ? 何をしに? そんな考えが頭の中を駆け巡り、やがてその真意に辿り着く。


「……はい?」


 思わず敬語を忘れ、素でそう問い返してしまう。

 だが、彼女には既に逃げ道なんてない。いや、逃げる隙なんて与えないのがヒナ達だ。


「え、来ないのか? てっきり来ると思ってた。なぁける?」

「うん。絶対来ると思ってた。だから、今日の夜ご飯はあなたの好物にしようと思って後で好きな食べ物聞かなきゃって思ってたとこだった」

「……雛鳥、来てくれないの?」


 畳みかける様な魅力的な言葉攻めと、最後のイシュタルの寂しそうな上目遣いがトドメとなった。

 雛鳥は気が付けば霊龍に乗って、4人と共に帰路に着いていた。


(メリーナ……。これは……どうなっているのでしょうか……)


 嬉しさ半分。困惑半分といった具合の彼女が落ち着けるのは、一体いつになるだろうか……。それは、まだ誰にも分からない。

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